第二十話 トゥーズ湖のドラゴン退治
公爵の別邸で供された豪華な夕食と温かいベッドで英気を養った俺たちは、翌朝、トゥーズ湖のある西へと向かった。
「これは本当に吸い込まれるように青い水だね」
遠く湖面を望みエディルナが感心して声を上げたように、トゥーズ湖は透明度の非常に高い美しい湖だ。
湖畔では、東側に山並が迫るバール湖では見られない朝日に輝くエルルム山脈の姿を拝むことができる。
「ええ。以前はバール湖に勝るとも劣らない憧れの保養地だったと聞いたことがあります」
アリアも言ったとおりドラゴンが棲みつく前は、どちらかと言えばバール湖よりも人気が高く、多くの貴族や豪商の別邸があったそうだ。
だが、今はそれらもすべて朽ち果て、無駄に幅の広い街道の跡が往時の賑わいを偲ばせるのみだ。
トゥーズ湖のドラゴンは攻略推奨レベルが二十程度とあまり高くない割に、得られる経験値が多い美味しいモンスターだ。
ダンジョンのモンスターが再配置されないのでレベル上げに苦労するかと思ったが、アグナユディテのおかげか思った以上にエンカウントが起きているので、今の俺たちなら何とか攻略できるはずだ。
(きれいな湖だけど、周りでうろうろして時間を費やすとドラゴンに見つかって、空からブレスの攻撃を受けるからな)
俺はゲームの記憶を思い出して気を引き締めた。
トゥーズ湖の周辺では、ランダムエンカウントでドラゴンに遭遇することがあるはずなのだ。
ドラゴンの空中からの攻撃には戦士や剣士は手も足も出ないし、魔法使いの防御力などドラゴンブレスの前には紙切れ同然だ。
だからなるべく早く、ドラゴンが飛ぶことができない巣穴に侵入する必要があった。
初めてプレイしたときはご多分に洩れず、巣穴を見つける前にドラゴンに見つかり、何度かは逃げ切ったものの執拗なブレスの攻撃に徐々にHPを削られ、パーティー全滅の憂き目に会った。
だが、巣穴の位置さえ分かってしまえば、ドラゴンと遭遇する前にたどり着くことは造作もない。
という訳で、俺は先頭を行くアンヴェルに「とりあえず湖の北を目指さないか」と提案したのだが、誰もそれに疑問を差しはさんでこなかった。
一応、ドラゴンが巣穴を作るとすれば、エルルム山脈に近い湖の北側じゃないかと思うという言い訳を用意していたのだが、拍子抜けしてしまう。
皆、疑問に思わないのかなと思うが、わざわざ面倒を増やす必要もないので黙っておく。スムーズに進められるのは有り難いと思っておこう。
かろうじて石畳の跡が残り、かつては道が通っていたのであろう場所を進んで行くと、目標地点である滝が見えてきた。
近づいてみると落差も大きく、かなりの水量のある見事な滝だ。
ゴウゴウと大きな音を立てる滝壺からは水しぶきが上がり、時折、虹が架かっているように見える。
俺が「さて。どうしようかな?」と思っていると、目のいいアグナユディテが気づいてくれたようだ。
「あら。あんなところに大きな洞穴があるわ」
ゲームではフィールドマップにいかにも怪しげな滝のアイコンが表示されているので、そこを「調べる」でドラゴンの巣穴が見つかるのだ。
(でも異世界の現実ではコマンドなんてないし、滝の流れる水の裏側だったらやっかいだな、どうやって見つけたことにしよう)
などと考えて、悩ましく思っていたのだが杞憂に終わったようだ。
「大きな巣穴だな」
俺が言うと、俺の右隣りにいたアリアが俺の顔をジッと見てきた。
(しまった! 言い間違えた。洞穴と言うべきだった)
今さらそう思ったが、言い直しても墓穴を掘るだけのような気がしたので、そのままスルーすることにした。
「ユディ。ドラゴンの臭いとかしないのか?」
「エディルナ。私は魔物ならなんでも探知できるわけじゃないのよ。でも、たしかに怪しいわね。少し行って見てくるわ」
「アグナユディテ。気をつけて」
俺がそう掛けた声が聞こえているのかいないのか、彼女はヒョイヒョイと身軽に崖を登り、洞窟の入り口にたどり着く。
そして、しばらく入り口で洞窟の中を覗いていたが、登った時と同じようにまた俺たちの前へ戻って来た。
「思った以上に広い洞窟だったわ。それにかなり奥まで続いているみたい。
