第五十一話 賢臣イベリアノ
「ナヴァスター公爵の家臣が何用だ!」
跪く男に、俺はそう問い質した。
この男のせいで俺は馬車の中でひどい目に遭ったんだ。多少、乱暴な言葉遣いをするくらいは許されるだろう。
「アマン。何だか偉そうね。もう貴族になった気なのかしら?」
だが、やはりアグナユディテにはそう指摘されてしまった。
自分でも王女様の威を借る狐だという自覚はある。もう少し自重した方が良さそうだ。
もともと小市民の俺は、そんな偉そうな態度が似合うキャラクターではないし。
顔を上げた男は涼やかな目元が印象的な青年だった。年齢は二十代半ばだろうか。
かがり火の炎が彼の瞳に反射しキラキラと輝いている。
「わが主はドゥプルナムの城塞に向かいました。そこで籠城するつもりです。
王都の西の森の木々をなぎ倒し、岩山を吹き飛ばした『半神』が王女を救い、ともに王都へ向かって来ていると聞いて泡を食って逃げ出したのです」
何だか街を襲う大怪獣のような不本意な扱いを受けている気もするが、まあ、あの岩山を吹き飛ばしたことが多少なりとも役に立ったのなら善しとすべきなのだろう。
やっぱりたまには派手な大魔法も使ってみるものだ。
「そして私はミセラーナ王女様に、わが主に対する寛大なるご処置をお願いに参ったのです」
イベリアノの声は、その目元と同じように涼やかに響く。
だが、言っていることは随分と虫のいい話だ。
それほど長い日数ではなかったとは言え、塔の上の狭い部屋に幽閉され、常に身の危険を感じていた王女様の身になれば到底、容認できないだろう。
王女様もそうお考えのようで、そう言った公爵の家臣にお言葉を掛けられる様子はない。
「爵位を貶とし、領地も半分ほど返上するのでは如何でしょうか?」
貴族にとって最も重要であるはずの爵位や領地のことを、躊躇なく口にするこの男はいったい何者なのだろうか?
「あなたは公爵家の然るべき地位にいる方でしょうか?」
俺が急に丁寧な口調になったからだろう、ベルティラが不思議そうに俺を見てきた。
アグナユディテが偉そうだと言うのだから仕方がないじゃないか。
「いえ。私は一介の書記官に過ぎません」
だが、彼はそう言いながら、相変わらず涼やかな自信に満ちた表情と声で続ける。
「ですが、わが主の置かれた状況を見れば、それ以上の条件でお許しいただけると考えるのは贅沢かと。
堅固な城塞に籠ったとはいえ、わが主が期待している援軍は来ることはありません。このままでは敗北、そしてナヴァスター公爵家の滅亡は必至です。わが主は体よく王都から追い出されたのですから」
どうもこの書記官を名乗るイベリアノという男は、彼の主君は誰かの支持を期待した上で政権を奪取し、その人からの援軍を期待してドゥプルナムの城塞へ逃れ、裏切られたとでも言いたいようだ。
「何だか込み入った話みたいだな。まずは俺たちを通してくれないか? 続きは王宮で聞こうじゃないか」
俺がそう言うと、彼は、
「では、ご案内いたします」
そう言って先に立って歩き出した。
王宮前の広場を抜け、俺たちはやっと王宮にたどり着いた。
離宮からここまで思った以上に時間がかかったし、その前にバール湖へ行って、王都の西の岩山までも歩いているから今日はもうくたくただ。
王女様は陛下の御病状を心配されて、まずは陛下をお見舞いされることになり、残された俺たちは談話室を借りてイベリアノの話を聞くことになった。
改めて俺の正面に座る彼を見ると、男性にしてはすこし小柄な感じだ。
馬車から降りて初めて見た時も思ったのだが、ほっそりとした身体つきは女性と言われても不思議ではないように思われる。
掛けられた声が男性のものだったので、そうと分かったのだが。
