第四十九話 王女救出
ベルティラの瞬間移動でバール湖から王都へと戻った俺たちは、そのまま王都の西の岩山へ向かった。
岩山の上まで登ると少し離れてはいるが、さらに西にある離宮を斜め上から見渡すことができる。
以前はもっと岩山が高く見晴らしがよかったらしいのだが、俺が上半分を吹き飛ばしてしまったので、今はかろうじて離宮の塔よりも少しだけ高いくらいになってしまっていた。
岩山の上から見た離宮は城壁に囲まれ、周りには水を張った堀もあるようで、宮殿というよりも小さな城のようだ。
各所に多くの兵士が詰めているようで、滞在者のいない離宮の警備としては物々しすぎるように見える。
「ベルティラ。あの塔の上まで跳べるか?」
「やれやれ。人使いが荒い賢者様だな。跳べないことはないが、もう私の魔力はほとんど残っていないのだが。明日まで待てないのか?」
ゲームであれば一日待ったくらいで状況が変化することはないのだろうが、現実の異世界では、明日までミセラーナ王女の身が安全である保証はない。
大トンネルに向かった時のアンヴェルの気持ちが少し分かった気がした。
「おまけに、こやつもまた同道する気か」
彼女の視線の先には俺の左手を両手で握るアグナユディテの姿があった。
「私はアマンの護衛よ。離れるわけにはいかないわ」
「ベルティラ。行けるか?」
俺がそう言って右手を差し出すと、彼女の左手が俺の手の甲を包む。
「どうなっても知らぬぞ」
そう言って彼女が右手を高くかざすと周りの景色が一瞬歪み、次の瞬間、俺たちは石造りの塔の屋上にいた。
塔の屋上に降り立った俺たちは、慌ててその場でしゃがんで身を低くした。
この塔は離宮の中では一番高い建物で、そう簡単には周りから発見されることはないだろうが、城壁の上にも見張りの兵がいたようだし、用心するに越したことはない。
もう少し暗くなるまで待った方が良かったかなとも思ったが、まさかいきなり塔の屋上に侵入者が現れるとは思っていないだろう。
塔の内部に下りる階段を見つけ、俺たちは身を低くしたまま、そろそろと近寄って行った。
階段から中に入った俺たちが最上階であろうフロアに足を踏み入れると、途端に俺の右後ろから「誰だっ!」という誰何の声が掛かる。
そちらを見ると扉の前に歩哨が立っている。どうやら慌てて不用意に入り込みすぎたようだ。
「チッ!」
ベルティラの舌打ちの音が聞こえ、次の瞬間、
「ダークネス・フォグ!」
黒い靄のようなものが歩哨にまとわりついたかと思うと、彼はその場にバタリと倒れていた。
「王女が幽閉されているのだろう? まさか見張りがおらぬとでも思っていたのか?」
ベルティラはそう言ってジロリと俺を睨む。すみません……。
歩哨が守っていたのは塔の最上階の部屋のようだ。
どう考えても王女様が幽閉されているのはここだろう。
扉には大きな錠前が掛かかっているし。
「鍵は持っていないみたい」
アグナユディテが倒れた見張りの持ち物を探るが、残念ながら彼は鍵を持っていないようだ。
大きな音を出せば衛兵がやって来るだろうし、一発で扉を破壊する魔法は中に王女様がいるであろうことを考えると危険な気がする。
「ヤフィーツ エルソロース シャートゥ……」
そんな俺たちを尻目にベルティラは呪文を唱えだした。
精霊魔法なのだろう、アグナユディテが唱える呪文と似ている気がする。
そう言ったら「一緒にしないで」とか言われて、彼女の機嫌が悪くなりそうだから黙っていたが。
「……ユーア キュロローマ トゥース」
呪文の詠唱が終わると、錠前が一瞬、銀色に輝き、ガチャリという音とともに外せるようになった。
「見張りには気づかれるわ。鍵は開けられないわ。まったく世話の焼ける」
冷ややかな視線が再び俺に注がれる。何度もすみません……。
いや。ベルティラが手慣れてい過ぎなんだ。こんなこと普通はしないからな。
ベルティラは扉を開け、そのまま部屋の中に入って行く。
彼女の肩越しに中の様子が見える。
殺風景な石の壁に囲まれた部屋の小さな窓の下に木製の机と椅子があり、そこに金色の長い髪の女性が腰掛けていた。
彼女は扉が開いたことに驚いたのか、少し腰を浮かせたようだ。
「ふはははっ! 柔弱なる人間の女よ。私と共に来てもらおうか!」
「あ、あなたは、あのときの……」
椅子から立ち上がった王女様が一歩、二歩と後ずさる。
(ベルティラ。そういう言い方はやめろ。王女様が怖がっているじゃないか)
ベルティラの姿は誰がどう見ても、可憐な王女をさらう悪の化身だ。
「王女様。彼女は私の仲間です。ご安心を」
俺はベルティラの後ろから顔を出し、王女様に呼びかける。
「賢者様! これはいったい」
王女様は見知った顔を見つけて安心されたのか、花が開いたような笑顔を見せられた。
いや。ベルティラだって見知った顔だったな。
「詳しいことは後ほど。まずは王宮へ戻りましょう。王女様。お手を」
俺がそう言って手を伸ばすと、王女様がおずおずと右手を差し伸べ……、
突然、アグナユディテがそこに割り込んできて、ガシッという感じで王女様の手を握ると反対の手で俺と手を繋ぎ、
「アマン。急いで!」
