第23話 導き手(1)
(ん?)
視線を下げると、靴の上に石が落ちている。
(小屋の方から飛んできたか?)
まるで引き寄せられるように、リオンは白い屋根の小屋に近付いていった。
ドアに手を掛けるが、鍵は掛かっていない。
泥棒を警戒しつつ、そっと扉を開いた。
(誰もいない? いやでも何か気配を感じる様な……)
薄暗い内部を観察する。
ここは物置のようになっており、なにも入っていない棚や樽が無造作に並べられている。
建物自体はそれなりに古いのだろうが、入居時に掃除したばかりなのでホコリは特に被っていない。
(ふむ……)
ひとまず樽の中を確認しようと、部屋の中央に歩み寄る。
と。
『やあ~っと見つけましたあ!』
「!?」
脳内に不可思議な声が響き、リオンはビクッと背筋を伸ばす。
途端にバタン、と背後で扉が閉まる音。
慌てて振り返ると、そこにいたのはピンク髪の少女だ。
なぜか全身が半透明になっているが、その姿に見覚えがあった。
「……ベルか!」
彼女は【銀河の書庫】で会った、導き手の少女。
センパイと呼ばれていた緑髪の女性と共に、リオンの転生を強行した人物である。
そんなベルは扉に背を向け浮かんでいた。
彼女の服装は前回見た時と同じ白いフリフリだが、その全身はうっすらと透けていてほとんど幽霊のようだ。
警戒の視線を向けていると、彼女はいきなり頭をぺこぺこと下げだした。
『いやーどうも、その節はいろいろとご迷惑をおかけしまして……』
以前会った時はやたらと厚かましい印象があったが、さすがに転生時のミスを気にしているのか、妙に腰が低い。
とはいえ今のリオンは別に怒ってなどいなかった。
結果論とはいえ彼女たちがミスしてくれたおかげで、今はこうしてのんびりとした暮らしができているのだ。
リオンは申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女に、気にするなと手を振ってみせた。
「それはもういいって。なんだかんだで快適に暮らしてるし。……ところでお前の声、どうなってんだ? なんか聞こえ方が変というか……」
『テレパシーを使ってるからですね。このやり方だと他の人に会話が聞こえないので、盗み聞きされる心配もなくて便利ですよ。リオンさんもやってみてください。わたしに言葉が届くよう念じるだけでいいので』
『えっと……こんな感じか?』
心で念じる。
すると、口に出していないのにベルが頷いた。
『はい、それでオッケーですね。申し訳ないですけど、わたしと話すときはこれでお願いします。誰にも聞かれたくないので』
『それは別にいいが……』
彼女の態度に違和感を覚えながらも、リオンは心の中で呟く。
『お前が来たってことは、エラーの修正は終わったのか?』
『いやあ、どうでしょうね……』
『……?』
何とも煮え切らない返事だ。
彼女は宙に浮いたまま妙にそわそわとしていた。
『実は、向こうの状況が分からないんです。どうもこの星を担当する導き手が【銀河の書庫】の入口を封鎖したみたいで、地球に戻るどころか連絡すら取れない状況で』
『ふうん』
なにやら重苦しい表情だが、リオンにはそう大した問題ではないように思えた。
かつてベルは、この星の導き手は死んだのではないかと言っていたが、実際はそうでは無かったというだけだ。
封鎖という表現を使うから不穏な印象を受けてしまうが、出入り口に鍵をかけるのは、ごく一般的な行動でしかない。
『その導き手の連絡先とか知らねえの? さっさと封鎖を解いてもらえよ』
『連絡先は知らないんですけど、なんというかこう……身体だけは見つけた感じですね』
『は?』
身体だけ。それはなにやら違和感のある言葉だ。
猟奇的な殺人事件を想像していると、ベルがグッとリオンの身体に顔を近づけてきた。
彼女はリオンの頭のてっぺんからつま先まで、視線を上下させ。
そして暗い表情を浮かべた。
『こうして直接見るとよく分かります。やはりこれは、世界管理用に作られた特殊ボディですね』
『特殊ボディ? 世界管理用の?』
『ええ、導き手が世界に介入する際に使う、仮初の肉体。リオンさんの魂はそれに入ってるんです』
『……』
彼女が言っていることがまるで呑み込めない。
ただ彼女の態度から察することはできる。
――よくない事態が起きている、と。
『我々導き手の魂は、その辺をうろうろしていても死神に連れ去られたりしないんです。でもだからといって無敵なわけじゃないから、念のための保護は必要で……』
『だから、このボディを使っていた……?』
ぼんやりと彼女の言葉を咀嚼しつつ。
結局は納得できずに首を傾げた。
『いやでも待てよ。これは導き手じゃなくて、魔王の身体だったんだ。おまえ、なにか勘違いしてないか?』
『いえ、残念ですけど勘違いはしてません。恐らく導き手自身が魔王を名乗り、この世界を荒らしていたんだと思います』
『……は!?』
思わず目を見開く。
『導き手は歴史書の流れを修正する存在なんだろ? そんなことできんのかよ……』
訝しむが、ベルはため息をついている。
『修正すべきエラーが起きてもそれを無視することは可能です。あくまでもあれは注意喚起なので。当然、エラーを無視した場合、世界の状況は悪化していきますけど……』
『悪化ってお前……』
反応に困りつつ、リオンはマズいことに思い至った。
口元をひきつらせながら、つぶやく。