ドラゴンが巣穴にできるほど大きな洞窟なんてそれほど数があるわけではないでしょうし、入り口の壁に固いもので何度も擦ったような跡があったわ。
ドラゴンが出入りした時にできた傷かもしれない。おそらくここが巣穴で間違いなさそうね」
彼女の報告を聞いて、俺たちは今度は従者のランシムとパントロキジアをその場に残し、入り口までの崖を登っていく。
重い鎧を着たアンヴェルはかなり大変そうだったが、なんとか入り口までたどり着いた。
俺がライトの魔法で洞窟の中を照らすと、そこには幻想的な光景が広がっていた。
ゲームではただの洞窟だったが、今、俺たちが目にしているのはどう見ても鍾乳洞だ。中学校の社会科見学で行ったことが思い出される。
俺たちは足を滑らせないよう慎重に進んでいく。
鍾乳洞はところどころ天井が崩落した箇所があるようで、日の光が射しこむ様子がとても美しい。
黄金色に輝く柱状の鍾乳石や、何百という大きさの異なる純白の皿を少しずつずらして重ねたような地形など、自然の造形の素晴らしさに、俺たちはしばし我を忘れて見入ってしまう。
だが、ここはドラゴンのテリトリーだ。
俺はゲームの知識を頼りにアンヴェルに「次を右だ」、「今度は左だ」と進路を教えていく。
そして俺がそろそろまずいかなと思ってライトの光を弱めると、ほぼ同時にアグナユディテが俺に声を掛けてきた。
「ねえ。なにか音がしない?」
耳のいい彼女にそう言われ、俺も耳を澄ませると、周期的に響くような音が微かに聞こえる。
「ドラゴンのいびきだな」
俺が答えると彼女は目を細め、暗闇の先に目を凝らす。そして奴を見つけたようだ。
小声で皆に語り掛ける。
「あそこ。あの大きな空間の真ん中で休んでる」
正しい道順を辿ればドラゴンの後ろに回り込むことができるのだ。
「まず俺とアグナユディテが魔法で攻撃するから。その直後に三人は突撃してくれ」
そう言って、俺は呪文を唱え始める。
「ヴェネ トゥーラ ジュニカ パファーゴ キネーセ エネレトゥペーズ」
ほとんど同時にアグナユディテも歌を口ずさむように精霊魔法の呪文を唱えた。
「ファニューフヌーア ベヒーモスティ カノヨンフォムーファ」
アリアは胸の前で指を組んで目を瞑り、祈りの言葉を捧げる。
「ドーム キューム オーシリア 慈悲深き主よ、祈りの声をお聞きください」
三人の呪文の声が洞窟に思ったより大きく響き、ドラゴンに気づかれはしないかとドキドキしてしまうが、俺の記憶が正しければ先制攻撃が掛けられるはずだ。そして、
「ライトニング・ミデタリア!」
俺の放った光の矢がドラゴンに向かって飛ぶ、そして同時に、
「土の精霊よ。わが敵を薙ぎ払え!」
アグナユディテが使役した丸太のような岩がドラゴンのすぐ側に現れて、そのまま奴の身体に激突する。
眠っていたドラゴンは大ダメージを受けたはずだ。
直後にアリアの神聖魔法の加護を受けたリューリットとアンヴェルがドラゴンの頭を狙って剣の一撃を加え、少し遅れてエディルナが胴に剣で切りかかった。
いずれの攻撃もクリティカルになったのだろう、ドラゴンは大きな咆哮を上げ、ようやく戦闘態勢を整えてくる。
俺が三人の剣にエンチャントの魔法を掛けると、アグナユディテが放った矢がドラゴンの右目を射抜く。
奴は滅茶苦茶に腕と尾を振るいアンヴェルたちを攻撃するが、これまでの鍛錬の成果か、三人は余裕をもって回避しているように見える。
リューリットの一撃が硬い鱗を突き破ったのかドラゴンは右腕から出血するが、ますます怒りに燃え、三人を薙ぎ払おうと腕を振るう。
そして……、
「来るぞ! ブレスだ!」
俺がそう叫ぶと、アンヴェルたちはドラゴンから離れ、それぞれ別々の方向に身をかわす。俺とアグナユディテ、アリアも少し距離を取る。
ドラゴンは首を振りながら炎のブレスを吐き、盾を構えるエディルナがそれを浴びたが、すぐにアリアが彼女に回復の魔法を掛ける。
その後もドラゴンは爪や尾による攻撃や炎のブレスで俺たちを攻撃してきたが、最初に与えた大ダメージが効いたのか、最後はアンヴェルの剣がドラゴンの胸に深く突き刺さり、奴はその場に倒れ動かなくなった。
ドラゴンを倒した俺たちは、意気揚々とバール湖畔のフォータリフェン公爵の屋敷へと引き上げた。
