第七十九話 宰相府の陰謀
「確かにこれならば、あの成り上がり者にひと泡吹かせられそうですな」
王宮の中、薄暗い部屋で、灰色のローブを着た男がそう言って笑う。
「あの男。一介の魔術師のくせに女王様の寵愛をかさに着て、思い上がりおって。思い知るがよいわ」
貴族らしき豪華な衣装に身を包んだ男はそう忌々し気につぶやく。
「魔族や亜人と人間を同列とするなど、奴は狂気に蝕まれているとしか思えぬ。ここでその根を絶たねば、取り返しがつかないことになる」
服装からして何らかの宗派の神官なのだろう。もうひとりの男もそう焦った声を上げる。
彼らは各々、目指すことは違うが、そのために一人の男が目障りだということで一致した同士だった。
「得意の呪文を唱え、無防備になった瞬間があの下賤の者の最期の時。そうなるとも知らずのこのことやって来るとは。それで賢者などとおこがましいわ」
ローブを着た男がそう言うと、部屋に集まった者たちは頷きあい、口の端に笑みを浮かべたのだった。
俺は珍しく王都に来ていた。
先日までカーブガーズにご滞在されていた女王様から、
「そう言えば、宰相府の皆さんが賢者様に改めてご挨拶を差し上げたいとのことでした。
私はこちらに伺わせていただいて、とても静かで穏やかに過ごさせていただいて感謝していますが、賢者様はこちらでは毎日、政務にお忙しいご様子。たまには王都へいらして、お身体を休ませては如何ですか?」
そんなお話をいただいたのだ。
宰相府の連中、主君である女王様をメッセンジャーにするとはいい度胸だなと思ったが、女王様はお優しい方だから気にされるご様子もない。
でも、何となく女王様が粗略に扱われているようでいい気はしない。
まあ、俺も女王様がカーブガーズにいらっしゃっても、領地の開発を優先させたりしているから同罪なのかもしれないが。
女王様からのお誘いではあるが、俺にとって王都は行ってそう気の休まる場所ではない。
一応、大公だから気軽にほいほいとどこでも訪ねるというわけにはいかないし、まして王宮となればそうはいかない。
宰相府の面々だって、俺が大公に叙された後のパーティーとかで会っているはずなのだが、あの頃はもう会って挨拶をしなければいけない偉い人の数が多すぎて、俺の認識能力をはるかに凌駕していたから、老人とおっさんについてはほとんど覚えていない。
有り体に言えば、まあ、つまりまったく記憶にないということだ。
アグナユディテも、
「珍しいこともあるものね。これまでこんなことはなかったのに。
なんだが怪しい気もするから、まだ領地が安定していないのでとか理由をつけて断ってもいいのではないかしら。何しろ大公様なのだし」
そんな助言とも嫌みともつかないことを、俺に向かって言ってくれたのだが、別に俺にはやましいことなどなにもない。
それに普段から女王様のお相手をエディルナやリューリットに任せてしまっている負い目もあるから、できるだけ彼女の依頼には応えたい気持ちもあるのだ。
あとは挨拶程度のことで、わざわざ敵を作る必要もないということもある。
前世のサラリーマン時代もそうだったが、味方になってもらうことまでは望めなくても、敵を作らないのは処世術の基本のような気がするし。
長年にわたって身体に染み付いた行動様式は、そう簡単には変わらないのだ。
俺たちはベルティラの瞬間移動の力で王都へと跳ぶと早速、王宮を訪ねた。
いきなりはないかなとは思ったが、面倒なことは早く済ませてしまいたかったのだ。
王宮の衛兵たちは丁寧な対応だったが、
「宰相府に問い合わせますので、しばらくこちらでお待ちいただきたい」
そう言われて別室に案内された。
以前、ドラゴン・ロードが王都へ来襲した時には、有無を言わさずまかり通ってしまったが、今回は大人しく待つことにした。
衛兵の中にはあの時、俺がスリープの呪文で眠らせた者もいた気がするし、あまり無法者だと思われたくはない。俺の姿にちょっと怯えている衛兵もいた気がするし。
本来の俺はコンプライアンスの意識の高い、現代の日本人なのだ。
「けっこう時間が掛かるものなんだな」
エディルナはすぐに暇に我慢できなくなったようで、そう言い出した。
俺だってカルスケイオスの統治者であるベルティラだって、時間が惜しい身なのだ。
トゥルタークさえ「こんなことならカーブガーズで待っておれば良かった」と言い出した。
いや、できればこういった面倒ごとは、大賢者たるトゥルタークが俺の名代となってさっさと処理してほしいと思っているのだが。
だが、思った以上に待たされた挙句、宰相府の書記官と名乗る男がやって来て、
「本日は宰相府の皆さまはご多忙でお時間がお取りできません。明日の午後、迎えの者を寄越しますので、改めておいでいただきたい」
そう伝えてきた。