『あーちなみになんだけど。この身体にもともと入ってたやつの魂は、俺の魂で上書きしちゃったみたいなんだ。たぶんもう存在自体消えたと思う。……やっぱまずいよな?』
『いえ、導き手はまだ生きてますよ』
『そう……なのか?』
ベルは妙に確信を持って頷いている。
『はい、そもそも魂の上書きなんてわたしたちにはできないんです。……センパイがリオンさんを転生させるときに言ってたこと、覚えてますか? 赤ん坊の身体を乗っ取ったりはしないって』
『そりゃ覚えてるが』
『恐らくセンパイは、この世界に管理用の特殊ボディを新しく構築して、そこにリオンさんの魂を入れようとしていたと思うんですよね。危険な世界に策も無く送り出すような非道な人ではないので』
『お前と違って?』
『はい、わたしと違ってです』
『…………』
ちょっとした嫌味のつもりだったが、あっさりと返され反応に詰まるリオン。
ベルは特に気にした様子もなく言葉を続けた。
『ただその作業中にミスが起きて、リオンさんの魂を――』
『元々は導き手が入っていたこのボディに送り込んでしまった?』
言葉を引き継ぐと、ベルは頷きを返してきた。
『はい、そういうことかなと。結果、【魔王】の身体の中にいた導き手の魂は、強制的に外部に弾き飛ばされたんだと思います。さっきも言った通り、導き手の魂は死神の管轄外。おそらく弾き飛ばされた魂は今のわたしのように、どこかを彷徨っているはずです』
リオンはその言葉にゾッとした。
ユナを殺した非道な魔王が、今もこのあたりをうろついているかもしれない。
周囲を慌てて見回しても、もちろんそこには誰の姿も見えないが。
リオンはベルに顔を寄せ、ささやくように考えを伝える。
『……もしかしてそいつが、この魔王の身体を取り戻そうとする可能性もあるのか?』
ベルは真剣な表情で考え込む。
だが、結局は首を左右に振った。
『その身体って外部から乗っ取られないようにメイン部分には厳重なプロテクトが掛かってるんですよね。それこそ今回のような転生事故が起きれば別かもしれませんけど……はっきりいって再現性が無いので乗っ取られる心配はいらないと思いますよ』
『そ、そうか。なら安心していいんだな?』
『ええ。とはいえこのまま状況を放置するわけにもいきません』
頷くベルの表情が、一気に明るくなった。
リオンにキラキラの瞳を向け、拳を天に突き出している。
『と、いうわけでリオンさん! どこかへ逃げ出した導き手を、わたしと一緒に探す旅にでましょう!』
『え、嫌だけど』
『……はい?』
上げた腕をコテンと折り曲げ、間抜けな声を漏らすベル。
リオンは背後の棚にもたれかかると、ベルを追い払うような心地で手を適当に振った。
『だってそれ、俺に得がねえじゃん。平気で人を殺すようなヤバいやつ、わざわざ会いたくねえって。導き手同士の揉めあいに俺を巻き込まないでくれよ。精神がすり減る』
『いやいやいや、なにナイーブなこといってるんですか。このままじゃわたしだけじゃなく、リオンさんも地球に帰れませんよ』
リオンはもたれかかるのをやめると、ベルをまっすぐ見据え、堂々と胸を張った。
『それで一向に構わんが。むしろ、だからこそ手伝いたくないんだが』
『え!?』
『なんであんな貧乏生活に戻らなきゃいけないんだ! 俺はここを安住の地に定めたんだから、もうほっといてくれよ!』
『案の定ピーチクパーチク言い出した!』
テレパシーで叫びを伝えてくるベルに、再び手を振ってみせた。
『うるさいぞ、ピーチクパーチク言ってんのはお前の方だろう。俺はこの世界における最強の魔王としての超パワーを得た。魔王だか導き手だか知らんが、野良の魂程度、近寄ってきても一蹴するだけだ。どこにいるのか分からん相手を探し回る気は無い。俺はこの力を使ってのんびり平和的に暮らすって決めたんだからな!』
『ぎゅ、牛肉はどうするんです? 30日分の牛肉が、貴方の帰りを待ってますよ』
『それは正直心残りだが……牛の魂に会ったら、さっさと天国に行くよう伝えておいてくれ』
『いやだから、地球に戻れないんですって』
『むむ』
揚げ足を取られ顔をしかめると、ベルがここぞとばかりに言い募る。
『そもそも平和的な生活なんて、そいつを捕まえない限り無理ですよ。未だに姿を見せないのは、予備のボディがあるからだと思うんです。それに乗り込んで、反撃の機会を窺ってるんですよ』
『うーん、予備ねえ……』
リオンは自身の身体を見下ろしながら、つぶやく。
本命の特殊ボディ以外にも、予備を用意する。
たしかに可能性としては否定しないが、あまりピンとこなかった。
『そんなもんがあったとして、何ができるんだよ。所詮は予備の身体で、性能的にはこっちのほうが上のはずだ。もし戦闘になっても普通に勝てるって』
『それはそうだと思います』
ベルは素直に頷いてから、すぐに言葉を続けた。
『でも忘れたんですか? 導き手は時間を操作できるんです。いざとなったら勝てるまで何回だって勝負をやり直しますよ。自分の都合がいい結果が出るまで何回でもです』
『…………』
余裕ぶっていたリオンの表情が一瞬で固まった。
敵である導き手が、時間を巻き戻す。
それはリオンにしてみれば明らかな禁じ手だったが、嫌だと主張して聞いてくれるはずがない。
ここまで苦労して築き上げた平和な生活が、時間遡行によって一瞬でスタートラインまで戻されるかもしれない。
リオンの背中をじんわりと嫌な汗が流れた。




