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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第ニ章 カーブガーズの古竜王
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第六十一話 ドラゴンとの邂逅

 俺たちはベルティラの屋敷のダイニングでお茶を飲みながら、今後の方針について話し合った。


 まずはエンシェント・ドラゴンに会って話すことが、俺たちの当面の目標になる。


「エンシェント・ドラゴンは、てっきり魔王の城に居るのかと思っていたのだけれど、そうではないんだな」


 白い枠に赤い布張りのソファに座ったエディルナがそう言いながら伸ばした脚が、ロココ調だろうか白いテーブルの華奢な脚に当たり、彼女は驚いて脚を引っ込める。


 ベルティラはその様子に一瞬、目を遣ったが、特に咎める素振りは見せず、


「ああ。城は崩壊してしまったし。そもそも奴はこのカルスケイオスを支配しているとはいえ、いつもこの地に居るわけではない。遥か東に(そび)える『黒い壁』の先からやって来ては、好き勝手をして帰っていくのだ」


 そう苦々し気な様子で言った。


「では、ドラゴンに会って、話し合うことは難しいのでしょうか」


 アリアがそう聞くと、ベルティラは、


「いや。そんなことはない。奴にしてみればカルスケイオスなど、小さな裏庭のようなものだからな。それに、情けないことに魔族は奴を恐れて、奴が姿を現すと身を隠すのが常だから、その時、私たちが外にいれば簡単に私たちに気付くはずだ。

 ただ、我々と話し合う気があるかと言われると甚だ疑問だがな」


 そう言ってまた、お茶を口に運ぶ。彼女のティーカップからシナモンの良い香りが辺りに漂っていく。


「まずは心ならずも盟約を守れなくなったことを謝って、その後、俺が貴族になることで盟約の条件を満たしたのではないかと確認する手順でいいですよね。先生」


 これまでもう何度も確認しているのだが、念の為にトゥルタークにもう一度確認する。

 言外に盟約を結んだトゥルタークに交渉してほしいという気持ちを込めているのだが、そんな俺の気持ちに気付いているのかいないのか、トゥルタークは「そうじゃな」と言って、ハチミツ入りのお茶に口をつけていた。


 そうして皆でお茶を飲んでいると、アグナユディテが、


「まだかなり遠そうだけれど、何かが風を切る音がするわ。お出ましになったのではないかしら」


 そう言ったので、俺たちは屋敷を飛び出した。そして、建物がなく見晴らしのよさそうな魔王の城だった敷地の門の前まで駆けると、そこから東の空を眺めた。



 アグナユディテが言ったとおり、東の空のかなり先に何かが浮かび、こちらに向かって来ている様子が見て取れた。

 まだかなり遠そうだが、相当な大きさがあるようで、そのスピードも思っていた以上に速く、見ていると遠近感を狂わされそうだ。


(えっ。ちょっと大きすぎないか)


 先ほどベルティラが「カルスケイオスなど小さな裏庭のようなもの」と言ったのを、大袈裟な比喩だと思ったのだが、実物を見ると正にその通りだと言うしかない。


 東の空に浮かぶそれは大型の旅客機、いや、そいつのこれまでの所業を考えれば戦略爆撃機と言った方が適切かもしれない。そんなサイズだった。


 トゥーズ湖畔にいて俺たちが退治したのはトカゲだったのだろうと思う。そのくらいスケールが違い過ぎている。


 そいつは俺たちに気がついたのか、東の空で一度、旋回すると、あとは真っ直ぐに俺たちの方へ向かって来る。


「ユディ。俺の声を奴に届けられるか?」


 アグナユディテを見返して、俺がそう言うと、


「まだ遠すぎるとは思うけれど、やってみるわ」


 そう言って、彼女は風の精霊に呼びかけてくれるようだ。


「エンシェント・ドラゴンよ。俺の声が聞こえるか?」


 俺がそう呼びかけても、奴は聞こえていないのか、そのままこちらへ向かって来る。

 そして近づいてくる奴の喉元が膨らんでいるのに俺は気がついた。


「まずい! ブレスが来るぞ!」


 こちらは話し合いに来ているつもりなのだが、どうやらドラゴンの方は問答無用といった様子で、いきなり俺たちに向けてブレスを吐くようだ。


 俺たちは慌てて大きな門まで走り、その陰に隠れる。

 その直後、ゴウッという音とともに、真っ赤な炎が俺たちがいた辺りを舐める。

 門柱の陰にいても熱気で肌が焼けそうだ。


 門の陰から空を見上げると、奴はまた上空で旋回して、こちらへ向かって来ようとしている。


「エンシェント・ドラゴンよ。頼む。俺の話を聞いてくれ!」


 俺がそう叫ぶように言うと、アグナユディテの精霊魔法の力もあってか、その声が耳に届いたようで、ドラゴンは急に速度を落として俺たちの前まで来ると、そこに浮かんだまま、こちらを見下ろして言った。


