ご飯とスケッチ
「アスカ様、そろそろお昼の時間です。食堂までお願いします」
「は~い」
案内も終わり少し部屋で休んでいると、メイドさんから声がかかった。
「ご案内いたします」
「お願いします。あっ、従魔も連れて行って良いですか?」
「構いませんが、用意はされていないかと」
「じゃあ、アルナには野菜を。キシャルには……焼いたお肉をお願いできますか? 味は薄めで構いませんので」
「承知しました。厨房へ伝えますね」
「ティタはお留守番をお願い」
《……》
アンバーさんは私を食堂へ案内すると、アルナたちの食事を用意してもらうため厨房へと向かった。
「おや、アスカ。思ったより早かったね」
「ジャネットさん! あれからどうでした?」
お邸の中を案内されている時も出会わなかったので、何をしていたかを聞く。
「何にも。部屋は広くて綺麗だけど、それだけかねぇ」
「そうなんですね。リュートはどうだった?」
すでに先に来ていたリュートにも声をかける。
「僕も同じかな。リックさんは荷物を置くなり、部屋から出て行ったし」
「そうだったんだ。じゃあ、何してたの?」
「読書。他にできることもないしね」
私はこのお邸を満喫していたけど、皆はそうじゃなかったみたいだ。それにしても、すぐに部屋を出て行くなんてリックさんは忙しかったのかな? なんてことを考え食堂を改めて見まわすと、リックさんとカーティスさんはまだ来ていなかった。
「お二人ともまだ来てませんし、忙しそうですね」
「ま、慌ただしく明日には領地へ向けて出発する訳だしねぇ。あたしらには直接関係ないんだから、ゆっくり行ってもいいんだけどね」
「ジャネットさんったら、またそんなことを言って。リックさんが聞いたら悲しみますよ」
「一人で予定を決めちまう奴なんて放っておけばいいんだよ」
なんてことを言いながらもジャネットさんはチラチラと入り口を見ている。気になるなら言えばいいのに。
「待たせたな」
「お待たせしたようで」
皆で話をしていると、リックさんたちがやって来た。心なしか二人ともつかれているようだ。料理の方はできていたみたいで、二人が席に着くとほどなくして運ばれてきた。
「わぁ~、コース料理なんですね」
「アスカ様には我が領の料理人の料理をお楽しみいただければと思います」
「ありがとうございます」
順番に運ばれてきた料理は急に作ったものとは思えないぐらい美味しかった。これは夕食が楽しみだ。私が特に気に入ったのは濾して作られたスープだ。少しトロッとしたスープは味に深みがあり、一杯だけなのが惜しいぐらいだった。
「こちら、最新のデザートになります」
そう言われてテーブルに並んだのはゼリーだった。でも、ゼリーなら今までもあったと思うんだけど……。
「こちらは植物性の素材を使ったものになります。今までの物は畜産で得られたものがほとんどでしたが、最近こういう素材から作るものが出てきたのです」
「へぇ~、素材が違うんですね。それじゃあ、いただきます」
ひと口、口に含んでみると寒天の味に近い物だった。なるほど、確かにあれも植物性だから近い物になるんだ。
「ひょっとして、これもイリス様の発明かなぁ」
イリス様も甘い物は好きだったし、きっと我慢できなかったんだろうな。
「いかがですかアスカ様? あえて最近流通しだしたテンサイ糖なる甘味料も使ってみたのですが……」
「美味しいです。それに優しい感じがします」
「ありがとうございます。シェフも喜ぶでしょう」
こうしてデザートを食べながらひと息ついていると、話が午前中のことに移った。
「んで、結局リックは何をしてたんだい?」
「俺か? いやぁ~、一言で言うのは難しいんだが……」
「何が難しいだ。お前を領地へ連れて帰るから、代わりにここの業務をレーネン子爵に頼むのと、早馬に持たせる手紙の内容の確認だろう」
「ああ、それならあたしたちがいない方が良かったね」
「いてもらっても暇をしていただろう。残念ながら午後も予定があってな」
「他にやることがあるんですか?」
「カーティスにこれまで各国を回って来た報告だな。どっちかと言うとこれは王国騎士団への報告書を書くからついでだが」
「私もルファルク伯爵へ説明せねばならんかもしれんから文句を言うな」
言い合うようになっているリックさんたちだけど、二人とも笑顔だ。隣り合った領地の幼馴染って言ってたけど、それ以上に仲が良いんだろうなぁ。
《にゃ~》
「あっ、キシャル。暇しちゃったの? う~ん、先にお部屋に帰る?」
《にゃ!》
私たちが話している間も近くに用意された小さなテーブルで食事をしていたアルナとキシャル。二人とも静かだなぁと思っていたけど、キシャルの方は暇を我慢できなくなったみたいだ。
