第24話 導き手(2)
『いや……でもそれならお互いの条件は一緒だろ。ベルだって導き手だし、互いに時間を巻き戻し合う泥仕合になるだけ。向こうだって、そうそう使ってこないはずだ』
特に根拠がないままリオンはつぶやく。
それは自分でも驚くほどの希望的観測だったが、意外なことにベルは肯定の頷きを返してくれた。
『まあそうですね。時間遡行ってかなり特殊な魔法で、銀河の書庫の本棚の前でその星の歴史書を手にした状態でなければ使えないんです。巻き戻るのはあくまでもその星の時間だけだし、リスクだってある。……どちらかというと、相手が銀河の書庫の入口を封鎖してるのは、こちらに外部との連絡をさせないためだとは思います』
ため息まじりの彼女の言葉には、センパイに連絡さえ取れればどうにでもなるのにという想いが滲んでいた。
『……こっちからは封鎖の解除ができないんだな? だから銀河の書庫の内部に入れないし、センパイに救援の連絡もできないと』
『はい、銀河の書庫ってそれぞれの星ごとにあって、担当も決まっていて……ただ、リオンさんなら封鎖の解除もできるはずです』
『は? なんで俺が?』
意味が分からず聞き返すと、ベルは再びリオンの身体に顔を近づける。
『特殊ボディにその機能がついるみたいですから。たぶん、この星の導き手はその特殊ボディを失うなんて思ってなかったから、そんな迂闊なことをしちゃったんでしょうね。もっとも封鎖を解除しても、本人に気づかれて即座に再封鎖されるだけでしょうけど』
どうやら権限は本人の魂に紐づけされているようだ。
『……解除を試しても、警戒させるだけで意味はないってことか。とはいえ解除の手段がこっちにもあるのはいいな。最悪、相手の状況を見ながら強引に押し入ることもできる』
多少落ち着きを取り戻しつつ。
ふとリオンの脳裏に疑問が思い浮かんだ。
『……なんでその導き手とやらは、まだ時間遡行を使ってないんだ? 特殊ボディを強制的に奪われたこの現状だって、そいつにとっては望ましくないだろ』
それは答えの出ない問い……かと思いきや、ベルもそのことは考えていたらしくすぐさま返事が返ってきた。
『恐らくですけど。向こうは今回の乗っ取りを、時間を戻すだけでは回避不能な出来事だと認識しているんじゃないでしょうか』
『回避不能?』
『ええ。たぶん相手にしてみれば、外部からの攻撃を受けた結果こういう状況になったという認識だと思うんですよね。どこかの導き手が、星を跨いで攻撃を仕掛けて来たって』
『ああ……』
実際はこちらに攻撃の意思はなかったわけだが、向こうにそんなことが分かるはずもない。
そう考えるのは自然だろう。
『ここまで強引な手法を使う以上、確実な勝算があって攻撃を仕掛けてきたはず。だとしたら時間を巻き戻しても身体が乗っ取られるという結果は変わらない。無駄に力を使うだけだし、とりあえず態勢を整え様子を見よう――そんなふうに考えているのかなって』
考え込ながらぽつりぽつりとつぶやくベルは、やがて自分の考えが正しいと納得できたのか大きく頷いてみせた。
『エラーを修正するための時間遡行とは違って、任意の時間に戻る場合はかなりのリスクがあるんです。わたしもやったことはないのでよく分かりませんが……センパイに口を酸っぱくして言われました。自分の意志で行う時間遡行は絶対に避けなさいと。まさか向こうも、凡ミスの結果こうなったとは思わないでしょうし、様子見に徹する気持ちは分かります』
『……要は俺たちを過剰評価してるわけだ』
そして時間遡行にリスクがあるのなら、使用を躊躇するのも理解できる。
だが結局のところ、追い詰められたらそんなリスクを度外視して、一発逆転の手段を取りそうな気もした。
なんだか頭が痛くなってきたリオンは、深くため息をつく。
『……たぶん導き手って寿命とかないんだよな。一生そいつを警戒しながら生きていかないといけないのか? 時間遡行の恐怖に怯えながら?』
『いえ、ひとつだけ対処法があります。――導き手の魂を探し出して、地獄に送り込むんです』
『……地獄に?』
思い浮かぶのは死神の黒いモヤ。
ベルは真面目な表情で言葉を続けた。
『地獄は輪廻を司る場所。そこで禊を受けさせれば導き手としてのすべての権限がはく奪され、一般人の魂へと戻ります。そうすれば時間遡行だって当然できなくなるわけです』
『ふむ。じゃあ俺たちはそれを目標に動きゃいいのか』
ベルの言葉に納得し――そしてすぐに首を傾げる。