と俺の目を見て、叫ぶように言った。
俺は突然のことと、さすがにそれは失礼なのではという思いに一瞬、我を忘れそうになったが、
「そうだ。ベルティラ。頼む」
空いた方の手をベルティラに向けて差し出した。
「いや。さすがにもう四人は無理だ」
ベルティラの言葉に、俺は彼女が魔力がほとんど残っていないと言っていたことを思い出した。
その後、歩哨を倒し、鍵を開けてもらっているから、もう本当に魔力切れなのだろう。
せめて王女様だけでもと焦る俺に、ベルティラが不思議そうな顔で言った。
「王女はこちらの手に取り戻したのだから、もう遠慮することはないのではないか?」
「それだ!」、「それよ!」
俺とアグナユディテはベルティラに言われて初めてその事実に気づいて、ほぼ同時に声を上げた。
何だかバツが悪いが問題が解決して良かった。
そうと決まれば。
俺たちは塔の中の兵士たちを粗方片付け、離宮の庭に飛び出した。
塔からいきなり出現した俺たちに衛兵たちは驚いたようだが、すぐに俺たちに向かって殺到する。
「マガーヴェ ヴォーシ ヌェラガーミ キネーセ エフェペボーペ トゥファーゴ」
だが、既に呪文を唱え始めていた俺の足下に魔法陣が輝き、そこから薄紫色の光の柱が立ち昇って俺の姿を包む。
「まだ少し時間は早いが皆で眠ってもらおうか。スリープ・マーヴェ!」
我ながらセリフがほとんど悪役だなと思いつつ俺が杖を振るうと、その先から薄紫色の靄のようなものがいくつも飛び出して、俺たちに殺到しようとしていた兵たちに向かう。
そして、俺の魔法を喰らった兵士は次々と倒れ、深い眠りに落ちてしまう。
また新手が衛兵の詰所だろうか、奥の建物からこちらへ向かって来るが、
「ヤースウェノーマ ユムノーツ サンダマンティ フォサ トゥノーツ」
アグナユディテが唱える呪文が響き、
「眠りの妖精よ、彼らの目に砂を撒いて!」
その声とともに、兵士たちの顔にキラキラと輝く粉のようなものが降り注ぎ、精霊魔法の力に兵士たちがバタバタと倒れていく。
本当はこっそりと瞬間移動で逃げられればよかったのだが、こうなっては仕方がない。
だが、相手も王家の離宮を守る王国の兵士である以上、むやみに殺傷するわけにもいかない。
俺は面倒だなと思いつつ、睡眠の魔法で彼らを眠らせていく。
アグナユディテも俺の意図を汲んで、眠りの精霊に呼びかけてくれているようだ。
前衛がいないのが多少心細く、エディルナやリューリットがいてくれたらと思ったが、この様子なら問題はなさそうだ。
逆に俺の今の実力で、ここで大きな攻撃魔法を使ったりしたら、離宮が粉々になりかねない。
王家の狩り場の木々をなぎ倒し、岩山の祠を破壊したことについては、あれ以来、特にお咎めもなかったから、魔王を無事に倒したことで不問に付されることになったようだ。
だが、王家の離宮まで粉砕したとしたら、今度こそ無罪放免としてもらえる保証はない。
強くなりすぎるのも考えものだ。
「賢者様。こちらへ」
王女様は離宮の出口を知っているらしく、俺たちを道案内してくださる。
まあ、王家の離宮なのだから、王女様がその構造を知っていても当然か。
兵士たちは先ほどアグナユディテが片付けてくれたのが最後だったのか、俺たちはもう、ほとんど無人の野を行くかのように出口へと向かった。
出口にもすでに兵士はいなかったが、堀に掛かる跳ね橋を下ろす太い綱が切られ、橋は跳ね上げられて渡ることができなくなっていた。
「無駄なことを」
俺の言葉にベルティラが興味深そうに俺の顔を覗く。また、悪役の吐くセリフのようだったからだろうか。
俺はすぐ側にあった階段を使い、城壁の上に登っていく。
三人とも俺が何も言わなくても続いて登って来てくれた。
かなり日が傾き、夕闇が迫って来ていて、城壁の上からは遠く王都に立ち昇る炊事の煙や、キラキラと光る灯りを見ることができる。
そして、王都の北側にある王宮が夕日に染まり、黄金色に輝いていた。
あまりに美しい光景に、俺は一瞬、我を忘れそうになった。
王女様も俺の見ている先に気づかれたようで、俺の隣で輝く王宮を眺めてくださっている。
アグナユディテも、そしてベルティラも言葉を失っているようだった。
だが、今はこうしてずっと景色を眺めている場合ではない。
王都を囲む見上げるような城壁の高さや、近くを流れる大河ディーヌほどの幅があるのなら難しいのかもしれないが、この程度の高さと距離なら、俺のレビテーションの魔法で難なく対処できる。
「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ」
対象には王女様もいるので、俺はいつにも増して慎重に呪文を唱える。
「レビテーション!」
俺がそう声を発すると四人はフワリと宙に浮き、そのままゆっくりと滑るように堀の向こうへと降りていく。
「なんだか、いつもと違うわね」
アグナユディテの言葉に俺はぎくりとするが、コントロールを乱さないように気をつけ、これ以上はないほど柔らかく対岸に着地する。
跳ね橋は使えないから追手も掛からないだろう。
俺たちは悠々と離宮を後にし、王都へと向かったのだった。




