第三十八話 最後の決戦
「ふっふっふっ。人の身で、よくぞここまでたどり着いた。誉めてやろう」
魔王の玉座に座る異形の怪物。黒光りする巨大な肉体と漆黒の四枚の羽根を持ち、角の生えた頭部には赤い両目が爛々と輝いて俺たちを見据える。
肩の筋肉は異様に盛り上がり、そこからは六本の腕が生えていた。
ラスボスだと言われればそう思うかもしれない。いや、いま時、子どもでもこの後の戦いではMPを温存するか。
大トンネルを抜けカルスケイオスに着いた俺たちは、真っ直ぐに魔王の居城を目指した。
最大レベルの俺たちの前に、魔族の暗黒騎士も、悪魔の神官たちも、ほとんど障害にさえならなかった。
迷宮のような魔王の城の中も、俺は迷わず最短距離で玉座の間へと進んだ。
おそらく魔王よりも俺の方が、この城の間取りに詳しいはずだ。魔王城案内ツアーのガイドだって務まる気がする。
「先に言っておくが、世界の半分はいらないぞ」
魔族の表情は読みづらいが、俺の言葉に驚いているようだ。
「むっ。貴様。何故それを」
(危ない危ない。つい、またゲームの知識を披歴してしまった。ここはゲームではないのだから気をつけないと)
「俺は大賢者だからだ」
「そう言っていられるのも今のうちだけだ。人間よ。あの声が聞こえぬのか」
魔族が言うとおり、魔王の玉座の奥からすすり泣くような声がする。そして、
「あっ! おにいちゃんたち。助けて……」
泣き出しそうな子どもの声がして、俺が玉座の右奥に目を凝らすと、檻の中に小さな女の子が囚われていた。
「まさかエリス? エリスなのか!」
エディルナが驚いた声を上げる。
「この娘、貴様らとは旧知の間柄だそうだな。貴様らが武器を置けば、この娘は解放してやろう。それだけでなく、貴様らもこの魔王の配下に加えてやるぞ」
相変わらず表情は読めないが、魔族は勝ち誇った口調で続ける。
「おにいちゃんたち。言うとおりにして。お願い」
エリスはもう泣き声だ。
「くっ。卑怯者め」
リューリットが苦しそうに呟く。しかし、俺は大きな声で宣言した。
「どうせ俺たちが武器を捨てても、その子を解放する気などないだろう。今すぐお前を倒して、エリスを救う。ライトニング!」
「なっ」
「キャー」
俺の魔法に魔族とエリスは同時に叫び声を上げた。
「彼女を救うって。あなた本気? 彼女は……」
アグナユディテが俺に駆け寄り、そう問い質してくる。俺は彼女のエメラルドグリーンの瞳をじっと見詰め返す。
もう付き合いも結構長くなってきたから、これで勘のいい彼女は分かってくれるはずだ。
そして、魔族との戦いが始まった。
「ダークネス・アロー」
魔族は先制攻撃とばかりに、六本の腕からそれぞれ闇の矢を放ってくるが、エディルナとリューリットがそれぞれ盾と剣でそれらを弾き、なによりアリアの神聖魔法がダメージを大幅に減じてくれる。
彼女たちに守られて、俺は次々に呪文を唱える。
「ジュナージ トリードゥ キネーセ エネローズ……ファイア・ボア!」
俺の炎の魔法が、玉座に向かって突進しようとしていたリューリットの目の前を通り過ぎ、彼女は慌ててブレーキを掛ける。
そして、俺が放った炎はそのまま魔族の右足に当たり、巨躯がぐらりとよろめく。
「マズーヴォセ トリードゥ キネーセ ヌゴネ ドゥカーラ……ファイア・バレット!」
今度は、俺の前で精霊に呼びかけようとしていたアグナユディテの顔のすぐ横を炎が通り過ぎ、彼女は詠唱を中断させられて、俺を振り返る。
近かったから、もしかしたら髪が少し焦げたかも。
俺の魔法は今度は怪物の左足に当たり、奴はよろめいて片膝をつく。
「リューリット! 危ない!」
俺がまた前に出ようとする彼女にそう声を掛けると、思いとどまって剣を構えなおす。
玉座ならまだしも、その奥のエリスが囚われている檻に向かわれでもしたら本当に危険だ。
