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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第30話 王都到着

 その後の旅路では問題が起きることも無く。

 夜はクロウの見張りのもと野宿を行い、昼間は空間を切り裂くように空を飛び続け――。


「おっ!」 

 

 ようやくリオンの視界に、()()()()が見えてきた。


「あれが王都か……!」

 

 その街は王の都と名付けられただけあって、かなり栄えていることは上空からでも見て取れた。

 さすがに現代日本のような高層建築物こそ無いが、色鮮やかな建物がどこまでも並ぶ姿は壮観だ。

 そのうえ王都の北部に位置する王宮は、俺でさえ比較対象が思い浮かばないほど巨大で、外壁にあしらわれている飾り細工には思わず見とれてしまうような華やかさがある。


「うわあ……!」

 

 スポーツバッグに入っているリーリアとユナも、上空から王都を見るのははじめてだったのか、感嘆の声を漏らしていた。


「……」

 

 一方でクロウは、聖剣を手に感動の涙を流していたのが嘘だったかのように、死んだ目で王都を見下ろしていた。

 さすがに彼をスポーツバッグに詰め込む気にはなれず違う方法で運ぶことにしたのだが、それが不満だったようだ。


 彼は今、畳んだ風呂敷を椅子代わりにして、空を飛んでいた。

 その風呂敷の両端には紐が結ばれており、その紐の先は上空を飛ぶリオンの胴体に巻き付けられている。

 要するにクロウは、ブランコに座るような体勢で吊り下げられていたのだ。

 

 壮年の男が落下しないように紐をギュッと握る姿はなんだか哀愁を感じる気もしたが、こればかりは我慢してもらうほかない。


「よし、とりあえず王都の手前で降りるぞ」


 リオンは王都を覆う半透明の膜を見つめながら、徐々に降下を開始した。


 

「少々お待ちください」


「…………」 


 王都の入口の門に立つ衛兵に声を掛け、事情を説明してから約2時間。

 白い鎧を着た部隊長らしき兵士の案内により、リオンたちはようやくこの街の最重要建造物である王宮の前にまでたどり着いていた。


 どうやら王都の防御シールドは何重にも張られているらしく、部分的に解除と再展開を繰り返すことで、全体ではシールドを維持したまま内部に魔族が入れる仕組みになっていたようだ。

 

(まあ普段使わないせいか、ずいぶん待たされたが……)

 

 それでも想像より遥かにスムーズに王都の内部にまでたどり着けたと言っていい。

 リオンとしては2代目魔王の訪問がもう少し警戒されると思っていたのだが、やはり勇者リーリアの威光はこの王都においても有効だったようだ。

 ちなみに今のリオンは、クロウの時のような余計な誤解を生まないため、日本時代の学生姿に戻っていた。


「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

 

 新たにやって来た案内の兵士が示すのは、王宮の内部――ではなく、その脇にある庭園だ。

 

 その中心部にはこじんまりとしたレンガ造りの建築物が建っている。

 外観は飾り気の無い無機質な立方体で、機能性重視な印象を受けた。


「失礼します! 皆様をお連れいたしました!」

 

 規律正しい動きで建物の前まで進み、内部に声を掛けてから扉を開け、こちらに向き直る兵士。

 

 その動きに促されるようにリオンたちは室内へ足を踏み入れた。


 外観同様、内部も簡素なものだった。

 部屋の中央には長方形の大きなテーブルがあり、その周囲には椅子がいくつも置かれている。

 恐らくここは会議室として使われているのだろう。

 

 だがこの部屋で注目すべきはそこではなく、テーブルの手前に並び鋭い眼差しをこちらに向けている人物たちのほうだった。

 いずれもゆったりとした白いローブを身にまとった威厳たっぷりな態度の男たち。

 その大半は60歳を越えているように思える。


 そしてそんな人々のなかでひときわ目立つのは、彼らの中央に陣取り、両手を広げ大仰な仕草でこちらを出迎える恰幅の良い男性。

 元の姿のリオンより背が高く、横幅は倍近く大きい。


「よく戻ったクロウ。リーリア姫とユナ姫も無事で何より。そして――魔王よ」


 その男は堂々たる態度でリオンに手を差しだす。


「我が王国へよくぞ参られた。私はこの国の王、ザラザ・ザン・ザラッザだ」


(……まさかこの俺が王様と挨拶する日がくるとはなあ……)


