第五十話 王宮への道
西の離宮から王都までは人の足では二時間くらいは掛かりそうだ。
その距離を王女様を歩かせるのもどうかと思い、馬車でも通らないかなと思って見ていたが、もう日が暮れて王都の城門が閉じてしまったこともあるのだろう、街道を通る人影は皆無だった。
王都までは先ほど城壁の上から見たとおり、かなりの距離があるが、離宮から王都へと向かう街道は道幅も広く、石畳が敷かれ歩きやすい。
幸い東の空には大きな月が昇り、行く先を照らしてくれているし、道に迷うことはなさそうだ。
(王女様なのだから「お姫様抱っこ」で王都まで運んで差し上げたら……)
そんな不埒な考えが一瞬、俺の頭をよぎった。
王都までの距離を考えれば、非力な俺にとって普通は無理なことだろう。だが、レビテーションの魔法を使えば行けるかも知れない。
「ダークエルフは抱きかかえたくせに、王女様には歩いていただくのね」
アグナユディテが俺の前を行くベルティラを見ながらそう言ってきた。
俺ってそんなに考えていることが顔に出る方なのだろうか。
「なっ。お前。まさか」
ベルティラが振り返って、俺を非難するような声を上げる。
「いや。あの時はベルティラは気を失っていたから」
だが、俺の答えはすでにアグナユディテに読まれていたらしい。
「気を失っているのをいいことに抱きかかえたのよね」
やっぱりあの時のことで、俺の評価はかなり下がっていたようだ。王女様がいらっしゃるのにひどすぎる。
「私なら大丈夫です。歩くことは好きですから」
王女様にもそう言われてしまう。
歩くことがお好きと言われても王宮の庭園を散策なさるのとはわけが違うし、おみ足が……とか、もう余計なことを考えるのはやめて、しっかり前を向いて歩くことにした。
それでも歩きどおしという訳にもいかず、俺たちは途中、休憩を取ったりしながらゆっくりと進んでいく。
前方をベルティラが、後方をアグナユディテが警戒しながら歩いて行くが、追手や待ち伏せはないようだ。
道中、王女様からこれまでの経緯を伺うと、ナヴァスター公爵は王都近郊の町へ巡幸に出られた王女様の護衛を、王女直属の親衛隊を除いて密かに自派の者で固めていたらしい。
馬車を守る親衛隊がその数倍の重武装の騎士をはじめとした兵たちに囲まれたため、王女様はやむなく囚われの身となることを選ばれたようだ。
その選択のおかげで親衛隊にも、敵となった騎士や兵士たちにも死傷者は出なかったようだが、その後、親衛隊の者たちはどうなったのだろうかと王女様はそれを案じておられた。
エディルナが王女様の親衛隊長になっていたら、例え多くの兵に囲まれたとしても王女様を守って、そいつらを蹴散らすことなど造作もなかっただろう。
アンヴェルを失って真のエンディングを迎えられなかったことが、この世界に影響を及ぼしている可能性があるような気がする。
「でも、賢者様はどうして私の居場所がお分かりになったのですか?」
王女様は今度は逆に俺にそう聞いてきた。
一瞬、「愛の力です」というセリフが思い浮かぶが、もうこういうのはやめておこう。
「いえ。彼女、ベルティラの魔法でバール湖のフォータリフェン公爵の別邸に伺い、公爵から教えていただいたのです」
俺は正直に答えた。
「まあ。では、あなたも私のために」
王女様がベルティラにそう声を掛ける。
「いや。私はその男の指示に従っただけだ。人使いが荒くて大変だったがな」
ベルティラは苦笑するようにそう答えたが、その声は何となく機嫌が良さそうに聞こえる。
「それでも……」と王女様は彼女にもお礼の言葉をくださった。
何となくアグナユディテがハブられている気がして、俺は「王女様。後ろを行く彼女も協力してくれたのです」と言ったのだが、すでに遅かったようだ。
「いいえ。私はバール湖まで往復するのにくっついて行って、彼女の魔力を余分に使わせて。今、王都までこうして歩かなければならないのも私のせいね」
そう言ってプイと横を向いてしまう。
王女様もさすがに驚かれたようで、困ったようなお顔をなさっている。
どうしてアグナユディテはさっきからこんなに不機嫌なのだろう? やっぱりダークエルフのベルティラが一緒にいて、先に王女様からお褒めの言葉をいただいたからだろうか。
「賢者様はこれからどうなさるのですか」
王都もだいぶ近づき、もうこれで休憩は最後にして良さそうだなと思われたところで、王女様はなんだか寂し気に俺にそう尋ねてきた。
これからどうするか。そう言えば以前、アグナユディテにも同じようなことを聞かれたことがあったなと思い出した。
あの時は死亡フラグが美味しすぎると思って、完全にネタで返してしまったが。
「少し事情がありまして。国王陛下にお願いして爵位をいただけたらと考えているのです」
こんなに軽い感じで貴族にしてほしいとか言っていいのだろうかと思うが、どう言い繕ったところで厚かましいお願いに変わりはない。俺は素直に言ってみた。
すると王女様は急に愁眉を開かれたように、
「まあ。それは素晴らしいわ。賢者様なら公爵、いえ大公になっていただくのはいかがかしら」
