第八十一話 薔薇の子孫の再会
ティファーナ・エルクサンブルク嬢
女王様から宰相府で辣腕を振るっていると聞いてはいたが、本当にここで会うとは正直、思っていなかった。
(少し感じが変わったな)
俺は彼女を見てそう思った。
エルクサンブルクで会った、あのアンヴェルに夢中で、彼との結婚という将来を何の疑いもなく信じていた純真で輝くような明るさを持っていた少女が、今や少し陰のある憂いを含んだ目で俺のことを見ていた。
「ティファーナ! 話が違うではないか!」
僧衣を着た男がそう彼女を詰るような声を上げる。
だが、彼女はまったく動じる様子を見せず、
「いいえ。私はただ魔法を完全に封じる方法を知る者が魔術師ギルドにいるとお伝えしただけ。それをどうお使いになるかなんて、私が決める範疇ではありませんわ」
そう突き放すような言葉を放つ。
「何を今さら。私をトゥヘンダーリ卿に紹介したのは、お前ではないか!」
続けてローブを着た男も、そう彼女を難詰しようとする。
「ですからご紹介はいたしました。ですが、その縁をどう使われるかは私が決めた訳ではないでしょう?」
彼女はそう言って、相変わらず冷静だ。
他の三人がすっかり狼狽した様子なので、その冷静さが際立って見える。
「お前はそう言って一人だけ逃げる気か? そんなことは許さんぞ!」
高位の貴族らしき男が最後に彼女を非難するように声を上げた。
ティファーナ嬢は、フーッと深いため息をつくと、
「いいえ。その逆です。この場は私が引き受けますから、あなたたちは引き上げてください」
そんなことを言い出した。
「おい。何を勝手に話を進めているんだ。そんなことは俺が許さないぞ」
俺がそう言うと、三人の男はギクリとしてその動きを止めたが、ティファーナ嬢はまったく動じることなく、
「いいえ。引き上げて問題ありません。問題があるのはあなたの方ですから」
そう言って俺の方に向き直った。
「いかに女王陛下の信頼が厚いとはいえ、宰相府で狼藉を働き、六人の男性に怪我を負わせたことは明白。どう申し開きをされるおつもりかしら?」
確かに言われてみればそうだ。しかも当たり前だが、俺の方はかすり傷ひとつ負っていない。
あまりにレベルに差があるし、『幸運のタリスマン』の効果もあって、カスダメージさえ通らなかったのだ。
「しかも、あなたの大立ち回りを証言する者が、私を含め十人もいるのですよ。その中には長年、王国の藩屏として仕えてきた由緒ある家柄の者もいます。
大変失礼な物言いですけれど、一代で家を興されたあなたと、どちらの証言がより信頼に値するとお思いかしら」
彼女はさらにそう畳み掛けるように言葉を継ぐ。
本当は俺が襲われたのが事実なのだが、彼らが揃って俺がいきなり暴れたと言えば、そちらが真実と認定されてしまいそうだ。
俺の方は状況証拠しか挙げられないし。
「それにあなたは先年、王都の西にある王家の狩り場の木々を魔法でなぎ倒し、建国にまつわる祠のあった岩山を破壊されましたね。その罪もまだ償われてはいないのではないかと存じますが」
もう俺は「ウググッ」とでも言うしかない状況だ。
本当に王都は、特に王宮は嫌なところだ。あれほど可憐だったティファーナ嬢が、ほんの少しの間にこの変わり様だ。
やっぱり女王様は特別なんだな。ずっと変わらずにお優しくて、俺のことも心から心配してくださっていることが身に染みる。
俺は『ドラゴン・クレスタ』のティファーナ嬢のことを思い出す。
そう言えば、真のエンディングでは彼女はどうなったのだろう。
エンディングはあれほど何度も見たはずなのに、彼女については記憶にない。
おそらく容量の関係でカットされたか、そもそも制作スタッフも忘れていたのだろう。
彼女はゲームで「ご無事をお祈りしております」と言って、頬を染めて俺たちを見送ってくれるし、いかにも可憐な貴族のお嬢様といったイメージで、かなり好感度の高いキャラクターだった。
だが、所詮はゲーム序盤のNPCだ。そこまでディテールが描き込まれていた訳ではない。
そうであったなら、俺もエルクサンブルクであそこまで衝撃を受けずに済んだはずだ。
それに、真のエンディングでは、アンヴェルはミセラーナ王女と婚約するのだ。
