第五百五十四話 聖域へ向けて
南下する俺たちの行軍は順調だった。
「ここでも町からの抵抗はまったくないようですね」
イアーク・アラガンはジョバターキからの報告だと教えてくれたが、それも当然ではある。
先の戦いでクルーブの町以外のほとんどの町はポーンによって残っていた住民たちがすべて傀儡に変えられてしまっている。
だから俺たちの進軍に付き従うようにそれらの町に戻る住民こそ多いものの、町に残っている者なんていない。
抵抗する者なんているはずもないのだ。
「本当に全軍で攻めて来たのだな。予備の兵などは持たなかったのだろうか?」
アンヴェルは不思議そうで、彼やイアーク・アラガンみたいな軍人からするとポーンどもの戦い方は非常識なのかもしれない。
でも、人間相手ならこれまで戦略や戦術なんて問われなかったのかもしれなかった。
ここは戦略SLGの世界ではないしな。
「また来たわ。アマン。お願い!」
それでも進軍の途中でポーンどもの部隊に遭遇することはある。
「あ、ああ。いいぞ」
ララティーの依頼に俺はブーストを掛けるべく彼女の背後に移動する。
「ライトネス・コヒーレンス!!」
正直言って、ポーンの出現頻度はそれほどでもない。
だから俺のブーストって要るのかなって思いがある。
いや、別に魔力が惜しいなんてことはまったくないんだけどね。
「賢者様。あちらに……」
今度はミセラーナが指差した先に、傀儡の集団が見える。
「ああ。ありがとう」
俺は彼女にお礼を言うと、おもむろに呪文を唱える。
「ペトリファイ・マーヴェ!」
石化の魔法で傀儡どもを石にすると、そのまま『レビテーション』の対象に加えて俺たちの背後に浮かべる。
クレスタンブルグへ向けて行軍した時と同じ要領だな。
「何だか不憫だね」
エディルナが言いたいことは分かるが、今はこれが一番なのだ。
これならひもじい思いをせずに済むからな。お互いに。
「現れるのは戦場への到着が遅れたポーンや傀儡のようですな。統率も取れておらず、各個撃破のよい対象です」
宿営地で俺を天幕に訪ねてくれたジョバターキは「歯応えゼロですな」なんて付け加えてイアーク・アラガンに睨まれていた。
「このまま聖域まで行けそうかな?」
最初は幾重にもなるポーンによる防禦線とかを想像していたのだが、そんなものはまったくない。
どうも聖域までほとんど敵の抵抗を受けずに進めそうだった。
「聖域では宝珠を元の位置に据え直すのでしたね」
イアーク・アラガンが確認してくるが、俺が聞いているのはそれだけだ。
でも言われてみればたったそれだけで冥王を封じることができるのか不安な気もする。
「そうね。光のオーブの力は素晴らしいものよ。それが三つとも元の位置に揃えば、きっとここも元の姿を取り戻すわ」
アグナユディテはそう言うが、それってエルフたちが持つ『光のオーブ』と混同しているんじゃないかって思う。
でも、彼女の言葉で俺は少し気が楽になった。
「そうだな。とにかく聖域へ行って宝珠を捧げてみよう。ダメなら……また考えるさ」
補給のことまで考えに入れれば、俺の発言は無責任なものなのかもしれない。
でも、逆にここまで来てしまって、今さら後戻りもできないのだ。
「ねえ。あそこ変じゃない?」
ヴァンジーグを過ぎ、俺たちはそのまま真っ直ぐに南下した。
その途中でアグナユディテが枯れ果てた森を指差して俺に尋ねてきたのだ。
「えっと。どこのことだ?」
暗い森は中からそれこそ傀儡でも出て来そうで薄気味悪い。
だが、アグナユディテはそんな森の一角に目を凝らしていた。
「あそこよ。間違いない。あれはただの木じゃないわ」
彼女が馬車を止めるように頼むと、馭者をしていたエディルナが慌てて道の脇に馬車を寄せた。
「何かあったのかい?」
エディルナが確認してきたが、俺たちの馬車が止まったせいで、行軍も一時停止ってことになっていた。
「ええ。アマンは分からない?」
彼女はそう言って小走りに道の先に広がるまばらな林に近づいて行く。
聞かれた俺はさっぱり分からなかったが、彼女について行った先で、ようやく気づいたことがあった。
「これか!」
そこには高さも樹形もそっくりな二本の木が左右対称に生えていた。
「そうよ。エルフの結界。ここにいる方なら、この大陸のことをきっとよく識っているわ」
俺は『ルナの祠』のコーンウィルジーを思い出したが、確かに彼はゲームの鍵となるアイテムを与えてくれるNPCだった。
ここを見逃す手はないだろう。
「どうしたのだ?」
銀狼のアルジヤンが俺たちに尋ねてきた。
「ここのことを知らないか?」
