第33話 魔王対魔王
浮遊島にそびえ立つ塔の頂上。
その端で脚を投げ出すように座るひとりの少女は、この状況に似つかわしくないほど無表情で。
風に揺れるツインテールを見ながら、リオンはつぶやく。
「ミャオ……」
「あー、一応忠告ね。くだらないこと言ったら殺すよ? ま、笑える話をしても殺すんだけど」
彼女はふわりと空に浮かぶと、何が面白いのかケラケラと笑っている。
リオンは逸る気持ちを抑えつけながら、静かに告げた。
「……その身体は、特殊ボディなんだな? 浮遊島で初めて会った時、お前はすでに予備の身体に入り込んでたわけだ」
「せいかーい! ま、当たっても景品は無しだけど……ねっ!」
拳を握り、鋭く突いてくる。
距離はまるで遠いが、リオンは全力で避けた。
そしてその結果にヒヤリとする。
彼女は武器を持っていない。
なのに空間がえぐり取られたように歪んでいたのだ。
(なるほど、世界管理用の特殊ボディか。俺が知らない技も多そうだし、油断するわけにはいかないようだ)
「ふーん、良い判断してんじゃん」
感心した様子のミャオに向け、リオンは叫ぶ。
「待てよ、俺たちが戦う必要なんてないだろ! 絶望の入手に困ることは無くなった! ミャオだって腹いっぱい食べられるんだ。大人しくムラサキたちの強制誘導を解いてくれたら、悪いようにはしない!」
それは最終通告とでもいうべき言葉。
だが、ミャオの反応は強烈だった。
「……悪いようにしない? ああ!?」
目を細め、口を曲げ。それは露骨なまでのいら立ちの態度。
「せっかく人間たちをいたぶって楽しんでたのに、お前が邪魔してきたんだろ!? 一体なに様のつもりだよ!?」
リオンは衝撃を受けた。
口ぎたなく罵ってくるその姿――ではない。
そんな彼女の背後に暗黒の剣が浮かんでいることに、だ。
(くそ、当然暗黒剣も使えるってわけだ!)
直撃すれば致命傷は免れないだろう。
迫る刃を全力で飛び退り回避する。
「その必死な顔、マジ笑える!」
「待てよ、お前の目的を言え、目的を! 望みが分かんねえと、折り合いをつけられないんだって!」
それはその場しのぎの言葉に過ぎなかったが、楽しそうに嘲っていた彼女の表情がピキッとひび割れた。
「うるっさい! こんなくだらない世界、終わったほうがいい! 邪魔をするな!」
「……!」
怒りの絶叫と同時、彼女の背後には再び暗黒の剣。
だが、先ほどとは数が違う。
数百にも及ぶその剣のあまりの多さに、一瞬身がすくんだ。
(これは――避けられない!)
咄嗟にリオンは、魔法を防ぐ半透明のシールドを自身の周囲に張る。
暗黒剣はシールドにつぎつぎと迫りくるが、いずれも跳ね返されそのまま虚空に姿を消していく。
だが――そのうちのひとつが、ついにシールドにヒビを入れた。
そこを起点として立て続けに暗黒剣が刺さっていき、ピシピシとひび割れは深くなり。
ついにはリオンを覆うシールドが完全にはがされる。
(しまった!)
この時を待っていたのだろう。
遠くで控えていた暗黒剣が、リオンの身体目掛け鋭く飛んだ。
分かっているのに、対応が間に合わない。
リオンの心臓が暗黒剣に貫かれる――その寸前!
「キュイィィィー!」
黒い物体が猛スピードで上空から飛び込み、暗黒剣と衝突。
凄まじい爆発と共に、互いに消滅していた。
(……え?)
爆風に吹き飛ばされ空中で回転しつつ。
リオンは呆然と、状況の理解に努めていた。
「ちっ、あらかじめダークボールを潜ませてたってわけ? 思ったより頭が回るじゃん。とはいえ寿命が少し伸びただけで、無意味だよそんなの」
ミャオは余裕たっぷりに笑っているが。
(ダークボールを潜ませていた?)
リオンは彼女の言葉を反芻する。
ミャオはリオンが魔法を使ったと考えているらしい。
だがそれは的外れだ。リオンは魔法なんて使っていないし、潜ませもしていない。
ただ――あの黒い球体に見覚えはあった。
リオンの脳裏をよぎるのは、この世界に来た初日の出来事。
彼が目覚めた時、頭上に大きな暗黒の球体があって。
あまりの恐ろしさに、リオンは言ったのだ。
どこかで適当に遊んでいてくれと。そのうち呼びにいくからと。球体はリオンの言葉に素直に頷いて、上空へと消えていった。
いま消滅した球体は、まさにあの暗黒球体と瓜二つだった。恐らく同一の個体だろう。
(……もしかして、あの言いつけをずっと守ってたのか? 俺は完全に忘れてたのに。なのにお前はいつ呼ばれてもいいように俺の頭上を必死について来てたのか?)
