宿泊と大地の神
「アスカ様、そろそろ食事の準備が整います」
「分かりました。それじゃ君たち、また後でね」
《ブルル》
ブラッシングの途中だけど皆を待たせる訳にも行かないので、私は手を止めるとシートの方へと向かう。
「お待たせしました。お昼は何ですか?」
「ジュムーアのテールスープと同じくジュムーアの肉と野菜を使ったサンドウィッチです」
「わぁ、美味しそうですね。アルナも……ありゃ、あっちで勝手に食べてるんだ」
アルナも野菜を食べると尋ねようとしたら、シートの隅っこで野草をついばんでいた。
「なら、キシャルは……こっちはこっちで餌付けされてる」
キシャルに目をやると、アンバーさんにお世話されていた。しかも、一口食べるたびにじゃりじゃりいっているから、ブレスを使ったんだな。
「キシャル、ブレスで驚かせてないよね?」
《にゃ?》
何もしてないというキシャル。でも、絶対あれはブレス使ったんだけどなぁ。
「ほら、アスカも食いなよ」
「おっとそうでした。いただきます」
用意されたスープから飲んでいく。昨日も思ったけど、カーティスさんのところの料理人さんは腕がいいのでとても美味しい。
「お気に召していただけたようで、料理人も嬉しいでしょう」
「アンバーさんも食べてください。キシャル、ここからは自分で食べるんだよ」
《にゃ》
しょうがないにゃあとアンバーさんの膝から降りるキシャル。アンバーさんが目の前にお皿を置くと、渋々自分で食べ始める。
「少しはアルナを……見習うのは良くないか」
アルナは主に草食だからシートの近くで食事ができるけど、キシャルは肉食だから狩りになっちゃうしね。
こうして食事を終えると、私は馬たちのブラッシングに戻った。正直、馬車の中だと動くこともないので、良い運動になるんだよね。
「アスカ様、それでは出発致しましょう」
「分かりました。キシャル、足を洗ってから馬車へ入ろうね」
近くを流れていた小川で軽く足を洗ってあげると馬車へと戻る。
「ほら、アルナも戻るよ」
《ピィ》
十分に外を楽しんだのか、声をかけるとすぐに戻ってくるアルナ。これで町へ着くまでゆっくりしてくれるかな? 中々馬車旅はしないから、窮屈な思いは慣れてないだろうしね。
「では、出発致します」
「お願いします」
再び馬車は今日泊まる町へと動き始めた。
「そう言えば、今日泊まる町は何か特産があるんですか?」
「特産? ん~、国境の町から近いからな。特にないな。強いて言えば野菜か?」
「野菜ですか?」
「国境の町へは交易品が多いからな。そこに近い町で必要なのは食料だろ。だから、特産はないんだ」
「でも、野菜が美味しいならアルナは嬉しいね」
《ピィ!》
馬車の中でアルナが喜ぶ。でも、そろそろお昼寝の時間だ。
「ずっと起きとくのもしんどいだろうから、ここでおやすみ」
私は馬車に備え付けのフックにおうちをかけると、アルナに入るよう促す。
《ピィ》
食事と運動で適度に疲れていたアルナはそのまま家に入って行った。
「キシャルも寝てますし、午後からは何の話をしましょうか」
「そうですね。アスカ様の旅の話はいかがでしょうか? まだ、領地まで長いですし、私たちの話しなどはつまらないでしょうし」
「分かりました。それじゃあ、何処から話しましょうか?」
「初めからと言いたいところですが、ご自身でよく覚えておられるところで構いませんよ」
「そうですか。なら……」
私はどこから話そうかと思ったけど、やっぱりここは仲のいいムルムルのことから話そうと思い、中央神殿へ行った時のことを話す。
「では、中央神殿で巫女様と一緒に過ごされたのですね」
「はい。途中ちょっとしたアクシデントもありましたけど、地元の人とも知り合いになりましたし、楽しかったです」
「そう言えば、リチャード。お前の家もシェルレーネ様を祭っていたな」
「ああ。だから、巫女様と知り合いだと聞いた時には本当にびっくりしたぞ」
「あっ、カーティスさんやアンバーさんはどんな神様を信仰されてるんですか?」
「私ですか。私たちの領地だと忍耐と大地を司るカルハーネン様ですね」
「へ~、初めて聞いた神様ですね。こちらではメジャーなんですか?」
覚えのない神様の名前なので、カーティスさんに続けて質問する。
「ええ。この大陸は山脈も多く、山岳信仰の一環として信仰されることが多いですね。うちの領地も山と農地が多いので、大切にされているんです。だから、大地の神と言いつつ、実際は山の神の側面が強いですね。ガンドル様は同じ土でも鉱石寄りの神様ですし、信仰も分かれているんですよ」
「そうなんですね。ちなみにお姿を模したものってあったりするんですか?」
「ああ、それなら私が持ってます。アンバーもカルハーネン様を信仰していたか?」
「私は領地でも北部出身なのでシェルレーネ様ですね。北部はフォネール湖という大きい湖があるので、信仰している人も多いのです」
