お庭と清書
「アスカ様、そろそろ休憩を取ってはいかがですか?」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
スケッチも終わり、清書に入っているとメンフィアさんから声をかけられた。う~ん、もうちょっと仕上げておきたいけど、ちょっと喉も乾いたしそうしようかな?
「じゃあ、簡単に片付けて休憩にしましょうか」
「では、掃除は私が……」
「あっ、それには及びませんよ」
私は風の魔法を駆使してスケッチで発生したゴミをまとめるとそのままゴミ箱へポイッと捨てた。
「ほら、これで終わりです。それじゃあ、休憩しましょう」
「そ、そうですね」
不思議な顔をしたメンフィアさんと一緒に私は休憩を取るため部屋へと戻る。
「あっ、アスカ様。お戻りですか?」
「アンバーさん、どうして部屋に?」
「私はアスカ様付きのメイドですので」
ひょっとして今まで部屋で待っていてくれたのかなぁ。行き先も伝えてなかったし悪いことしたかも?
《にゃ~》
「あっ、キシャルも起きてたんだね。迷惑かけなかった?」
《にゃにゃ》
もちろんだよと元気いっぱいに話すキシャル。良かった、本当はちょっと心配だったんだよね。
「んんっ、それで何をされていたのでしょうか?」
「あっ、実はさっきまでアトリエで絵を描いてまして。少し疲れたので休憩を取ろうと思って戻ってきたんです」
「そうでしたか。では、これからは私が対応いたしますね。メンフィアは元の仕事に戻りなさい。アスカ様は午前中にお話ししました通り、ガゼボへご案内いたします」
「分かりました。アスカ様、私はお先に失礼いたします」
「あっ、はい。絵は出来上がり次第、お渡ししますね」
「楽しみにしております」
スッと綺麗な所作をした後、メンフィアさんが下がる。
「アスカ様、絵とは?」
「時間があったのでメンフィアさんをモデルにして絵を描いていたんです。スケッチは終わって今は清書の途中なんです」
「絵……ですか?」
「はい。私、魔道具も作るんですけど、そのデザインとかも自分で描くんですよ」
「それは多彩なご趣味ですね。後で見せてもらってもよろしいですか?」
「構いませんよ。でも、今は清書の途中ですから出来上がってから見てくださいね」
「承知しました。それでは庭の方へまいりましょう」
アンバーさんに連れられて再び庭へと向かう。途中、少し違う道を通ったけど、すぐに元の道に戻った。なお、私たちの後ろには騎士さんが付いている。慣れないけど決まりみたいでしょうがない。
「さあ、こちらでございます」
「わぁ~、本当に綺麗ですね~!」
午前中に紹介してもらったバラのアーチをくぐると、整備されたガゼボが見えた。周囲は背の高い木々で覆われており、落ち着いてお茶もできそうだし、何より周囲に多くの種類の花もあって見ていて楽しい。
「こちらへお座りください」
椅子を引いてもらい座ると、改めて周りの景色を楽しむ。
《にゃ~》
「ん、キシャルも同じ景色を見たいって? 分かったよ。アンバーさんも座ってください」
「私がご一緒する訳には……」
「キシャルが私と同じ景色を見たいみたいなんです。アンバーさんに座ってもらえればちょうど同じぐらいの高さですから」
戸惑うアンバーさんにキシャルを使って説得する。残念ながらアンバーさんも私より背が高いモデル体型で、私の目の位置とアンバーさんの肩口の高さが同じぐらいなのだ。
《にゃ!》
「キシャル様がそう言われるなら」
座ってもらえることに成功した私とキシャルは改めてガゼボの景色を楽しむ。
「あっ、こっちは綺麗な赤色。向こうには白とピンクの混合色のバラもある!」
「後でいくつか部屋にお持ちいたしましょうか?」
「良いんですか?」
あんなに見事に咲いてるバラを貰っちゃってもいいのかな?
「カーティス様に確認を取らないといけませんが、問題はないかと。多少であれば景観を損なうこともありませんから」
「で、でしたらちょっと貰ってもいいですか?」
かわいいバラはやっぱり見ていて気持ちいいし、細工の題材にも良さそうだ。バラ関係はバルディック帝国にいる時に結構作ったから、最近はあまり作ってなかったしね。
そうこうしていると、メイドさんがガゼボへとやって来た。
「アスカ様、お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとうございます」
メイドさんはカートに乗ったお茶とお菓子を並べてくれると、颯爽と去っていった。
「わっ、紅茶にクッキーですね。いい香りです」
「紅茶もクッキーの材料に使われているものも領地で採れたものなのです。特にこのクッキーには乾燥した木の実や果実を使っていて人気なのですよ」
「へ~。じゃあ、早速食べてみますね。わっ、サクッとしたクッキーに木の実の食感が合わさって美味しいですね。それに紅茶もスッと飲めます!」
こんなお茶とお菓子が毎日楽しめるなんて、ロディウム子爵領はいいところみたいだ。
「気に入って頂けたようで何よりです」
「もちろんですよ。こんな美味しいお茶が毎日飲めるなんて!」
「あっ、それは……」
私の発言に少し間を置くアンバーさん。その後ゆっくりと口を開いた。
「実はそのお茶は領地でも高級な部類でして。貴族や大きな商会向けの輸出がほとんどなのです」
「じゃあ、一般の人は飲めないんですか?」
「はい。二番茶なら私たちでも手が届くのですが、苦みが強いのでやはり新茶には及びませんね」
「そうなんですね。でも、お茶の苦みって身体にいい成分だって聞いたことがありますから、その方が健康には良いかもしれないですね」
良薬は口に苦し。逆に一般人の方が健康なのかもしれない。
