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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第35話 導き手(1)

 聖なる光によって切断され、虚空に消えていくミャオの身体。

 その中心部分から、青白い魂が漏れた。


(逃がすか!) 

 

 リオンは暗黒球体をその右腕に纏い、猛スピードで接近。

 そして青白い魂をまっすぐ見据えた。

 

「悪いな、ミャオ! そのうち会いにいってやるから地獄に落ちてろ! ――暗黒縦長拳あんこくたてながこぶしィ!」

 

 必殺の叫びと共に放たれた拳は――青白い魂をしっかりと握りしめていた。


「よっしゃあ! なにはともあれ一件落着! あとは死神たちが来るのを待って……あ、いや、まずい!」


(導き手の場合、死神が来てくれないんだったか。となると地獄までは俺が運ぶしかない……)


 握りしめた魂を見つめ、どうやって地獄への道順を調べようか考えていると。

 不意に目の前に、なにかの気配を感じた。

 

 顔を上げる。

 

 そこに居たのは、黒いフードを被り、手には大きな鎌を持った白い骸骨。


「死神だぁーっ!?」


 あまりにもイメージ通りなその姿に驚愕していると、死神は大鎌を振り被り、スパンと鋭く振り下ろしてきた。


「うおいっ!」


 慌てて手を引くがその拍子にミャオの魂が抜け出てしまう。


 ギョッとして再び手を伸ばすリオン。

 だが、ミャオの魂は逃げ出すわけでもなくなにかに操られるかのようにふわりと宙を浮き、死神が隠し持っていた鳥かごのようなものに吸い込まれていった。


「ちょっ、えっ……?」


「……」

 

 困惑するリオンに対して、ご協力感謝するとでも言いたげに持っている鎌の刃先を少し下げてから、死神は上空へと去っていく。

 

 それを呆然と見守りながら、リオンはぼんやり考えていた。


(導き手の魂って死神は連れて行かないはずじゃないのか……? もしかして死神の扮装をした魂泥棒? 追いかけたほうが良い?)


 と。

 

「……任せて大丈夫ですよ。正確に言うと、彼女は()()()()()()まだ導き手ではないので、死神につれて行ってもらえるんです」


 その声は背後から聞こえてきた。


 振り返ると目に入ってくる、ピンク色の髪。


「どういう意味だよベル。つーかそっちは大丈夫だったか?」

 

 彼女の表情は、普段の様子からは想像もできないほど冷淡で。

 

「……ベル?」


 顔を覗き込みながら声を掛けた途端。

 

 ――ズルリと。

 魂が引きずり出されるような悍ましい感覚。


 何が起きたのか分からないまま、リオンの意識はブラックアウトした。


◇◆◇◆◇◆◇ 


 「ん……」

 

 目が覚めるとそこは、どこまでも闇が広がっているような、異常なまでに真っ暗な空間。

 ただしリオンが横たわっているソファと、その正面に置かれている背の高い本棚の周囲だけはほのかに明るくなっている。


「この部屋はたしか……」


 銀河の書庫。

 その名前は思い出すことができたが、状況がまるで理解できなかった。


 上体を起こしぼんやり周囲を見回すが、あのとき見た緑髪の女性の姿はない。


 その代わりとでもいうべきか、本棚の前にはベルが立っていた。

 いつも元気な彼女には似つかわしくない落ち着いた表情を浮かべ、大きな本を手にこちらを見ている。

 

「ここは、ルル・ファクトの歴史書がつまった【銀河の書庫】」


「ルル……ファクト?」


「それがこの星の名前です」

 

 そう言って、ベルはパタンと本を閉じた。


「あらためて名乗りましょう。私はベル。このルル・ファクトを管理する正式な導き手です」

 

「この星の導き手……? じゃあミャオは……」


「――烏丸(からすま) (みお)


「ん?」


「それが彼女の本当の名前」


 リオンはハッと目を見開いた。


「……ミャオは……日本人なのか? 俺と同じように地球で生まれてる?」


 その問い掛けに、ベルはこくんと頷く。


「センパイのこと覚えてます? 地球の【銀河の書庫】にいた、緑髪の女の人です」


「そりゃまあ覚えてるが……」


「あの人には、わたしが導き手候補だったときにお世話になってて。だから、新たに見出した澪さんをルル・ファクトに譲ってくれたんです。センパイは優秀だからひとりでやってますけど、本来は導き手って複数人体勢が基本なんですよ。なのに新人がひとりだと大変だろうからって。まあそれでも新人がふたりになるだけなんですけどね」


「……」


「それで――」

 

「ああ、すまん」


 リオンはベルの言葉を遮った。


「言ってる内容は分かるんだが、いまいち頭がついてきてないんだ。結局これってなんの話だ? 用があって呼んだんだとは思うけど、向こうの後処理がすっごい気になるんだが。ガウシバの生命エネルギーを吸収したままだし、あいつそろそろ死んでんじゃねえの?」


「それは大丈夫です。ユナさんが剣を刺し直して復活してましたよ。それがきっかけで戦況がひっくり返ってましたから」


「おおそうか。やっぱ優秀だな、ユナは」


 ベルは、リオンの嬉しそうな言葉を聞いて静かに笑ってから。

 

