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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第ニ章 カーブガーズの古竜王
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第七十四話 無限との戦い

 広場に面したベランダに到着すると女王様もすぐにいらっしゃった。

 かなり日は傾いてきているが、それでも王宮前の広場にはかなりの人が集まり、女王様のお話が始まるのを待っていた。


「ユディ。女王様の声を王都中のできるだけ多くの人に届けたいんだ。精霊に頼んでもらえないか」


「ええ。アマン。やってみるわ」


 王宮のバルコニーの中央に立つ女王様の後ろでアグナユディテは精霊魔法を唱える。

 そして、女王様のスピーチが始まった。


「王都のみなさん。私はあなたたちの女王、ミセラーナです。いつも王都に住まうあなたたちが国を想い、王都を誇りとし、より良きものにしようと努めてくれていることを嬉しく思っています。ですが今、私はあなたたちにとても厳しく辛いことをお伝えしなければなりません。

 落ち着いて聞いてください。王都に危険が迫っています。ドラゴンが王都へやって来ようとしているのです。

 今、王都には皆さんもよく知っているアスマット・アマンをはじめ、彼と共に魔王を倒したエディルナ・サローニットやリューリット・ヒクサニーもいます。彼らはドラゴン・スレイヤーでもあります。そして彼らは王都を襲おうとしているドラゴンと戦ってくれると言っています。

 ですがここへ迫っているドラゴンは伝説のエンシェント・ドラゴン。とても危険な存在です。彼らがいてさえ、これから戦いの場となる王都が安全とは言えません。

 ですから皆さんは急いで、でも慌てないで、すぐに王都から離れてください。今すぐ王都から避難してほしいのです」


 アグナユディテの精霊魔法によって、女王様の言葉は王都中の住民の耳に届いた。


 王都は大混乱に陥った。皆、命は惜しいのだからこれはもう仕方がないだろう。


 兵士たちが避難誘導をしているようだが焼け石に水だ。

 少しでも多くの人を救うためには、もうこうするしかなかったのだ。


 アグナユディテやベルティラに言わせれば、それでも王都の混乱の様子は彼女たちが思っていたよりマシらしい。

 ただ人間の品性を低く評価しすぎているだけのような気がするが。


 住民が皆、王都から外へ外へと動く中、俺たち三人以外の仲間たちは次々と王宮に集まって来てくれた。


 王宮に近い大聖堂と魔術師ギルドに向かったアリアとトゥルターク、リューリットはまだよかったが、エディルナは冒険者ギルドから王宮まで、避難する群衆に揉まれ、来るのは大変だったようだ。


「とてもじゃないが家に寄っている時間はなかったよ。避難してくれていると信じるしかないね」


 アリアも父親をはじめ大聖堂の神官たちは、王都が救われるよう神に祈りを捧げると言っていたようで、このままドラゴン・ロードに王都が焼き払われれば全滅してしまう可能性が高い。



 俺たちは王宮のベランダで東の空を睨んでいた。

 王宮は王都の北の小高い丘の上に建っているので、遠くからやってくるドラゴン・ロードを見つけるのには都合がいいのだ。


 だが、例えドラゴンを見つけたとしても、俺はまだ奴を倒す算段が立っていない。


 エレブレス山では、俺を含めた魔法使い連中がそれぞれ最大の魔法を叩きつけ、攻撃の中心であるリューリットが奥義を使っても、碌に傷さえ与えられなかったのだ。


 奴を倒すには必要な何かが欠けている。

 そして、それはアイテムや装備ではないはずだ。


 そうでなければドラゴンが間もなく王都に現れるところまで追い込まれて、もうこのゲームは詰んでしまっていることになる。


(初めってなんだ?)


