第五百五十五話 枯れた森の隠者
「よくここまでたどり着きましたね。頂の乙女ルルは元気でしたか?」
急に視界が晴れて現れた大きな木の前でエルフの男性がそう話し掛けてきた。
「えっと。頂の乙女って?」
アグナユディテが思わず尋ねると男は不審な顔をする。
「ローヤ山の頂にほど近い山陵に隠れ棲む彼女です。お会いになられたのでしょう?」
彼は当然のように訊いてきて、俺は何となく言いたいことを理解した。
おそらくこのエルフに会うためには、そのルルとか言う名前の『頂の乙女』なるエルフの女性に会い、この場所と何より人を寄せ付けつけないエルフの結界を抜ける方法を教えてもらう必要があるのだろう。
頂だけに何となく大金を要求されそうな気がするけど。
「いや。会ってないな」
俺が冷静に答えると、隠者は目を白黒させていた。
彼がそう名乗ったわけではないが、コーンウィルジーにそっくりだから間違いないだろう。
「会っていないなどと、また……私をからかわないでください」
余裕の表情で頷いて、分かっていますよって態度を見せる。
「いや。本当に会っていないんだが」
俺がさらに続けると彼は困った顔をした。
でも、こっちだって困っているのだ。
適当に誤魔化してもいいんだが、アグナユディテにまた嘘つき呼ばわりされるからな。
「嘘は良くないですね。それならばどうしてここまで来られたのです」
だが、彼はすぐに落ち着きを取り戻したようで、そう言って含むような笑いを見せた。
(嘘じゃないんだけどな)
結局、俺は嘘つきだって言われるはめになった。
アグナユディテにそう呼ばれるよりはマシかもしれないけど。
「まあ、いいでしょう。あなたたちは紊乱した聖域の秩序を取り戻さんとここまでやって来た。その勇気に敬意を表しましょう」
話が見えない気がするが、隠者は機嫌良さそうに話し続ける。
ここは静かに彼の話に耳を傾けるべきだろう。
「聖域の秩序を取り戻すことができるのは、女神の眷属だけです。三体の女神の眷属が同時に宝玉を捧げる時、混沌の支配は終わりを迎え、在るべき秩序が取り戻される。伝承のとおりです」
彼はなおも饒舌に語った。
そんな伝承は聞いたこともないから、俺たちの行動にはかなりの抜けがあるのだろう。
普通はフラグが立たずにここにたどり着くことさえできないのだろうが、俺たちは普通じゃないからな。
いや、レベル的にってことだけど。
「三体の女神の眷属って?」
アグナユディテが尋ねてくれたことは、確かに重要そうだ。
何となく想像はつくが、勘違いでしたでは済まないから確認しておくべきだろう。
「女神セヤヌスの眷属です。あなたたちも既に戦い、彼らを従えているはずです。その力を借りるのです」
アグナユディテが首を傾げて俺の方を見てきた。
彼女も分からないってことだろう。
(セヤヌスの眷属って……)
俺は嫌な予感がした。
そんな俺の表情は不安そうに見えたのだろう、隠者は俺に確認してきた。
「まさかまだ彼らを従えていないのですか? それでは聖域へ進むことは無駄足になるでしょう。すぐに引き返し、彼らを従えることをお勧めします。ここから近いのはヴァンジーグの町。そこにはエリデレスというセヤヌスの……」
「なんだって?」
俺がいきなり大声を出したものだから、隠者は驚いて口を噤んだ。
「アマン。それって……」
アグナユディテも顔を青ざめさせている。
「い、いや済まない。エリデレスとはちょっとあってな。奴の力が借りられないとなるとどうなるんだ?」
俺は何とか心を落ち着け、隠者に尋ねた。
彼は虚を突かれたって顔を見せたが、すぐに顎に手をやり、表情を難しいものに変える。
「セヤヌスの別名をご存じでしょう? その眷属はそれほど数が多くはありません。何としてでも彼を説得するのです」
どうやらほかの選択肢は用意されていないらしい。
隠者はエリデレスの力を借りろと繰り返した。
「『古竜王の咆哮』か……」
俺が思わずセヤヌスの別名を口にすると、
「そうです。やはりご存じでしたね」
なんて安心した様子を見せるが、これは『ドラゴン・クレスタⅡ』のサブタイトルだ。
だからそのゲームそのものであるセヤヌスの別名に相応しいのかもしれないが。
「女神セヤヌスの眷属はドラゴンなのです。あなた方は彼らの力を借り、紊乱した聖域の秩序を取り戻すのです」
隠者は悦に入ったように続けたが、俺はとても冷静ではいられなかった。
「えっと。三体ってことはほかにもいるのよね?」
