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今日も雨が降る中で  作者: 金沢俊夫


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36/47

第十五章 波紋1

 

1

                   

 池がある。大きいのか小さいのかは、人によってその判断は違うだろう。

 その池には、水が満々と溢れんばかりにあった。まるで、「ノアの箱舟」の神話のように、四十日間も雨が降り続いた後のように。

 その池の傍に、一本の木が生えていた。大きな葉っぱの上を雨の雫が、伝え落ちる。一滴の雨水が滴り落ちた。

 満々と水をたたえる池にしずくが落ちた。

 ポチャ。その音は聞こえないような小さな音だ。

 しかし、一滴のしずくが池に落ちたことによって、”波紋”が生じた。

 たった一滴の雨粒なのに、波紋はあっというまに大きく、そして広くなっていく。


               ☆


 一人の中高年の女性が、高級な革張りの椅子に足を組んで座っていた。手には、五ページほどのクリップで止められたレポート用紙があった。

 その女性は、余裕を窺わせる優雅な姿勢を崩してはいなかった。

 また、崩すわけにはいかなかった。

 女性は、少し視線と同時に顔をレポートから上げた。

 (今は、午前十一時三十分か。昼食休憩まで三十分ね。我慢よ我慢。それにしても、今日が金曜日で助かったわ)

 

 「急激な円安による物価高対策は、喫緊の問題です。首相の見解をお聞かせください」

 (首相!)隣に座っていた同じく女性の財務大臣が、中高年の女性の肘をつついた。

 「高瀬真由美君」名前が呼ばれた。

 日本憲政史上最年少の首相、若干五十歳の女性首相が立ち上がった。

 「見解を申し上げることは簡単です。しかし、国民の皆様が期待していることは、言葉よりも目に見える”結果”です。私はあなたの質問に答える前に、国民の皆さんに結果で”答え”ねばなりません。このような首相答弁では、ご不満かしら」

 衆議院予算委員会が開かれている国会議事堂では、どよめきが起こった。

 質問した野党議員も二の句が継げないでいた。

 国会議事堂の時計が十二時を告げた。

 「午後一時より再開します」

 老齢の衆議院議長が高らかに宣言した。

 一時間の休憩に入ると同時に、高瀬真由美首相の支持率が五ポイント上がった。

 上がったのは、支持率だけではなかった。財務大臣と官房長官の血圧が上昇した。

 二人は心の中で異口同音に同じ言葉を呟いていた。

 (困ったものね。じゃじゃ馬首相)


             2

 高瀬真由美は、議事堂内の個室で、静かに食事を摂っていた。

 個室のドアがノックされた。

 「どうぞ」

 首相秘書官が、一冊の本を持って中に入ってきた。

 「首相、頼まれました。ハードカバーの小説をお持ちしました」

 真由美は、先ほどまでの答弁を、頭の中で反芻していたが、それを中断して、初めて心からの笑顔を見せた。

 「ありがとう。ちゃんと私の財布から払ったんでしょうね」

 「はい、しかし小説のハードカバー程度でしたら、研究・調査費から捻出しても、非難される恐れはないと思いますが」

 「だめよ。たしかに研究・調査費でもいいけれど、それでもそのお金は、国民の「税金」なのよ。おろそかにはできないわ」

 首相秘書官は、やれやれといった笑顔を口に浮かべて退出した。その笑顔には、尊敬の念が溢れていた。

 「修一君。どんな小説を書いたのかしら。やはり「同級生」そして同じゼミにいた私としては読まないわけにはいかないのよ」

 高瀬真由美はつぶやいた。そのつぶやきは、首相ではなく一人の女性のつぶやきだった。

 「『群狼』か。修一君らしいわね」

 


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