ベンティゴ領へと向けて
私とアンバーさんはキシャルを連れて食堂へ入る。
「失礼します」
「おっ、アスカも来たんだね」
「ジャネットさん、リュートももう来てるんだね」
「うん。僕らは特にやることがないしね。アスカは何をしてたの?」
「私は絵を描いてたかな」
「絵? 細工の関係?」
「ううん、折角だからメイドさんにモデルをしてもらって、庭をバックに描いてたの」
「へぇ~、アスカにしちゃ珍しいね」
「確かに人物画は今まであまり描いてこなかったかもしれません。私が描くとしたら神像の絵ですし」
これを機にリュートやジャネットさんたちの絵も描こうかな?
「おっ、皆揃っているな。また俺たちが最後か」
「当たり前だろ。明日も朝早いっていうのにそんなにやることばかりなのかい?」
「出発前に連絡を取るところが多くてな。何日かに分けて書こうと思っていることをまとめてやっていたんだ。後はこれまでの経緯の説明だな」
「説明ねぇ。まっ、あたしらには関係ないし飯にしようか」
「そうだな」
「では、用意するか。夕食を」
「はい」
カーティスさんが控えているメイドさんに指示を出すと、食事が運ばれて来た。
《ピィ!》
「あっ、アルナも見なかったけど、ちゃんと食堂へ来てたんだね」
「アルナならあたしと一緒に適当に敷地を回ってたよ。まあ、十四時ぐらいには一回寝てたけどね」
「そうだったんですね。面倒見てくれてありがとうございます」
アルナは賢いけど、好奇心旺盛だからちょっと心配なところもあるから、誰かが付いてくれていると安心する。
「さあ、アルナ様、キシャル様。こちらにお食事が用意されておりますので、お召し上がりください」
《ピィ!》
《にゃ~~!》
アルナもキシャルもお昼とは違って、しっかりしたものが用意されているからか、嬉しそうに食べ始める。
「きゃ、冷たい!」
「あっ、キシャル。外では凍らせちゃ駄目って言ったでしょ?」
《にゃ~》
思わずやってしまったと頭を上げるキシャル。最近は我慢して冷ますだけだったのに、美味しい料理を前に気が緩んでしまったみたいだ。急に冷気が襲ってきて、近くにいたアンバーさんがびっくりしている。
「す、すみません。いつもは大人しく食べるんですけど……」
「いえ、驚きはしましたが問題ありません。それより、焼いた肉で大丈夫でしょうか?」
「あっ、キシャルは焼いたお肉を凍らせたのが好きなので問題ないです」
「そ、そうですか」
キシャルの食べ方にはさしものアンバーさんも不思議な顔をしていた。私もいまだに何故なのか良く分からないんだよね。ただ冷やしただけのお肉だと駄目なのかな。
《にゃ~?》
「はいはい。今日はしょうがないけど、人のおうちではやらないようにね。食堂の端とかでこっそりだよ」
《にゃ!》
分かっているのかいないのか、元気に返事をするキシャル。対してアルナは黙々とお野菜を食べている。夕食まで時間があったからか、切れ端ではなく美味しい部分が切って出されていて満足そうだ。
「ほら、従魔たちばかり見てないで、アスカも食べたらどうだい」
「そうですね。いただきます」
私の目の前にも美味しそうな料理があるので、運ばれて来る度に食べて行く。
「ん~~、美味しかったですね~」
「だね。リュートは難しい顔をして食べてたけどねぇ」
「そう言えばそうでしたね。何か気になったことがあったの? 全部美味しかったと思ったけど……」
「あっ、使われてる調味料が気になってね。最近は前より分かるようになってきたから、逆に分からない味があると、どうしても食事に集中できないんだ」
「食べてる時は味わうことに集中しないと損だよ」
今日みたいな豪華な料理は特にそう思う。私たち平民じゃ、中々入れないようなレストランでしか食べられない物もあるだろうしね。
「そうだね。今度からそうするよ」
「うんうん、それが良いよ」
食事も終わると、紅茶が出て来た。多分ガゼボで出してもらったのと同じ物だろう。
「それで午後は皆何をしていたんだ?」
リックさんが私たちの午後の行動を聞いてきた。
「私は絵を描いてました」
「あたしはアルナを連れて散歩」
「僕は本を読んでました」
「三者三様だな。それで、アスカは何を描いたんだ? 細工のデザインだとは思うが」
「残念ですけど、今回の被写体は人物です。庭をバックにメイドさんを描いたんですよ」
「そうか。アスカが人物画とは珍しいな」
「そうですよね。私もそう思って挑戦してみたんです」
「なるほどな。ジャネットは?」
「さっきも言った通りだよ。案内してもらえる場所を適当にぶらついただけさ。なぁ、アルナ」
《ピィ》
ジャネットさんの言葉に反応するアルナ。食後だからか、若干気の抜けた返事だ。
「リュート君はまた戦闘系の本か?」
「はい。なかなか集中して読む機会がないのでこの機会に読んでました」
「それなら、カーティスから不要な本を貰えばどうだ。こっちにも持って来ているんだろう?」
「確かにあるが、アスカ様の護衛なら読んだことのありそうなものばかりだが……」
「まあ、そういうな。皆、遠くの大陸からやってきているからな。習ってきたものも違うかもしれないだろう?」
「なるほど。なら、後で用意させよう」
「ありがとうございます」
「おっと、明日は早いからもう休むか」