呆然としていた俺に代わり、アグナユディテが尋ねてくれた。
エリデレスはどうしようもないから後で考えるとして、奴以外の二体についてはさっさと確保すべきだろう。
「はい。後は美しきルパ山の湖に暮らす者と、その東に広がる平原を縄張りとする者。それらは容易に従えることができたのではありませんか?」
俺はこの大陸の地理には疎いから確かなことは言えないが、美しい山って言葉にかなりの不安を覚えた。
「あ、ありがとう。そうだな。伝承のとおりなんだよな」
俺は何とかお礼の言葉を口にした。
すると彼は「さあ、行きなさい! 勇者たちよ!」なんて続けたから、ここでの会話はこれまでらしい。
NPCとこれ以上会話してもそれこそ無駄だろう。
「アマン。どうする気?」
隠者と別れ、皆の待つ街道への帰り道でアグナユディテが俺に尋ねてきた。
「ああ。エリデレスの奴はもうどうしようもないけれど、それ以外のドラゴンの力を借りるしかないな。まさかそんなことになっているとはな」
ミセラーナを拐った奴を許して従え、その力を借りるって、俺には無理だ。
その罪、万死に値するってやつなのだから。
「美しきルパ山って、たぶんクルーブの町の側にあった山だろう。少人数で行くしかないな」
また振り出しかと思うと憂鬱だったが、瞬間移動が使えるからドラゴン如き従えるのに、そこまで時間も掛からないだろう。
「そうね。急ぎましょう。でもアマン。あなたどうして彼の下にたどり着けたの?」
とりあえずの結論が出て、アグナユディテの心に改めて俺たちがエルフの結界を難なく抜けたことに対する疑問が浮かんだらしい。
「いや。『ルナの祠』と同じだから」
「えっ?」
俺の態度はちょっと自慢気に見えたかもしれない。
以前、アグナユディテとあの祠へと通じる結界を通り抜けた時に、必死で道順を覚えたのだ。
『ドラゴン・クレスタ』に俺の知らないマップがあるなんて許せないからな。
「ここって、あの結界と同じなの?」
彼女は金色に輝く周囲の木々を不思議そうに眺め、ちょっと大きめの声で確認してきた。
「いや。もう少し小さな声でだな。ここの木々は静寂を好むから」
どうしてエルフの結界の解説を俺がアグナユディテにしてるんだって思いはあるが、本当のことだ。
「そ、そうね。それにしても……」
「ああ。何となくな。多分そうなんだろうと思って」
ここはメーオが適当に決めた世界だから、どうせ初期設定から変更なしってやつだろうと思ったのだ。
でもそういうのは本当に危険だ。
きちんと設定変更をしておかないと、俺が想定された正規の手順を経ずに侵入したみたいなことが起こりかねない。
そうしてサイバー攻撃の片棒を担がされてから「俺を踏み台にした」なんて言っても遅いのだ。
俺はそんなことを考えていたのだが、アグナユディテはその間、気味の悪いものを見るような目を俺に向けていた。
「悪いが一度、クルーブの町へ行ってくる。すぐに戻るから」
皆の待つ街道の脇に戻った俺は、仲間たちにすぐにそう告げた。
「ちょっと待ってよ。どういうこと?」
するとララティーが俺を押しとどめてきた。
まあ、当然と言えばそうだ。
俺の中ではその行動は当然すぎるくらい当然なのだが、皆にはその理由を説明していないからな。
「冥王を封印できるのはドラゴンだけらしいの。だからクルーブの町の近くにいるドラゴンに協力を求めないといけないのよ」
アグナユディテが簡潔に説明してくれて助かった。
俺がやっていたら「いや、この結界の先に隠者がいてね。隠者ってのはエルフの男性なんだけど……」とか話し始めるところだった。
だが、アグナユディテの説明を聞いたララティーは、思いもよらない反応を見せた。
「ドラゴンって、あれのことよね?」
リズやヨラン、アデーレと顔を見合わせている。
「ドラゴンに会ったのか?」
俺が勢い込んで尋ねると、ララティーは少し不安げに、
「えっと。多分会ったと思うけど……」
そう言って言葉を濁す。
「ララティーが斃したのです。光の魔法で」
ヨランが眉間に皺を寄せる厳しい表情を見せて教えてくれた。
「えっ。えっ?」
さすがにアグナユディテも慌てていた。
「斃したって、ドラゴンをか?」
確かにミセラーナもエリデレスの奴を光の魔法で滅ぼしているが、まさかララティーまでドラゴンを斃していようとは。
「えっと。多分斃したんだと思う」
さすがにまずいと思っているのか、ララティーの言葉はいつにない、歯切れの悪いものだった。