その後、どうなったかまでは知らないが、まさかラノベでもあるまいし婚約破棄することはないだろう。
もし、あの真のエンディングの後、本当に婚約破棄するなら、そんなラノベも読んでみたい気がしないでもないが。
俺がそう考えて黙っていたのを、もうぐうの音も出なくなっていると思ったのか、ティファーナ嬢は、
「いい気になるなと言うことですわ。成り上がりの魔法使い風情が。身の程を知りなさい!」
そう俺に叩きつけるように言葉を投げつけた。
その姿はまるきり悪役令嬢のようだった。
(なんだかもう面倒くさくなってきたな。全部吹き飛ばして終わりにするか)
反論する気力も失せた俺は、そう思えてきた。そんなことをしたくはないが、俺が王都を救ったのはついこの間のことなのに、この扱いは何なんだと思えてくる。
コンプライアンスって何それ、美味しいの? そんな気持ちだ。
だが、俺は顔を上げ、再び彼女を見て、それに気がついた。
彼女は泣いていた。
俺を完膚なきまでに言い負かしながら、まるで小さな女の子のように、その大きな眼から涙を流していたのだ。
(ああ。彼女をこんな風にしてしまったのは俺だ。俺のせいだ)
俺がこの世界に「アスマット・アマン」として転生し、その俺を主人公とするために、彼女が愛していたアンヴェルは退場を命ぜられたのだ。
俺が直接手を下した訳ではない。だが、少なくとも彼の死に俺が関わっていることは確かなのだ。
たとえ俺が彼を救うことができないよう、巧妙に仕組まれていたとしても。
だが、俺は先日『生命の祠』にパシヤト老を訪ね、すでにその苦悩から解放されていた。
だから、悪役令嬢然とした彼女に対し俺も悪役で返すことにした。
「そんな理屈にどんな意味があると言うんだ。俺がここで魔法を使えば、すべては無かったことにできる。
圧倒的な力を持つ俺に敵対するということがどういうことか、分かっていないようだな」
俺はそう言って邪悪な笑みを浮かべると、彼女に近寄ってその腕を取り、そのまま俺が入ってきた扉の外へと強引に引っ張って行った。
あの三人の男性は、ただ部屋を出ていく俺たちの姿を見送ることしかできないようだ。
「離しなさい! 下賤な魔法使いが、無礼な!」
ティファーナ嬢はそう言って俺から逃れようとするが、俺は非力な魔法使いとはいえ、彼女も小柄な方だし、そう簡単に逃がしはしない。
俺は彼女を引きずって、仲間の待つ部屋へと連れ込んだ。
「アマン! 大丈夫だったのね」
部屋へ入ってきた俺の姿に、アグナユディテがそう言って一瞬安堵の笑みをその顔に浮かべるが、俺が引っ張り込んだ少女の姿を見て、すぐにドン引きしたという表情になる。
「エルクサンブルクのティファーナ様じゃないか。彼女、いったいどうしたんだい?」
エディルナは気がついたようで、そう問い掛けてくるが、俺は邪悪な笑みを浮かべたまま、
「彼女は少しおいたが過ぎたようなのでね。わが領地のカーブガーズへご招待しようと思うんだ」
俺はそのまま続けて、
「ふっふっふっ。どうやら少し厳し目のお仕置きが必要なようだな。ここにはダークエルフもいるし、覚悟してもらおうか」
そうティファーナ嬢に語り掛ける。一瞬、彼女の顔に不安の色が浮かぶが、すぐに毅然とした態度で、
「好きなようになさるがいいわ。もう、私に怖いものなどないのです」
そう宣言するように言ってきた。でも、ちょっと声が震えているかな。
「我が主よ。私は仮にも『女王の同盟者』なのだ。王都でそういうのは止めてもらいたいのだが」
ベルティラが珍しくそう苦情を述べるが、確かにちょっと調子に乗り過ぎた。
人間と魔族の融和を目指す「魔族信頼度向上委員会」の委員長兼事務局長の俺としては、さっきの言葉は失言だった。
そんな組織は存在していないが、俺はそう自認しているのだ。
それにしても、俺には演技の才能なんて皆無だったはずなのに、どうだ、この板についた悪役ぶりは。
俺って悪役なら演技もいけるのかも知れない。ちょっと複雑な気分だが。
さて、こういった進行なら、そろそろ颯爽と彼女を救うナイトが現れるのがお決まりのはずだ。
俺もそんな王道のストーリーを目指して話を進めていくことにする。
彼女のナイトはカーブガーズの俺の屋敷に滞在中だからな。
「では早速、カーブガーズへ連れて行くか?」
