第ニ十一話 スファテペの悪徳貴族
緑豊かなパルタニア地方に別れを告げ、サマルニア地方に入った俺たちは、相変わらずエンカウントする魔物を撃退しながら旅を進め、スファテペの町に近づいた。
この町はこれといった産業もない貧しい町だ。
(やっぱり南の街道まで戻るべきだったかな?)
パーティーの皆をバール湖へと誘ったのは俺なのだが、寂れた感じの街道の様子に、俺はそんなことを思っていた。
サマルニア地方自体が痩せた土地で荒れ地が多く、海峡と交易の町サマーニ以外はあまり大きな町もない地方だ。
特に俺たちが進む北の街道沿いは干害や冷害の被害を受けることもままあって、自給自足することさえ難しい年もあるようだ。
「南の街道とはずいぶんと様子がちがうのだな」
「さようですな。ここは静かなものです」
アンヴェルとランシムもそんな会話を交わしていた。
サマーニからパルタニア地方南部を通り王都へ向かう南の街道沿いには、それでもそれなりに町がある。
だが、パルタニア地方の北部に位置するバール湖からサマーニに向かう北の街道沿いは、通行する人や車両の数も少なく、寂れた印象がある。
しかもこの街道にはときどき盗賊が出没し、道を行く旅人や商隊を脅かすのだった。
「すまないがスファテペの町で少し時間をもらいたいんだが。この町の墓地に、わたしの父が眠っていてね」
そう言ったのは、ここまで珍しく静かにしていたエディルナだった。
「わたしの父は貴族の護衛をして、この町の近くを訪れた時に野盗の襲撃に遭ってね。多勢に無勢でどうしようもなかったらしくてね」
彼女の言葉に俺たちは静かに耳を傾けた。
「遺髪と形見となったバスタードソードだけが王都まで届いてね。父はこの町の墓地に葬られたらしいんだ」
いつも明るいエディルナもさすがに神妙な様子だ。
北の街道の寂しさが、俺たちに影響しているようにさえ感じられた。
「父が亡くなった時、わたしはまだ八歳でね。子どもの足ではこの町まで来るのは無理だということだったから、父が眠っている町を訪れるのは初めてなんだ。だから父の墓にお参りする時間をもらいたいんだよ」
俺はそれを聞いて少し驚いていた。ゲームではこの町にそんな設定はなかったと思うのだ。
この町のクエストは攻略必須ではないし、移動にそれほど現実世界の時間がかかる訳でもない。
だからバール湖まで来ても、もう一度、南の街道まで迂回してしまい、この町はスルーすることも多かった。
現実にパーティーを組んでいると、父親のお墓参りくらいさせてあげたいとは思う。
でも、そもそもここに彼女の父親の墓があるとは知らなかったし、効率重視でゲームを進めればそんなものだ。今から考えれば不人情極まりないのだが。
俺たちには特に異存もなくスファテペの町で宿を取ると、領主館に挨拶に出向いたアンヴェルを除き、郊外の墓地に向かった。
「お父様のお名前は、なんと?」
アリアの問いかけにエディルナは、
「オレスティ。オレスティ・サローニットだ。みんな、つき合ってもらって悪いな。助かるよ」
エディルナの父親の墓を探して皆で手分けして墓碑を見ていく。これは皆で来て良かったなと俺が思っていると、思ったより早く、アグナユディテが俺を呼びに来た。
「アリアが見つけたわ。ほかの皆ももう待っているわよ」
どうやら俺が最後まで探していたらしい。
「オレスティ・サローニットここに眠る」
だが、その墓碑にはペンキだろうか、簡単に消せない塗料のようなもので「愚かな」と落書きがされていた。
「これはひどい」
エディルナはそう言って墓碑を持っていた布で必死に拭っていたが、文字は薄くなったものの完全には消せなかった。
見るとそこかしこに同じように落書きされた墓碑がある。
「そう簡単には消えないじゃろう」
突然、後ろから手にお供えの花を持った老爺が声を掛けてくる。
「ご老人。まさかこの落書きはあなたのしたことか」
リューリットが珍しく非難するように声を上げる。
「さてな。大方、神様がなされたのだろう」
当然、否定すると思っていた老人がそうはぐらかしたのを聞いて、
「神はこのように死者を冒涜されるようなことはなさりません!」
アリアが少し気色ばんで老人に向かってそう言ったが、その老人は彼女の気色を恐れることもなく、
「いやいや。決して死者を冒涜しておるわけではありませんぞ。何も知らぬ哀れな遺族に教えんとしてくれておるのじゃ」
そう言って老人は、エディルナの父親の墓碑からさほど離れていないお墓に持っていた花を供えた。
その墓碑にも同じように「愚かな」との落書きがされていた。
俺たちが宿に戻ると、先に戻っていたアンヴェルが迎えてくれた。
珍しいこともあるなと思っていると、領主館で受けた仕打ちに腹を立てていたらしく、その話を俺たちに聞いてもらいたかったようだ。