「それじゃあ、私は先に部屋へ帰ってますね」
「ああ、明日は早いからよく休むんだよ」
「は~い」
「では参りましょうか。キシャル様、こちらへ」
《にゃ》
キシャルはアンバーさんの肩口を一周すると、おさまりのいいところを見つけたのか右肩にちょこんと乗る。
「どうやらそこが気に入ったみたいですね。じゃあ、戻りましょうか。アルナ、大人しくしてるんだよ?」
《ピィ》
大丈夫だよと返事をするアルナ。ジャネットさんやリュートがいるなら任せても大丈夫だろう。こうして部屋へと戻った私だったけど、ひとつ気になることがあった。
「あの、アンバーさんってまだご飯食べてないですよね。いつ取られるんですか?」
「普段はもう少しで使用人棟にて食べております。来客時は決まっていないですね」
「き、決まってないって。行ってきてください」
「よろしいのですか?」
「はい。私はゆっくりしてますから」
「ではお言葉に甘えますね。その間、代わりの者を呼んできますので」
《にゃ~》
アンバーさんが部屋を出ようとするも、キシャルはそのままだ。困惑するアンバーさんを余所にのんびりとしている。
「あっ、そこが気に入ったみたいなのでよかったら連れて行ってください。迷惑はかけないと思いますから」
「承知しました。では、行きましょう。キシャル様」
《にゃ~》
アンバーさんがキシャルを連れて部屋を出て行く。少しすると、メンフィアさんという別のメイドさんがやって来た。アンバーさんの栗色の髪とは違って、明るい若草色の髪をしている。見た感じはアンバーさんより少し若そうなメイドさんだ。
「アスカ様、何かありましたらお申し付けください」
「分かりました。でも、今は大丈夫ですから。私はちょっと作業をしますね」
そう言いながらテーブルの上に細工道具を出して準備を始める。しかし、そこでふと思った。
「この部屋でゴミを出すのは流石に不味いよね。すみません、メンフィアさん。ゴミを出してもいいアトリエみたいなところってないですか?」
「絵を描く部屋でしたらございます」
「じゃあ、そちらへ案内してもらってもいいですか。流石にここで作業をするのは木が引けるので」
「かしこまりました」
客室からいくつか部屋を通り過ぎると、アトリエへ案内された。
「こちらになります。今は誰も使っておりませんので、あちらをお使いください」
「ありがとうございます」
案内された部屋の中央近くにはキャンパス台があり、今すぐにでも絵を描ける状態にしてあった。邸の誰かに絵を趣味にしている人がいるのかな?
「う~ん。細工もしたいけど、折角だし絵を描いちゃおう」
「アスカ様は絵を描かれるのですか?」
「一応。独学ですけどね。そうだ、折角ですしメンフィアさんがモデルになって頂けませんか?」
「わたくしですか? アスカ様ご本人がモデルをされる方がよろしいかと。鏡はこちらにございます」
「自分だなんて恥ずかしくて無理です。ささっ、そこに座ってください。窓際なら椅子に座っても庭のいい景色が映えますから」
「そこまで言われるのでしたら……」
困惑しながらもメンフィアさんは椅子に座ってくれる。
「ポーズとかは何でもいいので、顔だけこっちに向けてくださいね」
「承知しました」
落ち着いた感じのままのメンフィアさんを改めて見て、いよいよスケッチの開始だ。
「折角ですし、このスケッチ台に置いてある紙を使ってもいいですか?」
「構いませんよ。こちらは備え付けの物ですから」
「では、遠慮なく」
いつものスケッチブックより一回りも二回りも大きい紙を使えるので、普段とは違って背景もばっちり描いて行こう。折角、綺麗な庭もあるのでそっちも描きたいしね。
「とはいえ、この部屋からだと庭と距離があるから間はちょっと詰めて描こう」
実際の景色とはちょっと変わるけど、そこは見栄えだよね。庭と部屋の距離を正しく描いてたら、メンフィアさんが小さくなっちゃうし。
「あくまでこの絵はメンフィアさんが主役だし、そこは配慮しないとね」
うんうんと一人納得しながら絵を描き始めた。
「ふ~む。ここはもう少し髪を長くして先端は跳ね上げた方がいいかな?」
メンフィアさんはちょっとキリッとした顔立ちだから、柔らかな雰囲気を出すために可愛さを出してみる。表情も違和感が出ない程度に柔らかさを出す。メイド服を着たままだけど、親しい人と話してる感じかな?
「あの……絵の方はどのような感じですか?」
「今はまだスケッチの段階ですから完成まで待って下さいね」
スケッチはほとんど終わったけど、清書はこれからだ。やっぱりスケッチ段階のものを人に見られるのは恥ずかしいから、清書まで待ってもらわないとね。




