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今日も雨が降る中で  作者: 金沢俊夫


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第十三章 明と暗ー1 映画製作会見

                 1

 

 バックグラウンドは、漆黒の闇だった。一人の若い女性が立っている。

 おさげに結わえられた黒髪が、その結び目が外され、ビロードのカーテンのように若い女性の背の半ばを覆う。黒縁の丸メガネを掛けていて、一昔前の田舎から都会に来た女性という風貌だったのだが、眼鏡を外すと、絶世の美少女に様変わりするのだった。そして人差し指を伸ばして言うのだ。

 「犯人はあなたですね」

 映画のラストシーンを使ったCMの演技を俳優相良愛は披露した。

 右足と左足を絶妙に交差させて人差し指を伸ばす。

 

 相良愛は、身長百五十センチ。ロングヘアーに包まれた顔は小顔だった。

 一抹人形そのものだった。年齢は二十だが、一抹人形を想像させる童顔から、実年齢よりは若く見られがちだ。だからそのロリコン男性から圧倒的な人気を得ていた。


 一流ホテル「HOTEL SAGARA」のダイニングルームを開放して、映画制作会見が行われた。

 相良愛が以前から相良ホテルのCMキャラクターを務めている縁で、記者会見場に選ばれたのだ。

 「オー!」拍手かっさいが起こる。

 相良愛は照れた表情を浮かべながら会見場の座席に座った。

 「HOTEL SAGARA」の総支配人がにこやかな笑顔で現れる。

 「えー、相良愛さんには、当ホテルのCMにご出演していただいております。おかげさまでたくさんのお客様に支持していただいております。

 相良愛さんの初主演の映画の製作発表会を行わさせていただくことは、当ホテルの名誉となるものです。私の挨拶はもうお邪魔でございましょうから、私は退場とさせていただきます」

 総支配人の自虐的ユーモアに、忍び笑いと小さな拍手が起こった。


                2

制作発表会が始まった。司会は、先ごろフリーに転身した、真加部美咲まかべみさきが担当していた。

高級ホテルの照明を受けながら、フリーアナウンサーの彼女は上質なネイビーのタイトワンピースに、控えめな光沢をもつシルクのスカーフを細く巻き、足元はヌードベージュのピンヒール、腕には細身のゴールドバングルを一つだけ添えた、品格と中立性を両立した司会者らしい装いで壇上に立っている。

インパクトのある相良愛のセリフから始まる制作会見は、記者たちに大受けだった。

 長いテーブルに、プロデューサー、監督、主演、脚本家、原作者の順番で座った。

 真加部美咲が一人ずつ紹介していく手はずになっている。

 「すごーいですね。いきなり美少女名探偵佐久間綾の決めゼリフ。痺れますね。いきなり私事でなんですが、私も推理小説ーミステリーーのファンでして、最近のお気に入りは、なんといっても、緑川奈々さんが書かれている、

 『美少女探偵佐久間綾シリーズ』なんです。だからこの制作発表記者会見の司会を喜んで受けました。フリーの真加部美咲です」

 拍手が起こる。

 一間置いて、美咲が一歩前に出る。

 「はい、この映画のプロデューサー中村門戸さんです。一言制作意図なんか話していただくとありがたいのですが」

 還暦前後の半白の髪を丁寧に揃えた男が立ち上がる。そしてにこやかにバリトンで簡潔に語る。

 「アハハ…。司会の真加部さんと同じですよ。私もこのシリーズが大好きでして、とにかく主人公の綾さんがかわいい。私は独身ですが、佐久間綾を娘にしたいくらいです。この映画は必ずヒットします。そう私は確信しています」

 続いて、監督の須藤大輔が座ったままで会釈した。

 須藤大輔は、邦画界の重鎮で知られており、めったにアイドル映画を撮ることはないのだが、そこは豊統ほうとうという一流映画会社である。巨大マネーが動いたという噂があった。