俺の質問に奴は首を振ると、
「いや。ここは我の守護する領域とは離れているからな。それにここは我以外の誰かが守護する場所でもなさそうだ」
周囲の臭いを嗅ぐようにクンクンと鼻を寄せると、確信したように告げた。
こう見ていると完全に犬だよな。
「そうなのか? 場所的にエリデレスの守護する地域かと思えるんだけど」
俺の疑問に奴はフンと鼻を鳴らすと、
「奴は我とはまったく違う。奴は元々、セヤヌス様の使い走りに過ぎぬのだ」
なんて自慢気に答えてきた。
俺には違いがよく分からないが、奴の中ではエリデレスの奴は格下ってことらしい。
「我は元々、あの地の守り神だったのだ。この大陸の守護者となられたセヤヌス様に従って、引き続きあの地を守っている。テミーメもそうだな」
一方のエリデレスはセヤヌスにヴァンジーグを与えられたのだと奴は続けた。
「だからお前はさっさと冥王に鞍替えしたってわけか?」
俺は自分でも嫌味だなって思ったが、言われたアルジヤンは不満そうだった。
「そんなことはない! ずっとお待ちしていたのだ。だがセヤヌス様はその気配さえお見せになられなかった。聖域の秩序を乱されてさえな」
だからセヤヌスはいなくなってしまったと絶望感に囚われたのだと奴は言った。
「あの暗黒と混沌を見れば、我の絶望がどれほど深いものだったか分かるであろう?」
確かに奴の守護するミルイーズ周辺は酷い状態だった。
「分かるぞ。だからこうしてヴァンジーグから真っ直ぐ南へ進んでいるんだからな」
アルジヤンもいるし、一度は進んだ道であるミルイーズから南へ向かおうかって意見は、誰も口にしなかった。
真っ暗な闇の中を混沌を消し去りながら軍を進めるなんて、わざわざ困難を求めに行くようなものだからな。
「アマン。どうするの。行ってみる?」
誰かこの結界について知っている人がいないかなと思ったが、アルジヤンも知らないとなるとお手上げだ。
俺たちはこの大陸のことなんて知るはずもないしな。
「ああ。行くしかないな。俺とユディで行くか?」
俺の考えにベルティラが即座に異を唱えた。
「どうして二人だけなのですか? 私もお連れください!」
俺はちょっと面食らったが、理由はちゃんとあるのだ。
「いや。これがエルフの結界だとしたら危険だからな。エルフのユディと俺以外は入らない方が無難だろう」
後はトゥルタークもかななんて思ったが、ヨランが珍しく俺に確認してきた。
「ユディは分かります。ですがアマン。どうしてあなたが行くのですか? 危険なのではありませんか?」
彼女の疑問はもっともだが、それに答えることは憚られた。
「いや。ちょっとな。それに俺は行くべきだと思うんだ。多分、役に立てると思うし」
俺には何となく目算があって、アグナユディテだけに任せるべきじゃない気がしていた。
「私はアマンの守護者だから、アマンには私がおまじないを掛けているの。だから大丈夫だと思う」
アグナユディテもそんな言い訳をしていたから、彼女が俺に『真の名』を教えてくれたことはやっぱり言わなくて良かったようだ。
「ユディ。慌ててどうしたの? それに顔が真っ赤なんだけど」
ララティーにも不審そうに訊かれてしまうくらい、彼女は「らしくない」態度のようだった。
「アスマットよ。行くなら早くした方が良いぞ。わし一人では心許ないのでな」
トゥルタークは珍しく自信なさげだ。
「賢者様。できるだけ早くお戻りください」
ミセラーナもそう続けたのは、俺のバフがない状態で敵が現れた時のことを考えてくれたのだろう。
それでも、ここまでの状況を見るに、ポーンや傀儡が襲って来るまで多少の時間はありそうだった。
「ああ。さっさと行って帰ってくるさ。ユディ。行こう」
俺の呼び掛けにアグナユディテがこくんと頷くと、俺たちは二本の木の間の空間に足を踏み入れた。
一歩入っただけで周囲の様相は一変する。
だが、そこは想像したとおりの景色だった。
周りの木々は金色に輝き、これまで聞こえていた軍馬のいななきや人々の話す声は消え去って静寂が支配している。
「えっと。真っ直ぐに進めばいいのかしら?」
俺が歩き出さなかったからか、アグナユディテが戸惑うように尋ねてきた。
「ああ。最初はな。でも少し行ったらまずは右だ。その次は左だな」
俺は確信までは行かないまでも、ある程度の自信を持って答えた。
そうして彼女の前を歩き出す。
「アマンには分かるのね?」
アグナユディテは不思議そうだったが、それでも俺について来てくれる。
でも、それは単にほかにどうしようもないからってことなのかもしれなかった。