さっきはあんなことを言っていたベルティラも、そう言って悪乗り気味だ。
「ああ。ベルティラ、頼む。カーブガーズでは奴に会わせてやろうと思っているんだ。奴の姿を見たら、彼女は気絶してしまうかもしれないがな」
俺の言葉に、ティファーナ嬢以外の皆はピンと来たのだろう、笑みを浮かべて彼女を眺める。
「それはいい考えだ」
「是非、そうすべきだな」
エディルナとリューリットがそう言うと、ティファーナ嬢が不気味なものを見るような表情で周りを見回す。
俺が左手で彼女の腕を握ったまま、右手でベルティラと手を繋ぐと、彼女は右腕を高く突き上げ、辺りの景色が一瞬歪んで、次の瞬間、俺たちはカーブガーズの俺の屋敷の前にいた。
屋敷に着いた俺はティファーナ嬢の腕から手を離した。
ここまで来てしまったら、もうそう簡単には逃げられない。
なにせカーブガーズは王都から遥か東の地、途中にはだいぶ治安が改善したとはいえ、カルスケイオスだってあるからな。
彼女は俺に握られていた腕を擦るような仕草をしていた。
その間にアグナユディテが手回し良く、執事に聞いて来てくれたようだ。
「奴は部屋にいるそうよ。すぐに連れて行く?」
そう俺に聞いてきた。
「ああ。そうしよう」
俺はそう答えながら「奴」だなんて、アグナユディテも悪乗りしているなと思った。
だが、王宮では俺が危険な目に遭わされそうになったことは確かなので、俺の守護者を任じる彼女は、ティファーナ嬢に少しお灸をすえる必要があると思っているのかもしれない。
俺の言葉に目を見開き、後ずさりさえしそうな様子の彼女に向けて、俺は呪文を唱える。
「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ」
俺が何の魔法を使おうとしているのか分からない彼女はかなり不安そうだ。
これまでの流れからして、逃げられないように呪いでも掛けられると思っているのかもしれない。
ただのレビテーションなんだけどね。
「…………レビテーション!」
俺はちょっとだけ溜めを作ってから呪文を完成させる。
さすがにちょっと意地悪かな。でも、この後のことを考えたら、このくらいは許してくれてもいい筈だ。
俺の魔法で宙に浮かぶ彼女を先頭に、俺たちはぞろぞろと屋敷の中を進んで行く。
アグナユディテは先行して「奴」の方の準備をしてくれるようだ。
廊下の角を曲がり、「奴」のいる部屋が近づくと、彼女の声が聞こえてくる。
「いい。私が術を解くまで声を出してはダメよ。お願いね……」
そう言っているようだが、これから起こることを知らないティファーナ嬢には何のことか分からないだろう。
俺たちも部屋に到着し、俺はゆっくりとティファーナ嬢をアグナユディテのインビジブルの魔法で姿を消している「奴」がいると思しき位置へと降ろしていく。
こちらからは見えないが、「奴」からは見えているのだから、きちんと受け止めてくれるだろう。
俺はアグナユディテと顔を見合わせ、二人で息を合わせて同時に魔法を解いた。
「やあ。ティファーナ。久しぶり」
腕に抱かれ、最愛の人にそう声を掛けられた彼女は、大きく目を見開き……そのまま気を失った。
「ティファーナ。ティファーナ。大丈夫かい? ティファーナ」
そう彼女を呼ぶ声に、ティファーナ嬢は薄っすらと目を開けて、
「お兄様!」
叫ぶようにそう声を上げるとアンヴェルに抱き着いた。
「おい、おい。ティファーナ。ははは。ちょっと苦しいな。心配を掛けて済まなかったね。でも、もう大丈夫だ」
そんなアンヴェルの言葉が聞こえているのか、ティファーナ嬢は彼の首に腕を回したまま、じっとしている。
だが、その肩は小刻みに震えているようだ。
「お兄様……、お兄様……」
もう、その言葉以外、口にすることができないかのように、彼女はそう何度も何度も繰り返しアンヴェルに呼びかけていた。
アンヴェルはそんな彼女を優しく抱き続ける。
俺からは見えないが、愛する人の胸に顔を埋め、彼女は涙を流しているのだろう。
いや、見えなくて良かった。覚悟していたとはいえ、俺だってもう涙でぐしゃぐしゃなのだ。
(パシヤトさん、ありがとう)
俺はそんなことを考えて気を紛らわせようとしながらも、やっぱりそれは無駄な努力で、涙を流し続けたのだった。