ここまで、早口で呪文を唱えてきたが何とか発動するものだ。そして、
「ヴェネ トゥーラ キュヴォファベース トゥユヴァーセ キネーセ」
俺の足下に現れた魔法陣から銀色の光が溢れ、俺の身を包む。
「滅びろ! 悪魔ドゥーゲル! ライトニング・ミネトゥリス!」
俺はゲームの設定資料にしか記載のない悪魔の名前を叫ぶ。
魔王の四人の腹心のひとりなのに替え玉として玉座に座らされ、名乗ることもなく倒されるなんて。上司の命令とは言え辛いよなと、俺はゲームで思っていたのだ。
攻略推奨レベルも五十五だから、魔王を倒すつもりでレベルを上げてきたパーティーに掛かればひとたまりもない。まして今回の俺たちからすれば。
「むっ。貴様! 何故俺の名を?」
そう言った魔族の身体を俺が放った光の矢が貫く。
だが、魔族は俺の放った魔法のたった一撃でボロボロになりながらも、何とか立ち上がろうともがく。
「魔王は滅びぬ! 滅びぬのだ!」
(いや、先に自分は悪魔ドゥーゲルだと認めちゃってるし。いまさら魔王のフリをされてもリアクションに困るんだけど)
俺がそう思いながらもう一撃、光の矢を打ち込むと、奴はもんどり打って倒れ、動かなくなった。
「やったか?」
俺は魔法が直撃し玉座に倒れ込んでぴくりとも動かなくなった悪魔ドゥーゲルに、警戒を緩めないままゆっくりと近づく。
「おにいちゃん! エリスを助けて。早くここから出して!」
玉座の右手奥で檻に囚われたエリスが大きな声を上げる。
俺はその声に顔を上げると杖を振るった。
「ライトニング・マールニュ!」
「きゃぁぁ」
俺のライトニング系最強の攻撃魔法がエリスを直撃し、彼女は吹き飛ばされて檻の反対側に叩きつけられる。
その衝撃で彼女が着けていた金のブレスレットが右腕から外れ、黒い床の上を滑っていく。
彼女の顔が苦痛に歪む。だが、彼女はその魔法を耐えきった。
「茶番はここまでだ。エリス。いや、魔王バセリス」
「貴様。何故、分かったのだ?」
檻の中でそう言ったエリス、いや、魔法バセリスの視線が、俺の後ろにいたアグナユディテを捉える。
「エルフ。なぜエルフが? 貴様らのパーティーにはエルフはいなかったはず」
いや、いくらなんでも情報収集が杜撰すぎだろと俺は思った。まあ、魔王からしたら俺たちなど脅威にはなり得ないと思っていたのかも知れないが。
それに「亜人お断り」にしたのは自分たちだ。当然、アグナユディテはエリスのいたサーカスには出向いていない。
「私はこの魔法使いの私兵で護衛。でも、もちろん一緒に戦うわ」
「確かにユディはパーティーメンバーじゃなかったな」
エディルナが思い出したように、そう言うと、
「うむ。それも今さらだがな」
リューリットも苦笑しながら、そう返す。
「魔族が跳梁する中、結界の外で人を集めて派手にサーカスの興行なんて、ただの人にできるものか。それに俺たちの行くところ、都合よく現れすぎだ」
ちょっと言い訳じみているかなと思ったが、俺は魔王に向かってそう言った。
「そうだったのか。私は奇遇だなあとばかり思ってた」
エディルナはやっぱり気づいていなかった。
「いや。私は何となく分かっていたぞ。エリスに会ったときのアマンはいつも様子が変だったからな」
リューリットは気づいていたようだが、理由はそっちでしたか。
それよりもさっきドゥーゲルと戦っている最中に、俺が彼女が魔王だと知っていることがバレてしまったのではと心配していたが、杞憂に終わったようだ。
結構、不用意な発言を連発してしまった気がするが、気づかれなくて良かった。なにしろ魔王だし、細かいことは気にしないよね。
バセリスは不敵な笑みを浮かべながら何度も頷いている。
(なんだか自己完結したみたいだな。本当はゲームで見たからだけど……)
俺がそう思っていると、魔王はさながら何の危険も感じていないとばかりにゆっくりと檻から出て、俺たちを見回す。