「屋敷に行って王都から来たと言ったら、お待ちしておりましたと大歓迎されて奥の間に通され、いきなり酒や料理が次々と運ばれてきたんだ。
すぐに主人が参りますと言うから飲み物を飲みながら待っていると、程なく領主のエルムンドル男爵が現われて、もみ手で俺に『お役目ご苦労様です』と言ったんだ。
そんなに魔王討伐の件が話題になっているのかと思って聞いたら、逆に監察官ではないのかと聞かれて。違うと答えたら急に態度を変えて、忙しいからさっさと帰れと。
あんな失礼な扱いを受けたのは初めてだ」
そう言って憤懣やるかたない様子だ。
俺はアンヴェルの話を聞きながらゲームのシナリオを思い出していた。
『ドラゴン・クレスタ』のスファテペの町のクエストは、それほど複雑なものではなかった。
RPGらしく、まずはとにかく町を歩く子どもや酒場で吞んだくれた酔っ払い、門の側にいる物乞いなどから話を聞くのだ。
すると領主が盗賊の黒幕だという話が出てくる。
その後で町の外に出ると盗賊が襲ってくるので、それと戦って勝つと、「俺たちには領主がついている」という証言を引き出せるのだ。
そうして町に来た監察官にこれらすべてを伝えると、領主が盗賊を率いていると認定され、失脚するのだ。
だが、この監察官が恐ろしく無能で、すべての証言を俺たちのパーティーで集めてやる必要があった。
そうしないとエルムンドル男爵の悪事について何の尻尾も掴めないばかりか、男爵から贈られた金品を懐にそのまま王都へ戻ってしまうのだ。
俺はゲームをしていた時から、この町のクエストは何だかよく分からないなと思っていた気がする。
領主の悪事を暴くとか何だか他のクエストと毛色が違っているし、あの程度の証拠で貴族が失脚するとか、扱いがかなり雑な気がしていた。
まあB級のRPGだから仕方ないかと思っていたが、現実の異世界だとそうも言っていられない。
あの程度の証拠ならいくらでも言い逃れができるだろうし、監察官など賄賂で篭絡するか、下手をすれば闇に葬られかねない。
俺たちだって同様だ。
「アンヴェルはシミディナン卿を知っているのかな?」
俺は何とか監察官の名前を思い出して尋ねた。
「何だ。藪から棒に。近衛騎士団の仲間だからもちろん良く知っているが」
まだ男爵への不満を口にしていた彼は少し驚いて、それでもそう答えてくれた。
「いや。シミディナン卿が監察官としてこの領にやって来るようなんだ。おそらく王宮も、どうもこの領はおかしいと少なからず思っているのだろう。そこで彼を送り込んできたようなんだが、彼に協力してはどうかと思うんだ」
アンヴェルとアリアに俺と、護衛としてついて行くと言ってくれたアグナユディテの四人は、次の日の朝早くスファテペの町の西隣のアポレーの町に向かった。
そして首尾よく目的を達するとアリアを残し、その日の内に三人でスファテペの町へ舞い戻った。
翌朝、俺とアンヴェルは領主の屋敷を訪ねた。
最初、執事が応対し、男爵は会わないと言っていたのだが、監察官の件で至急お会いしたいと言うと急に態度を変え、すぐに会ってくれることになった。
エルムンドル男爵は機嫌が悪く、アンヴェルに、
「魔王討伐は急がなくてもよろしいのですかな。随分とゆっくりわが町にご滞在のご様子だが」
のっけから失礼な物言いだ。
アンヴェルがムッとしているので、俺が引き取って話を進める。
「シュタウリンゲン卿に仕える魔法使いのアスマット・アマンと申します。いえ、私たちの仲間にエディルナという冒険者がいるのですが……」
俺がそう言うと、エルムンドル男爵は俺を一瞥し、面倒くさそうに、
「それで、その冒険者がどうしたと言うんだ。手短に話してくれ!」
不快感を隠すこともなく言い放った。
「彼女の父親はオレスティ・サローニットという冒険者で、何年か前にこの町の側で盗賊に襲われ命を落としたらしいのです。
今朝、彼女にこの町に監察官が来ると話したところ、会いたいと言って宿を飛び出してしまってから行方不明なのです。
こちらに監察官がいらっしゃっているのなら、来ているかもしれないと思いまして」
俺がそう言うと、エルムンドル男爵が明らかに落ち着かない様子になった。
「いや。まだ、監察官は来ていないが」
俺はさらに、
「何やら思い詰めた様子だったので心配なのです。直訴とか、おかしな行動をされると私たちも面倒ごとに巻き込まれかねませんし。
こちらに来ていないとなると、街道を西に向かって監察官に会う気なのかもしれません」
俺の言葉を聞いて、男爵はもう気もそぞろという感じだ。アンヴェルもそれに気づいているのだろう、何となく楽し気だ。
「いや。お忙しいところお時間をいただいた。ではアマン。西の街道を探してみよう」
「はい。そういたしましょう」
俺たちがそう言って席を立つと、男爵は挨拶もそこそこにあたふたと部屋から出て行った。