細い頬がシャープなあごに続いている。そして、少し微笑みを浮かべているように見える口許から冷静な声が聞こえてきた。
「今のわが主に残されているのは身の程を弁えぬ肥大した欲望だけ。そのくせ、実際のところ彼は驚くほど臆病で小心です。
すでにわが主の企ては破綻しているのですから『半神』と恐れられる賢者様が城塞に赴き、少し脅してやれば、すぐに泣いて降参するでしょう」
淀みなく話す彼の言葉を聞いていると、どうも俺にドゥプルナムの城塞へ行って、主君を説得してほしいようだ。
(あの城塞か)と俺は思っていた。
ドゥプルナムの城塞には魔王を倒すために王都を発った後すぐに行ったことがある。
ゲームにコラボしたスポンサーの新商品を紹介するネタクエストみたいなものだったから、ゲーム知識でさっさとクリアしたのだが正直、あまりいい思い出ではない。
当時はまだレベルも低かったから高く聳える城壁に圧倒されたが、今なら余裕だろう。
だが、ナヴァスター公爵は彼にとっては主君かもしれないが、俺にしてみれば面識さえない大貴族にすぎない。
何かしてやる義理もないのだが。
「わが主はあの方に踊らされたに過ぎません。あの方が中立の立場をとられたがために、わが主とその一派の者たちは、それを好意的中立と見て、今回の暴挙に成算があると思ったのです。彼に踊らされているとも知らず、憐れなものです」
イベリアノは思わせぶりな言葉を続ける。
「彼と言うのはいったい誰なんだ? 本当にそんな者がいるのか? 俄かには信じがたいし、ただの言い逃れだと考える方が普通だと思うが」
俺は彼をそう問い質す。
「エルルム山脈の麓が今回の騒動の震源です。王都にいるあの方の後継者のもとへ、わが主の使いが何度足を運んだことか」
エルルム山脈の麓というと、おそらくはバール湖畔のことだろう。
あそこには数多くの貴族の別邸があるが、その中で最も有名な人と言えば誰もが思い当たる人がいる。
イベリアノが継いだ言葉は、俺にそれを確信させるものだった。
「それに、あなた方が王女様の居場所を知ったのもあの方の筋からでしょう。王都へ『半神』が現れたという噂はギルドから広まっていましたが、わが主の一派の者に接触をされたご様子はありませんでしたし。王女様の居場所を知っている者は本当にごくわずかでしたから」
フォータリフェン公爵はナヴァスター公爵は秘密の保持が得意ではないと言っていたが、イベリアノを見ていると配下は無能ばかりということでもなさそうだ。
俺は以前、バール湖畔を訪れた時、峠まで臣下を迎えに寄越し、まだ広まっていないはずのエルクサンブルクでの一件を知っていた彼の情報収集力に舌を巻いた。
その記憶があったので今回も彼ならと思ったのだが、とんだ「当たり」を引いていたのかもしれない。
「わが主が病床の陛下と王女様を弑し、王を僭称したところに、逆賊を討つとしてあの方が兵を挙げれば王都の民衆は歓呼して彼を迎えるでしょう。それでなくても彼は民衆からの支持が厚いですから」
俺だってもういい歳だから、世の中に無償の好意なんてそうそうあるはずがないことは分かっているが、こういうドロドロした政治の世界には足を踏み入れたくないなと思ってしまう。
前の世界では社内政治にさえ無関係、無関心だったくらいなのだ。
「では、あなたはフォータリフェン公爵が今回の事件の首謀者だと言うのですか?」
その時、俺たちが話していた談話室に王女様がお出でになり、イベリアノにそう問い掛けられた。
俺は慌てて椅子から立ち上がってペコリと頭を下げる。
だが、それとほぼ同時に王女様は柔らかい声で「皆さん、そのままで」とおっしゃってくださっていた。
(ええと。王女様の席を、椅子をどうしよう?)