「見たところ、あの化け物の子孫はいないようではないか。奴なしで、どう妾と戦うつもりだ」
俺たちの前にたたずむエリスの顔には邪悪な笑みが浮かび、小さな身体には不似合いな威圧感が、彼女こそが魔王だということを感じさせる。
「それに、そこまで分かっていたのなら、何度も妾を封印する機会はあったはず。そのチャンスを逃し、むざむざわが城まで来るとはな」
俺は魔王の玉座で彼女に対峙しながら、小声で唱えていた呪文を完成させた。
「確かに封印できたかもしれないな。だが、わが師、大賢者トゥルタークは俺に教えてくれた。魔王を封印するのは間違いだと。だから俺はお前を滅ぼすためにここへ来た。ライトニング!」
俺の杖から俺の真上、魔王の玉座の天井に向けて閃光がほとばしる。
そして天井から落ちてきたそれを俺はしっかりと掴んだ。
「なっ!」
余裕の表情を見せていた魔王の口から驚きの声が漏れる。
神剣『ジェムフュレット』。その銀色の刀身は、魔王のこの世界に具現化した肉体だけでなく、その真の身体すら滅ぼすと言われる魔法剣だ。
「最も危険なものは自分の最も側に置く。わが師トゥルタークもそうだった」
神剣ジェムフュレットはいわゆる隠しアイテムだ。
魔王を倒し、クレスタンブルグの王宮に戻って一歩でも謁見の間に向けて進むと、強制的にエンディングが始まってしまう。
だが、そこで謁見の間に進まずに立ち止まっていると、数多くいる文官のうちの一人から貴重な話を聞けることがあるのだ。
「魔王バセリスは自らを倒せる武器を、魔王の玉座の天井に隠していたそうですぞ」
それを聞いて王宮を出て、再び魔王の城へ赴くと、瓦礫と化した城の中から銀色に輝く魔法剣が見つかる。
それが対魔王戦で「英雄の剣」をも凌ぐ威力を発揮する神剣『ジェムフュレット』なのだ。
俺が神剣をその手に握り、パーティーの皆のところへ駆け戻ると、それを追いかけるように、魔王が次々と魔法を放ってきた。
そして俺たちの周りで、闇の魔法がさながら暴風のように荒れ狂う。
バルトリヒとトゥルタークは英雄の剣があったとは言え、ジェムフュレットなしでこの魔王を封印した。
この嵐のような魔法攻撃をかわし、呆れるほどの回復力を持つ魔王の肉体を破壊しつくし、その真の実体ともいえる精神部分を肉体から魔法で引き剝がして自分に繋ぎ止めでもしたのだろう。
正直、二人は化け物だと思う。俺には到底できない芸当だ。
だが、俺には俺のやり方がある。
神剣ジェムフュレット以外にも俺は切り札を持っていた。
「アリア。今だ! 例の魔法を頼む」
魔法防御の魔法陣を展開しながら、俺はアリアの目を見て、そう口にする。
「賢者アマン。私はあなたを信じています」
アリアは頷くと両手を胸の前に揃え、手のひらを上に向けて祈りの言葉を口にする。
「デウ パテール ピウデュ 貴方の忠実な僕に、大いなる癒しの力を! ヒール・マールニュ!」
彼女の胸の前に暖かい色をした光が沸き、両手を前に突き出すと、その光は魔王バセリスに向かって飛んで行く。
はかなげに見えるその光は、しかしバセリスの放つ魔法の嵐にかき消されることもなく、ついに魔王に届く。そして、
「ああぁぁぁぁ!」
バセリスは苦痛の叫びをあげた。
『ドラゴン・クレスタ』をやり込んだ俺は何度もカンストしたパーティーで魔王を討伐したが、攻略推奨レベル六十の魔王は、カンストパーティーにとっては、はっきり言って弱かった。
我ながら性格が悪いと思うが、余裕を見せて回復させてから倒してやろうと大回復の呪文を掛けたら、大ダメージを与え、倒してしまったのだ。
それ以来、俺の対魔王戦は魔法防御と回復魔法のセットがお決まりのパターンになった。
俺は魔王の城に入る前、魔王バセリスが現れたら、俺の合図で魔王に大回復の魔法を掛けるようアリアに頼んだのだった。