 俺はイベリアノの言葉をもう一度思い出していた。

 当然、それは『ドラゴン・クレスタⅡ』の始まりのことだと思っていた。


 だが、そう考えているうちに何か違和感があるような気がしてきた。俺たちは本当にそのゲームのシナリオをなぞっているのだろうか。


 確かに魔王バセリスを倒すまで、俺はできるだけゲームのシナリオに沿って進めるように行動していた。

 それでもゲームと違っている点は多いなと思っていたのだ。


 俺がパーティーメンバー全員を勧誘したし、王女様を捜索したときアグナユディテはいなかった。

 その上、彼女はパーティーにも正式には入れてもらえず、アンヴェルは亡くなっても生き返らなかった。


 大体、俺は本来、パーティーが賢者の塔を訪れて仲間に加える大賢者の弟子だったはずだ。

 それらの相違に比べたら、アグナユディテの性格がゲームと異なっていることなんてかわいいものだ。


 そして、それらすべての相違を生み出しているのは、俺が「アスマット・アマン」であることだ。

 俺が英雄騎士の「アンヴェル・シュタウリンゲン」であれば、ここまでの相違は発生しなかっただろう。


『Ⅱ』について言えばさらに疑問は募る。

 そもそも主人公は誰なんだ?


 少なくともアマンではなかっただろう。彼は大賢者の弟子というだけの、どこの馬の骨とも分からない人物だ。


 アマンなんて、キャラクターの人気投票をしたら、決して上位になど入ってこないだろう。

 確か「フィティリア」とか言う名前の、魔法使いに女性を選んだ場合のPCの方が余程人気があるような気がする。


 俺はほとんど魔法使いに女性を選んだことがなかったし、B級RPGの『ドラゴン・クレスタ』に、人気投票なんてそんな企画はなかったが。


(そうすると初めって、俺がこの世界に召喚されたときのことなのか……)


 すべては俺がトゥルタークによって、この世界に呼び出されたことから始まっている。

 そして、この世界は俺を中心に回り過ぎている。


 前の世界ではスマホで見るニュースだって、俺に直接関係のあることなんてほとんどなかった。

 あったとしても俺はいつも影響を受ける側。俺を中心に物事が、ましてや世界が動くことなんてありえなかった。


 それなのにどうだ。この世界へ来てからの俺は、アグナユディテに言わせれば主人公の英雄騎士アンヴェルが嫉妬する程の活躍だ。


 魔王を倒した救国の英雄、『半神』と呼ばれ、伯爵に叙され、王国の政治を左右する程の力を得ている。

 今だって、この世界最大の町である王都の運命は俺の肩に掛かっている。


 そして、それらすべてが俺がこの世界に召喚されたことから始まっているのだ。



「アマン。風切り音がするわ。奴が来たみたいよ」


 アグナユディテの声で俺は我に返った。

 彼女は厳しい表情で東の空を睨んでいる。


 俺にはまだなにも聞こえないが、彼女が言うのなら間違いはないのだろう。


 周りを見回すと、バルコニーにはまだ女王様の姿があった。

 こんな場合、女王様も避難され、まずは安全を確保することを考えるべきではないのだろうか。


 俺がそう思って女王様を見ていると、彼女は俺の側へとお寄りになり、


「私は王都と、そして賢者様と運命を共にいたします。最後まで賢者様のお側にいさせてください」


 そうおっしゃった。



 女王様のお言葉に驚いていると、今度はエディルナが俺に寄って来て、


「アマン。ギルドで誘ってもらって、ここまでとても楽しかったよ。父さんのことも……。言いたいことは山ほどあるけど、今は……とにかくアマンに出会えて良かったよ。本当にありがとう」


 そう言ってきた。これでは完全に死亡フラグだ。



 そうしているうちに、俺の目にも東の空に黒い点のようなものが見えて来た。そして、それは急速に近づいて来る。


『黒い壁』を一瞬で消し去った金色の光。遠距離からあれを放たれたら為す術もないと怖れていたのだが、どうやらそれは免れたようだ。



「奴は無限の生命力を持っていると言っていたが、良策は浮かんだのか?」


 リューリットがいつの間にか俺の横にいて、そう聞いて来た。


「いや。悪いがそんなものはないな」


 俺が正直にそう言い、落胆させてしまったかと思って彼女を見ると、その整った横顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「私よりも強いと唯一人だけ認めた男であるそなたが、もし歯が立たぬと言うのであれば、やんぬるかな、もって瞑目するしかあるまい。ならば最後までそなたの隣で戦い、そして倒れるのもまた一興。我が奥義、奴に一太刀浴びせてくれようぞ」


 そう言った彼女の横で、俺は彼女が聞いてきたことを考えていた。


(無限の生命力。無限って?)


