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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第29話 召喚魔法(3)

 驚愕の視線を向けるリーリアに、クロウは沈んだ表情で頷きを返す。

 

「そうだ、本来であれば聖剣はあんたの手に渡るはずだった。俺が陛下の指示に従っていればそうなったんだ。聖剣こそが魔王を打ち滅ぼす鍵。そして……リーリア姫がいずれ魔王討伐を成し遂げるということは、あらかじめ巫女姫によって予言されていたのだから」


「…………」 

 

「だが、俺は――そのいずれが待てなかった。魔族により国土は踏みにじられ、陛下も魔王によって追い詰められていた。もはや一刻の猶予もない。俺は宝物庫の最奥で聖剣の封印を解き、リーリア姫が潜む寝室ではなく、国王陛下と王妃様が立てこもる玉座の間に戻った。……撃退が可能だと思っていたんだ。俺には封魔の技もある。いくら魔族の王といえど、聖剣の力を借りればこちらの勝利は疑いないと。だが……」


 クロウの瞳に光は無い。

 当時の絶望的な光景を思い出しているのだろう。

 

「魔王の力は想像以上だった。魔法による攻勢は熾烈を極め、剣を振るう膂力もまさしく化け物。結局は封魔など使う余裕すらなく、わずか数合打ち合っただけで俺は地べたに這いつくばった。だが魔王が俺に止めを刺さそうとしたそのとき……陛下が俺の手から聖剣を掴み取ると、聖なる光をその身にまとい、単身魔王に戦いを挑まれたのだ。呆然としている俺は、王妃様の魔法で部屋の外に突き飛ばされた。そして勢いよく閉められた扉に縋る俺に、ただひとこと。『貴方にはやらなければならないことがある。娘たちを頼みます』」


 クロウは悲壮な表情で、吐き捨てるように叫ぶ。


「俺は――守るべきあのおふたりに命を救われたんだ! 騎士である俺がっ! 命に代えても守らなければならなかった俺が、逆に救われてしまった!」


「……」

 

「……自身の失態に気付きつつも、もはや玉座の間に戻ることは叶わなかった。陛下は初めから玉座の間で魔王を足止めされるつもりだったのだ。扉には封印が施されてしまっていた」


 彼の言葉には後悔が滲んでいた。

 それは取り返しのつかない過去への懺悔。


「俺は逃げるように寝室に向かい、息をひそめる貴方がたの手を取った。魔族に見つからないよう必死に祈りながら夜道を駆け抜け、半死半生でグランリュート王国にたどり着き……そこでようやく悟った。いや違う! 俺はとっくの昔に気付いていた! 取り返しのつかない失態を犯したことを! 聖剣が必要なんだ、リーリア姫が魔王を倒すためには絶対に聖剣がいる!」


「……」


 クロウは顔を上げた。

 その表情は苦痛で歪んでいる。


「申し訳ありません、リーリア姫。あなたを死地に追いやったのは俺なのです。本来なら報われるはずだった貴方の未来を台無しにしてしまった。そのうえ、聖剣の無い貴方では勝てないと知りつつ、俺は魔王討伐に向かう貴方をひとりで送りだした。ユナ姫を守るために残る? そんなの単なる言い訳だ……ただ、認められなかっただけ。自身が取り返しのつかない過ちを犯したなんて、どうしても認められなかった。だが――そんな日々にもついに終わりの時が来た」


 フッと彼の表情が緩む。

 だがそれが吉兆だとはどうしても思えない。

 彼が浮かべた笑みは、悲しみにあふれている。


「リーリア姫。貴方は魔王の配下となってもなお気高い。その姿を見て、俺もようやく覚悟を決めました。貴方が魔王の軍門に下ることになったのはすべて俺のせいなのです」


 クロウは大剣を逆手で掴むと、刃の切っ先部分を手で持ち、柄をリーリアに向けて差し出した。

 それは処刑を望む、臣下の構え。

 

「どうか俺の首を、貴方の手で打ち落としていただきたい。俺はあの日からずっと、聖王国を裏切り続けてきた。リーリア姫! どうかこの逆賊に裁きを! 俺は魔王ではなく、貴方の手に掛かりたい!」


 クロウが首を垂れた途端、頭上に浮かんでいた聖王国が消えた。

 どうやら彼との戦闘が終わったことで、召喚魔法が解除されたらしい。


「はあ、はあ……」

 

