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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第ニ十七話 海峡を渡る

「あー。退屈だ!」


 サマーニに滞在して四日目、そう大きな声を出したのはやはりエディルナだった。


 アンヴェルは普段は従者のランシムに任せているパントロキジアの世話をしたり、英雄の剣で剣術の型をなぞってみたりしていたし、リューリットは油を塗ったりしているのだろうか、いつもどおり剣の手入れに余念がない。


 アリアはゆっくりと聖書が読めると言って落ち着いたものだし、アグナユディテも弓を磨いたり、精霊と言葉を交わしたりもしているようだ。


 エディルナだって剣の稽古などをしてはいるのだが、さすがにずっとというわけにもいかず、先ほどの大声ということになったようだ。


 かく言う俺もゲームとラノベ、あとは少しのジャンクフードでもあれば、このくらいの時間は何の問題もなく過ごせるのだが、生憎(あいにく)この世界にはそういったものはない。


 それでも俺は若いころにスマホのない世界を経験済みなので、まだ何とか我慢していたが、デジタルネイティブの方たちだったらどうにも我慢ならないかも知れない。



「ちょっと外の空気を吸ってくる」


 別にデジタルネイティブでもないエディルナも、ついに我慢できなくなったようで、そう言って宿から出て行ってしまった。


 俺は下手に動かれて、変な羽衣の話とか、海岸に建つ変な塔の話を聞かれてきても困ると思っているので、自分からはなるべく外に行く話はしないようにしていたのだが、まさか行くなとも言えないので彼女を見送るしかなかった。


 面倒なことにならなければいいがと思っていると、やっぱり面倒な話を仕入れてきた。


「おい。街の外にあのサーカスが来ているぞ」


「サーカスって。あの可愛らしい女の子がいたサーカスか?」


 珍しくリューリットがそう反応する。彼女もやっぱり退屈していたのだろうか。


「そうそう。エリスちゃん。きっとこの町でも大人気だろうな」


 エディルナの目がキラキラと輝いている。こうなると自説を曲げないときのアンヴェルよりも厄介かもしれない。


「いや。あのサーカスは亜人お断りだろう?」


 またアグナユディテを置いていくつもりか、この薄情者が、というニュアンスを込めて俺がそう言うと、


「あら。私なら構わないわよ。たまには一人で過ごすのも悪くないわ」


 と、アグナユディテが早々に俺の作戦を潰しにかかる。


「たまには息抜きも必要だろう。皆で行ってみよう」


 アンヴェルが以前と同じように結論を下し、俺たちは再びサーカス見物に出かけたのだった。



 俺たちは今回は一般席に陣取った。

 サマーニの民衆は王都への対抗意識が強い。王都から来た近衛騎士が偉そうに貴賓席でふんぞり返っていたとか言われ、反感を買うかもしれないと遠慮したのだ。


 それでもいきなり行ってよくこんな席に入れたなと思うような、舞台正面の良い席だ。

 まあ、こんなことが起きたときのために、いくらかは主催者がキープしている席があるのだろう。


 出し物が始まると、サーカスのテントの中は観客の熱気に包まれる。


 そして、やはりこの町でも一番人気があるのはエリスだった。


 彼女がクルクルとバク転を繰り返したり、大人の肩から俺が前世で見た体操選手もかくやという前方宙返りに捻りを入れて着地を決めたりすると、そのたびに観客席から大きな歓声が沸き上がる。


「すごいなぁ。あの女の子。まるで『天使の羽衣』で空を飛んでいるみたい」


 俺たちのすぐ後ろに座っている男の子が大きな声でそう言った。


 俺は思わずギクリとし、身体を固くしてしまう。


「そうだろう。やっぱりすごいよな。『天使の羽衣』って、それで空を飛べるのかい?」


 エリスが褒められてエディルナは嬉しそうに男の子を振り返ってそう言った。


「そうだよ。『天使の羽衣』があれば海岸の塔の上から、海峡をピューって向こう岸まで渡ってしまえるんだ」


「えっ。そんなものが……」


「ほら。エディルナ! エリスが手を振ってるぞ!」


 俺はそう言って彼女に舞台に目をやるように促す。


「エリスちゃーん!」


「エリス! 最高!」


 エディルナと一緒に俺も右腕を高く上げて、ブンブンと大きく振った。

 そんな俺をリューリットがジト目で、アンヴェルとアリアは驚いた様子で見ていた。


(ううっ。まずい。あまりに動揺して不自然な行動をしてしまった)


