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今日も雨が降る中で  作者: 金沢俊夫


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第七章 交差する秋(とき) その2


1

(神崎さんがどうして)紀子は一瞬戸惑いを覚えた。が、一瞬の後、思い直した。

(何言ってるの、私。神崎さんだってずっとあの豪邸にいるわけじゃないのに)

外出だってするだろう。

次に彼女の視線は、神崎の隣に立つ女性を捉えていた。

紀子は無意識にその女性について詮索していた。“無意識に詮索する“は、奇妙な表現だがこの時、紀子に詮索している自覚はない。

(誰だろう。年齢は三十代、四十代?落ち着いた感じの女性ね)

神崎修一とその女性は、喫茶店に入っていく。

「篠崎、篠崎。どうしたんだ怖い顔して。俺、なんか悪いこと言ったかな」

「え、なんのこと?」紀子は、言われて、バックから手鏡を出した。

そこに写っていたのは、口辺の端が、微かにではなく、顔の半分ほどつり上がったと思えるほど、怖い顔だった。

「さ、佐藤くん。また連絡するね。私、用事思い出したから。スマホでラインしないといけないから」

「あ、ああ。じゃな」

佐藤誠は、腑に落ちたかどうか曖昧な笑顔を浮かべて歩き去った。

紀子は、スーパーの袋を両腕に抱えながら喫茶店に入った。


2

 紀子は、何気なく時計を見る。昼下がりの二時だった。

 帽子を紀子は目深にかぶり直し、修一と中年女性が座る座席から、テーブルを一つ飛ばした座席に座った。店内は満席というわけではなく、静かな話し声でも耳に届くほど静かだった。


 「ホホホ。神崎先生。私たち創文堂がこの度創刊する文芸誌に連載小説をお願いしたいのですが」

 中年の女性編集者は、余裕のある態度で依頼の言葉を紡いだ。

 修一は、ウェイターが注文したコーヒーに一口、飲んだ後もなかなか口を開かなかった。

 「創文堂と言えば、今や飛ぶ鳥を落とすほどの勢いのある出版社なのに、私のような時代遅れの作家に連載を依頼するなんて、どういう風の吹きまわしかな?」

 ガタ!紀子は、二人の話に聞き耳を立てるにに夢中になり、バランスを崩した。その拍子に、スーパーで買った食料が入った袋をフローリングの床に落としてしまった。慌てて拾おうとしたときに帽子が脱げ、神崎修一と目が合ってしまった。

 すぐに帽子を深く被り直し、身を屈める。

 創文堂の中年の女性編集者は、紀子の座席の方向に、嫌悪感に満ちた視線を投げかけると、笑顔を造り直して、修一に向ける。

 創文堂の女性編集者は、謙遜の言葉を抜きに、少し上目線で、言葉を続ける。

 「たしかに、弊社は読者の皆様、作家の方々から評価をいただいております。ですが、だからこそ神崎先生のような”古参”の先生方の創作の場を提供させていただきたいのです」

 修一は、さらにコーヒーに一口口をつけて、視線を組んだ足に向けたまま答えた。

 「”古参”とはこれはまた年寄り扱いされたものだ。私は五十歳には、まだ二年ほど時間があるんだ。最近の”ライトノベル”の書き手が、二十代、三十代なのは知っているし、別にそれを非難する気は毛頭ない。だが、小説を書く、書き続けるには、ある程度の人生経験と「年輪」がなければならないとも思っている。残念だがおたくには、「年輪」の意味を理解していないようだ」

 「手厳しいご批判をありがとうございます。ですが、出版社も”営利企業”ですので、本を売らねばなりません。ですからマーケティング活動を盛んにし、それと同時に文化の発展に寄与することを創文堂は、目的とするものです」

 「だが、その理論からすると売れなくなったら容赦なく切り落とすという意味も含まれている。そういうことでしょう」

 修一の指摘に、女性編集者は沈黙で答えた。

「あなた方には、”マーケティング”によって、作家を篩にかけて、残った作家は擁護する。だが、一作家を必死になって弁護するほどの熱意はない。失礼だが、ぼくがベストセラー作家の端くれに座を占めていた時代は、作家と編集者と出版社が、夜を徹して一つの小説をより良いものにしようと、センテンス、単語に至るまで議論したものだ」

                 3

 「お説ごもっともです。では、どうしてもわが創文堂には、出版はされないというわけですね」

 女性編集者は、蒼白になりながらもどうにか平常心を保って言った。

 一呼吸置くと、女性編集者は再び話し出した。

 「失礼ながら、先生の奥様、いや”元”奥様だった緑川奈々先生も、我社から書下ろしを出しておられます」

 紀子は息を飲んだ。

 (神崎さんの奥さんも作家なのね。緑川奈々っていまベストセラー作家だわ)

 紀子はなおも聞き耳を立てる。

 「知っています。別れた妻のことなど関係ないな」

 神崎修一の言葉は、氷のように冷たく紀子には聞こえた。

 女性編集者の声が、急に粘着度を増した。

 「女性と、失礼誤解なさらないでくださいね。女性と接したいとはお思いになりませんの」

 (なんですって!神崎さんに売春婦でも紹介しようってつもりかしら)

 「あきれたな。近頃の出版社は、作家を釣るために女まで紹介しようというのか」

 女性編集者も口が滑ったという感じで赤面した。

 「〝釣る”とは言ってません。参加をお願いしているのです」

 「最近にぎやかな女性編集者と知り合えてね。だから女には不自由していない」

 「”にぎやかな”ですか」

 女性編集者に嘲笑するような響きがあった。

(にぎやかですって!失礼な)紀子は、心で悪態をつく。

 「わかりました。残念ですが、神崎先生とのご縁はこれまでということで、私はこれで失礼します」

 中年の創文堂の女性編集者は、レシートを手に取り、

「お別れの記念として、コーヒー代はごちそうさせていただきますわ」

 と、さっさとカウンターに行き、料金を払って店を出た。

 紀子も席を立とうとしたとき、呼び止められた、神崎修一に。

 「おい、篠原君は一流のスパイにはなれないな」

 「わ、私は 一人の女性編集者です。スパイなんかになる気はありません」

 紀子は、どもりながら言った。

 「原稿はできてる。チェックを頼むぞ。今日のお礼に今時のメイド服を着ろ。わかったな」

 紀子は顔を朱に染めながら答えた。

 「はい」

 彼女の返事は明るかった。

 

 

 

 

 



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