 同時に封魔も解けたようで、声も出せるようになっていた。

 もっともリオンは疲れ果てていて、呼吸を荒くすることしかできない。

 さすがに一国を丸ごと天国から召喚するのは魔力消費がとてつもないようで、やたらと疲れていた。

 

 膝に手をつき呼吸を荒くする。他人の視線を気にする余裕などない。


 だが、クロウはそんなリオンを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

「それは……どういうつもりだ魔王よ……なぜ俺に頭を下げる」


 困惑の声が聞こえてくるが、リオンも負けず劣らず困っていた。

 別に頭なんて下げていない。

 疲れ果てていたせいで勝手に頭が下がってしまうだけ。

 

 角度的にそう見えるのは仕方が無いが、謝罪しているように受け取られるのは、さすがにリオンとしても不本意だった。

 

「自然と……頭が下がっただけだ……」


 呼吸を整えつつそれだけ告げる。


「なに……?」


 いぶかし気な視線。

 うまく伝わっていないことは分かっていたが、呼吸が乱れているリオンはやはり言葉を続けることができない。


 緩やかな風と共に、不思議な沈黙が流れる中で。

 

「……」


 リーリアは、無言でクロウが差し出した剣の柄を握った。


(……も、もしかしてこいつを処刑するのか? いやまさか、リーリアがそんなことするはずない……よな……?)

 

 肩で息をしながらリーリアの動きを見守る――そんなとき。

 やたらと呑気な声が脳内に響いた。


『リオンさーん! 聖王国が消えちゃいましたけど、もしかして解決しました? ちなみにわたしも王様たちと話が弾んで、お土産に物凄くイイものもらっちゃいましたー』


 息も絶え絶えに頭上を見上げると、遥か上空から舞い降りてくるのは、なにやら長細い物体を胸元に抱えたベルの姿。

 よく分からないが危うい持ち方だ。

 そうリオンが思った瞬間、風に煽られた彼女は空中で体勢を崩し――。


『あっ……!』


(案の定落としやがった!)

 

 ベルが持っていた長細い物体は彼女の腕からスルリと滑り落ちると、クルクルと空中を回転しながら、リーリアとクロウがいる付近に落下していき――。

 

 ギイン!

 

 聞いたことが無いほど、鋭い音がその場に響く。

 落下してきた物体は、クロウが持つ大剣を真っ二つに叩き折りながら、彼の眼前に突き立っていた。


「なっ!?」


 一拍遅れて、のけ反るクロウ。その手には折れた大剣の切っ先だけが握られている。

 だが、その刃もすぐに手から零れ落ちた。

 

 呆然とした様子の彼の視線は、目の前に突き立つ物体にのみ注がれている。

 

 ――それは美しい剣だった。

 

 思わず息をのむほどにきらびやかな刀身。白い柄には天使の羽根らしき模様があしらわれている。


 陽光を反射しキラリと輝いたその姿は、神々しさすら感じてしまうほど。

 

 やがて白塗りの鞘が地面に落ちたが、クロウの視線は地面に突き立つ剣から離れない。

 

「なぜ……なぜ聖剣がここにある……!?」

 

 その言葉に、リオンはハッとした。

 

(聖剣!? ベルのヤツそんなものをもらってきたのかよ! やべえ、さらに話がこじれる予感しかしない!)

 

 慌てて弁解しようとするリオンだったが、クロウはそれより早くその場で立ち上がり、リオンに鋭い視線を向けた。

 

「まさか……聖剣を俺に渡すために、聖王国を召喚したのか……?」


「え?」


 意表を突かれ思わず聞き返すリオンだったが、クロウは全身から異様な熱気を放ちながら言葉を続ける。

 

「俺は聖王国を脱出してからというもの、陛下の命令に背いたことを後悔しない日は無かった。【退魔の死滅刃】は聖剣と組み合わせることで初めてその真価を発揮する。だからこそ魔王は聖剣を奪おうと躍起になっていたのだ。なのに、俺はあっさりとその目的を達成させてしまった。ユナ姫が魔王によって連れ去られたと聞いたときには、ついにその日が来たかと思った。聖王国が、本当の意味で終焉を迎える日が来たと。俺は失意のまま旅に出た。だが……」


