入国審査にて
翌日、いよいよ今日はルイン帝国へ入国する日だ。朝から軽い食事を取った後は大忙し。というのも私たちは貴族用の出国・入国の入り口を使うから、それなりの格好をして宿を出発することになったのだ。手配は昨日の内にリックさんがしてくれていて、今は宿の人が私の服装を整えてくれている。そう、それなりの格好とはドレス姿のことだった。
「でも、ドレス姿に着替えたところでしょうがないと思うんだけどな」
結局入口までは徒歩な訳だし、悪目立ちしちゃいそう。まあ、リックさんにも考えがあるのだと思い、リムスの町で買っておいた青いドレスに袖を通す。
「後は髪型と合わせるアクセサリーですね。髪型はどういたしましょう?」
「ハーフアップでお願いしていいですか?」
「承知いたしました。後ろはリボンでまとめて、前は小さめのバレッタをしましょう」
宿の人は髪のセットもお手の物みたいでどんどん進んで行く。ちなみにその横ではジャネットさんが優雅にお茶をしている。優雅にというのは私の準備している格好に合わせて、ジャネットさんも騎士風の格好をしているからだ。その姿に見惚れて、ついついそちらへ視線が向きそうになる。
「姿見の方へ視線をお願いします」
「あっ、すみません」
視線を鏡へ戻すと髪を整えてもらう。髪型をセットしてもらうと、角度の確認やリボンの色選びに入る。
「リボンはちょっとだけドレスより濃い色ですかね」
「承知いたしました。次はバレッタですね」
「バレッタは……薄ピンクにクリスタルがちりばめられたやつが良いです」
「こちらですね。かしこまりました」
選んだアクセサリーを付けてもらい、もう一度鏡で確認したら完成だ。ちなみにアクセサリーについてはリックさんが支払ってくれる。最初は遠慮したんだけど、たまにはということで押し切られてしまった。お昼代とか結構持ってくれてるから、今度何かしてあげないとな。
「ジャネットさん、変なところはありませんか?」
「うん? 似合ってるよ」
本を片手で閉じて私に向き直ったジャネットさんからお褒めの言葉をもらう。う~ん、私にはその姿の方が似合うと思うなぁ。
「さて、名残惜しいですがお時間がないとお聞きしておりますので、お連れの肩をお呼びしてきますね」
「お願いします」
お姉さんが部屋を出ると、別室で待機していたリュートとリックさんが入って来た。二人ともジャネットさん同様、騎士風の服装に身を包んでいる。まあ、リックさんは本物の騎士だけどね。
「アスカの準備が終わったか。流石に似合うな」
「ありがとうございます。リュートはどう?」
立ち上がってリュートにもドレス姿を確認してもらう。
「うん、アスカに似合ってると思うよ」
「ありがとう。それじゃあ、出発しましょうか」
「そうだな。おっと、マジックバッグなどの荷物はリュート君へ預けたまえ」
「分かりました」
リュートにマジックバッグを預けると、皆に守られるように宿の受付まで向かう。
「さ、お嬢様。あちらへどうぞ」
仰々しくジャネットさんが外へと案内してくれると、そこには立派な馬車が用意されていた。
「えっと、この馬車は?」
「まさかそんななりして歩いていく訳には行かないだろ? パフォーマンスだよ」
「でも、馬車なんてどうするんです? ずっと乗っていくんですか?」
「入国後、向こう側の宿で処理できるから心配するな。この宿は系列店が向こうにもあるんだ」
「そうなんですね。それじゃあ……」
私はジャネットさんの差し出してくれた手を取って馬車へと乗り込む。他には誰がと思ったら、御者席にはジャネットさんが、馬車の左右にはリックさんとリュートが付いたのでまさかの一人乗りだ。
「う~ん。皆と一緒なのにこんな日が来るなんて」
妖精事件の時も似た感じになったけど、あっちは伯爵家の護衛もいたしこういう経験は初めてかも?
