第五百五十二話 反撃準備
新たな兵力を得た俺たちは、反攻に向けてすぐに準備を開始した。
「敵はポーンと傀儡だ。そして傀儡には魔法使いたちが対処してくれる。
傀儡と言っても元はこの大陸に暮らしていた人たちだ。それがポーンに倒されて操られ、正気を失ってしまっている。だから無闇に傷つけてはならない」
アンヴェルが兵たちに今後の戦い方を伝えてくれた。
彼らはクリュナミア軍の正規兵だからか、練度も士気もとても高かった。
「主敵であるポーンは空中から襲って来る。それに対処するために、こちらも空中で迎え撃つ! 魔法使いが浮遊の魔法で皆を浮かべてくれるから、まずはそれに慣れてほしい」
結構、無茶な要求だし、信じられない戦法だと思うのだが、そこは精兵たちだからか特に苦情や驚きの声も出ない。
心中は定かではないけどな。
「それじゃあ行くか?」
俺が無詠唱で『レビテーション』を発動すると、三千人ほどもいる兵士たちが一人残らず浮かび上がった。
「ちょっと。アマン!」
アグナユディテは慣れているはずなのだが、俺を睨んでいるのは、いきなり過ぎるってことなのだろうか?
でも、こんな大勢の前で「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ……」とか、ちょっと勘弁してほしいのだ。
中の俺はいい歳だからな。
「総員、前へ!」
イアーク・アラガンの指揮に従って、兵たちは隊伍を崩すことなく前進する。
地上でならなんてことない行軍なんだろうが、それをすぐに空中でも展開してしまうのが、彼の非凡な統率力なのだろう。
「おい! そこ、遅れるな。俺に遅れさえしなければ、故郷へ帰ってデカい顔できるからな。保証するぜ」
少し先ではジョバターキが何やら兵を叱咤しているようだった。
彼の部隊も機敏に動き、その練度はイアーク・アラガンの兵たちに勝るとも劣らないようだ。
「そら。皇帝陛下のご面前だぞ。ここで気張らなくてどうすんだ? 故郷のあの娘が見てると思っていいところ見せろ!」
何だか俺までだしに使われているみたいだが、それで兵たちのやる気が出るなら結構なことだ。
「訓練が終わりに近づいたら政庁まで連絡をくれないか? 俺がここにいてもすることはないからな」
俺は途中で地上に下ろした一部の兵たちにそうお願いして、この場を立ち去ることにした。
「はっ! ご命令たしかに!」
彼らの指揮官だろう立派な軍服を着た将校の返事を聞きながら、俺は練兵場と化した町の南に広がる平原を後にした。
途中でリューリットが兵に剣を教えているところに出くわした。
「振り下ろす時に重心が後ろに残り過ぎだな。剣を引き上げる時はもう少しコンパクトに。できるか? そうだ。その方が疲労も少ないはずだ」
戦いを前に剣の鍛錬を積むことを望む者には、彼女が時間を割いて指導をしてくれていたようだ。
「はい! ありがとうございます」
若い兵士は素直に彼女にお礼を述べると、また真剣な表情で剣を振るう。
魔王を倒した剣士であるリューリットは、剣の道を志す多くの若者にとって憧れの対象なのだ。
それに彼女は『ドラゴン・クレスタ』ではエンディングの後、王家の剣術指南役に就任するのだから教え方も上手いのだろう。兵士たちの剣の腕は僅かな期間で大きく上がっていた。
「リューリットも無理をしないでくれよ。ここまで大変だったからな」
ミルイーズの先からこの町まで、敗走を続けてきたのだ。
心理的にもかなりのダメージを負ったはずだ。
「なあに。これまで数が多いだけの敵に圧倒され、不本意なことこの上なかったのだ。奴らにひと泡吹かせられると思えば、疲れも吹き飛ぶわ」
彼女はそう言って不敵に笑っていたから、まだ戦意は十分に残っているらしかった。
「損害が出ないと良いけど」
「さようですな。ですがゼロと言うわけには参りますまい」
忙しくしている皆には申し訳ないが、俺は政庁に戻ると応接でプロメイナやクロンビーエと歓談していた。
「アマンがいるのですもの。損害なんて出ないのではありませんこと?」
プロメイナの反論にクロンビーエは苦笑していた。
「黒き王陛下がおっしゃるなら、そうなのかもしれませんな。いえ、是非そうありたいものです」
彼女がアルスウィードを席巻した連戦連勝の『黒き王』だったってことは秘密なのだが、さすがに彼はその情報を得ていたようだ。
「それにしても、まさか公爵自らご出陣いただけるとは思いませんでしたわ」
あまりそのことに触れてほしくないのか、プロメイナは話題を変えていた。
「いえ。老臣に尻を叩かれたのです。カスモートの家が念願の爵位を得た御恩に報いるのは今だと」
さすがにベラヴィーンは来ていなかったし、フランラシュのカプラスや、シャンルーファのシトラなんかも当然、領地に残っている。
「いや。あれは例の祠の使用枠を融通してもらったからなんだけど」
ティファーナなんかに詰められて、訳も分からずしたことなのだ。
俺なんかが授与した爵位でも、そんなに喜んでもらえたのなら良かったのだが。
「分かっております。ですが、その老臣にとっては正に長年の悲願だったのです。父の代から仕えている者ですから。もちろん私にとってもですが」
彼は改めてお礼を言ってくれた。
「それにしてもクリュナミアはさすがです。よくぞこれだけの精鋭を揃えられるものですな」
クロンビーエの言葉はお世辞だけでもなさそうだ。
イアーク・アラガンとジョバターキの軍の両巨頭だけでなく、それ以外も各地から精兵を選りすぐったらしい。
「ええ。でもシャンルーファからも騎士団長が参戦していますから、クリュナミアだけと言うわけでは……」
今やシャンルーファだってクリュナミア王国の一部なのだが、それでも旧王国の騎士たちを再編した騎士団があるらしい。
「さようですな。ティエモント団長に……タンクラディル副団長ですか? 二人ともあの大戦を戦い抜いた歴戦の騎士のようですね」
キアーラから聞いた話からアグナユディテの恩人である彼が無事なのは知っていたが、彼の配下のタンクラディルも生き延びていたようだ。
この世界では俺とアグナユディテは彼らと知り合いでさえないんだけどね。
「キアーラは……来てないよな」
俺が思わず口にした疑問にクロンビーエは不審な顔をしたが、プロメイナは呆れた様子だった。
俺も言葉にしてしまってすぐに思い出したのだが、この世界の彼女は槍を振るったりはしないのだ。
以前行った別の異世界で出会った白銀の鎧に身を包んだ姫騎士としての彼女こそが俺が初めて出会った彼女で、その印象が強すぎるんだよな。
「来るわけがないではありませんか。まったくアマンは」
彼女が溜め息を吐きながら言ったのは、俺の粗忽さに呆れたからなのだろう。
でも、彼女はそうは思わないのかな?
