第32話 魔族反乱(2)
「うらあ!」
即座に背後に向けて裏拳を放つ。が、なんの感触もない。
ただいつの間にあらわれたのか、リオンの拳の周囲をコウモリらしき鳥が無数に舞っていた。
やがてバサバサとした羽音とともに、リオンたちの上空で一人の大人びた女性の姿がかたどられていく。
その大人びた姿に見覚えがあった。
(今度はムラサキか!)
「はあ!」
リーリアは聖剣を抜き放つと、近くの建物を蹴り高く跳び、頭上よりムラサキを強襲する。
だが、彼女が剣を薙ぎ払うより早く、ムラサキの姿はその場から消え――。
今度はユナの背後に姿を現した。
「――暗黒剣!」
「……」
魔力の流れによってその動きを予期していたリオンは、呪文を短縮して命を吸い取る剣を打ち出すが、彼女は身動き一つせず無表情でその攻撃を受け流していた。
間違いなく直撃したはずなのに、暗黒剣がスッと虚空に消えていく。
(もしかしてこいつ、実体が無いのか……? しかも空を飛べる魔族相手だと、リーリアやクロウでは決定打を放てない。くそっ面倒だな……)
リオンは苦々しく思いながら、ユナを背後に庇いつつ、どこか超然とした振る舞いを見せるムラサキを見つめる。
と。
彼女の上空よりフワフワと、一人の少女が舞い降りてくる。
「次から次に来やがって!」
リオンのいら立ちとは裏腹に、その少女はムラサキの隣の地面にトンと降りたつと、飄々とした態度で片手を上げ。
そして笑顔で声をあげる。
「おっすぅー、魔王っち。元気してたぁ?」
それは普段と変わらない態度のニャオだ。
正気を失っているようには見えない。
「ニャオ! いったいなにがあった!」
「うーん……そういうの、どうでもよくない?」
返ってきたその言葉は、普段の彼女に似合わずどこか苦味が混じっていて。
リオンは思わず息をのみ、そして静かに尋ねる。
「……ミャオはどうした」
「…………」
今度は答えすらしない。
ただ、チラリとリーリアに視線を向けるのを、リオンは見逃さなかった。
(リーリア……というより聖剣を狙ってる? ……だとするとこいつ……)
リオンはムラサキを警戒しつつ、ニャオを見据えた。
「……お前が、導き手なのか?」
「んー?」
顎に指をあて首を傾げる仕草からは、それがとぼけているのかさえ判断することはできなかったが。
(どうする……?)
ニャオが魔王であれば、他の五天魔を無視してでもここで全力で叩かねばならない。
ただ、ニャオから攻撃の意思を感じないことが、リオンの判断を迷わせていた。
(ムラサキに暗黒剣が効かないのなら、かなりしんどい戦いになる。もしニャオが味方になってくれるなら、かなり助かるんだが……)
と。
考えあぐねるリオンの頭上から、不意に呪文の詠唱が聞こえた。
「氷渦!」
「わわっと!」
氷の気配を察したのか、ニャオがその場から全力で飛びのく。
一方ムラサキはその場から動かず平然としたものだ。
空より舞い降り、リオンとニャオたちのあいだに割って入ってきたのは、銀髪の髪をなびかせる男。
「レイリ!?」
「失礼、遅くなりました魔王様」
リオンに背を向けたまま話すその態度は、自分は味方だと主張しているように思えた。
「魔王様、時間がありませんので端的に状況をお伝えします。ミャオおよびニャオが、我々を裏切りました」
「……!?」
「裏切ったっていうのは違うと思うなー。っていうか、なんで自分の意志で動けちゃうの?」
「ニャオ……」
彼女のその言葉は自白のようなものだ。
レイリは胸の銀飾りを示しながら、肩をすくめた。
「魔王様のデスカウントで死んでからというもの、今までの自身の振る舞いにどうにも違和感があり。ゆえに対策を練らせてもらいました。私はこの飾りを度々触る癖があるので、触れた瞬間に正気を取り戻せる【解呪】の魔法を込めておいたんです。発動しなければそれに越したことはないと思っていたのですが……残念ですね」
「あーこれはうそつきだね。清々したって顔してるもん」
ニャオの指摘に、レイリは薄く笑う。
「それはそうです。私はデスカウントなど知りません。なのに知っていることにされたと後で気付いたときは不愉快極まりなかった。だからこそ、私への洗脳に成功したと思い込むあなた方の姿は実に滑稽でしたよ。まあ、使い魔にすぎない貴方には、何を言っても無駄でしょうが」
レイリの言葉に、リオンはハッとした。
「……使い魔? こいつが?」
目の前にいるニャオに視線を向けると、彼女は余裕たっぷりの笑顔で手をひらひらと振り返してきた。
レイリはそんな動きを見て、忌々し気につぶやく。
「彼女は元人間です。恐らく殺したあとで生き返らせ、主従契約を交わしたのでしょう」
「じゃあ、それをやったのは……」
思い浮かぶのは、ツインテールでふんぞり返る子どもっぽい姿。
レイリはニャオの動きを警戒しつつ頷く。
「ええ。――ミャオこそが今回の反乱の首謀者であり、かつて我々五天魔を率いた魔王です。もっとも洗脳で操ろうとする魔王などに従うつもりはありませんが」
そう言って、血で滲んだ手で髪をかきあげる。
「私はニャオとムラサキを叩きます。その代わり、魔王様にはミャオを葬り去っていただきたい。実のところ私では敵いませんでしたので」
「んー、ニャオに勝つのも無理じゃないかな? 結構強いよ」
余裕たっぷりな表情を浮かべるニャオに、リオンは困惑の視線を向けつつ。
(……行け、暗黒剣!)
密かに呪文を唱え、ニャオの死角から打ち出す。
が。
ニャオはそちらを見もせずに、拳を軽く振るっただけで暗黒剣をはじき返していた。
直感と、手に込められた魔力で対処したらしい。
「――ほらね」
何事も無かったかのように、手をグーパーしながら笑顔を浮かべるニャオ。
(まずいな……)
レイリもガウシバも初見では対応し損ねたというのに、彼女はなんなく対応してみせた。
他の魔法も同様の結果に終わるかもしれない。
そしてムラサキ。
彼女はクロウとリーリアの連携攻撃に追い回されているが、実のところ一撃も当てられていない。
やはり空を飛べるというのはかなり厄介だ。
(……こいつらとまともに戦うとなると、時間が掛かるだろうな。魔王にその隙をつかれたら困る)
リオンは覚悟を決めた。
この場を皆に任せる覚悟を。
「リーリア、クロウ、それにレイリ! この場は任せた! 俺は魔王ミャオを叩く! お前たちが死んでも蘇らせてやるが……絶対に死ぬなよ!」
「はい!」
「おう!」
「おまかせください!」
皆の返事に頷きを返し上空に舞い上がる。
あるいは釣られてどちらかが追いかけてくるのではと思っていたが、この均衡状態を崩すつもりはないらしい。
(3対1にできればと思ったが、さすがにそんなヘマはしないか。となるとあとはユナに期待するしかないな……)
あえて彼女の名前を呼ばなかったのは、なにかを狙っているように見えたからだ。
(大丈夫。ユナは優秀だから、きっと戦局をひっくりかえす一手を打ってくれる)
地上の状況は頭から振り払い、浮遊島の東部にある塔の頂上を猛スピードで目指す。
リオンの視線の先で。
ツインテールが風に煽られ、大きく揺れるのが見えた気がした。