 そう思うと、どっと汗が吹き出し、俺はそれを拭くこともできず、ますます窮地に立たされるのだった。



 さすがにその場で見ず知らずの男の子を尋問する仲間はおらず、エディルナもその後、先ほどのことを忘れたかのように出し物に夢中になり、サーカスは無事に終了した。


 俺たちがテントから出ると、王都のときと同じように団員が揃って見送ってくれる。

 そしてまた、列の最後にはエリスがいた。


「シュタウリンゲン様。みなさま。またお越しいただいてとても嬉しいです。今日もシュタウリンゲン様のお腰の物はとても綺麗ですね」


 そう言ってエリスはアンヴェルの剣を覗き込む。


「ああ。騎士たるもの、剣には特に気をつけているからな」


 そう答えるアンヴェルの腰の剣は『英雄の剣』ではなく、儀礼用の白い刃に柄には彼の紋章である黄色地に黒い鷲を中央に配した美しい装飾の施されたものだった。


 まあ、英雄の剣は刀身は真っ黒だし、かなり大きいから、こういった場には相応しくないだろう。

 何となく見た目は悪墜ちしたNPC御用達の剣という気がするし。


「エリスちゃんのことを『天使の羽衣』で飛んでいるみたいと言っている男の子がいたよ」


 エディルナがニコニコしながらエリスにそう伝えた。


(まずいな。エディルナ。忘れてなかったのか)と俺は思ったが、エリスは小首を傾げると、


「おとぎ話ですわよね。男の子って本当にいつまでも子どもなんだから」


 そう言って笑みを浮かべた。

 まあ、魔王から見れば人間なんて皆、子どもみたいなものだろう。


 だが、魔王よ。今回は俺と利害が一致したな。

 魔王にしてみれば、俺たちが『天使の羽衣』を手に入れ、海峡の向こう岸に渡るのを少しでも遅らせたいのだろう。


 ここで俺が口を開くと声が震えたり、言い方がわざとらしかったりして、せっかくの魔王の助太刀を無駄にしてしまう可能性が高い。そう思って俺は黙っておいた。

 俺だって少しは学習するのだ。


「うーん。エリスちゃんは、おとぎ話に出てくるお姫様みたいに可愛らしいな」


 だが、それ以前の問題として、エディルナのことをそう心配する必要はなかったのかもしれない。




 漁師と約束をした日の夜、俺たちは漁村の桟橋に赴いた。


 新月の上に空は曇っているようで、海は墨を磨った水のように真っ黒に見える。

 遠くに対岸のガレッタの町の灯りがチラチラと光っていた。


 俺たちはそれぞれ荷物を持って漁船に乗り込む。


 アンヴェルの乗馬のパントロキジアを船に乗せるのは大変だったが、俺がレビテーションの魔法を使い、何とか船に移動させることができた。

 ランシムの言うことをよく聞く、賢く大人しい馬で助かった。


 比較的大きな漁船に狙いを定めたので、全員が乗っても船にはまだ多少余裕があった。


 俺たちが漁船に乗り終わり、俺が約束の金貨三枚を渡して「出航してくれ」と言うと、漁師は「皆さん、大荷物ですね」と言ってニヤニヤと笑っている。


 そして彼が船を繋いでいた縄を解き、帆をいっぱいに張ると、船はゆっくりと桟橋から沖に向かって進みだした。



 だが、岸から百メートルほどだろうか、ほんの少しは離れたなと思っていると急に風が止み、船の帆がだらりと垂れ下がった。

 そして辺りは不気味なほどの静けさに包まれた。


「これが月に二回起きるってやつでさあ。満月の夜だと海面が鏡みたいに光ってきれいなんですがね。今晩は残念ながら何も見えませんな」


 船の後方にいる俺たちの方へやってきて、そう告げる漁師に構わず、俺は彼がいた船の舵輪の前に素早く移動し両手で舵輪を触って、