俺はこれだから王都は嫌いなんだと思ったが、まあ、いきなり訪ねたのは俺の方だから、仕方がないのかもしれない。
大企業に勤めていた学生時代の友人も、自分の会社のお偉いさんなのに、アポイントを取るのは大変なんだと言っていたからな。
「大公がわざわざ訪ねて来ているのだぞ!」
と、駄々をこねてもいいのかも知れないが、伯爵になったときだって、女王様とハルトカール公子以外は誰もそう呼んでくれなかった。
宰相職を世襲するような門閥貴族連中からしたら、俺なんて「なんちゃって貴族」以外の何者でもないだろう。
宰相府の書記官は俺に向かって、
「念の為、お帰りの馬車とご宿泊先をご用意しておりますが、お使いになられますか?」
そう聞いてきた。
俺には女王様から下賜された立派な王都屋敷もあるから、そちらに泊るのが普通なのだろうが、なんだか待たされたのはこの準備のせいかとも思ったので、もう、言われるがままに用意された馬車と宿泊先を使わせてもらうことにした。
宰相府の用意してくれた宿泊先は、やはり『オテル・エクサルシアーレ・デュ・パレ』だった。
俺はもう名前を憶えていなかったのでエディルナに聞いたのだが、また忘れてしまう気がする。
馬車の送迎は必要なかったなと思ったのも以前同様だ。
前と同じ三階に通され、バトラーやメイドがいるのも同じなら、相変わらずもとが小市民の俺が落ち着けないのも変化なしだ。
結局また皆を呼んでもらい、ダイニングのテーブルでお茶を飲んでいたのだが、バトラーやメイドが側にいて見張られているような気がするのは、こういった生活にまだまだ慣れていないからだろう。
カーブガーズの屋敷の執事は、周りに人がいると俺が落ち着けないことが分かっているから、普段は結構、放置してくれているので助かっている。
さすがはフォータリフェン公爵ご推薦の執事だと、重宝しているのだ。
ベルティラもアグナユディテもいるから気軽に王都観光というわけにもいかないし、俺たちが他愛もない話しをしていると、バトラーが来客を告げた。
「ナヴァスター公爵家のイベリアノと申しております。お会いになりますか?」
よく俺たちがここにいることが分かったなと驚いたが、彼やフォータリフェン公爵はそういう人たちだから、すぐに俺の動向が伝わる手筈になっているのだろう。
以前、トゥルタークが俺たちは要監視対象だと言っていたが、そう思っているのは王家だけではないようだ。
どうせ皆で暇を持て余しているし、何か面白い話でもあるかもしれないと思って、俺はバトラーに頼んで彼を部屋に迎え入れることにした。
「やあ。イベリアノ。久しぶり……」
俺は気安く声を掛けようとしたのだが、いつも涼やかな印象だった彼の目元が、眉間に皺の寄った厳しいものだったので、驚いて途中で言葉を失った。
しかも季節に似合わない長いコートを着ていて、それを背後にいたバトラーに渡すと、メイドに向かって、
「皆さんお茶の途中だったのですね。私も一杯、いただきたいのですが」
そうお願いした。
俺がメイドに「じゃあ、彼にお茶を」と言って、彼女がダイニングからいなくなると、
「彼らは宰相府の息の掛かった者たちです。明日の宰相府ご訪問では、魔力の流れにご用心を」
イベリアノは抑えた声でそう言った。
確かに言われてみれば、バトラーもメイドも以前とは違う者だから、(ああ。代わったんだ)とは思っていたが、そう考えれば合点がいく。
以前にもまして俺はひとりにさせてもらえない気もしていたが、必ずどちらかが俺の側で聞き耳を立てていたということなのだろう。
イベリアノが伝えたかったのはそれだけらしく、その後は俺たちとお茶を飲みながら、
「私の主君も先日、ナヴァスター公爵の爵位を継いでから、まだ大公様にはお目に掛かれておらず、とても残念に思っております。
常々大公様のご尊名を耳にし、親しくご厚誼を賜りたいと願うこと誠に切なるものがございます。
大公様におかれましては大変お忙しいとは存じますが、是非一度、私の主君と親しくお話しする機会をいただければと存じます」
などと、決して俺の返事など期待していないであろう、どうでもいいようなことを言っていた。
俺が「まあ、そう言ったお話はまた機会もありましょう」とやんわりと断りを入れると、ちっともそう思っていないであろうに、
「さようですか。本当に残念です。ですが、私の主君の大公様に対する気持ちだけでも、ご理解いただければ幸いです」
などと言って、早々に引き上げて行った。
俺がナヴァスター公爵に会うことを承知したら、イベリアノはどうする気だったのかなと少し気になったが、彼のことだから、それならそれで上手く運んでしまうのだろう。
まあ、いずれにせよ、何やらまた面倒なことになりそうだ。
王都の、特に王宮の内は敵だらけだったことを、俺は再認識したのだった。