 クロウの視線は、再び地面に突き立つ剣へと向かう。

 彼の瞳は潤んでいた。


「聖剣が……ここにあるんだな……。夢に何度も出てきた、あの聖剣が……。もちろん分かってる。たとえ聖剣を取り戻したとしても、俺の失態が帳消しになるわけじゃない。すべてを裏切った俺の浅ましさは一生残り続ける。そんなことは分かってる。だが……聖王国と共に失われたはずの聖剣が、いまここにある……命と引き換えにしてでも一目見たかった聖剣が、ここに……」


 クロウは、キッとリオンを見た。

 そして感極まったように叫ぶ。

 

「新たなる魔王よ! 俺のために、失われたはずの聖剣を再び現世に召喚してくれたのか? 俺の苦悩の日々に理解を示しているから、そうやって頭を下げるのか!? あの日の失態を後悔するより、前に進めと! 聖剣を手に、共に進もうと! そういうことなのか、新たなる魔王よ!」


「そういうことだ」


 リオンは頷いた。

 

 全然違うけど、もうそれでいいやと思ったのだ。


「……お前が本当に心の汚れた悪しき魔王であれば、聖剣は決してその呼び声に応じなかっただろう。聖剣が召喚に応えたこと、それ自体が信頼に足る証。だが……だが俺は……」


 クロウは苦悩の表情で頭上を見上げていた。

 それはすでに消えた聖王国に救いを求めるような仕草。

 

 リーリアは、砕け散った剣の柄を手にしたまま、そんなクロウを静かに見つめていたが。

 一歩前に足を踏み出すと、微笑みを浮かべ穏やかに語り掛けた。

 

「クロウ。わたしも魔王と対峙し、一度は心折れた身です。偉そうなことなど言える立場ではありません。ですが――」


 リーリアの瞳には、どこまでも優しい光があふれている。

 

「あの運命の日、クロウは怯える私たちの手を取り、魔族が跋扈する地獄のような道中を先陣切って駆け抜けてくれました。あのとき自身が血にまみれながらも懸命にこちらを叱咤し道を切り開いて走る貴方の姿が、どれほど心強かったことか。王都にたどり着いてからもそうです。聖王国が消滅したと聞いて立ち上がることさえできない私に、『魔王を討伐するために退魔の死滅刃を磨き上げましょう』と進むべき道を示してくれましたね」


 やわらかな微笑み。そして温かい言葉。


「私を魔王討伐という死地に追いやった? そんなことを考えたことは一度もありません。むしろクロウには生きるために必要なことをたくさん教えてもらいました」


「それは買い被りです……俺はただ、自分自身がしくじったことを認められなかっただけで……」


「たしかにあの日、命令に従わなかったのは良くない判断だったかもしれません。でも父様や母様を救うために玉座に向かったと聞いて、どうしてそれが責められますか。他の誰が認めないとしても、私が認めます。貴方は、騎士の名に恥じない高潔な心を持っている。現に、心が折れ全身を絶望に浸しながらも、クロウは最後まで希望を追い求め続けたではないですか。貴方は間違いなく聖王国の忠臣、(まこと)の騎士です」


「リーリア姫……」


 リーリアは、持っていた大剣の柄をその場にぽとりと落としながら、クロウをまっすぐ見据えた。


「あなたの死を望む心は、聖剣によって砕かれました。ですがクロウ。悪しき魔王はいまなおどこかに潜んでいて、この世界を再び暗黒に包み込もうとしています。貴方の力を私たちに貸してください。魔王の脅威を知る貴方の協力が、我々には必要なのです。どうかお願いします」


 リーリアの言葉を聞いていたクロウは、グッと感極まったように目を細めるが、すぐに無表情を装い。

 聖剣を地面から抜き取ると白い鞘にゆっくりと納め、恭しくリーリアの前にひざまずく。

 

「リーリア姫……これはあの日あなたにお渡しできなかった聖王国の秘宝――聖剣です」


 その言葉の端々に、涙が滲んでいるようにリオンは感じた。

 クロウは聖剣をリーリアに差し出しながら、ぐっと頭を下げる。

 

「遅くなりましたが……どうかお受け取りいただきたい……!」


「ええ」


 リーリアは鞘を掴むと、聖剣を抜き放ち誇らしげに掲げた。

 それはまさに世界を救う勇者の名にふさわしい威容。

 

 クロウはその光景を見上げてから、深く深く頭を下げた。

 それは主君に対する恭順の証。

 彼は長年の苦しみからようやく解放されたのだ。

 

 リオンは夕陽に照らされる美しい光景を見つめながら思う。


(なんかよく分からんうちに、全部解決したな……)

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