 そんなことを思いつつ、リオンは国王の手をグッと掴んだ。

 

「お初にお目にかかります、国王陛下。私は堂島リオン。いわゆる魔王を名乗ってはいますが、ユナを王都より強制的に召喚したかつての魔王とは別人です。2代目魔王とでも思ってください」

 

 リオンとしては自身の状況を端的に説明した妥当な挨拶だと思ったが、国王の背後に控える重臣らしき人物たちは一様に渋い顔をしている。

 信じてもらえていないらしい。

 

(でも考えてみたら当然か。もともとユナはここにいたわけで、髪色の変化を見れば俺と主従契約を結んでることは一目瞭然。そりゃ嘘をついてるとしか思えないよな)

 

「ふむ……」

 

 国王はそんなリオンの様子をジッと見ていたが、不意に長テーブルの手前に置かれていた椅子をふたつ引き寄せると、そのひとつに自身が腰掛け、もうひとつの椅子を手で示しリオンに座るよう促してくる。

 腹を割って話そうという意思は明白なので不快ではないが、それにしてもかなり豪胆な振舞いだ。


(この人は魔王という存在が怖くないのか……?)


 困惑はあったが、申し出を断るわけにもいかない。

 大人しく椅子に腰を下ろすと、国王はずいっと顔を寄せてきた。

 圧迫感が凄い。眼光が鋭いこともあって、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。

 

「率直に聞こう、魔王よ。そなたの望みはなんだ」


「……人類と魔族が平和に暮らす世界の実現。それが私の――いえ、魔族全ての望みです」


 重臣たちのざわめき。

 それは先ほどよりさらに露骨な不信の態度だ。


 国王はそんな重臣たちに睨みを効かせてから、リオンに向き直る。

 

「私としても、同じものを望んでいる。ゆえにその言葉を信じたいところではあるのだ。だが残念なことに、魔族を信じるに足る証拠が見いだせておらん」


(これは……)


 国王の瞳をまっすぐ見返しながら。彼がなにを求めているのかリオンは察した。


 「俺たちを納得させられるような証拠を出せ」というのは、本来であれば無理難題に属する要求だろう。

 けれど今のリオンには思い当たるものがあったのだ。

 視線をそらさず、告げる。

 

「信じていただける証拠ならあります。――聖剣です」


 王の視線は、リオンの背後に立つリーリアの手元に向けられた。

 やはりその存在には気付いていたらしい。


 重臣たちが再びざわめくなか、王は自身の白い顎髭をなでつつ呟く。

 

「聖剣……聖王国と共に滅失したと聞いておったが……」


「ええ。ですがクロウの協力もあり、聖剣の召喚に成功したのです」


 正確に言うとそれは事実と異なるが、分かりやすさを優先した。

 というより事情をきちんと説明したくても、なにがなにやらリオン自身も分からないので、これ以外に伝えようがなかった。

 リオンは堂々と言葉を続ける。


「聖剣は、対魔族の切り札。私が人間と敵対するつもりであれば、わざわざ呼び出すはずがありません。まして勇者として名高いリーリアに預けるなどありえない」

 

「……その言葉は理に(かな)うようだ」


 王はつぶやきながら、視線を重臣たちに向けた。多くは納得せざるを得なかったようで沈黙を選ぶ。

 ただ、ひとりだけ前に出る者もいた。

 年齢を重ねた人々の中で、彼だけは30代前後と比較的若いように見える。

 

 柔和な微笑みを浮かべながら、その男は疑問の言葉を投げかけた。


「恐れながら陛下、果たしてそうでしょうか。魔王は人間を恐怖で縛り、望むがままに操ります。リーリア姫が持っているからといって安心とは言い切れない。彼の言葉を鵜呑みにすることはできません」


「なぜ魔王がそんな回りくどいことをする必要がある、宰相殿(さいしょうどの)


 口を挟んだのはクロウだ。


「兵糧攻めに等しい状況にあって、王都は緩やかに死に向かっていた。いずれ死に絶えるのだ、俺ならわざわざ乗り込まずに放置するがね」

 