フォネール湖について更にアンバーさんに聞くと、湖は領境を越えてベンティゴ領へと続いているらしい。
「それならうちの領にも在るな。こっち側は湖の三分の一ほどだが」
「それじゃあ、二人とも一緒の信仰ですね」
「アスカ様はどなたかを信仰されているのですか?」
「私はアラシェル様っていう神様を信仰しています。まだまだ知名度は低いんですけど、とってもいい神様なんですよ。シェルレーネ教の方では聖霊登録もしてますし」
「そうなのですね。では、後で祈りを捧げさせてください」
「良いんですか? ぜひお願いします」
仲の良いシェルレーネ様の信徒に祈ってもらえるなら、アラシェル様も喜ぶだろう。
こうして午後からは思い出話をして過ごした。
「アスカ様、本日宿泊する町が見えてまいりました」
「本当ですか?」
皆で楽しくお喋りしていると時間が立つのは早いもので、今日泊まる町が見えたみたいだ。
「今日泊まるのはカーティスさんの領地ですか?」
「いえ、今日はまだ国境の町を統治されている方の領地です。明日の夕方には領地に着きますが」
「じゃあ、実家に寄られるんですか?」
「通り道に近いのでできればお願いできますか? 邸にておもてなしもできるので」
「分かりました」
予定の確認も終わったので後は町へ着くのを待つのみ。三十分ほどで町へと着いた。
「どちらの馬車でしょうか?」
「この先のロディウム子爵家の馬車だ。要人を乗せてベンティゴ領へと向かっている途中だ」
「では、身分証の提示をお願いします」
「これを」
衛兵の指示にブライアンさんが応じる。昨日も邸で警護をしてくれたし、結構身分も上の人なのかな?
「ん、何か気になることでもあるのかアスカ?」
「いえ、ブライアンさんって身分の高い人なんでしょうか?」
「ああ、ブライアンですか。それこそ彼も騎士学校で優秀な成績を修めた者でして。家も代々騎士でして将来は騎士団長になれる人物ですよ」
もし、ブライアンさんが騎士団長になったら、将来的には代官にもなってもらおうという考えもあるんだって。この歳からそんなことを考えられてるなんて、やっぱり優秀な人だったんだな。
「アスカ様、お待たせいたしました。町の中へと入ります」
「お願いします」
馬車はゆっくりと町へ入って行く。目指すは宿なんだけど、手配はどうするんだろう?
「宿って取ってあるんですか?」
「この町は貴族宿がありますのでそちらで手配いたします。ですから宿に着いたのち、少しお待ちいただく形になるかと」
「分かりました」
そして馬車はしばらく走ったのち、宿の前で停止した。
「では、部屋を手配してきます」
「頼むぞ、ブライアン」
ブライアンさんが部屋を確保して戻ってくると、私たちは馬車から降りる。
「それではお部屋の方へ案内いたします」
案内は宿の人が先頭を、その後ろにブライアンさんとベンさん。そして、カーティスさんに私が続いた。
「アスカ様はこちらの部屋を、カーティス様は二つ隣の部屋をご利用ください。間の部屋は護衛としてジャネット様とフィオナが詰めておりますので」
「フィオナ?」
聞きなれない名前だったので口に出すと、一人の騎士が私の方へ一歩歩みを勧めた。
「はっ、私がフィオナです」
「フィオナさんですね。護衛についてもらってありがとうございます」
「いえ、こちらこそ光栄でございます」
う~ん、このフィオナさんのビシッとした感じ、ちょっとラフィネお姉ちゃんに似てるかも。というか、ブライアンさん以外の護衛の人はほとんど会う機会がないから、女性の騎士がいるなんて気づかなかった。
「ではこちらがカギになりますので」
「ありがとうございます」
私が部屋に入ると、同じくアンバーさんも付いてくる。
「一緒の部屋で大丈夫ですか?」
「はい。こういった貴族宿では侍女用の簡易ベッドもありますから、大丈夫なのです」
言われて部屋を見回すと、確かに部屋の隅に小さいながらベッドが置いてある。ただし、折り畳みのようで寝心地は悪そうだ。
「ということですので、私の方はお気になさらず。何かご要望はございませんか?」
「あっ、だったらカルハーネン様の神像か何かをみせてもらえないかたのんでくれませんか?」
「承知いたしました」
アンバーさんにお願いをすると、私はアルナのおうちを窓の横へ置くと、スケッチブックを取り出す。
「う~ん、久し振りの新しい神様だし、腕が鳴るなぁ」
新しい題材なんてそうそう出てくるものでもないから、本当に楽しみだ。
「おっと、他にも出発する時に用意してもらったバラも描かないとね。今日は早めに宿に着いて良かった」
「お待たせいたしました。こちらがカルハーネン様の神像です」
私が絵の準備をしていると、アンバーさんが帰って来た。
「これがそうなんですね。大地の神様だけあって、力強い感じですね」
私は早速テーブルに神像を置くと、スケッチを始めた。




