第五百五十三話 反攻開始
「これなら行けるぞ!」「やはり身体が軽い!」
俺はちょっとやり過ぎたかなと思ったが、どうやら許容範囲内だったらしい。
兵たちは訓練で俺が用いたバフと同じような感覚を受け取ってくれたようだ。
ガッ! ガシャ! ドカッ! ザシュッ!
すぐに俺たちを中心に展開した兵たちがそれぞれポーンと刃を交えだす。
「よしっ! 討ち取ったぞ!」
「思い知れ!!」
そして各所で兵たちが凱歌を上げる。
「次が来るぞ!」
だが、アンヴェルが警告を発すると、兵たちはすぐに隊列を整えていた。
「ライトネス・コヒーレンス!!」
俺がブーストを掛けたララティーの魔法がまたポーンどもを薙ぎ払い、傀儡たちが突出した形になる。
迫って来た一部のポーンには、クリュナミアを中心とした兵たちが対応してくれていた。
「この感覚は?」「力が湧き上がるようだ」
どうやら大量のポーンを倒したことで、兵士たちのレベルが上がったらしい。
俺は最初が肝心だと思っていたので、彼らの反応にかなりほっとしていた。
「ライトネス・リヒトゥヴァンデゾン!!」
ミセラーナの魔法によって再び多くの傀儡が正気を取り戻し、各陣営からの呼び掛けに応じて俺たちの後方へと逃げ込む。
そして彼らを追って迫って来たポーンどもには、またこちらの兵士たちが対応してくれていた。
それを何度か繰り返すうちに兵たちのレベルはどんどん上がっていった。
「えやっ!」「そりゃっ!」
ポーンとの戦闘に慣れてきたこともあるが、兵たちの戦闘が余裕を持ったものに変わってきたのは、やはりレベルアップの力が大きいだろう。
「気を緩めるな!」
イアーク・アラガン将軍が兵たちを戒めるが、俺は山を越えたと思っていた。
軍隊が魔王や邪神などのラスボスやその配下である魔物の侵攻に無力なのは、兵士たちのレベルが低いからだろうと俺は睨んでいた。
だから初期段階で彼らが一定程度のレベルに達することができれば、ラスボスは無理にしても対魔物の戦力としては期待できる。
(でも念の為、もう一度バフを掛け直しておくか)
正直言って俺は大忙しだった。
「もう一度、行くわ!」
「そろそろ傀儡と接触するわよ!」
ララティーとアグナユディテの魔法発動の要請は、被ることもしばしばで、この二人ってやっぱり相性が良くないんじゃないかって思う。
「まずはミセラーナだ!」
「はい! ヌーヴァ エラトーツォ すべてを生かし、すべてを育む温かき光……」
傀儡になった人たちは、一人残さず救うつもりだ。
だから、こちらの兵と接触する前に正気に戻してしまいたい。
「こっちももう無理なんだけど!」
ララティーが悲鳴のような声を上げるが、現代日本人の俺としては人命救助最優先なのだ。
「大丈夫だ! ポーンどもは任せろ!」
アンヴェルが背中を見せながらそう言ってくれる。
ずっとは無理だろうが、ミセラーナが魔法を放つくらいの時間は持ち堪えてくれるだろう。
「は、はい! さすがは……」
アンヴェルの説得はララティーにはかなり効きそうだ。
彼女の中では彼は魔王を倒した伝説のアンヴェル王だからな。
「ララティー! 行くぞ!」
ミセラーナの『ライトネス・リヒトゥヴァンデゾン』の魔法の光が迫っていた傀儡どもを包み、正気に戻った彼らは俺たちの陣地へと逃げ込んでくる。
俺は慌ててララティーの背後に移ると、その両肩に手を置いた。
「ツトレーロ ナファニマーヴ 世のすべての命の源……」
一瞬、詠唱が遅れたのはアンヴェルに見惚れてでもいたからだろうか?