「来たぞ! 戦闘用意!」
町の前に広がる平原にアンヴェルの声が響き、兵たちに緊張が走る。
いや、緊張しているのは俺の方かもしれなかった。
「ここが陥ちたら終わりだな」
俺が思わず不安を漏らすとララティーが、
「アマン。縁起でもないこと言わないでよね」
俺を振り返って苦情を述べた。
ポーンに対する主戦力である彼女は俺の前にいた。
「あ、ああ。手順は何度も確認したしな」
俺はそう言って頭の中でその手順を繰り返す。
「もっと引きつけろ! まだだ」
俺の側ではアンヴェルが大きな声で兵を指揮してくれているが、左右に展開した部隊でもそれぞれイアーク・アラガンやジョバターキ、それにティエモントが兵に下知を与えてくれていた。
「まずは私ですわね。アマン。お願いするわ」
ララティーが今度は振り向きもせずに俺にブーストを依頼してきた。
「ああ。最初だからな。派手に行こう」
俺が答えると彼女は呪文を唱え出す。
「ツトレーロ ナファニマーヴ 世のすべての命の源、我らに糧を与えし者、天空に輝き、全き世界を保つ者よ、単一の光となりて敵を滅ぼせ!」
詠唱の声が響き、味方の注目は嫌でも彼女に集まっていた。
「ライトネス・コヒーレンス!」
巨大な蒼い光の柱が彼女を起点に迸り、数多のポーンが声ひとつ上げる間も与えられず消滅する。
その光は厚く垂れ込めた雲さえ貫くようだった。
「おおっ!」「すごい……」
訓練を受けた兵士たちでさえ、思わずそう漏らすほど、魔法の威力は凄まじかった。
だが、このくらいで敵を食い止めることなどできないことは、これまでの経験で十分に思い知らされている。
奴らは数を頼りに押し寄せて来るはずだ。
「続けて行くわ!」
「前へ!!」
作戦どおりまずはララティーが魔法で先頭にいたポーンどもを消し去ると、部隊は俺たちを中心にして少し湾曲した映画の画面のような横長の隊形を取る。
いや、俺は映画館とかリア充的なイベントにはあまり縁がないんだけどね。
ラノベ原作のアニメなら観に行ったりするけど。
それはそうと、彼らの動きはさすがは訓練された軍隊のそれで、見事としか言いようがなかった。
「ライトネス・コヒーレンス!」
もう一度、ララティーの魔法が炸裂し、ポーンどもを消滅させる。
それでも奴らは何事も無かったかのように前進を続けてきた。
「次はミセラーナだな」
「はい。賢者様」
今回の作戦ではララティーとミセラーナは別の役割を担ってもらっていた。
「アマン。そろそろ傀儡たちと接触するわ」
俺の右前にいるアグナユディテが教えてくれる。
それを聞いたミセラーナが詠唱を始めた。
「ヌーヴァ エラトーツォ すべてを生かし、すべてを育む温かき光、あらゆる力の源、遍く世を照らす者よ、聖なる光となりて我に力を!」
黄色く光る魔法陣が明るさを増していく。
俺はタイミングを見計らってブーストを掛けた。
「ライトネス・リヒトゥヴァンデゾン!!」
明るい光が傀儡たちを包み、彼らを正気に戻していく。
「はっ。私はいったい?」「ここはどこなんだ?」
彼らはそう言って周りを見回したりするばかりで、多くの者が呆然と立ち尽くしていた。
中には目の前に迫る重武装の兵士に恐怖を感じたのか、後ずさる者さえいた。
「我らはあなたたちの味方だ! こちらへ来てポーンから身を隠せ!」
アンヴェルが大音声で呼び掛けると「ポーン」という言葉に、自分が傀儡にされた時の記憶が呼び覚まされたのか、多くの者が慌ててこちらへ駆け出した。
彼らは次々と味方の防衛ラインの内側に逃げ入る。
「うわあっ!」
それでも何人かはポーンに襲われ、再び傀儡と化してしまうが、正気に戻った人を救うなんて、これまではできなかったことだ。
「来たぞ!」
彼らをまた傀儡に戻そうとポーンが前線に迫る。
(よっと!)
俺は展開する全軍にバフを掛けた。