 その無礼な物言いに一瞬ヒヤリとしたが、或いはこの程度の言い合いは慣れたものなのか、王は特に反応は示さない。


 代わりに宰相殿と呼ばれた男が静かに応じた。


「魔族は人心を惑わします。なんの意味があるのかという困惑さえ、やつらにとっては上質なエサになりうる。我々の基準で彼らの行動を測るべきではありません」


「ふん」


 クロウは宰相殿の慎重な言葉を鼻で笑う。


「ダルルグの顛末を聞けば、宰相殿も考えを改めるだろうよ」


 そう言ってクロウは、視線をリオンに向けた。

 

 リオンは、軽く頷きを返してから語りだす。


「いま宰相殿が仰っていた『エサ』というのが魔族が食す【絶望】の話であれば、その問題はすでに解決しています」


「解決? ……どういう意味だろうか」


 理解できない様子で顎鬚を撫でる国王。


 と、今までユナと共に背後に控えていたリーリアが前に出た。


「我々はつい先日までダルルグの街にいました。あの場所は、すでに魔族の支配から解放されています」


「ダルルグが……!?」


 どよめきが起こった。

 絶望の街という呼び名は伊達ではないらしい。


 リーリアは国王や重臣たちを見回しながら言葉を続ける。


「まもなくダルルグの臨時議会から正式な使いも来るでしょうが、先んじて皆様にお伝えいたします。魔王リオンの尽力により、【絶望】が人々の意思の力で自由に排出できると判明しました。今では人間がみずから出した絶望に、魔族が正当な対価を払うことで、平和的な関係を築くことに成功しています。人類と魔族間の争いは無くなり、どこよりも平和な街になったといっても過言ではありません」


「……魔族は人間を拷問に掛けてその絶望に食らいつく醜悪な生き物。いくらリーリア姫の言葉と言えど、そんなことはにわかに信じることはできませんな」


 困惑しつつも慎重に言葉を選ぶ様子の宰相殿に、リオンは首を振った。

 

「信じられなくても、それが事実です。皆さんが知らないうちに、人間と魔族の関係はあらたなる段階に進んでいるんですよ」

 

 そして王を正面から見据える。


「ただ、絶望の件が解決した今でも、一番の問題が残っています。この世界を恐怖で支配した魔王は滅んだわけではなく、今もこの世界のどこかで魂として生きのび復活のタイミングを窺っている。私は奴との争いに終止符を打ちたいのです。あの恐ろしい魔王が力を取り戻した場合、この世界は再び暗黒にのまれてしまいますから」


「……だからこそ我々人類と魔族の講和をはたしておきたいと」


 国王がつぶやき、室内に沈黙がおりた。

 だがそれは熟考とでもいうべきもので、リオンとしては後ろ向きな態度には感じなかった。


 やがてぽつりとつぶやいたのは例の宰相殿だ。


「街から連絡がいずれ来るということであれば、判断はダルルグの使者の到着を待ってからでもよろしいのでは」


 言いながら、なにやら意味ありげな目配せを国王に送る。


「彼らの言葉が事実であったとしても、我々が一方的に講和を主導するわけにも参りません。北方(ほっぽう)への配慮は必要かと……」


(……他の国に無断で交渉を進めるわけにもいかないってことか?)

 

 詳細は分からなかったが、リオンとしても一気に話を進めるつもりは無かった。

 

「こちらとしても、ひとまず状況の説明に来ただけです。互いに準備が必要なのは理解していますから」


「ふむ」


 その言葉に救われたかのように、国王はリオンに穏やかな瞳を向ける。


「では、互いに和平を前提として話を前向きに進める。詳細は、ダルルグの件について確認が取れてから。それでよいだろうか、魔王リオンよ」


「はい、構いません」

 

 その返事を聞いた国王は重々しく頷き、そして立ち上がる。


「よしそれでは――」

 

「報告! 緊急報告!」


 なごやかなムードを遮るように入口の扉が勢いよく開き、血相を変えた兵士が飛び込んできた。

 重臣のひとりが鋭く叫ぶ。

 

「陛下の御前だぞ!」


「し、失礼しました!」


「よい。それよりなにがあった」


 国王が声を掛けると兵士は慌てつつもその場で姿勢を正し敬礼、そして報告する。


「王都の東に【浮遊島】の出現を確認! 現在、急速にこちらに接近しています!」


「……は?」


 リオンはその報告の意味が理解できず、兵士を呆然と見つめることしかできなかった。

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