そんな風に慌てていたのは俺だけで、アグナユディテもベルティラも落ち着いたものだ。
王女様とともに部屋へ入って来た二人の侍女が、慣れた様子で俺の右隣に座っていたベルティラに声を掛けて彼女を立ち上がらせる。
そして席を少し右に移動させると、もう一人の侍女が椅子を運んできて、俺の隣に王女様の席を用意する。
アグナユディテの奥にも手際よく席を用意すると、侍女たちは速やかに退室していった。
その椅子に王女様と一緒に来たシスターが進み、俺たちに声を掛けてきた。
「賢者アマン。そしてユディ。お久しぶりです」
そう挨拶をしたシスターはアリアだった。
俺たちに向けて優しい微笑みを浮かべたアリアだったが、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
おそらく国王陛下の病の平癒のため、神聖魔法を使い続けていたのだろう。
皆が席に着いたのを見計らって、イベリアノが再び口を開いた。
「王女様のおっしゃるとおりです。ですが首謀者という訳ではありません。演出家とか振付師と言った方が良いでしょう。彼はわが主と運命を共にする気は毛頭ないでしょうし」
彼の言葉に俺は「今後、わが家が苦境に立つようなことがあったら力を貸してほしい」と言った公爵の言葉を思い出した。
俺の心にフォータリフェン公爵への疑いの気持ちが湧いてくる。だが、今、俺はイベリアノの話を聞いているから、そう思わされそうになっているだけだという可能性もある。
「詭弁だな。何の証拠もない。それにどうしてそんなことが分かるんだ?」
「確かに何の証拠もありません。ですが一介の書記官だからこそ、舞台の袖から、彼の演出や振り付けの様子が手に取るように見えるということもあるのです。観客には演じる役者の姿だけが目に入るのでしょうが」
相変わらず落ち着いた涼やかな声で話すイベリアノの姿は、もし役者だとするなら随分と堂に入った演技だと思わせるものだった。
「ですが実際、私の主人の周りには、国王陛下と王女様を亡き者にして、一気に政権を奪取すべしと唱える者も多かったのです。おそらくはあの方の息の掛かった方々だと思われますが」
「まあ」
王女様はそう声を上げ、自分を殺害する計画があったことにさすがに顔を青ざめさせていた。
「それで、どうしてそうならずに済んだんだ?」
俺がそう問い掛けると、イベリアノは少し微笑んで、
「公爵夫人が制止したのです。私の主人は奥様に頭が上がりませんから」
と答えた。おそらく彼が何らかの手を講じたのだろう。
ペトラルカ氏も夫人のことを言っていたが、どうやら強烈なお方のようだ。
「奥様はひとり息子のハイラディン様を溺愛されていますから。奥様は『あなたは私の可愛いハイラディンを、血に塗れた玉座に座らせる気ですか? 国王はどうせ、もう余命幾ばくもないと言うではないですか。
それに王女にはまだ、ハイラディンの妃となって、あの子の王位を盤石なものとするという利用価値があります』そう公爵に向かっておっしゃったはずです」
イベリアノがそう言うと、王女様は、
「まあ! 私があの方と結婚するというのですか!」
と今度はとてもご立腹の様子で、顔色も少し赤くなっているように見える。
思ったより感情が豊かな方なのかもしれない。
王家にも連なる公爵家の御曹司なら、王女様の結婚相手として申し分ない気もするのだが、あまりお気に召されないようだ。
「申し訳ありません。ですが『半神』が王都に姿を現した以上、そのようなことにはならないと思っておりましたので」
イベリアノは相変わらず微笑みを浮かべたような顔で、そう答えた。
「案の定、離宮から王都へ逃げて来た兵から、以前、王都の西の岩山を粉砕した『半神』が王女様を救い出し、王都へ向かっているとの報を受け、わが主はパニックに陥りました。
おかげで私のような小身の者でもお側近くに伺候して『王都で戦うよりは、堅固なドゥプルナムの城塞にこもり、あの方の援軍を待つべきでしょう』と申し上げることができたのです。
もちろん万が一にも王都での市街戦など望まないあの方の息の掛かった方々は、諸手を挙げて賛成してくださいました」
先ほどはご気分を害されていた様子だった王女様は、彼の話を聞くうちに冷静さを取り戻され、イベリアノに向かっておっしゃった。
「ナヴァスター公爵は良い臣下を持たれましたね。最終的な裁決は陛下が下されますが、爵位と領地の一部で済むよう、私からも陛下に申し上げましょう。ですがもちろん、城塞へ向かった公爵が降ることが条件です」
「王女様はそれでよろしいのですか?」
俺は失礼に当たるかなと思いつつ、そう聞いてみた。イベリアノはああ言ったが、王女様は命の危険に晒されていたと言っても過言ではない。
「ナヴァスター公爵は遠縁に当たりますし、王家の中で起きたことですから、穏便に済ませられればそれに越したことはありませんから」
王女様は、俺に向かって少しだけ微笑まれて、そうおっしゃった。
これほど可憐で美しい王女様にまで冷徹な為政者としての姿を見せられたりしたら、中身は分別のある年齢の俺でも人間不信に陥りそうだと思っていたので、お優しい言葉にホッとした。
「それに、そのおかげで賢者様に再びお会いして、お話をすることができましたから」
王女様は少し俯かれて、そうおっしゃった。
俺の話なんて大して面白いものではないと思うのだが、深窓に育たれた王女様には物珍しい物言いだったりしたのだろうか?
ラノベとRPGの話なら何時間でもできる自信はあるのだが。