その想像に、思わず目頭が熱くなってしまう。
(きっと俺に呼ばれる瞬間を心待ちにしてたんだろうな。お預けを喰らった犬みたいに、俺の指示に従い続けた。それでいて、いざ俺の命が危ないとみたら体当たりで助けてくれて……なんだよそれ。ほんとうに、なんなんだよ、お前の従順さ……)
リオンは忠犬ハチ公の話を聞いて、人知れず涙するタイプの男だった。
だから暗黒球体に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいで、呼べるものなら今からでもこの場に呼んで頭を撫でてやりたいほどだ。
でもそれはこの状況では叶わない。
だって――。
(いや――)
あることに気付き、笑みが浮かぶ。
泣きそうになっていたせいか、口の端が歪む程度の邪悪な笑みでしか無かったが。
(そうだ。呼べばいい。ミャオが暗黒剣を使ってきたってことは、つまり管理用の特殊ボディにも暗黒剣は効くということ。だったらこれは、暗黒剣をいかに相手に突き刺すかの勝負になる。意表をつくために、むしろここで使うべきだ)
「ほんっとあんたもつまんないことしてくれたよね。別にこっちは歯ごたえのある敵なんて求めてないっての。全部が崩壊していくところが見たかっただけなのに」
ニヤニヤと嘲笑うように。
それはもしかすると挑発だったのかもしれない。
だがリオンは、ミャオの言葉を聞きながらまったく違うことを考えていた。
リスクはある。
あくまでも想像に過ぎない。
だが、リオンは皆を信頼すると決めたのだ。
覚悟を決めたリオンは、バッと天に手をかざし、そして力の限り叫んだ。
「いでよ、暗黒球体ィィィィ!」
その叫びに呼応するように、リオンの周囲が歪み、音もなく暗黒の球が出現していく。
10が20になり20が100になり。その数は次々と増えていく。
あっという間に暗黒の球体は空のすべてを覆いつくすほどにまで膨れ上がっていた。
「な、な……?」
彼女の視線に恐怖が宿る。
その反応をありのままに受け取っていいのか分からないが。
なんにせよリオンはつぶやいた。
「よお、ミャオ。こっちが平和的にいこうとしてたのに、生意気に文句を言ってくれたな。そっちがそういう態度なら、俺もやっぱ当初の予定通り動くことにするわ」
上空から、おびえる彼女を見下ろし。
そして叫ぶ。
「――処刑の時間だ!」
「う、うあ……」
「偽物魔王をぶっつぶせ!」
「キュイーッ!」
リオンの指示に了承の震えを返した無数の暗黒球体は、超高速で移動を開始。
そして――。
仁王立ちで空中に浮かぶリオンの、隙だらけの背中に次々と着弾した。
「うわあああああ!」
「真っ先に本人がやられてる!」
爆音が鳴り響くなか、ミャオが目を剥き叫ぶ。
「そりゃそうだよ、どっちかというとあんたのほうが偽物の魔王だもん! 今の指示の出し方じゃ、そりゃそうなるよ!」
「うるせえええ!」
リオンはがばっと身体を起こし、体勢を立て直した。
「今のはこいつらを放置した自分への、ちょっとした罰ってやつだ! 他人がグダグダ言うんじゃねえ!」
そして未だに向かってくる暗黒球体たちに全力で叫ぶ。
「うおおおおおお、いくぜ暗黒球体ィィ! 俺の背中を追ってこいいいいい!」
「こいつバカかよ! つっこんでくんな!」
ツインテールをなびかせて、あわてて背後に飛び立つミャオ。
速度の性能には違いがないはずの彼女だが、爆風に押されるように飛びかかるリオンの勢いには到底かなわない。
「うおりゃあああ!」
拳を振るいつつ叫ぶあいだにも、続々とリオンの背中で爆発音が響く。
「まじでなんなんだよこいつ! 本人が8割被弾してるじゃん!」
「爆発にまみれながらも拳を振るう! これが我が奥義、暗黒爆殺拳じゃい!」
「だから真っ先にあんたが爆殺されそうになってんだって!」
ミャオのツッコミはもっともではあったが、リオンは半分以上本気だった。
爆風によりリオンの足がばねのように跳ね、腕が自分でも予想外の方向に向かう。
すべては勢い任せの攻撃。だがそれだけに、ミャオの反応が追い付かない。
「がっ!? くっ! ちょっ!?」
「押して押して押しまくれ!」
これはあくまでも隙をつくための攻撃。
だが――。
「うおおおおお!」
「……くううううっ!?」
その猛攻は明らかにミャオを翻弄していた。
もしかするとこのまま押し切れるかもしれない。
リオンがそんな希望を抱いた――次の瞬間。
「……え……?」
彼の身体は急に浮力を失い、勢いよく落下を始めていた。
体勢を立て直そうとするも、指一本動かせない。
塔の頂上に全身を叩きつけられる。
幸い屋上部分は平らになっていてそれ以上転げ落ちることは無かったが、それでも衝撃で息が詰まった。
ミャオが頭上から嘲笑を浴びせかけてくる。
「あっれー!? ミャオが怯える姿を見て、興奮しちゃったぁ? 威勢よく魔法を使ってたけど、やっぱりあんた魔力切れを知らなかったんだ! 高威力のダークボールをあんなにいっぱい出したら、魔力なんてあっという間に無くなるに決まってんだろ、バァーカ!」
「……!」
「調子に乗って無駄うちしやがって、お前はここで死ぬんだよ! 泣きわめいて命乞いしろ! ミャオの楽しみを邪魔をした罪は、それくらいじゃ許さないけどな!」
勢いづいてわめく彼女の背後に、大量の暗黒剣が浮かんだ。
魔力を失い身体すら動かせない状況では、もはや逃げる術など無い。
リオンは迫りくる暗黒剣を、ぼんやりと見つめていた。