 無限……無限……、無限に続くもの。

 そう考えて、俺には思い浮かんだものがあった。


 俺がこの世界に召喚された時に経験した鏡の回廊だ。

 そう、俺にとってのこの世界の「初め」だ。



 俺は少しだけだが手掛かりを得たような気がした。

 そうして黙っている俺が不安そうに見えたのだろうか、アリアが近寄って来てくれた。


「賢者アマン。あなたはずっと私たちを導いて下さった。そして、私はひとりの人間としても、あなたに救っていただきました。あなたは私に神の御心を、祝福と恩寵のイメージをはっきりと示してくださったのですから。私がここにいるのも神のお導きに違いありません。ここで最後まで、あなたのために祈りを捧げさせてください」


 アリアもそう言ってここを離れず、加護を祈ってくれるようだ。

 だが、彼女の言葉にも俺は気づかされることがあった。


 そう「イメージ」だ。


 パシヤト老は『生命の石板』を俺に渡しながら注意してくれた。

 石板を使うときは相手の生命力をイメージしろと、そのイメージが重要だと。

 今なら俺は「無限の生命力」をイメージできる気がした。



 ドラゴン・ロードは王都へと真っ直ぐに近づいて来る。

 夕陽に照らされ金色に輝く彼の姿が、もうはっきりと見て取れる。


 俺はアグナユディテにロードに俺の声を届けてくれるようにお願いした。

 おそらくブロックは解除されていないだろうから、話を聞いてもらうにはそうするしかない。


「ドラゴン・ロードよ。今一度、俺の話を聞いてくれ。王都を滅ぼすのだけは止めてくれ」


 俺はできるだけ大きな声で、ロードにそう呼び掛けた。

 風の精霊の力で届けているのだから声の大きさは関係ないのかもしれないが、気は心だ。


 ドラゴン・ロードは俺の声に気がついたようだ。進路を変えて王都の南へと大きく回り込み、少し離れた位置から様子をうかがっているように見える。


「ロードよ。どうしたら思いとどまってくれるんだ。聞かせてくれ」


 その声も届いたようで、彼は速度を落とし、西の空からゆっくりと王宮へ近づいてきた。


 そして、夕闇に沈む王都の中、一段高く黄金色に輝く王宮のベランダに俺たちの姿を認めたようで、側までやって来ると、上空から見下ろして言った。


「その声。まさかとは思ったがやはりお前か。どうやって我より先にここへたどり着いた?」


 夕焼けの空に浮かぶそのシルエットは、巨大な飛行船か、空想で描かれた空中要塞のようだった。


 どうやらドラゴン・ロードは金のブレスレットのことは知らないらしい。

 トゥルタークによれば『英雄の剣』を創り出したのも奴らしいし、もしブレスレットも同じく奴の作品のひとつで、創造者の力で取り上げられでもしたら、ますます俺たちに勝ち目がなくなってしまうと思っていたのだ。


 だが、やはりベルティラのブレスレットは魔王バセリスの物で間違いなかったようだ。



 俺はそう思ってチラリとベルティラの顔を見た。

 考えてみれば彼女には王都に義理立てする理由なんてない。

 彼女がここで、その手に取り戻したカルスケイオスの安全と引き換えに、俺たちを裏切るなんてありそうな設定だ。


 だが、ベルティラはそう考えている俺の顔が不安そうに見えたのか、


「何を考えているのだ。私が牢に入れられ、その間に魔王様が倒されて、生き恥をさらすことになったのも、カルスケイオスがエンシェント・ドラゴンに襲われたのも、私をその支配者に据えたのも、全部お前がやったことではないか。最後まで責任は取ってもらうぞ」