 「いやー申し訳ない。先日ぎっくり腰をしましてな。寄る年波には勝てませんわ。ハハハ。しかし、私がメガホンをとる限り、厳しい演技を求めますぞ」

 脚本家を担当した綾瀬守あやせまもるはニヒルに笑い一言言った。

 「緑川奈々さんのすばらしい原作に脚本を書くぼくも飲まれてしまって、ある意味楽でしたよ」と、最後に愛想笑いを奈々に向けた。

             ☆

 再び真加部美咲が進み出て、にこやかに話す。

 「はいー、みなさんすばらしいコメントありがとうございます。では、いよいよ主演の佐久間綾役の相良愛さんにコメントをいただきたいですね。どうですか、主役に決まったときは」

 「はい、オーディションでしたけど、決まったときはその夜眠れませんでした。私、名探偵佐久間綾が大好きなんです。ぜひ演じたいと思っていました。一生懸命がんばります」

 相良愛は、赤いミニスカートの裾がかすかに上がる角度に膝を曲げて座席に座る。スカートの裾をいじっていた。

 そのしぐさが、世の中年男性を虜にしていた。

 

 美咲が三度みたび舞台袖から登場し、奈々を紹介した。

 「では、最後にこのすばらしいミステリーを我々に届けてくださる、緑川奈々さんにコメントをいただきます」

 奈々は物憂げに立ち上がった。先ほどからの最初から決まっているセリフを語る芸能人やプロデューサーや監督のセリフに食傷気味だった。

 が、約束は約束だ。

 「相良愛さんは、私のイメージしていた佐久間綾にぴったりですね。私も一観客として映画の完成を楽しみにしています」

 奈々の頭に、担当編集者の入来麻美の蒼くなって卒倒する姿が目に浮かんだ。


                3

緑川奈々こと神崎奈々は、一度結婚に失敗している。だからというわけではないが、若い女がのし上がる時ー芸能界の世界でー意識的に見せる媚を特に嫌っていた。その理由は、昔の自分を見てしまうから。

 奈々は、相良愛が制作発表の会見場で見せたしぐさを見ていた。

 不必要に色気を振りまいていたのだ。そして、女優である証のフリを見ていた。

 (相良愛。清純派と聞いていたけど中身は真逆ね)

 奈々は、何か苦い思いを胸に感じた。

 奈々も作家である。自分の生み出したキャラクター登場人物に愛着はある。

 名探偵佐久間綾は、十代の女の子たちに素直に社会の中で生きていってほしいという願いを込めて書き出したシリーズだった。当初は綾を美少女にする予定ではなかったが、美少女でないと売れないという出版社の意向に押し切られたのである。

 ビジュアルは出版社に譲ったが、綾の心というか精神は、ハードボイルドに書き続けた。だから、作中では、男をたぶらかす場面もあったのに、品行方正な女子高生探偵になっている。脚本家が制作側の意向通りに変えたのだ。

 だが、奈々は不満を言わなかった。

 「映画は映画。小説とは別物よ」と、担当編集者の入来麻美に言った。

 「映画は第一作だけよ。シリーズすべてを映画化するのはお断り!」

 入来麻美にきつく言った。

 麻美は売り上げしか考えない女だったので、続編の映画製作を企画したのだが、奈々が首を縦に振らなかったのだ。

 

 制作発表会の中で、愛と奈々はおざなりで決まりきったセリフの対談を芸能記者に書かせて全てのスケジュールが終わった。

 

 ホテルを出て、自宅マンションに帰ろうとタクシーを止めて、奈々がまさに乗ろうとしたとき、奈々の隣に滑り込むようにして相良愛が乗り込んできた。

 「緑川奈々先生は、神崎修一という作家知ってますよね。なんたって元奥さんなんだから」

 相良愛は、多くの中年男性を虜にしていると自覚している愛らしい笑顔と糸切り歯を見せて言った。

 タクシーは、緑川奈々と相良愛を乗せて、『相良ホテル』から去った。




 

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