いや。こういった場合いただくにしても下から数えた方が早い、それなりの爵位をいただくのが普通なんじゃないだろうか。
アグナユディテも驚いたようで目を大きく見開いている。
「いえ。ありがたいのですが。いろいろとその、バランスとかもあるでしょうし」
「そのようなこと。賢者様の功績は比類なきものですもの。きっと陛下もお喜びになるわ」
確かに王女様を救い出したのは、これで二回目だ。だから高い爵位を与えないと王家の面目にも関わることになるのだろうか。
それでもそんなに高い位はいくら何でもと思う。
王女様をお守りしながら、俺たちが王都の城門に着いたときには、辺りはすでに真っ暗になっていた。通常なら城門は開いていない時間だ。
だが、門は松明の炎で赫々と照らされ、衛兵たちが忙しそうに立ち働いていた。
王都に着くのはいいとして門は閉じているだろうから、どうしようかと考えていたので助かったのだが、逆に驚きだ。
俺たちが門へ近づいて行くと、それに気がついた衛兵から制止の声が掛かる。
「旅の者か。入城はまかりならん! 明日の朝まで待て!」
だが、俺は王女様の前に立ち、
「城兵よ。このお方をどなたと心得る。恐れ多くもミセラーナ王女様にあらせられるぞ」
胸を張ってそう告げた。元いた世界で俺の年齢なら誰もが知っているこういうの、一度、やってみたかったんだよね。
衛兵の隊長は王女様を見知っていたようで、すぐに部下たちをまとめて片膝をつき、王女様に頭を下げていた。
「このような時間に王都の門が開かれているとは。いかがしたのですか?」
王女様は先ほどまで俺たちと一緒に歩いていたときには、美しいお姫様という感じだったのに、こうして衛兵たちを前にされると、凛とした声に王族としての威厳が感じられる。
「はっ。夜間ではあるが、火急の用で摂政殿下が王都からお出かけになられるとのことで、門を開いておくようにとの命令があったのです。」
どうやらナヴァスター公爵は自分の領地にでも逃げ出すようだ。
「摂政殿下とはナヴァスター公爵のことですね?」
「はっ。さようにございます。伝令からはそのように聞いております」
王女様の声は心なしか冷たく響く。その声を聞いて、隊長はさらに頭を低くし、緊張した面持ちでそう答える。
摂政殿下と言ったところで、ペラトルカ氏の情報が正しければ所詮は僭称だろう。
衛兵の中にナヴァスター公爵派の兵士がいる可能性も考えて、俺はいつでも魔法を放てるよう準備し、アグナユディテとベルティラが王女様の左右を固めて門の中へ入っていった。
隊長が「すぐに馬車をご用意いたします」と言ってくれたので、門の内でしばらく待っていると、思ったより大きな馬車が用意された。
大きくて頑丈そうなのはいいのだが無骨な造りで、王女様がお乗りになるのにはちょっとと思われる。だが、ここまでかなり歩いて来たので、やはりありがたい。
アグナユディテはあまり馬車が好きではないからか、最後まで乗らずに残っていた。
「アグナユディテ。行こう」
先に乗り込んだ俺がそう声を掛けて扉から手を差し出すと、渋々といった様子で俺の手に掴まってくれたので、馬車へ引き上げることができた。
王女様が進行方向に背を向けてお座りになり、俺の奥にベルティラが、最後に乗ったアグナユディテが俺の外側に座る。
三人で並んで座ると少し狭い気もするが、王女様の隣に座るのはさすがに畏れ多いので仕方がない。
馬車は夜の街の中をゆっくりと進んでいく。
相変わらず快適とは言い難いが、王都の中の道は基本、石畳になっているので、そこまで揺れは酷くはない。
俺は時々、窓から外の様子を見て、馬車が真っ直ぐに王宮へ向かっているか確認していた。
疑い過ぎなのかもしれないが、御者は門にいた衛兵の一人が務めている。油断をさせておいてナヴァスター公爵一派に売られることだって考えられないわけではない。
だが、俺の心配を余所に馬車は順調に王宮に向かって進んでいった。そして間もなく王宮前の広場へ差し掛かろうという場所まで来た時だった。
「うわっ!」
急に馬車が止まり、俺は前のめりになって危うく前に座る王女様に抱きつきそうになった。
だが、アグナユディテも同じように前のめりになったのか、俺は彼女に突き飛ばされて奥の壁に身体ごとぶつかることになった。
身体を起こしてアグナユディテを見ると、彼女はもう何ともなかったというような澄ました顔をしている。
ベルティラは何故か呆れたといった顔だ。
結果的に王女様に失礼なことをせずに済んだのは良かったけれど、けっこう痛かったし、一言くらい謝ってくれてもいいのに。
王女様が「賢者様。大丈夫ですか?」と気遣ってくれたのだけが救いだった。
一向に馬車が動き出さないので扉を開けて馬車から降りると、その場所だけはかがり火が焚かれ、明るくなっていた。
そして、馬車が止まった原因が道の真ん中で片膝をつき、頭を下げていた。
「何者だ!」
俺が詰問するように大きな声でそう問うと、その男は顔を上げて答えた。
「私はナヴァスター公爵に仕えるイベリアノと申します。」