「これで舵を操作するんだな?」


 と漁師に確認する。


「そうですけども、ご覧のとおり風がないんで船は動きませんぜ」


 漁師がそう言って苦笑いを浮かべるのを無視して、俺は左手で舵輪を握り、右手で杖を構え、呪文を紡ぎだす。


「キューファ フォーネノムクヮ キネーセ エフェペボーペ トゥフィザーフェ」


 皆、俺が何の呪文を唱えているか分からず、どうすべきか考えがまとまらないようだ。

 そうこうしてるうちに、俺の頭上に薄い青色を帯びた魔法陣が輝き出し、ゆらゆらと揺れる光を放つ。


「アマン。何をするの!」


 アグナユディテが声を上げるが、俺は構わず呪文を完成させる。


「トーネード・ミデタリア!」


 右手の杖を天に向けて突き上げ、俺は呪文に続けて大きな声で言った。


「みんな。しっかり掴まっていろ!」


 俺の力ある言葉によって俺たちが乗る船の上に竜巻が発生し、その竜巻から船の帆に強い風が吹き付ける。

 最初、舳先がガクンと沈み込みそうになったが、すぐに浮き上がり、風のない湖のように静かな海峡の上を船は滑るように進んでいく。


 だが、少しずつスピードが増してくるとガクガクと船体が震えだした。

 俺は船が曲がらないように舵輪をしっかりと固定しようとするが、そうすると竜巻の魔法をコントロールすることが難しい。


「アマン。やめて。風ならわたしが精霊に祈るから!」


 アグナユディテが悲鳴のような声を上げるが、パワーなら彼女の精霊魔法より俺の魔法の方が上だろう。

 俺はさらに竜巻の魔法に込める魔力をアップし、船をさらに加速させる。


「旦那。やめてくだせぇ! マストが折れる。俺の船が壊れちまう!」


 今度は漁師が悲鳴を上げるが、当然、無視だ。


 船は水の上を跳ねるように進み、みるみるうちに対岸が近づいてくる。


 そうしてわずか数分の後、チヤナカラ海峡に海流が戻り、風が再び吹き始める頃には、漁船は東側の海岸の側まで到達していた。



 漁師は「すっかり騙された」などとブツブツ言いながらも、対岸の漁村にある桟橋のひとつに船を寄せてくれた。


 まあ、海の難所に戻ってしまった海峡を夜のうちに渡って戻るわけにもいかないし、かなり飛ばしたから船体のチェックや、場合によってはメンテナンスもしたいのかもしれない。


 だが、そもそも金貨三枚も謝礼をもらって、本当に海岸から少しだけ船を出すだけでいいと本気で思っていたのだろうか。



 俺が漁師にお礼を言って出発しようとすると、アグナユディテが、


「ところで、この漁師さんはどうやって村に帰るのよ」


 なんて言ってきた。確かに往来が禁止されているのだから、東側から西側に戻ることも規制の対象になっているはずだ。


「あ。それは考えていなかった」


 俺がそう言うと漁師が何だか自慢気に、


「いやぁ。魔法使いの旦那。それなら心配には及びませんぜ。夜が明ければ村から仲間が大勢、漁に出で来やすから、その中に紛れるくらいどうってことねえです。

 それに、上に政策あれば、下に対策あり。警備の連中には、これまで散々鼻薬を嗅がせていやすから何とでもなりまさぁ」


 こんな無茶をしなくても普通に依頼すれば、こっそりと対岸へ渡してくれたのかも知れない。

 俺なんかより漁師たちの方がずっとしたたかなようだった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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