「でもたしかに本題に入ったほうが良さそうですね。リオンさん」


 妙に真剣な表情に、リオンは身じろぎした。


「な、なんだよ本題って。なんか怖いんだが」


「……澪さんみたいに、わたしの魂も地獄に送ってくれませんか?」


「…………」

 

 リオンは予想もしない発言に、言葉を失った。

 

 地獄で禊を受けることで、導き手はその力を失うとベルは言っていた。

 地獄にいるごく普通の魂というのは、つまり死人の魂ということで……。


 リオンは慌てて口を開く。


「な、なんでだよ。せっかくこの星の問題が片付いたんだ。ここはむしろ大喜びする場面だろ。なんでそんなこと急に――」

 

「もう無理なんです、わたしには。導き手なんて、ぜんぜん向いてませんでした」


 ベルは暗い表情でソファに歩み寄るとぽすんと腰をおろすと、本棚をぼんやり見つめた。


「澪さんが導き手候補としてルル・ファクトに来て……最初の頃は活動も順調だったんです。魔王という制度をつくるというのは、もともとは澪ちゃんのアイディアなんです。わたしも名案だって思いました。強大な力を持った魔族をいかに抑え込むかは、導き手に取って頭の痛い問題でしたから。魔王として直接支配しようという発想は、銀河の書庫にこもりがちなわたしには到底でてこないもので、素直に感心したことを憶えてます」


 褒め称える言葉にも、どこか元気がない。


(……まあ当然か。このまま褒め言葉が続けられたら、こんな状況になってるはずがないもんな)


「管理用のボディを作って澪ちゃんとふたりで乗り込んで……思い返すと、あの時が一番楽しかった気がしますね。でも……そうこうするうちに、少しずつ澪ちゃんの様子が変になっていくのが分かったんです」


「様子が……?」


「彼女は多少生意気なところもありましたけど、とてもやさしくて。それ以上に潔癖でした。どうしようもない問題にも首を突っ込んで失敗し傷ついていく。よくない兆候だと思いました。だから魔王では無く、それとは違う立場で動いてもらおうと思ったんです」


「……それが五天魔か」


 リオンがつぶやくと、ベルはふふと笑う。

 

「正確に言うと、当時はまだ三天魔でしたけどね。ただ、全員立派な人格者で、だから澪さんを仲間に加えてもきちんと支えてくれると思ったんです」


「……結果は違った?」


 彼女の言葉を予測し尋ねたが、ベルは苦笑いしながら首を左右に振った。


「いえ、むしろ想像以上にうまくいきました。四天魔のひとりとして活動する澪さんは無事に明るさを取り戻し、ニャオちゃんが仲間に加わってからはさらにその兆候は増して。そして――だからこそわたしは、彼女の心に巣食う闇を見落としてしまったんです」


「…………」

 

「気付いたときには――澪ちゃんは時間遡行を使っていました」


「……時間遡行? それって前に言ってたヤバいやつだろ? なにが起きるか分からないとかいう」


「はい。センパイから聞いていたので、もちろん澪さんにも警告はしていたんです。赤いエラーを解消するとき以外の使用は厳禁だって。でも――」


「使っちまったと」


 ベルはこくんと頷く。

 

「それも一度だけじゃないんです。彼女の心はまっすぐで、だからこそ死者が出るような意に反する状況に耐えられなかったんだと思います。時間遡行を起こすたびに彼女の精神が病んでいくのがわかりました。結果、わたしも警戒のため銀河の書庫を離れられなくなって。時間遡行をこれ以上使われるとマズいと思ったんです。本当に壊れてしまうと。でも彼女はそんなわたしの隙をつき、特殊ボディを奪って地上でその力を振るい始めました」


「なんかこう……アグレッシブだな……」


 空気を和ませようとつぶやくリオンの言葉も、空虚に響いた。

 ベルも軽く笑ったが、すぐに表情が暗くなる。


「その極悪非道さはまさに魔王の名に相応しく、人類が絶望に染まるまでにそう長い時間は掛かりませんでした。わたしが止めようとしても魔王の力に対抗しきれず、かといってあの特殊ボディに侵入する方法も思いつきません。わたしはただ、彼女が魔王として世界を蹂躙する姿を見守ることしかできませんでした……」


 落ち込む様子のベルに、リオンは首を横に振ってみせた。

 

「でもそれはミャオの責任であって、ベルが悪いわけじゃないだろ。気に病む必要は無いと思うけどな」

  

「かもしれません。でも……嫌になったんです、全部」


「むう」


 リオン個人としては、嫌になったのなら仕方が無いと言いたいところではある。

 とはいえ導き手という立場では、それが許されないということくらいリオンにも分かっていた。

 

 ベルは困った様子のリオンを見て薄く笑うと、明かりの届かない暗闇を見つめた。

 

「だからわたしは、地球に行くことにしました。センパイがいる、銀河の書庫へ逃げ出したんです」


「ああ、いいんじゃないか。気晴らしは大事だ」


「そしてセンパイに強制誘導を使い、その場に居座りました」


「おおう……」


 褒めた途端にえげつない行為を自白され、リオンは反応に困ってしまった。


「それは……よくないな」

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