「わたしがドラゴンスレイヤーだなんて、冒険者だった父が生きていたら、さぞかし驚いて喜んでくれただろうな」
エディルナはそう言って嬉しそうだ。
アンヴェルもリューリットもまんざらではなさそうだし、俺はもとより経験値が稼げたので満足だ。
公爵の屋敷に着くと、彼はすぐに使用人に命じて宝物庫から彼の自慢の逸品を何本も出させ、俺たちの前に並べて見せてくれた。
アンヴェルがドラゴンを討ったことを確認する必要はないのかとフォータリフェン公爵に聞くが、彼は、
「どうせすぐに分かることだし、王国が魔王討伐を命じるほどの君たちなら十分に可能だろうと初めから思っていたからね」
そう言って笑った。そして、
「まずはシュタウリンゲン卿にはこの剣がお勧めかな」
公爵が重そうに両手で持ち上げたのは、真っ黒に輝く幅の広い刀身に金色の柄の付いた大型の剣だった。
「これは英雄の剣。この剣がなぜここに?」
アンヴェルが驚いて、そう声を出す。
「先年、王家からわが家に下賜されたのだよ。とてもじゃないが使えないので、専ら鑑賞用なのだがね。君ならもしかしたらと思ったんだ」
公爵の言葉にエディルナが不思議そうに、
「英雄の剣って、アンヴェルの先祖のバルトリヒが使った剣じゃないのか?」
そう聞くと、アンヴェルは少しバツが悪そうに言った。
「僕の七代前の当主が少しばかり失敗をしてね。家宝の剣を献上して王に許しを乞うたんだ。まだ王家が所有しているとばかり思っていた」
いや、また七代前の当主か。いったい彼は何をしたんだろう?
「かくて英雄の使いし剣は、その子孫の手に戻るというわけさ。癖の強い剣のようだが君なら扱えるかな?」
そう。ゲームではこの剣は英雄の子孫であるアンヴェルにしか扱えない剣だ。そして魔王を倒す切り札でもある。
アンヴェルが柄を握ると『英雄の剣』の刀身が赫く光って、模様のようなものが浮かび上がったように見えた。
「うん。慣れれば使えそうだ。今後はなるべくこの剣を使っていこう」
アンヴェルはそう言って英雄の剣を構えたり、ゆっくりと型をなぞったりしていた。
それを見ていたエディルナが我慢できなくなったと言うように、
「アンヴェル。わたしにも少し触らせてもらえないか? わたしも戦士だから名剣には興味があるんだ。英雄バルトリヒの使った剣なんだろう? こんなチャンスはまずないからな」
アンヴェルが英雄の剣を渡すとエディルナは嬉しそうに受け取ったが、その瞬間、
「お、重い! なんだこの剣は? こんなものアンヴェルはよく持っていたな」
両手で必死に持ちこたえている。あの様子ではとても構えたり、振るったりはできなさそうだ。
「いや。そんなことはないだろう?」
アンヴェルがエディルナから剣を受け取ると、また剣がぼんやりと赫い光を放ち、彼は何事もなかったかのように剣を構える。
「その剣からなにか禍々しいものを感じます。呪いでも掛かっているのではないでしょうか?」
アリアが険しい顔でそう言ったが、アンヴェルは特に異変などは感じていないようだ。
確かに見た目からしても中二病御用達といった感じの剣だし、アリアがそう思うのも無理はない。
アグナユディテも目を凝らしているが、分からないといった風に俺の方を見た。
「いや。俺に分かるはずもないじゃないか。アリアがそう言うなら、なにかがあるのかもしれないから、これから気をつけて見てみればいいんじゃないか」
ゲームでは『英雄の剣』は特に呪いのアイテムではなかったし、アンヴェルにしか使えないようだから、そのために何らかの力が働いているのだろう。
そう言って俺たちが英雄の剣の周りで話している間も、リューリットはひとりで目を輝かせ、次々に剣を見ては感嘆の声を上げたりしていた。
彼女にとってはまさにここは宝の山なのだろう。そして青黒い刀身に切っ先が白く光る片刃の剣の前でぴたりと動かなくなったかと思うと、俺たちの方を振り向いた。
「これはもしやサマムラか? まさかこの剣に出会うことができようとは」
「ほう。さすがにお目が高いね。そのとおり、幻の剣サマムラだ。もう現存しているのはこれを含めて三振りくらいだと思うよ。あなたはこちらがご所望かな?」
