第八十話 賢者の物理攻撃
翌日の午後、約束どおり宰相府からの迎えの馬車が宿の前に到着した。
歩いたほうが早いのだが、そこは権威ある宰相府のお招きだ。俺たちは迎えの馬車で、すぐ目の前の王宮へと向かう。
今日は女王様ではなく、その臣下である宰相府の招きなのだから、正門は通れないのかなと思っていたのだが、そんなことはなく、俺たちは正門から王宮へと入場した。
もっともその先は謁見の間のある正面の建物ではなく、馬車はその右奥の宰相府へと向かった。それにしたって大したご威光だ。
宰相府の前では文官が待っていた。
俺は一応、大公なのだから、もしかしたら宰相府の面々が出迎えてくれるのかなと、ちょっとだけ思っていたのだが、そんなことはないようだ。
アグナユディテに悟られたら、また、偉そうだと言われそうだが。
「私がご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
案内の文官は初めにそう言っただけで、あとは無言で廊下を進んでいく。俺たちは彼について行くしかなかった。
「随分と遠いのだな」
リューリットがそう言うが、文官は俺たちを振り返って軽く会釈しただけで、特に答えはない。
「何だかどんどん建物の中心から離れていくみたいだけれど、大丈夫なのか?」
今度はエディルナがそう聞くが、文官は小さな声で「大丈夫です」と答えるだけだった。
俺はそれを聞きながら、皆、けっこう意地悪だなと思っていたが、まあ、親切にしてやる義理はない。
この文官がどこまで知っているのかは分からないが、少なくとも俺にこの先に待っていることを教えてくれる気はなさそうだ。
やっとたどり着いたと思った部屋もどうやら控え室らしく、
「お付きの方々はこちらで暫しお待ちください」
文官はそう言って、俺を奥の扉へと案内する。
控え室だって、どう見ても何もなかった部屋に無理に応接用の机やソファを置いたといった様子で、とても俺たちを歓待しているようには思えない。
フォータリフェン公爵やイベリアノだったら、もっと用意周到で、こういった見え透いたことはしないだろうなと思いながら、俺が皆に「じゃあ。俺はご挨拶をしてくるから」と言うと、アグナユディテが心配そうに俺の顔を見てきた。
俺は黙って頷くと、案内役の文官の後に従った。
その文官に促され、俺が入った部屋は薄暗い何もない部屋だった。
部屋の様子は到底、王国の宰相府の方々が、大公たる俺に挨拶をするのに相応しい場所とは思えない。
「のこのことやって来おったか」
そう言った灰色のローブを着た男のほか、高位の貴族らしき男と、神官らしき僧衣の男が俺を迎えた。
その瞬間、俺の後ろでガチャリと鍵の閉まる音がして、どうやら俺はこの部屋に閉じ込められたようだ。
「大人しくしていてもらおうか」
貴族らしき男がそう言うと、部屋の両方の壁際にいた六人の男たちが俺を囲むように近づいて来る。
いずれも筋骨隆々とした、いかにも腕力のありそうな戦士たちだった。
だが、俺が魔法の杖を振るうと、左側から近づいて来た屈強そうな戦士たちの三人が、そのたった一撃で吹き飛ばされた。
「なんだ! どうしたんだ」
仲間が俺に吹き飛ばされ、慌てて右側から襲い掛かって来る戦士たちの攻撃を、俺は片手で簡単に受け流したり、受け止めて弾き返したりしてしまう。
(俺も甘く見られたものだな)
そう思うしかないだろう。
魔王バセリスや古竜王を倒した英雄と認識されていると思っていたのに、そこいらの魔法使い同様に、魔法を使えなくして戦士で囲めばイチコロだと思われたと思うと腹立たしい。
そう、この部屋は魔力の源の流れを止めて、魔法を使えなくした部屋なのだ。
どういった構造になっているのかまでは知らないが、ベルティラの持っていた『銀のアンクレット』だって魔法を無効にするものだったから、そういったことも可能なのだろう。
ベルティラのアンクレットは相手の魔法を無効にしながら、自分の魔法は制約しなかったし、簡単に持ち運びができる大きさだったから、使い勝手という面では、こんなご大層な部屋より圧倒的に優秀な代物だろう。