『ん、でも死神は導き手の魂は地獄に連れて行ってくれないんだろ?』
『はい。ですので私たちが直接連行する必要があります』
『うへえ……』
地獄に興味がないとは言わないが、それはあくまでも観光名所的な意味合いであって、自分の手で地獄に魂を叩き込むとなるとかなり話が違ってくる。
げんなりするリオンを見て、ベルが笑った。
『とりあえず、必要な情報は伝えましたかね。わたしは予備の特殊ボディが隠されてないか、大陸の東側をもう少し捜索してみます。魔王が根城にしている浮遊島の近くに隠す可能性って結構あると思うんですよね』
『……あったらどうするんだ? 破壊するのか?』
『いえ、もし乗っ取れそうなら奪うつもりです。それができなければ、リオンさんに破壊をお願いすることになると思います。わたしの今の力では、破壊なんて無理なので』
あっけらかんと言ってくるが、それはかなりの危険を伴う行為のように思えた。
地獄に魂を送り込むことで、導き手の権限をはく奪できる。
……当然向こうだって同じことを狙っているはずだ。
『……分かった。俺も行く』
『いえ、やっぱりここは別れて行動しましょう』
『ん? なんでだ?』
急な方針転換に面喰っていると、ベルはやたらと思慮深げに頷いた。
『リオンさんに説明しててふと思ったんですけど、相手はたぶんリオンさんが導き手だと思ってるんですよね。暴走を止めるためにやって来た、別の星の導き手だと』
『……まあそうかもしれん』
結果的にとはいえ、この星の騒動を治めるような行動ばかり取ってきたのだから、他の星から乱入してきたお節介な導き手に見えたとしてもおかしくない。
『そうなると、相手は当然リオンさんの行動を注視していると思うんです。だったらむしろ気を引いてもらった方が、わたしとしては動きやすいかなって』
『俺が囮になるわけか。まあそれは構わんが……向こうがすでに予備のボディを入手してる可能性もあるよな。その場合、探しに行っても無駄足だろ?』
『いえ、予備は絶対に2体あるはずです』
やけにきっぱりと言い切る。
奇妙に思いながら視線を向けると、ベルは種明かしするように舌を出した。
『導き手って、そういう慎重タイプが多いんですよね。……わたしみたいに』
『そうなのか……?』
補足の言葉に、疑問は抱きつつ。
導き手自身が断言するのだから、従うべきなのだろうとリオンは判断した。
『まあ、そこまで言うのならそうなのかもな。ちなみに予備のボディってどんな見た目なんだ。俺が使ってるのと同じと思っていいのか?』
『いえ、外見は変えられるので、あまりあてにはできませんよ』
『そういうもんか。近場の捜索くらいはしてみようかと思ったけど、それなら判断材料がなさすぎるな……』
ぼんやりとつぶやき。
そしてハッとした。
『……え、もしかしてこの身体も姿を変えられたりする?』
『はい。所詮は仮の身体ですから。念じれば変わるはずです』
『まじかよ』
半信半疑ではあったが、リオンは元の姿を思い浮かべ、変われと念じてみた。
すると彼の全身が淡い光に包まれ――。
『……お。なんかいけそう……』
つぶやきが終わるころには光も消え、リオンの視界の高さが明らかに変化していた。
慌ててガラスの反射で確認してみると、そこに映るのは日本で暮らしていた頃の懐かしの姿。
リオンは思わずガッツポーズをした。
『よっしゃ、元に戻ってる! 魔王のむさくるしい姿ともおさらばだ!』
『よかったですねえ。てっきりわたしはあの格好が気に入ってるのかと思いましたよ』
『んなわけあるかよ』
笑いながら答えると、ベルも楽しそう微笑みを浮かべ、そしてふわふわと上昇していく。
『とりあえずリオンさんは、派手に動いて注目を引いてください。もしわたしがいない時に導き手に戦闘を仕掛けられたら、戦うかどうかの判断は任せます。ただ、戦闘で勝利した場合は魂を持って地獄につれて行くのを忘れないで下さいね。逃げられたら、時間遡行される可能性が極めて高いので』
『お、おお。分かった。もう行くのか?』
『はい、あまり一緒にいると、見つかるリスクが高まりますから。ただ……リオンさんが先にここから出て行ってもらっていいですか? わたしは時間差で出ていきます』
『慎重だな……。だが確かにその方がよさそうだ』
『くれぐれもお気をつけて、リオンさん』
『おう。そっちもな』
頷きを返し、小屋を出た。
(……まだまだ油断できる状況じゃないか。こりゃペットを飼うのは当分お預けだな)
内心がっくりしながらもそんな態度は表に出さず。