「そのような話は初めて聞きました。アスカ様は博学なのですね」
「聞きかじりだから本当かはあやしいですけどね。これでも薬師の娘ですから」
「そうでしたか。それでもすぐに言葉として出てくるなら、素晴らしいと思いますよ」
「ありがとうございます」
なんて話をしながら三十分ほどゆっくりする。あまりにまったりしていたからか、アンバーさんの肩で休んでいたキシャルは眠くなってきたようだ。
「キシャル、眠いならもうお部屋に戻る?」
《にゃ~~》
今日は結構起きていたからか、キシャルはお眠のようだ。私も清書作業の続きに戻りたいし、休憩を切り上げる。
「じゃあ、部屋に一度戻りましょう」
うとうとしているキシャルをベッドへと送り届けると、再びアトリエへと向かう。
「じゃあ、続きに移りますか。アンバーさんは絵が完成するまでゆっくりしていてくださいね。私は清書をしてますから」
「承知いたしました」
夕食の時間もあるし、今日のうちに完成しないと、と思い作業に取り掛かった。
「う~ん、ここをもうちょっとだけ細かくして、メイド服もちょっとしわを触ってと……後少しで完成だ」
あれから二時間ぐらいは作業をしただろうか。何とか清書作業も終盤に差し掛かって来た。食事の後はここへ来れるかも分からないから、今の時間で完成させないとね。
「アスカ様、そろそろ完成ですか?」
「はい。あと十分もあれば完成します」
時間的に終わりが見えて来たので軽く息を抜く。ここで失敗しちゃったら何にもならないので、ここからは更に慎重にしないとね。
「ここはサッと、こっちは落ち着いて……完成!」
私は筆を置くと、ふぅ~と息を吐く。後は少し引きで見て違和感がないか確認したら終わりだ。
「おかしいところはないな。これなら見せても大丈夫だ。アンバーさん、もう大丈夫ですよ」
確認を終えて、いよいよアンバーさんに見てもらう。
「では、失礼いたします。これは……庭はこの邸のようですが、このメイドはメンフィアですか?」
「はい。アンバーさんが休憩を取っている間にアトリエへ案内してもらったので、折角の機械ということで、被写体にしてみたんですよ。どうですか? 自分では上手く描けていると思うんですけど」
「とても素晴らしい絵だと思います。それにしてもこんな素敵な絵を描いてもらえるなんてメンフィアは幸せ者ですね」
「本当ですか! いや~、ちょっと不安だったんですよね。ほら、この髪先とかちょっと実際とは違いますし」
「そう言えば、いつもより表情豊かに見えますね。真面目な子なのですが、少し勘違いされることもありまして」
「そうなんですね。じゃあ、後はこれを渡すだけですね」
「渡す? この絵はお持ちにならないので?」
「はい。この絵の主役はメンフィアさんですし、折角描いたんだから貰って欲しいですね」
このお邸もカーティスさんたちも優しいし、自分がこういうところで頑張っていたっていつでも思い出して欲しい。
「分かりました。では、メンフィアを呼んでまいります」
「お願いします」
アンバーさんが部屋を出ていって数分、メンフィアさんを連れて戻って来た。
「アスカ様、お呼びですか?」
「あっ、メンフィアさん。絵が出来上がったので貰って欲しくて」
「完成されたのですね。では、早速見させて頂きます」
私の絵を見るため、キャンパス台の前に立つメンフィアさん。しかし、そこから微動だにしない。
「あ、あの、何か問題がありましたか? ちょっと変えた部分が気に入らなかったとか?」
「いえ、そうではなく。これは本当に私でしょうか?」
「そうですけど?」
おかしいなぁ。ちゃんと、スケッチはしたからメンフィアさんに見えるはずなんだけど……。
「いえ、自分で鏡を見たりするのですが、こんな表情は見たことがなくて。絵は素晴らしいと思います」
「良かった~。自分では上手く描けたと思っても、相手に気に入ってもらえないと意味がないですから。表情に関してはメンフィアさんを見て、ちょっとだけ柔らかさを加えてます。ただ、無理にやっている訳ではないですから、メンフィアさんが元々持っている魅力ですからね。ちなみにちょっと可愛さを出すために髪先もくるんとしてるんです」
「あっ、本当ですね。実際にやってみても似合うでしょうか?」
「似合うと思います。是非今度やってみてください。じゃあ、この絵は差し上げますね」
私はキャンバス台に固定されている絵を外すと、そのままメンフィアさんへと渡す。
「頂いてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。そのために描きましたから」
私の言葉に一度アンバーさんの方を向いてから受け取ってくれるメンフィアさん。どうしたんだろ?
「ありがたく頂きます。額へ入れて飾りますね」
「額に入れるなんて、そんな大層なことをしなくていいですよ」
「いいえ、必ず厳重に管理致しますので」
なんだか使命感に駆られるような反応を見せるメンフィアさん。別にそんな凄い絵でもないんだけどなぁ。
「アスカ様、そろそろ夕食のお時間でございます」
「あっ、分かりました」
アンバーさんたちと話をしていると、食事の時間をメイドさんが知らせに来てくれた。魔法を使って手際よく片付けると、一度部屋によってキシャルを起こす。
「キシャル、ご飯の時間だよ~」
《にゃ~?》
何だとまだ寝ぼけているキシャルに再度説明すると、ようやくかとアンバーさんの肩へと移動した。
「もう、またアンバーさんの肩へ乗って。すみません」
「いいえ。では、食堂へまいりましょう」
「では、私はこちらの絵を持ち帰りますので、先に失礼させていただきます」
絵を持ち帰るメンフィアさんと別れて、私たちは食堂へと向かった。