 そう言って、裏切る気配は微塵も感じられない。


 それにしても、さっきからパーティーの皆の言葉を聞いていると、やたらに「最後」、「最後」と、ここで全員討ち死にするかのようなセリフばかりだ。

 それともやっぱり、これが最後の戦いなのだろうか。


「いや。俺はここで死ぬ気はないんだが……」


「やけに自信があるようではないか」


 ドラゴン・ロードは尊大な態度でそう言った。


「つい先ほど、目を閉じ、動かぬ我に対してさえ歯が立たなかったお前たちが、どうすると言うのだ?」



「こうするのさ」


 俺はそう言って呪文を唱え始めた。


「ヴァズー ヴォトフォート ギーヴァ トゥレヴェーラ……」


 ドラゴン・ロードは俺の唱える呪文を知らないようだ。ただ、無駄なことをするというように俺を見下ろしている。

 だが、ベルティラにはそれが何か分かったようで、驚きの表情を浮かべている。

 それは彼女があの夜、魔導書で見ていた呪文だったのだから当然だ。


「……禁忌(きんき)なりし永劫(えいごう)羈束(きそく)よ、彼の者を汝の好餌(こうじ)とし、掣肘(せいちゅう)を加え、その慟哭(どうこく)を響かせよ!」


 俺の足下に漆黒の魔法陣が姿を現わし、俺の姿を覆い隠すばかりに黒い霧のようなものが立ち昇る。


「エターナル・バインド!!」


 魔王バセリスを遥かに凌ぐ力をもつ俺が呪文を完成させると、ベルティラの首枷が煙のように消え去り、ドラゴン・ロードの首と前後の脚に真っ黒な枷と、それを繋ぐ鎖が出現する。


 四肢の自由を奪われたドラゴン・ロードはさすがにバランスを崩し、地響きのような轟音とともに王宮の中庭に墜落した。


「ベルティラ。頼む!」


 俺が右手を差し出すと、彼女は左手で俺の手を握ってくれる。そして、右腕を突き上げ……

 その瞬間、アグナユディテが俺の腕にしがみついてきた。


 俺たち三人は、まだ土ぼこりが漂う王宮の中庭に姿を現わした。


「ユディ! なんで?」


「私はあなたの護衛なの! あなたを守るのが私の使命なの」


 彼女のエメラルドグリーンの瞳が俺を見詰める。


 だが、その瞬間、エレブレス山の洞窟で俺に倒れ込んできた時に彼女が見せた貼り付けたような笑みが、フラッシュバックのようによみがえった。


(アグナユディテは、そう言うようにプログラムされているのか?)


 そう思うと、俺以外の周りにいる全員が白い仮面を着けている。そんな気味の悪さを覚える。


「アマン。私はあなたのこと……」


「随分とやってくれるではないか」


 アグナユディテはなにか俺に伝えてくれようとしたみたいだが、ドラゴン・ロードの言葉がそれを遮った。

 だが、奴の言葉に、俺はこんな時になにを厭世的な気分に陥っているんだと思い直した。


 俺は懐から『生命の石板』を取り出した。


「まだ隠し持っていたか。だが、何度やっても同じこと」


 ドラゴン・ロードはそう言って余裕を見せているようだが、一瞬の動揺を俺は見逃さなかった。

 そもそも俺はNPCではないのだから、そう何度も同じ間違いは繰り返さない。たぶん。


 ロードは慌てて闇の鎖を断ち切ろうとしだしたが、もうそんなに時間は必要ない。

 逆にここで決められなければ、おそらく王都は灰になってゲームオーバーだ。


 俺は『生命の石板』に右手をかざし、奴の無限の生命力をイメージする。

 だが、その姿は横に伸びるHPゲージではなく、俺がこの世界に召喚された時に見た鏡の回廊だ。


 ずっと奥まで果てしなく続く鏡の回廊。その中には黄緑色の太いリボンのような光が、遥か彼方まで伸びている。

 振り返って見ても同様に、何処までも真っ直ぐな光の帯が限りなく続く。


 そして前後から鏡が近づき、合わさってしまおうという瞬間、「縦の物を横にする」ように俺はイメージを九十度回転させ、そのまま『生命の石板』の表面に右手を滑らせた。


 石板の表面には、本当に細く微かな黄緑色の線が浮かび上がる。


(頼む。正解であってくれ!)


 祈りにも似た想いを込め、俺は『生命の石板』を地面に叩きつけた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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