第36話 導き手(2)
「ですね。それでもセンパイと一緒に過ごす時間は、とてもゆるやかで落ち着いていて。もう一生こうやって過ごそうって思ったんです。でもそんなとき、ひとつのエラーが届きました。リオンさん。貴方のエラーです」
「俺の? ……何回も死んだとかいう例のエラーか。あの赤い光を放ってたやつ」
「はい、あれは特殊な反応なんです。すぐにわかりました。導き手の資格を持つ人物が、新たにあらわれたと」
「導き手……」
「本当は、リオンさんのことは放っておくつもりだったんです。センパイとふたりきりの空間を維持したかったので。だから助けにもいかず時間だけ戻して、何回も何回もリオンさんに死んでもらいました。ただ……」
ベルは気まずそうな表情でリオンを眺め。
「リオンさんは、3万回時間を戻したところ、3万回とも違う死に方をしたんです」
「3万回違う死に方を!?」
「はい。そこで思ったんです。この人は運命に抗おうとしてるって」
「えええ……。なんかいい感じに言われても納得できない……。なんで俺、そんなに死に方のバリエーションが豊富なんだ……」
「表現は良くないかもしれませんが、リオンさんはきっと往生際が悪いんだと思います」
「ホントに表現が良くないな」
そう言うと、ベルはふふっと笑った。
「でも思うんです。必死にあがいた人にしか、ハッピーエンドは訪れない。センパイがよく言ってました。だからくじけずに頑張るんだよって。わたしは途中で諦めちゃいましたけど……。なんとなくこの人なら後を託せるのかなって思って」
「……初めから、俺に導き手を任せるつもりだったのか」
「はい。だからようやく覚悟を決めてリオンさんを助けに行って……その後起きたことはリオンさんも知っての通りです」
「……ああ」
リオンが頷くと、ベルはふうとため息をついた。
「まずリオンさんを導き手として正式に登録し、そのあと強制誘導をセンパイにあらためて使用、わたしとリオンさんの魂をルル・ファクトにいる【魔王】のメイン部分に転送してもらいました。ふたり同時に魂を押し込むこのやり方であれば、一気に澪ちゃんの魂を特殊ボディの外に追い出せるんじゃないかって思いついたんです。狙い通りでしたね。そしてこの世界への転送に成功してからも、わたしはずっと特殊ボディ内のサブエリアに留まり、リオンさんと一緒に行動を続けていました」
「そっか……さっき適当に頷いちゃったけど、今のは全部知らない情報だったな……ありがとう」
「より安定した世界をつくるために働く、星の導き手。それは世界を変革できるほどの、大きな力の持ち主」
リオンの言葉を聞き流し、ベルはつぶやく。
「わたしは導き手をやめて輪廻の輪に戻りたいんです。この星のすべては、新たな導き手であるリオンさんに任せようと思います。でも自分で地獄に行く勇気が出ないので、だから……」
「……」
予期していた言葉だがそれでも認めがたく、リオンはベルを見つめた。
彼女は本気の目をしている。
リオンはため息をついた。
「断る。導き手って本来はふたりでやるものなんだろ? 新人ひとりにまかせるには、難易度が高すぎるっての」
「でもリオンさんはわたし抜きでもうまくやってくれました」
「言うほどそうか? というかそもそもベルだって最初は上手くやれてたんだろ? ミャオが調子を崩して一人体制になったのが良くなかったわけだ。今なら俺とベルの二人体制でいけるし、妨害してくる相手もいない。なんの問題もないはずだ。実際、地球の何とかってセンパイと一緒にいるときは、ベルだって楽しそうにしてたじゃん」
「それはなんの責任もなかったからです。わたしが導き手として良かれと思ってやった行動は、結果的にことごとくルル・ファクトを混迷に導いてしまいました。とうてい向いてないんです」
「……かもな」
リオンは認めた。
たしかに魔王の暴走を止められたなかったわけで、お世辞にもうまくいっていたとは言えない。
「でもそんな反省するようなことか? だって結果的にはうまくいったわけじゃん」
「そんなの結果論で――」
「そう、結果論だ。俺はさっきから結果の話をしてる。お前の行動は、結果的にこの星の騒動を収める素晴らしい導き手――堂島リオンを連れてくることに繋がった。今後のルル・ファクトを任せてもいいと思えるほどの優秀な人材、堂島リオンを見出したのは誰だ? ベル、お前だろ」
