入国前の市場で
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
部屋の用意が出来たみたいで、私たちは宿の階段を上がっていく。部屋は最上階の一角だった。
「こちらになります。必要な物があればお申し付けください」
「分かった。急に済まないな」
「いえ、本日は当宿をご利用いただきましてありがとうございます」
お姉さんが戻っていくと、早速私たちは荷物を置く。
「それにしてもリック、やたら受付が丁寧だったね」
「まあ、ルーシード側とはいえ、隣あった町だからな」
ジャネットさんの追及をさらりと受け流すリックさん。う~ん、やっぱり貴族っぽい所作だなぁ。
「おっと、食事と風呂の用意も必要だな。受付に伝えて来よう。アスカたちはいつ国境を越えるか話し合っておいてくれ。一般入口かどうかもな」
「分かりました」
リックさんが部屋を出ていくと、私たちは相談を始める。
「う~ん、国境越えですか。ジャネットさんどうします?」
「どうって言われてもねぇ。時間をつぶしてもしょうがないし、アスカが店を見たいかどうかじゃないか?」
「そうですね。僕らは対してみるものはありませんし、魔石の調達とかをアスカがするならって感じかな?」
「うっ、私次第かぁ」
確かに魔石ぐらいは見ておきたい気持ちはある。ただ、冒険者ギルドのお姉さんが言ってたけど、朝に並んでも入国処理が終わるかどうかだから、一日無駄にしちゃうよね。
「アスカ、別に難しく考えなくてもリックの人脈を使えばいいんだよ」
「あっ、そう言えばそんなことも言ってましたね。でも、裏口みたいでちょっと気が引けますね」
「気にしないでいいさ。大体、リックの奴はああ言ってたけど、貴族入口を使ったからって検問を受けないかは分からないからねぇ」
確かに。今回の検問は妖精の捜索だ。元々が貴族の起こした事件だけにどの検問でも引っかかる可能性はある。それなら、一日ぐらい町を見てみようかな。ギルドとは違う情報も手に入りそうだし。
「折角ですし、一日だけ市場を見ていきましょう。翌日の朝一で並べば流石に出国手続きは終わると思いますし。それと紹介してもらった魔道具屋にも行きましょう」
「分かったよ。そんなら準備でもしようかねぇ」
「あっ、僕もやっておきますね」
「準備?」
「市場に行くんならそれなりの格好をと思ってね」
ジャネットさんたちはおもむろにマジックバッグからマントを取り出すと、状態を確認し始めた。
「あっ、マントを羽織るんですね」
「まあねぇ。こっちの方が相手も話しやすいと思ってね」
「相手?」
「今一番困ってるのは商人だろうし、アスカが町娘みたいな格好をして市場に行けば、相手も同じ商売をしている奴の娘ってことで口も軽くなるかもしれないしね」
「そういうことだったんですね。流石はジャネットさん!」
てっきりたまにはつけようかなと思ってた私が浅はかだった。
「話は終わったか」
「リックさん。一応、明日は市場と紹介してもらった魔道具屋を見に行って、明後日の朝に貴族入口から出国手続きをすることになりました」
「そうか。分かった」
リックさんが何か言ってくるかなと思ったけど、特に何も言うことはなかった。この宿に泊まる時もあっさりと自分の身分を使ってくれたし、やっぱり実家に早く帰りたいのかな? その辺はちょっと私には分からないけど、力になってくれるのは嬉しい。
「飯は少し時間がかかるようだから、先に風呂へ行ってくるといい。俺は明日以降の予定についても改めて話してこよう」
「すみません。二度手間になっちゃって」
「構わんさ」
リックさんに勧められて私とジャネットさんはお風呂へ入る。
「ふぃ~、いいお湯ですね~」
「またそれかい。アスカは本当に風呂が好きだねぇ~」
「一日が終わったなって思いますからね。それにしても、ここにきて順調ですね。町に着いた時は出国に時間がかかるって思いましたけど、リックさんのお陰でそれも問題なく行けそうですし」
「……そうだね」
「ジャネットさん?」
「何でもないよ」
ジャネットさんはそれっきり黙り込んでしまった。食事の時も元気がなかったし、大丈夫かな?
ちょっとした心配を抱えつつも、翌日。私たちは朝食を取り着替えると、部屋を出る。
「アルナ、キシャル、お留守番お願いね。お土産買ってくるから」
《ピィ》
《にゃ~》
「ティタ、お昼は食べてくるだろうから、みんなの分はお願い」
「かしこまりました」
従魔たちにお留守番を頼むと、私たちは市場へと向かった。
「ここの市場は何があるか楽しみですね~」
「お目当ては何だい?」
「やっぱり魔石ですね。ウィンドウルフとかもそうですけど、ティタにあげる魔石も少なくなって来てますから。市場だと掘り出し物があるかもしれませんし」
魔道具店では高く買い取ってもらえない物も、物珍しさで旅人になら売れると思って出品してる人もいるからね。
「それじゃあ、見ていこう。それにしても食料品の店が多いな。ピークの時間は過ぎたと思ったんだが……」
リックさんの言う通り、既に朝一の時間は終わりかけているのに、食料品の商店の数が多い。やっぱり、交易で栄えてる国境の町だからかな?
