第25話 王都へ(1)
「うーん」
リーリアとユナに魔王の魂がうろついている可能性があると伝えた、その翌日。
朝食を食べ終えたリオンはリビングのソファに寝そべり、天井を眺めていた。
気だるい微睡みに包まれながら、ぼんやりとつぶやく。
「すべてぶちまけるか……?」
「ぶちまける?」
早朝の稽古を終えバスルームから戻ってきたリーリアが、濡れた赤髪をタオルで拭きながら不思議そうにこちらを見ている。
ちなみにリオンが男と気付いたためか、服はきっちりと着込んでいた。
リオンはそんな彼女を横目で見ながら、上半身を起こした。
「ああいや、俺が魔王の身体を乗っ取ってしまったことを公表したほうがいいんじゃないかと思って。今の俺は魔王リオン。かつての魔王とは別人だと魔族たちにはっきり伝えるんだ」
「狙いは?」
「……魔王が動き出す前に先手を打ちたい」
自身の足元を確かめる様な心地で、リオンは答えた。
「今までは、俺の正体をバラす利点は特に無いと思っていた。魔族の怒りを買うだけだって。でも状況が変わった。俺はかつての魔王がなしえなかった、絶望を平和的かつ安定的に生み出す方法を確立したんだ。これはでかい。魔族からも人間からも好感度大幅プラスだ」
リーリアは髪を拭きながら頷く。
「たしかにそうですね。この街にかつての魔王が出現したとしても、魔族が味方するとは思えません」
身体のラインが出ないゆったりとした服を着ているというのに、首を傾け髪をふく仕草が妙に色っぽい。
そんな彼女から視線をそらし、リオンは説明を続けた。
「あいつは魔族を飢えさせていたからな。でも本物の魔王があらわれて、この街での出来事もすべて自分の功績だと主張されたら、こっちには反論する術がない。魔族の連中は魂を見ることができないから、どちらが本物か見分けられないしな」
「ですが、本物の魔王とやらにご主人さまの真似ができますか?」
反論したのは、リーリアに続いてバスルームからやってきたユナだ。
彼女は魔法で髪を乾かしたらしく、見た目には湯上がりらしい感じがない。
ただ体温が上がったのか、手でパタパタと自身を扇いでいた。
「ご主人さまは、かなり奇特な行動をしますから、そこで見分けがつくのでは?」
なんとなく棘を感じなくもないユナの言葉だが、彼女の瞳は澄み切っていて、むしろ尊敬の念すら感じさせた。
なのでリオンは、素直に頷く。
「まあそうだ。でもそれだって記憶が戻ったとでも言えばどうにでもごまかしはできるだろ。記憶がなかったから変な振舞いをしてただけで、今は元通りになったって。そう主張されたら、多少なりとも心が揺れるやつは出てくると思う。向こうが本物の魔王なのは単なる事実だからな」
顎に手をあて、思案しながらつぶやく。
「向こうに先に言われたら損する可能性があって、でもこっちが先に言うぶんにはメリットしかない。それならこちらから主張するべきだと思う。俺は偽物だが、それでも魔王リオンにつくことこそが誰にとっても得なんだと事前に思いっきり喧伝しておくんだ。そうしたらあとから本物の魔王がしゃしゃり出てきても、みんなその言葉を無視してくれるんじゃないか? 特に五天魔にはあらかじめ説明しておきたい。昔の馴染みだからといって、魔王側につかれたら困る」
そしてこの行動の利点はもうひとつあった。
リオンが正体を明かせば、本来の魔王は当然焦るだろう。
動揺して、変な行動に出てくれればしめたものだ。
策も無く突撃してくれたところを捕獲し、地獄へ送り込めばいい。
リーリアは髪を拭くのをやめ考え込んでいたが、リオンの顔をまっすぐ見つめ頷く。
「私もそれがいいように思います。……二手に分かれますか?」
「二手?」
キョトンと聞き返すと、リーリアは窓の外に視線を向けた。
それはここではない、どこか遠くを見ているようにリオンは思えた。
「魔族だけでなく、人類側にもリオンさんの事情を説明しておいた方がいいと思うんです。前々から魔王討伐の結果の報告をしなければと思っていたので、それも併せてグランリュート王国の王都に行かせていただければと。王都の連絡網を使えば、各国にも速やかに連絡ができますから」
「ん……それは……」
正論だとは思いつつ、リオンは口ごもる。
このダルルグの街はちょうど浮遊島と王都の中間地点にあるため、彼女の言うとおり効率を考えれば二手に分かれるのがベストだろう。
本物の魔王の動きが分からない以上、速やかに動くに越したことは無い。
(ただ、安全面を考えるとどうだ? リスクが大きすぎやしないか?)
もともと魔王はリーリアとユナを殺そうとしていたのだ。あの行動は無視できなかった。
「……やっぱり一緒に行動しよう。変なリスクは負いたくない」
「分かりました。その場合どちらを優先しますか?」
リーリアも案のひとつとして言ってみただけのようで、特に反論することなくリオンの考えを受け入れてくれた。
リオンはしばし考えてから答えを告げる。
「まあ、優先すべきはやっぱり魔族か? 人類側も後回しにしたくないが、魔王が動き出した場合はまず魔族に接触するだろうからな。ここはひとまず浮遊島に向かおう」
ひとり頷いて威勢よく立ち上がるリオンを見て、ユナがぽつりとつぶやく。
「ご主人さま。浮遊島に向かうのであれば、魔王の姿に化けたほうが良いのでは?」
「あ、なるほど」
今のリオンは元の学生姿に戻っていた。
いきなりこの格好で浮遊島に降り立っては、五天魔の混乱を招くだけだろう。
リオンはサッと腕を一振りし、再びローブをまとった大男へと姿を変える。
「よし、これでいいな。じゃあふたりも浮遊島に出かける準備を――」
「その必要はありません」
「うおっ!?」
突如、背後から掛けられた声にビクリと全身を震わせるリオン。
視線を向けると玄関へと繋がる廊下に、黒い服に身を包んだすらっとした男が立っていた。
レイリだ。
目が合うと彼はその場に片膝をつき、恭しく一礼した。
どうも制御はできるらしく、足元に氷は張っていない。
突然の五天魔の登場に身体を固くするリーリアを片手で制し、リオンは口を開いた。
「驚かせるなよ、レイリ。というかどうやって入ってきたんだ」
「玄関からです。この家全体に魔法を拒絶するシールドを張らねば不用心ですよ」
そういって、指先から伸びた氷を示す。
恐らく郵便受けから氷を伸ばし、上手く使って鍵を開けたのだろう。
(コソ泥のやり口じゃん……)
眉をひそめるリオンだったが、実際に部屋の中にまで入り込まれ、それに気づきもしなかったのだから不用心との指摘に反論の余地はない。
素直に頷きを返した。
「なるほど。今後は気をつけよう。しかし何の用だ」
レイリは片膝をつけたまま、軽く頭を下げた。
「魔王代理の命を受け、魔王様にご報告したいことが」
「魔王代理……ガウシバか」
「はい」
頷いたレイリは、顔を上げグッと背筋を伸ばした。
「魔王代理は、人類との講和を望んでいます」
「……は!?」
予想だにしない言葉に、リオンは目を見開いた。