「……」
「たしかに予定とは違ったのかもしれんし、逃げ出してそうなったかもしれん。でも結果的に俺をこの世界に引っ張ってくることに成功したわけだ。だったら胸を張ってろよ。初めからこれが狙いだったんですって堂々と主張しろよ。だって結局はなんとかなったんだ」
「リオンさん……」
「結果論で自分を責めるのなら、結果論で自分を褒めたって良いんじゃないか? 俺はそう思うけどな」
リオンはソファに腰掛けた。
「ぶっちゃけ始めはさ、この世界がどうなろうとどうだってよかったんだ。俺が幸せに生きられればそれでいいって。まあ正直に言うと、今でもその考えは変わってない。でもこの世界のことを色々知っていくうちに、なんていうかこう……俺はワガママになったみたいでな。別に世界中が幸せになれとは思わないけど、せめて知ってるやつくらいは幸せになって欲しいんだ。だからベルが不幸になるのはなんか嫌だ。お前が全部に満足して、だがら導き手をやめたいって言うんならその選択も尊重するけど、ぜんぶを後悔しながら終わりにするって言うんなら、俺は嫌だ」
「……」
「そもそもお前が導き手に向いてないなんて、俺にはまるで思えないんだよな。もっと俺に全部を押し付けて、逃げ出すこともできたはずだ。なのに実際はずーっとサポートしてくれてた。今にしてみれば、いいタイミングで俺に呪文を教えてくれてたのはベルなんだろ? 聖剣を持ってきてくれたのもベルだ。なんかリーリアの言葉を思い出したよ。『心が折れ絶望に全身を浸しながらも、貴方は希望を追い求め続けた』ってやつ。つーかお前のやり方って、センパイの言葉もぴったり当てはまってんじゃん。必死にあがいた人にしか、ハッピーエンドは訪れない。お前は全然諦めてなかった。だからこの結果を得ることができた。……やっぱベルは導き手に向いてるよ」
「……わたしが……導き手に」
それはわずかなつぶやきで、だからこそリオンは光明を見たと思った。
とはいえ意気込むことも無く、リオンはむしろソファに深く腰掛ける。
「今回の件だって、別に俺だけが解決したわけじゃないし、ベルだけが頑張ったわけでもない。最後はリーリアが決めてくれたけど、そのためにはレイリの協力は必要で、その前段階ではユナも動いてくれてて……たぶん俺がこの星に来てから出会った人たちの誰か一人でも欠けてたら、こういう理想的な結末を迎えることはできなかったんじゃないかな」
「……」
迷う様子のベルをリオンはじっと見つめる。
「ベルはちょっと背負いこみ過ぎなんだよ。ルル・ファクトの問題なんだから、ルル・ファクト全体で解決しようぜ! お前らも手伝え! ……そのくらい強気で行けばいいんだって。ベルに解決できない問題も俺なら解決できて、俺に解決できない問題もベルなら解決できる。俺とベルのふたりが力を合わせれば、もっといろんな問題に対処できる。だったら――この星に住む皆が協力すれば、解決できない問題なんてない」
「……」
「だろ?」
微笑むと、ベルはこくんと頷く。
それをみてリオンはホッとした。
「まあそう簡単に納得はできないだろうけどさ。ベルがこの世界のために頑張ってたこと、俺は知ってるから。まずは新人の導き手である俺を指導するところから始めて欲しい。な?」
そう冗談交じりに伝えると、ベルがもたれかかってくる。
リオンが驚いてそちらを見ると、ベルは表情を隠すように、リオンの肩に顔を押し付けていた。
「あの子には悪いことをしちゃいました」
「……ミャオか」
分かっていた。
結局ベルは、ミャオを救えなかったことが心残りなのだ。
そのせいで自分を責めてしまっている。
「はい。本当に優しくて、甘え上手で。いっつもセンパイセンパイって懐いてくれました。わたしもセンパイになれたんだって、嬉しかったんです。でも……」
「まああれだ。死神とは仲良くなったし、そのうち面会にでも行くって。1人で抱え込むなよ。そういうのが一番よくないんだからな」
「はい。……ありがとうございます」
ベルの声がくぐもる。泣いてるのかもしれない。
リオンは彼女が落ち着くまで、その肩をぽんぽんと叩き続けた。