やっぱり人間の魔法使いと魔王とでは、魔法に関する技量の差は歴然ということだ。
イベリアノの助言がなかったら、使おうとした魔法が発動せず、無防備になったところを戦士たちに襲われていたかもしれない。
それでもあの程度の者たちにやられるとは思わないが。
昨日はイベリアノが帰った後、皆で対応策を話し合ったのだが、バトラーとメイドを誤魔化すのが大変だったのだ。
とにかく俺たちが話をしているダイニングテーブルの周りに居られないように、皆で代わる代わる色々と用事を言い付けたのだ。
メイドには、お茶を淹れてほしいから始まって、お菓子が食べたい、手洗いが水でビショビショだ、ドレスが見たいから案内してほしい。
バトラーには、荷物を部屋まで運んでほしい、念の為、もう一度お迎えの馬車が来る時間を確認したい、廊下を照らす蝋燭が消えていた、エトセトラ、エトセトラ……。
それでも半分くらいは別のメイドに頼まれてしまったり、後で対応しますと流されたりした。
だが、何とかそれなりに仲間内で共通の認識を持つ程度までは話し合うことができたのだ。
トゥルタークの考えでは、イベリアノの「魔力の流れ」という言葉から、おそらくは魔法の使用を制限されるのではないかとのことだった。
彼はエディルナがバトラーを連れていなくなったのを確認して、「アリアのいないところで、毒でも使われると面倒なのじゃが」と言って、毒殺の心配を口にしていた。
だが、俺はイベリアノの情報力に全幅の信頼を置いているから、魔法が使えなくなったときのことだけ考えておけばいいと思っていた。
正面から俺に声を掛けてきた三人の狼狽ぶりは、見ていて面白いくらいだった。
三人とも後ずさりしながら必死で戦士たちに「何をしておる。早く倒せ」とか、狂ったように叫んでいる。
一人は魔法使いのようだし、神官もいるのに、自ら魔法を封じてしまっているからどうしようもない。
まあ、魔法使いや神官が加勢したところでどうにかなるとは思わないが。
右から襲ってきた三人も次々と魔法の杖で薙ぎ払い、杖の先で突いて戦闘不能に陥らせる。
かろうじて立ち上がろうとした左側の一人に俺が蹴りを喰らわせると、そいつは壁まで吹っ飛んでぐったりと動かなくなった。
「何故だ! いつも女たちの後ろに隠れる非力な魔法使いではなかったのか!」
神官らしき男は頭を抱えるようにして、そう大きな声を出した。
この男、さっきから何だか叫んでばかりいるようで、ちょっと大丈夫なのかと思ってしまう。
(ああ。やっぱりそう思われていたんだ)
俺はさすがに少し残念に思ったが、まあ、仕方がない。だって、実際に俺の定位置はエディルナやリューリットどころか、アグナユディテやアリアから見てさえ後ろだからな。
だが、この世界ではレベルによる補正の効果は絶大なのだ。
それに俺は女王様からいただいた『幸運のタリスマン』だって持っている。
低レベルの王国騎士あたりなら殴り合いでも勝てる自信がある。
元いた世界での俺は平和主義者だったし、痛いのは嫌いだったから、殴り合いなどしたこともないが。
それにしても、この世界で俺を何とかしようと思うなら、せめて俺の仲間の一人くらいは用意しておかないとな。
そういう意味ではナヴァスター公爵が、それに一番近いところまで行ったのだろう。
彼は曲がりなりにもリューリットを取り込んでいたからな。
でも、今となってはパーティーメンバーはなぜか皆、俺の領地で暮らしているし、厚い信頼で結ばれているから、俺を害そうとなどするはずがない。多分。
「まだやる奴はいるか?」
俺がそう尋ねても、戦士たちは全員打ち倒され、もう返事をする者はいない。
「じゃあ、この後の相手はそちらの三人だな」
俺がそう言って近寄ろうとすると三人は震え上がったようだが、その時、俺の後ろの扉の鍵がガチャリと再び音を立て、扉が開かれた。
そして、そこには見覚えのある可憐な少女の姿があった。