神聖な回復の魔法を魔王に使うという俺の願いにアリアは驚いていたが、魔王を倒すためには最善の方法で、これ以上仲間を失うことがないように俺は最善を尽くしたいと言うと、彼女は俺を信じると言ってくれた。
「フィサーノ ヨーフォ トゥトゥクォーラ……」
俺が何も言わなくてもアグナユディテはすべて分かっているように、精霊魔法で次の攻撃のお膳立てをしてくれるようだ。
「大地の精霊よ。かの者の足を縛り、動きを止めて!」
彼女の魔法が魔王の動きを封じる。
そしてとどめは、
「リューリット。これを!」
俺は素早く神剣『ジェムフュレット』をリューリットに手渡した。
俺はリューリットにも、魔王バセリスが姿を現したら魔王を滅ぼす魔法剣を渡すから、それで奴を切り裂いてほしいと頼んでおいたのだ。
当然、リューリットは今、渡してもらうことはできないのかと問うてきた。
どんな剣でもそう簡単に振るえるようになるわけではない。相性もあるし、使い込むうちに体の一部になってくるものだと。
だが、俺は事情があって今は渡せない。それでもいきなり使うにしても、俺が使うより千倍ましなはずだと頭を下げると、彼女は不敵な笑みを浮かべ、
「よかろう。そなたの信頼に応え、私が剣の使い方を見せてやろう」
そう言ってくれたのだ。
ジェムフュレットの在りかを教えれば、達人の彼女とて玉座の上が気になり、知らず知らずのうちに視線を送ってしまったりするかもしれない。秘密を知る者は少ない方がいいのだ。
俺から剣を受け取ったリューリットは、そのままバセリスとの間合いを詰めていく。
アリアの神聖魔法のダメージに苦しみながらも、バセリスは左手だけで暗黒の槍の魔法を放ってくるが、リューリットは紙一重でそれをかわし魔王に肉薄する。そして、
「剣とは、こう使うものだ!」
(速いっ!)
一撃目は俺には見えなかった。
だが、バセリスの右の腰から左の脇のラインがざっくりと切り裂かれ、そのまま連続で今度は右肩から袈裟懸けに神剣が振るわれた。
「があぁぁぁぁ!」
叫び声を上げながら魔王はリューリットに向かって魔法を放つが、至近距離からの一撃にも関わらず、彼女は驚くべき動きでそれをかわしながら魔王と距離をとる。
「アマン。今だよ!」
魔王の注意がリューリットに向かったことで、俺たちに向けて放たれた魔法はすべてエディルナが防いでくれているようだ。
「ドゥカテーヴィ パファーゴ ファオヌーラ エネドゥーディ キネーセ エフェガーラ ヴェガ」
俺は素早く呪文を唱え、魔法を完成させる。
「ライトニング・マールニュ!」
俺の足下で魔法陣が青白く輝き、最大出力の魔法が再び魔王を直撃する。
そして、いつの間にまた間合いを詰めていたのかリューリットの振るう神剣が、今度は真横に、そして真上から魔王を叩き切る。
「ぐわぁぁぁ!」
魔王の叫びがさらに大きくなる。さらに、
「ヒール・マールニュ!」
アリアが再び大回復を唱え、暖かい色をした光の玉が魔王に追い打ちを掛けた。
アグナユディテの使役する精霊に縛られ、魔王は大回復の魔法を回避することもできず、その直撃を受けた。
そして、前のめりにばったりと倒れる。
「やったのか?」
神剣『ジェムフュレット』の斬撃を四回も受け、俺のライトニング系の最上級魔法も二回直撃し、おまけに大回復の魔法も二回受けている。
攻略推奨レベルギリギリのパーティーなら、まだまだ戦いは続くのだろうが、カンストパーティの俺たちからすれば、念には念を入れましたと言ってもいいくらいだろう。
案の定、地の底から湧き上がるような低音の響きが城を包み、床がグラグラと揺れだして、柱が倒れ、天井が落ち始める。
城の主が倒されたことで基底部が崩壊したのだ。
「危ない! 逃げるぞ!」
「逃げましょう」
各々が玉座の間から、もと来た通路に向けて走る。
「アグナユディテ! 早く!」
俺は、まだ倒れた魔王を遠巻きに見ていた彼女の腕を引くと、一緒に駆け出した。




