第十一章 書下ろし1ーアルバム
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篠原紀子は光栄出版の女性編集者である。書籍編集部に勤務して五年。部長の吉村周にも様々な意味でー軽いセクハラをあしらうことを含めるならー一目置かれている。
そんな彼女が今やっていることは、メイド服を着て、二階の紀子専用(?)の来客用寝室の隣の資料室で、ハウスダストに見舞われながら、修一に頼まれた特定の資料を探していた。
「いくら神崎さんが今日はメイド服を着てくれと言いだしても、タイミングよく資料を探してこいなんて言うかしら?まったく私をなんだと思っているのよ」
口では不平を言いながら、その実、紀子はそれほど気分を害してはいなかった。
契約しているサブスクで放送しているイギリスのドラマが紀子はお気に入りで、十九世紀のジェントル(上流社会)の人々を見つめるメイドたちが主人公なのだ。
紀子は今、そのドラマの主役のメイドの気分だった。ようやく修一が言っていた資料を探し出した。
手にした資料を取り出そうとしたとき、はずみでもう一冊丁寧に装丁された本が落ちてきた。
紀子は咄嗟にその本を左手で受け止めた。そこには『ALBUM』と刻まれていた。
紀子は、一瞬現実を忘れた。今が仕事中であることも。
勤めているお屋敷の主人の秘密を覗こうとしている本物のメイドになり切っていた。
彼女はアルバムを開いた…
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そのアルバムに収められている写真の中に、高校生の神崎修一がいた。
高校生の修一は、長髪だった。といっても肩にかすかに髪がかかる程度だが。表情も今のような影を帯びてはいない。青春の希望に輝いているように見えた。
「かわいい」
紀子は思わず声に出して言った。
現在の修一とはまるで違う。時にひねくれたようなことを言ったり、紀子にコスプレを強要する男と同一人物とは信じられなかった。
「神崎さんにも高校生の頃があったのね。ま、当然だけれど」
階段を上ってくる足音がした。
「おい、いつまで探してるんだ。早く持ってこないか」
修一が気短に声を荒げながら、資料室のドアを開ける。
メイド服姿の紀子が座り込んで、見ているものに修一は気づいた。
「あ、見るな!」さっきまで気短な声を響かせていた修一が、やや甲高い声を出した。
紀子は、自分自身でも信じられないほどの敏捷さで、修一の脇をすり抜けるのだった。
「ごめんなさい。もう少し見せてくださいね。お求めの資料はこれですね。はい」
紀子はすり抜けざまに資料を修一に渡した。
修一は諦めて、紀子を残して書斎に向かった。紀子はアルバムを小脇に抱えて修一の後についていく。
書斎に戻ると、修一は書斎のパソコンの前の椅子に座り、渡された資料を開きながら、キーボードを叩き始めた。
紀子は勝利の雄たけびを内心で上げて、お決まりのロッキングチェアーに座り、アルバムを開いて見始めた。
「いいか。君にはいろいろ世話になっているから、アルバムを見せるが、アルバムの写真について、他人に特に周に言うなよ」
「ありがとうございます。わかっております」
紀子は満面の笑みを浮かべて約束した。
「ところで、神崎さん。高校生の頃の神崎さんって二枚目というよりかわいい顔だったんですね」
紀子も開き直って遠慮のない感想を述べる。
修一は、紀子に振り向きはしなかったが、苦虫をかみつぶした表情になっていた。
書斎に、紀子の少女のような笑いが広がっていた。
☆
「あ、そういえば今日はクリスマス・イブですね。ケーキ買ってきましたよ。ご主人様。一緒にケーキを食べてくださいね」
紀子はわざと甘い声を出した。
「君が食べたいから買ってきたのだろう」
修一は振り向き、皮肉な笑みを紀子に向ける。
紀子はふくれっ面を浮かべて、冷蔵庫からケーキをトレイに乗せてきた。
「アルバムを見せてくれたお礼に、先ほどの「暴言」は忘れてあげます」
「日本語が間違っている。”正確な指摘”と言うんだ」
二人は黙してケーキを食べた。
屋敷の外では、小雪が舞っていた。
二人にとって『聖夜』であったかどうかわからないが、もうすぐ一年が終わろうとしていた。




