第五百五十八話 竜と騎士と
「アンヴェル。これを首から下げてくれる?」
アグナユディテがララティーから手渡されたペンダントをアンヴェルに示すと、彼はそれを無造作に手に取った。
「丸い宝石か。シンプルなデザインだね。ティファーナに似合いそうだ」
なんて感想を口にしながら、さっさとそのチェーンを首に掛けた。
いや、呪われたアイテムとか考えないのだろうか?
「アンヴェル様! お似合いです!」
一方のララティーはそう言って拍手でもしそうな勢いだ。
あれは魔法のアイテムで、装飾品てわけではないのだから、似合うとか関係ないだろう。
いや、実際に似合っているみたいだし、単なる俺の僻みだな。
「じゃあ、例の呪文だね」
アデーレがそう皆に呼び掛ける。
するとララティーたち四人がタイミングを合わせて呪文? を唱えた。
俺が「いや。全員でやる必要はないから」って教える暇もなかった。
「パーヴィー。パーヴィー。力を貸して!」
俺はどうしようと思いつつ、それでもやっぱり皆と唱和するしかなかった。
アグナユディテもそうしていたしな。
すると急にアンヴェルの表情が悪戯っぽいものになる。
瞳の奥の輝きもこれまでの彼とは明らかに違って見えた。
「やあ、アマン。また冒険の旅だね」
彼は嬉しそうに話し掛けてきたが、これはどう考えてもパーヴィーだろう。
「ああ。パーヴィーなのか? そのペンダントがあっても問題ないのか?」
俺は失敗だなって思いつつパーヴィーに話し掛けたのだが、ララティーが、
「パーヴィーって、どういうこと?」
なんて訊いてきて、話がややこしくなりそうだった。
結局、俺はパーヴィーはアンヴェルが依り代としているドラゴンの名前で、ララティーたちが元いた世界ではララティーたち王家の人を代々依り代にしていたんだと説明することになった。
半分以上はアグナユディテが説明してくれたけど。
「今は僕が依り代の方だからね。このペンダントにはきっと何か力があるんだよね。くわばらくわばら」
パーヴィーにも、あのペンダントの効能はよく分からないようだった。
「俺たちが呼び掛けた時に何か感じなかったのか?」
俺の問いにアンヴェル(パーヴィー出現中)は首を傾げると、
「うーん。どうかな? あれ? ちょっと待って」
そう言って急に固まった。
「アマン。いったいこれはどうなっているんだい? 僕はいったい?」
アンヴェルはそう言って心配そうな顔を見せる。
「アンヴェル……なのか?」
その様子からしてどうやらパーヴィーではなさそうに思えて俺は尋ねたのだが、
「もちろんそうだが……やはり僕に何かが起きているのだな」
彼の不安はさらに募ってきたようだった。
「僕がアマンと話してるんだけどな」
すると今度は急に不機嫌そうな顔で彼はそう言い出した。
「えっと、今度は……」
「もちろん僕だよ」
多分またパーヴィーの方なんだろうが、姿も声もまったく変わらないから区別のしようもないのだ。
「アマン! 何とかしてくれ」
今度は真っ青な顔をして俺にそう懇願してきたのはアンヴェルなんだろう。
どうも依り代であるパーヴィーと、それに宿っているアンヴェルの両方が同時に顔を出しているようだった。
「もう! ややこしいな。これは外すね」
アンヴェルの姿をした者は、そう言ってララティーから預かったペンダントを首から取り外してしまった。
「これで安心してお話しできるね」
にんまりと笑ったその顔は、RPGの主人公の英雄騎士にはまったく似つかわしくないもので、どうやらパーヴィーの方が残ったようだった。
「思ったようにはいかなかったな」
俺はそんな感想を持っただけだったが、アグナユディテは珍しく口が半開きになっていて、彼女にとってはかなり想定外だったようだ。
俺もこんな事態は想定していなかったが。
「え、ええ。あのね。パーヴィー。ドラゴン三体が宝珠を捧げないと悪い冥王を封印できないみたいなの」
だが、彼女はすぐに立ち直ってパーヴィーを説得してくれようとしていた。
「うん。うん。それで?」
俺はこれはまずいパターンじゃないかと思った。
パーヴィーにつまらない説明をしているとすぐに逃げ出してしまうのだ。
それでなくても俺はさっきララティーたちにパーヴィーとアンヴェルのことをくどくどと説明している。
パーヴィーの小指の先ほどの忍耐力はそこで尽きていてもおかしくないのだ。
「それでね。あなたとアマンともう一人、あそこにいるダークエルフの女性、ペルティリャのお母様に手伝ってもらいたいの」
「うん。うん。それで?」
本当に聞いているのかよく分からない返事をパーヴィーは繰り返した。
これでアンヴェルもろとも何処かへ飛び去りでもされてしまったら面倒なことこの上ない。
ティファーナにも何て言い訳していいか分からないし。
「それでね。ペルティリャのお母様はドラゴンを依り代にしていてね……」
「うん。うん。ジャーヴィーの奴だよね」
パーヴィーの返事に俺は驚いた。
これまでアンヴェルとペルティリャの母親が鉢合わせしないようにかなり気を遣ったつもりなのだ。
でも、パーヴィーは気がついていたらしい。
「パーヴィーは分かっていたのね?」
アグナユディテの問いにパーヴィーはにんまりと笑うと大きく頷く。
俺の中の英雄騎士のイメージを著しく損なうからやめてほしい。
「うん。船の中で懐かしい匂いがするなって思っていたよ。ジャーヴィーは乱暴で嫌な奴だったけど、付き合いはそれなりに長かったし、忘れないよ」
俺たちがこの世界のジャーヴィーを倒した時、パーヴィーからは特に何もなかったが、多少なりとも思うところはあったのかもしれない。
いや、パーヴィーに限ってそれはないか。
それより俺は「懐かしい匂い」ってのが気になって、思わず自分のローブの袖の匂いを嗅いでしまう。
アグナユディテも「古竜の匂いがした」って言っていたし、ドラゴンってそんなに臭うものなのだろうか?