「そうですね。明日のことを考えて寝ましょうか」
出発時間が早いことを考えて、皆も部屋へと戻る。
「さあ、私も準備をして寝ないと。アルナたちも早めに寝るんだよ」
《ピィ》
「キシャルは……もう寝てるんだね。ティタ、見張りよろしくね」
《……》
アンバーさんがいるから黙って返事をしてくれるティタ。この邸に危険はないと思うけど一応ね。
「後はアラシェル様に祈りを捧げてと」
私はマジックバッグからアラシェル様の神像を取り出すと、祈りを捧げる。
「さて、明日も早いし眠ろう。おやすみなさい、アンバーさん」
「アスカ様、おやすみなさいませ」
** *
私が部屋へと戻った後、食堂では……。
「先程のアスカ様が絵を描いたという話は本当か、リチャード?」
「ああ。よく絵を描いている」
「モデルになったメイドは?」
絵を描いたということが気になったので俺はメイド長に確認を取る。
「その時間でしたらメンフィアが担当しておりました」
「メンフィアか。普段は邸の掃除を任せていたな。絵と共に来るよう伝えろ」
「はっ」
しばらくすると、絵を持ったメンフィアが食堂へやって来た。
「あ、あの、絵を持ってまいりました」
普段俺が呼ぶことがないせいか、びくびくしながら話しかけてくる。
「持って来てもらった絵の件だが……」
「やや、やっぱり私が持っていてはいけないのでしょうか?」
「いや、その件でお前に話しておくことがある。メイド長と執事長以外は下がれ。後、ブライアンを呼んできてくれ」
「はい」
他の人間を部屋から出し、ブライアンが食堂へとやって来た。
「お呼びでしょうか、カーティス様」
「ああ。明日からお前にもリチャードたちを連れてベンティゴ領へ向かう話はしたな」
「はっ、伺っております」
「その件で一つ追加事項を話しておく」
「あの、カーティス様。それでは私は不要では? アスカ様たちについていく訳ではないですし……」
メンフィアの言葉は最もだ。しかし、彼女にも伝えなければならないことがある。
「本来ならそうだったのだが、その絵にも関することだ」
「こちらの絵が何か?」
「ああ。お前たちも私が何故ここへきて国境検問をしているか、経緯は知っているな?」
「はっ。妖精を誘拐した事件の解決を図るため、誘拐犯と妖精の捜索です」
「そうだ。そして、その件に我が国が関与しているということは知っているか?」
「我が国の貴族が解決に関与したという噂程度であれば。メイド長は?」
「私も執事長と同じく、噂程度です」
「ブライアンたちは?」
「私は始めて聞きました。他国の干渉があったとは聞き及んでおりますが……」
「わ、私は本当に初めてです。事件のことも名前や町の噂程度で」
やはり、この事件に関しては情報が秘匿されていて、まだ一般には詳細が広まっていないようだ。
「実はな、その件に関与したうちの国の貴族というのが、リチャードなのだ」
「何と! それは本当ですか?」
「ああ。本当に行きがかり上の出来事だがな」
「まぁ! それではリチャード様は妖精誘拐事件の関係者だったのですね!」
何の疑問を抱くこともなく、素の感想を伝えるメンフィア。通常のメイドであれば、こういう反応が普通だろう。
「それでだ。勘のいい執事長であればそのリチャードがああいう対応をしている少女の正体は分かるな?」
「実際に解決した現場に居合わせた方でしょうか?」
執事長がリチャードへ顔を向ける。
「そういうことだ、モーリス執事長。というかアスカが解決したといってもいい。内容が内容だけに多くは語れないが、精霊様の怒りをアダマスが受けなかったのもアスカの計らいなのだ」
「そこまでの方でしたか」
執事として長く働いているモーリスもこれには驚きを隠せないようだ。俺もリチャードに聞かされた時は驚いたから当然だな。
「そこでだ、ブライアン」
「はっ!」
「明日からの護衛は心して挑むように。本来であれば国賓として迎えても差し支えない相手だ。ただ、ことがことだけに各国も詳細は伏せねばならない。それを忘れるな」
「了解です!」
敬礼し、明日からの護衛へ向け決意を固めるブライアン。これを機にさらに成長してもらいたいものだ。
「あの、それで私は何故呼ばれたのでしょうか?」
「ああ、その話が残っていたな。公表できないとはいえ、相手は国賓クラス。知らぬこととはいえ、その相手から絵を貰っただろう? その絵を適当に飾らせる訳には行かん。メイド長」
「はい」
「邸にある中でその絵に合うサイズの地味かつ最高の額縁を用意しろ。なければ買ってきても構わん」
「承知いたしました」
「絵の方はメンフィア、お前が管理するんだ」
「私が管理してよろしいのでしょうか。てっきり、絵を引き渡すと思っておりました」
「そんな真似をしてみろ、彼女の不興を買うだけだ。ちゃんと管理しておけばよい」
「承知いたしました」
伝えるべきことは伝えたので、メンフィアを下がらせる。
「今後はメンフィアに絵の管理費を渡すようにしておけ」
「はい、かしこまりました」
「リチャード、まさかこんな大ごとを持って来るとは思わなかったぞ」
「だから話を聞くかと言ったんだ」
俺はため息を吐くと親友の方を見る。まあ、これだけの活躍をした奴と友人というのは今後領主となったら有利に働くかと諦めたのだった。