矮小(わいしょう)なる者よ。蒙昧(もうまい)なお前が、我に何を語ろうというのだ」


 近くで見ると、巨大な体躯は空を覆わんばかりだ。

 その身体を覆う赤い鱗はとても硬そうで、生半可な剣では傷さえ付けられそうもない。


 ドラゴンの態度はあくまで尊大だが、とりあえず俺の話を聞いてくれるようだ。


「私はあなたの王、エンシェント・ドラゴン・ロードと三百年前に盟約を結んだ人間の魔術師トゥルタークの弟子で、アスマット・アマンと申します。まずは心ならずもエンシェント・ドラゴン・ロードとの盟約を守れなくなったこと、大変申し訳ありません。心から謝罪します」


 俺はそう言って頭を下げるが、やっぱり俺が謝るのは何かが違うと思う。

 だが、アンヴェルを失ったのは俺たちのパーティーだからと思って、俺は心を込めて謝罪の言葉を口にした。


 エンシェント・ドラゴンが何か言うかと思ったのだが、黙っているので、俺はそのまま続ける。


「私たちも、そしてここに住む魔族も平和に暮らしたいと願っています。できましたら、この地の支配をここにいるダークエルフに委ね、再び元の状態に戻していただきたいのです」


 俺の言葉にベルティラが目を見開くが、エンシェント・ドラゴンが去った後、このカルスケイオスを任せられるのは彼女以外にはいないだろう。


 だが、当たり前だが、そんなに簡単に物事が運ぶ道理はなかった。


笑止(しょうし)。約を違いしは人間の側。何故その願いを聞かねばならぬ」


 ドラゴンがそう言うのはもっともだ。俺だってそう思う。


「さては我が開きし人が住まう地へと通じる道に、おかしな細工をしたのは、お前たちだな」


 やはり『黒い壁』に切通しのような道を開いたのは、このエンシェント・ドラゴンだったらしい。


小癪(こしゃく)な。我に逆らうということが何を意味するのか。お前たちには少し、この世の摂理というものを教えてやる必要があるようだな」


(うぅっ。これはまずい流れだ)


 俺がそう思ったとおりドラゴンがその巨大な鉤爪を振るうと、先ほど俺たちが隠れた城門が呆気なく破壊される。


 俺たちは辛くもその場を逃れ、逃げ惑うが、トゥーズ湖のドラゴンでさえ空を飛んでブレスで攻撃してくる間はお手上げで、巣穴で戦う必要があったのだ。


 ブレスから逃れる場所を失って、飛んでいるエンシェント・ドラゴンと戦うなど無謀にも程があるだろう。


「ここはとにかく一旦、出直そう。ベルティラ。頼む!」


 俺がそう言って彼女を見ると、辛そうな声で、


「すまない。魔力切れだ。つまらぬことで魔力を使い切ってしまった」


 彼女はそう謝ってきた。


 いや、悪いのは彼女じゃない。

 このところ俺は彼女の瞬間移動の力に頼り切りで、いつも何かあれば逃げ出せばいいと思っていた。そのツケが回ってきたのだ。


「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ」


 俺の横ではトゥルタークが巨大なドラゴンに向けて素早く呪文を唱えていた。

 金色に輝く魔法陣がその光度を増し、トゥルタークの「メテオ・ストライク!」の掛け声とともに、輝く尾を引く流れ星が空を引き裂いてドラゴンに向かう。


 だが、ドラゴンがその大きな身体に似合わぬ素早さで、さっとその軌道を避けると、トゥルタークの放った隕石は虚しくその先の、以前は魔王の城があった場所の地面に墜ちて、そこで爆発を起こす。


 トゥルタークの攻撃にドラゴンは怒りの咆哮を上げる、その声に周りにあるものすべてが震えるようだ。


(こんなのとどう戦うんだ。いや、これっていくら何でもイベント戦闘だよね)


 アンヴェルを喪った時にそんなものはこの世界にはないと思い知ったはずなのに、あまりにスケールの違う恐怖に俺はそう考えて動けなくなっていた。


 俺を真上から襲う巨大な竜の尾は丸太、いや大型自動車のようだ。何故かスローモーションのように見えるそれを突っ立ったまま眺めて、俺はそう思っていた。


「アマン! 逃げて!!」


 アグナユディテの声に我に返ったが、もう間に合いそうにない。


 そう思った瞬間、突然、俺は右側から激しく突き飛ばされ、地面を転がった。

 そのおかげでドラゴンの尾に踏み潰されることだけは辛くも回避することができたようだ。


 俺のすぐ右でドカーンという音がして、ドラゴンの尾が地面を叩く。

 そして、それが跳ね上がると、そこにはアグナユディテが倒れていた。


「ふんっ。エルフの娘か。身を挺して仲間を救うとは健気ではないか。その娘に免じて、この場はここまでにしておいてやろう。精々、その娘を悼んでやるがよいわ」


 ドラゴンはそう言って、俺たちの上でくるりと旋回すると東へ向かって去っていった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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