《ピィ》
《にゃ~》
「あはは。皆もいたんだよね。でも、向こうの町へ着くまでは静かにしててね」
そんな感じで馬車の中で過ごしていると、出国手続きの受付口へと着いた。
「止まれ! こちらは貴族入口だ。身分証は?」
まだ朝の八時過ぎだというのに完全武装した兵士さんに馬車を止められる。
「我々はこちらの馬車に乗られているお嬢様の護衛だ」
「では、身分証を見せてもらおう」
「私の物を見せよう」
残念ながらというか私は貴族の身分証を持っていないので、リックさんが代わりに身分証を見せる。
「こっ、これは! 失礼いたしました。ですが、最近の情勢でどなたでも荷物の確認をさせていただいております。マジックバッグを一つ、ランダムに確認させていただいても?」
「職務だろう、構わん」
兵士さんの言葉で皆が持っているマジックバッグを並べて、その中から一つだけを選んでもらう。
「ではこちらで」
兵士さんの選んだ物はリックさんのマジックバッグだった。しかも、普段使う装備を入れていた物らしく、中身はほとんどが武器だった。
「特におかしい物はありませんね。武器の数もご出身を考えれば当然のことかと思います。通行を許可します」
「ありがとう。では、通らせてもらう」
貴族用の門を通ると、その中にある手続きを行うところで馬車は止まり、私もジャネットさんに冒険者カードを預けて手続きを取ってもらう。手続きを終えると次はルイン帝国側の手続きだ。国境を跨ぐ時、出国時に厳しいことはあっても、入国時は楽だったのが、ここでも厳しくなっているようで入国門のところにはまた兵士の人が立っていた。
「お手数をおかけしますが、こちらでも手続きをお願いします」
「分かった。代表者の名前は……」
ここでもリックさんが名前を書いて手続きは完了だ。これでようやくルイン帝国へ入れる。準備をしてきたお陰か、ここまで一時間半ほどだ。これが一般人だと半日かかることもあるんだから、貴族って凄いんだなぁ。
「それでこんな朝早くから貴族が着ているのか?」
「はい、カーティス隊長。一応貴族入口から入国の際はこちらも貴族の立ち合いをという規則ですので、お願いします」
「分かっている。全く、誰がこんな面倒な事態を招いたのか。許せんな」
馬車の窓を開けて受付の様子を窺っていると、そんな会話が聞こえて来た。う~ん、皆苦労してるんだなぁ。
「おっ、手続きの責任者か。よろしく頼む」
「ああ。名前は……うん? おい、お前リチャードか?」
「げっ、お前はカーティスか?」
手続きに来た隊長格の人がリックさんを見るなり親しげに話しかけている。リックさんはルイン帝国出身だから知り合いっぽい。だけど、リチャードってリックさんのことを言っているのかな?
「リック、知り合いかい?」
「ん、ああ。俺の出身の領地の隣に住んでいる幼馴染だ」
「リチャード、えらく遠回しな言い方だな。そちらの女性は?」
「彼女は俺と同様に馬車の女性を守っている剣士だ」
リックさんの言葉を受けてジャネットさんが隊長さんに軽く会釈をする。
「そう言えば、立派な馬車を手配しているな。お前が護衛につくぐらいだ。名家のお嬢様か?」
「ああ、まあな」
「その件は後で聞くとして、良く俺の前に出て来てくれた。さあ、詰所に行くぞ。ケルン、悪いが俺は急用が出来た。部屋の手配と早馬の用意を頼む」
「はっ!」
カーティスさんの要請ですぐに一人の騎士が現場を後にする。
「待て、もう入国の手続きは終わっただろう?」
「あいにくと、俺の承認が済むまでは無理なんだ。お前には話がある」
そう言われては私たちに選択肢はないので、カーティスさんについていく。
「それで、わざわざ俺に話とはなんだ。俺はしがない一介の騎士なんだが」
「ほう、歴史と伝統あるルイン帝国の中でも旧家にあたる、領地持ちのベンティゴ伯爵家の次男がしがないだと。これはとんでもないことを言うな」
「ベンティゴ?」
「伯爵家?」
カーティスさんの発言に驚きながら言葉を発するジャネットさんと私。所作も綺麗だし、それなりの貴族だとは思っていたけど、まさか領地も持っている伯爵家だったなんて。
これまでの関わりから貴族にも領地を持っている貴族と持っていない貴族がいるのは理解した。その中でも領地を持っている貴族はわずかだ。伯爵家と言えば私のお父さんの実家である侯爵家より一つ身分が下の地位。次男だとしてもかなりの高位貴族だ。
「何だ。お前そんなことも言っていなかったのか?」
「面倒なことを……」
「まあ、そっちの事情は置いておくとしてだ。リチャード、お前に関しては父親のルファルク伯爵から捜索願いが出ている。悪いが、そちらのお嬢さん共々来てもらうぞ」
「元々、領地へは向かうつもりだったから行くこと自体は構わんが、捜索願いだと?」
どうやら捜索願に関してはリックさんも初耳らしく、カーティスさんへ聞き返す。
「ああ。お前が王国騎士団の依頼を受けて、各国の調査に出向いたと聞いて、カンカンだったぞ。隣の領地の俺のところにもやってきて、お前を見かけたら即刻連れてくるようにと言われているんだ」
「まさか、父上がそこまでお怒りだとは」
「という訳だから、お前の身柄は拘束させてもらう。宿は取ってやるから、明日から馬車旅だ」
「ちょっと待ってくれ。それは横暴だろう。それに、お前はここの担当ではないのか?」
「確かにそうだが、俺も伯爵から強く言われていてな。隣の、それもうちより上の爵位の当主から受けた直々の命に逆らう訳には行かん」
「はぁ、しょうがないか。費用は持ってくれるんだろうな?」
「伯爵様がな」
「済まない、皆。どうやらゆっくりとは領地までとはいかないようだ」
「しょうがないですよ。でも、捜索願いだなんてきちんとお父さんに説明してくださいね」
わざわざ届けを出して隣の領地の幼馴染にも頼むぐらいなんだから、愛されてる証拠だしね。そんな訳で私たちはそのままカーティスさんについて行った。