公爵がそう言って近寄り無造作にその剣を取って彼女に差し出すと、リューリットは恐る恐るといった態で手を伸ばし、剣を受け取った。
そして柄を握ったり、刀身を色々な角度から眺めたりしている。
俺はあまりに夢中なその姿を見て、彼女が今夜、辻斬りでもするのではと不安になってしまった。
新しい剣に夢中なリューリットを視界から除外し、俺はダメ元で、さらに公爵へのお願いを口にする。
「もう一本。もし銀色に輝く長剣があればいただきたいのですが」
俺がそう言うとエディルナが遠慮がちに、
「いや、アマン。私が使っているバスタードソードは父の形見の品なんだ。悪いけれど他の剣を使う気にはならないんだ」
そう言ってくる。俺が自分で厚かましいなと思った要求にも、公爵は特に気を悪くした様子もなく、
「エルクサンブルクではだいぶご活躍されたそうだから、ミスリルの剣でもご所望かな?」
別の剣を持ってくるよう使用人に指示してくれる。
エルクサンブルクでアンデッドを退治したのはついこの間のことで、まだ噂は広まっていないと思っていたのに、さすがに情報が早いようだ。
すぐに指示を受けた使用人が持ってきてくれた剣は、エディルナがいま使っているバスタードソードよりもかなり短い剣だった。それでもミスリル製だから恐ろしい価値があるはずだ。
「もう少し長いものはないですか」
俺がそう言うと公爵は少し困ったように、
「いや。申し訳ないが銀色の剣ということだと、これ以外には特別なものはないな。この屋敷の守衛たちが使っているような鋼の汎用品ならいくらでもあるがね」
と教えてくれる。エディルナが再び、
「アマン。せっかく気を使ってもらって悪いけれど本当にいいんだ。気にしないでくれ」
そう言ったので、俺は諦めることにした。
まあ、無いものは仕方がない。
公爵は俺たちのパーティーの前衛3人のうち、エディルナだけが新しい剣を得られなかったのを気の毒に思ったのか。
「この先、北の街道を進むとタルサ山脈の麓にシキシーという村があります。そこに刀鍛冶の名人がいると聞き及んでいます。もし時間が許すのなら、お寄りになってみてはいかがですか。剣の強化もできるようですよ」
そう助言をしてくれた。
こうしてアンヴェルは『英雄の剣』を、リューリットは『サマムラ』をそれぞれフォータリフェン公爵から譲ってもらい、俺たちはバール湖畔の彼の屋敷から東へ向けて旅立った。
俺たちは左手に雪を頂くエルルム山脈の連なる峰を眺めながら、海峡の町サマーニへと続く街道を進んでいく。
少し遠回りにはなったが、エルクサンブルクではアンデッドを、トゥーズ湖ではドラゴンを退治して経験値を稼ぎ、公爵から譲られた武器で前衛の二人の攻撃力をかなり強化することができた。
俺のゲーム知識も役に立っているし、魔王との戦いに向け順調に進んでいるなと俺は思った。
俺たちがドラゴンを退治したトゥーズ湖の周辺が、すべてフォータリフェン公爵の所有になっていたことを知ったのは、ずっと後のことだった。
彼は、以前は素晴らしい保養地だったが、ドラゴンが棲みついたことで不良資産になっていた湖周辺の土地を、もう二十年ほど前から時間を掛けて少しずつ購入していたようだ。
対価も使えない土地に対しては破格と言えるほど十分に支払っていたそうなので、元の所有者から感謝されていたほどだった。
俺たちがドラゴンを退治したことで再び風光明媚な景勝地としての姿を取り戻したトゥーズ湖は、彼の優良な資産として生まれ変わったというわけだ。
彼は湖畔の最も良い場所を王家に献上し、立派な聖堂を建設し、街道も再整備した。聖堂や街道は彼の家名を付け、それぞれフォータリフェン聖堂、フォータリフェン街道と呼ばれるようになったようだ。
その上、庶民が安価に利用できる浴場も設置し、湖周辺は以前にも増した賑わいをみせるようになる。
一部の土地は、別邸を欲する貴族などに相応の価格で売却しているし、湖を訪れる人々を目当てに商売をしたい人には店舗を賃貸しているから、当然、彼は損をしてはいないというわけだ。
俺たちもドラゴンスレイヤーの名声と望みの剣を手に入れたし、損をしたとは思わないが、してやられたという気持ちはある。
もっともここまで見事だと、俺は逆に感心してしまったのだが。