「じゃあ。ジャーヴィーとも協力して冥王を封印してくれるかな?」
俺が自分の右腕を鼻に近づけるのを横目で見ながら、アグナユディテがパーヴィーにお願いしてくれた。
「いいとも!」
軽い感じでパーヴィーは答えたが、そんなのどうして知ってるんだ?
いや、そう思うのなんてこの世界では俺だけだろうけど。
「ブロックとか僕も大人気なかったなと思っているんだ。だから大丈夫だよ」
パーヴィーはそう続けると「そろそろアンヴェルと代わるね」と言って引っ込んでしまった。
それにしても彼の口から「大人気ない」なんて言葉が出るとは思わなかった。
「これで聖域へ向かえるわね」
アグナユディテはくるりと身体を回し、俺に向き直ると笑顔を見せた。
「ああ。ユディのおかげだな。ありがとう」
俺がお礼の言葉を口にすると彼女は少し驚いたようだったが、すぐに澄ました顔になり、
「そうよ。ここから先はアマンにお願いするから頑張って。でも気をつけて」
なんて続けてきた。
「我が主よ。私も働いたのですが……」
すると背後からベルティラが珍しく遠慮がちに口を挟んできた。
「ああ。ベルティラもありがとう。ベルティラがいなかったら立ち往生していたからな」
俺がお礼の言葉を述べると、彼女は目を細めて本当に嬉しそうな顔を見せてくれた。
俺なんかの一言でこんなに喜んでくれるなら、普段からもっとお礼を言っておけば良かったななんて気持ちになる。
「これで準備は万端だね。早く聖域へ向かうよ」
エディルナが何故か不機嫌そうに宣言して、俺たちは再び馬車を発した。
「私も賢者様のお役に立つように頑張ります」
馬車の中ではミセラーナが決意を見せて言ってくれたが、
「いや。ミセラーナはもう十分にやってくれているから。身の安全を第一に考えてくれよ」
俺はあまり決死の覚悟でとか、そういうのは苦手なのだ。
それでなくても水や食料に不安があるから、今回の聖域行きは一発勝負のところがある。
そもそも俺はこの大陸へは、彼女を取り戻すために来たのだ。
それで彼女を喪うようなことになったら、ここまでの苦労は何だったんだってことになる。
「この大陸が暴虐な冥王の支配から解放されるかの瀬戸際だものね。私も最善を尽くすわ」
ララティーが決意を見せるが、彼女はここの王になる予定なのだから当たり前なのだ。
そうして俺たちはさらに軍を南へと進めたのだが、
「この先は真っ暗ですぜ。さすがに気味が悪いですな」
勇将であるはずのジョバターキを以てしても、この先へ軍を進めるのは躊躇するようだ。
馬車を出て先を見ると、そこには見覚えのある光景が広がっていた。
「アマン。あれって」
真っ暗な先に目を凝らすアグナユディテのために、俺はライトの魔法の威力を強めた。
普通なら皆から目を開けていられないと苦情が来るくらいの明るさなのだが、この先に広がる暗黒は特別なのか、それでも薄暗さが残っていた。
「これはミルイーズへの道と同じだな」
俺もアグナユディテの隣で南を眺めつつ言ったのだが、銀狼のアルジヤンが寄って来て、呻くような声を出す。
「いや。それ以上だな。これは冥王の力であろう。見ろ。混沌の嵐が吹き荒れているようだ」
よく見れば奴の言うように、俺たちの先では黒い雨のようなものが吹きつける激しい風に横殴りとなり、視界を遮っているようだった。
「総員退避!」
俺がまごまごしているうちにアンヴェルがそう命じてくれて、俺たちは軍を一旦、後退させることになった。