それでも発動した魔法の威力は圧倒的だった。
「アスマットよ。まあよい。やり過ぎじゃの」
トゥルタークは活躍の場がなくて不満なのか、そんな苦情を寄せてきた。
確かにちょっとやり過ぎかなって思いはあるが、これまで散々、苦杯を舐めさせられたのだ。
気を抜くことは危険だろう。
「勝ち鬨だ!」
ジョバターキが兵たちに声を掛け、俺たちの周囲で兵たちが歓喜の声を上げる。
「陛下。奴の無作法をお許しください」
イアーク・アラガンが慌てて俺の下へやって来て、そう詫びた。
「アマンは何のことか分かっていないから大丈夫よ」
アグナユディテが言ったとおり実際、俺は何で彼が謝ってきたのか理解していなかった。
だが、プロメイナも、
「ジョバターキ将軍も気が昂っていたのだと思いますわ。勝手に口火を切るだなんて。アマン。許してやってくださいね」
なんて口添えをしてきたから、総大将の俺にこそ勝ち鬨を上げる権利があるってことらしかった。
「いや。俺なんかじゃあ、あんな見事な対応は無理だから。彼がしてくれて助かったよ」
兵たちだって俺のする間抜けな勝ち鬨よりも、ジョバターキ将軍が指揮する方が良いに決まっている。
「彼は『黒き王』の配下として勝ちを重ねたから、こういうのにも慣れているだろうからな」
俺の言葉は余計だったのか、プロメイナは微妙な顔をしていた。
「追撃……の必要もありませんな」
クロンビーエもやって来て俺に尋ねたとおり、敵は完全に殲滅され、もはや追撃すべき相手はいなかった。
傀儡たちはすべて正気に戻って町に逃げ込んでいたし。
「追撃じゃなくて失地回復だな。できれば一気に聖域まで進んでしまいたいな」
あれだけの軍勢を揃えたのだ。冥王の戦力を補充する能力は侮り難いが、それでも次の軍勢に出会うまでにかなり前進できそうだ。
「さすがに今日は休んで、出発は明日以降かな。そう急ぐこともないだろう」
おそらく敵の主力は壊滅したはずだ。
慌てて前進するよりもしっかりと領域を確保しつつと俺は考えたのだが、
「陛下。それはいただけませんな。この先、碌に補給も受けられないのでしょう。さっさと決着をつけないと干上がりますぞ」
ジョバターキが顔を顰めて、そんな進言をしてきた。
イアーク・アラガンも頷いているから、同意見なのだろう。
「そうなのか? 確かに食料はどこも不足しているけれど……」
ここ数年の日照不足による不作……と言うよりも凶作によってただでさえ飢饉に近い状態に追い込まれていた町は多い。
その上、南の地方から大量の難民が流れ込んだのだ。
「そうです。かなりの物資は運んできましたが、所詮はここにいる軍勢のための量ですから。住民たちにまで分けていては我々も避難民になってしまいます」
ジョバターキはそう言って渋い顔だ。
イアーク・アラガンも厳しい顔を見せているから、彼は町の人々に糧食を供出しないことに罪悪感を覚えているのかもしれなかった。
「と言うわけで、明日の朝になったらさっさと発ちましょう。これだけ叩けば、当分は無人の野を行くが如く進軍できるでしょうしな」
俺はもう少し休みたい気もしたが、ジョバターキ将軍の戦意は高そうだ。
「お前は本当に戦闘が好きだな」
イアーク・アラガン将軍が呆れたように声を掛けていたが、当のジョバターキは、
「戦闘? こんなのは何する前の軽い腹ごなしじゃねえか。陛下にお供すると毎回、こんなのだからな」
なんて俺に向かって笑ってみせる。
俺はこの世界の彼とは、そこまで行動を共にしたわけではないと思っていたけれど、クレスタンブルグまでの行軍とか、ほとんど戦闘にならなかったのは確かだ。
後はヴァダヴェスティーンを滅ぼしにコールバファンへ向かった時くらいだろうか?
あの時の印象も強烈だったんだろうな。
大迷宮とか瞬殺だったからな。
「進発するぞ!」
先鋒を務めてくれるジョバターキが声を上げ、俺たちの軍はクルーブの町を発した。
南の町から避難して来た住民たちの内には、俺たちの後について故郷の町へ向かおうとする者もいるようだった。
「陛下。この女性とはお知り合いですか?」
ジョバターキ将軍が連れて来たのは、途中の町で俺たちに仕事をくれたペラだった。
「ああ。久しぶりってほどでもないか。ちゃんとこの町に来ていたんだな」
彼女は俺たちと別れた後、俺たちの助言に従ってララティーを訪ね、クルーブの町にとどまっていた。
でも、傀儡になっていた人々が次々と元に戻るのを見て、俺たちに直談判しようと陣門を出てくる軍を待ち構えていたらしい。
そして出発した先鋒部隊に近づたところを、ジョバターキ配下の兵たちに見咎められたらしかった。
「兄さんは元に戻せるんだろうね?」
彼女は再会の挨拶もそこそこに、そう尋ねてきた。
「ああ。もちろんだけど、それは冥王を何とかしてからだな」
俺の返事に彼女は不満そうだ。
それを見たジョバターキが口を挟んできた。
「彼女は兄貴があれになっているのかい?」
あれっての傀儡ってことなのだろうが、彼女のお兄さんの場合、ちょっと事情があるのだ。
「いや。そうなんだが……」
俺が口ごもっているとアグナユディテが、
「アマンが石にしちゃったの。もともと傀儡だったんだけどね」
誤魔化しようのない正しい答えを口にして、豪胆な将軍を絶句させていた。
「ま、まあ。それもありなんじゃないか? 町は人で溢れて食うにも大変そうだしな。感動のご対面は後の楽しみってことで」
それでも彼は町の食糧事情も考えて、石から戻すのを先送りするように勧めてくれた。
でも、それって実は良い考えなのかもしれない。
(いっそ町の住民を石化の魔法で全員、石に変えれば食糧問題は解決するわけか……)
俺はそんなことを考えてしまったが、すぐにプロメイナが、
「アマン。何か良からぬことを考えているのではありませんか?」
なんて訊いてきたから、やっぱり俺は考えが顔に出るらしい。
いや、彼女は『姫巫女』だから、そういう気配に敏感なんだろうか?