来た時同様、リオンは裏口から家へと戻る。
(この話は、リーリア達にも伝えたほうが良いよな? ベルが動いているっていう話はダメだろうが、魔王が復活するかもしれないってことは伝えておいた方が良いはず……。もし導き手に盗み聞きされたとしても、俺が主体となって動いてると思われる分には問題ないだろうし……)
と、廊下の先に洗濯カゴを抱えたリーリアの姿が見えた。
彼女もこちらに視線を向け――。
「え!?」
リオンを見て、目を見開いていた。
その反応に、リオンもハッとした。
(そういや姿が変わってるんだったな。いや、こっちが本来の姿なんだけど……)
彼女はそのことを知らないのだから、別人としか思えまい。
というか強盗が押し入ってきたようにしか思えまい。
彼女が自衛を試みる前に、リオンは弁解することにした。
「悪い、俺だ。これが俺の――堂島リオンの本来の姿なんだ」
「あ、ああ、リオンさんでしたか」
名前を出したことで、リーリアも状況を理解できたらしい。
だが、落ち着きは取り戻せていない様で、妙にそわそわしている。
「でも、えーと、それが本来の姿……なんですか? 仮の姿ではなく?」
「そうだけど……?」
「えっと」
リーリアは躊躇したあと、なにかを確認するかのように軽く上目遣い。
「……リオンさんは男性だったのですか?」
「…………」
どうも冗談で言っている様子ではない。
何と返事をしていいか分からず、ただ軽く頷いてみせた。
すると、リーリアは洗濯カゴを抱きかかえたまま、全力で頭を下げる。
「し、失礼しました!」
「いやまあ、べつにいいけど……」
釈然としない気持ちで、リオンはつぶやく。
不快なわけではなく、シンプルに意味不明だった。
するとリーリアの背後からヌッとあらわれたユナが、何かを納得したようにうんうん頷いている。
「リーリア姉さまは、リオンさんのことを女性だと思っていたんですね。道理でリーリア姉さまにしては、慎みの無い行動が目立つと思いました」
「ち、ちが、いえ、違わないんですけど……なんというかこう、魂が女性に見えていたんです。いえ、ぼんやりと感覚的にそうだったというか……」
弁解の言葉が要領を得ないが、結局ユナの言っていることが的を射ているらしい。
リオンはますます意味が分からず、首を傾げた。
「……まあそれはいいけど。もしかして、この身体の方が魂が見えやすいのか?」
「えっと、いえ。今はそもそも魂が見えないです……」
「うーん?」
リーリアの消え入るような声に、リオンはさらに首を傾げる。
それはつまり見た目で性別を判断したということなのだろうが、だとしたらなぜ魔王の身体を見て男と思わなかったのか理解できない。
まるで迷宮に入り込んだような気分だった。
「リーリア姉さまはしっかりしているようで、意外と天然なところがあるので」
「なるほど……なるほど?」
ユナのフォローの言葉でも疑問は消えず、リオンはぼんやりと考え込む。
単なる思い込みというのは、もちろんあり得ることだろう。
リオンにも、思い当たる節はある。
人間は他人から見れば馬鹿げた勘違いをする生き物なのだ。
(でもこれ……聞き流して良い事なのか?)
ベルの話を聞いた直後ということもあって、リオンは慎重になっていた。
リーリアが天然というのは頷けるところだ
ただ、魂がぼんやりとはいえ見えているはずの彼女が、なんの脈絡もなくそんな勘違いをするのは何か違和感があった。
(……リーリアは、俺が乗っ取る前の魔王と戦ってるんだよな。例えばその時に感じた魔王に対する印象が記憶に焼き付いていた、なんてことはないか? つまり俺が乗っ取る前の魔王には、女性の魂が入っていた、とか……。その場合、俺たちが探している導き手も女性の可能性が……)
しばらく考えてから、リオンはその疑念を打ち払うように首を振る。
そもそも魂に決まった性別があるのかすらよく分からないのだ。
ユナが死んだときも、その魂が少女のように思えたというだけ。
あくまでも印象の話に過ぎない。
肉体の性別と精神の性別が一致しない例があってもおかしくないし、そもそも男だろうと女だろうと半透明の魂がふらふらと近寄ってきたら警戒するしかないのだから、そのあたりにこだわるとかえって足元をすくわれかねない。
「ああ、そうだ。そんなことより、ふたりにも伝えておきたいことがあったんだ」
リオンはベルから聞いた話を彼女たちにも話すことにした。
魂が見えるふたりなら、心強い協力者になってくれることだろう。




