第七章 交差する秋(とき)その1
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都市の再開発は、昨今のブームとなっている。その都市の利便性を向上させていることは、否定できるものではないが、ある種の寂しさを感じさせもする。
篠原紀子にとって、駅の周辺が変化していく様子は、後者の影響をもたらしていた。
光栄社は、市内中心部に社屋を建てていた。出版不況が叫ばれる。
若者の読書離れ。書籍の価格の高騰。それに伴う発行部数の減少。
出版業界は、荒波の中にあった。そんな業界の中で、光栄社は、一定の業績と評価を得ていた。
最寄り駅であるA駅で、紀子は地下鉄を下車し、長い通路を歩いていく。
両脇には、書店、喫茶店、レストラン、百円ショップ、コンビニetc…。
大都市にあるべきものは、この地下通路を歩くだけで、揃っていた。
雨の日などは、一度も傘を差す必要なく地下鉄に乗れる日もある。
篠原紀子は、年末の雑踏がそろそろ予想される、十一月中旬の日曜日、その地下街を歩いていた。地下街のスーパーは、特売日が多く、給料日前には、主婦はもちろんのこと、学生、社会人で混み合う。紀子もマンションから少し遠いが、散歩がてら足を延ばしていた。
紀子は、この通路が好きだった。紀子の人生の重要な場面に、この地下の通路は、重要な意味を持って存在しているのだ。
☆
最初にこの通路を彼女が歩いたのは、高校二年の冬。志望大学のオープン・キャンパスに参加した時だった。そのころ彼女は神崎修一の小説をむさぼるように読んでいた。
その神崎修一の短編小説に、『雑踏と靴音』という、男子高校生と女子大生の淡いすれ違いの恋愛を描いたストーリーがあり、夢見る年ごろの紀子は、その短編小説を何度も繰り返して読んでいた。
今思えば乱暴なことだが、その通路を歩きたくて、志望大学を決めたのだった。
次に彼女の人生にこの通路が、重要な意味を持って現れたのは、当然、就活である。出版社を志望していたが、落ち続け、最後に採用通知をもらったのが、「光栄書店」だった。
篠原紀子の人生に影響を与えた「A駅周辺と地下通路」は、この約十年でその様相を変えていったのだ。
「人生に永遠に変わらないものなんてないわね」
紀子はスーパーの袋を両腕に抱えながらつぶやいた。
(神崎さん、ちゃんとご飯食べているのかしら)
ふと神崎修一の顔が浮かんだ。
無理やり散歩に連れ出して、逆に紀子が恥をかいた日のことを思い出した。
(あのとき、神崎さんは冷蔵庫から何かを取り出そうとして、立ち上がっていたわね。ということはおそらくは「冷凍食品」に違いないわ。健康に悪いのに)
と、紀子は眉間に皺を寄せながら歩いていた。
その時、紀子は男性に声を掛けられた。
「篠原、篠原紀子さんじゃないですか?」
紀子が振り向くと、長身の男性が笑顔で立っていた。紀子は一瞬思い出せなかった。
「そ、そうですけど。どなたでしたかしら」
「おれだよ。ラグビー部のおなじ文学部の佐藤誠だよ」
「え、さ、佐藤君。嘘よ。ラグビー部の佐藤君は、ずんぐりむっくりで、肩幅の広い、ええ。本当に佐藤君なの」
「いつの話してるんだよ。あれから五年以上経つんだよ。俺もあれからダイエットしたんだよ」
紀子の脳裏に佐藤誠の人懐っこい笑顔が思い出された。
「時間あるんなら、すこしお茶でも飲まないか」
「え、ええ」紀子は少し迷った。
その時、佐藤誠の背に隠れて、信じられない光景を紀子は見た。
背広にコートを見事に着こなした神崎修一の姿があった。
隣に、長身の四十越えであろう美女がいた。
紀子は目を閉じた。なぜ閉じたのか彼女にはわからなかった。