「おっ、お嬢ちゃん。そんななりしてお父さんのお使いかい?」
ちょっと気になったので食料市の端っこの方を歩いていると、おじさんに呼び止められた。
「あっ、まあそんな感じです。おじさんは何を売ってるんですか?」
「ん、今メインで売っているのはこのロゼホランってやつだ。どうだ、うまそうだろ?」
おじさんが見せてくれたロゼホランはイチゴに似ている果物だった。というか、そのものに見える。これは味見せねば。
「えっと、この小さいかご一つ買ってもいいですか? すぐに味見したくて」
「いいぞ。いやぁ~、少しでも売れるだけで助かるからな。ほら、大銅貨六枚だ。普段はこのかごで大銅貨八枚はするんだがサービスだ」
「ありがとうございます。それじゃ、早速……」
私は買ったばかりのロゼホランを口に含む。
「ん~、甘酸っぱくて美味しい。甘みもあるしもう一つ食べよう」
ひとかご大小様々だけど、十個入っている。これなら大銅貨八枚でも高くはないな。
「美味しいし、まだありますから皆で食べましょう。ほら、リュートも」
私はちょっと大きめのロゼホランをかごから取ると、リュートに向ける。
「ん、美味いねぇ。アスカの言う通りだよ」
「ジャネットさん、それはリュートのですよ。もう……」
「あっ、自分で取るよ。ありがとう」
「そう? 本当に美味しいから食べてね」
こうして私たちは買ったばかりのロゼホランを食べる。
「アスカの言う通り、美味しいね。リックさんはどうですか?」
「ああ、こいつは美味いぞ。この地方だと、この季節に食べられる果物だからな」
「なんだい。面白みがないねぇ」
「しかし、良い品質だな。この町でこれだけの品質はあまり見かけないんだが」
リックさんがそう言うと、おじさんの顔が曇る。こんなに美味しい果物を安売りしてたぐらいだし、何か理由があるのかな?
「はぁ、お兄さんの言う通りだよ。あんたたちは国境越えの件を聞いたかい?」
「妖精の捜索で検問が厳しくなっているって話ですか?」
「そうだよ。あのせいで商人たちは大打撃を受けてな。特に俺たちみたいな食料品を扱う商人は、仕入れた商品が国境を越える前に旬を越えるようになっちまうんだ」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「まあな。商人は一般人より荷物が多いだろ? 調べる人数がいてもいつもの検問の何倍も時間がかかるんだ。それに、これを機に不正を働く商人を見つけ出すのも兼ねてるみたいでな。受付をすれば待ち札が配られるんだが、一日十組の日もあるぐらいなんだ。だから、こうやって国境を越える前に売るしかないんだよ」
「これだけ美味しいのに苦労してるんですね」
さっきリックさんが言っていたのはこういうことだったんだ。私は安く買えて嬉しいけど、商人さんは困ってるんだな。
「それならもう少し買いますよ。私はこれ気に入りましたから」
「本当かい? いやぁ~、助かるよ。それにしても妖精を攫うなんざ、風上にも置けねぇよな。うちの爺さんが生きてたらぶん殴りに行ってるよ」
「おじいさんですか?」
「ああ。なんてたってうちの爺さんは昔、道に迷っているところを妖精に助けられたんだ。森の中で一人彷徨っているところに現れて、魔物を倒しながら街道に戻って、町の入り口まで着いて来てくれたんだぜ。まあ、子どもの時に聞いた話だから、本当か知らないけどな」
全く罰当たりな奴もいたもんだと続けるおじさん。後でリックさんから聞いたんだけど、こういう話は色々な地方で似た話があるらしい。妖精は気まぐれな反面、一度決めたらそれが終わるまで他のことに目もくれないことも多いそうで、興味が沸いた人間について行った冒険譚もあるぐらいだとか。
「でも、本当だったら素敵ですね。種族を越えて助けられるなんて」
「そうだな。そうだお嬢ちゃん。魔石や輝石に興味はないかい? 食料品を売るついでにもう他の物も売っちまおうと思っててな」
「へ~、色々なものを扱っているんですね。是非見せてください!」
私が魔石に興味を示すと、おじさんはロゼホランのかごを少し端に寄せて魔石や輝石を並べてくれた。
「こっちが最近人気のウィンドウルフの魔石とリラーレガレの魔石だ」
「リラーレガレ?」
聞きなれない魔物の名前に聞き返す。
「この地方の北部山脈に棲む鳥の魔石だ。大きさによって効果範囲が変わり、範囲内に侵入者があると警戒音を鳴らしてくれる魔石なんだ」
「有用そうだね。値段は?」
「今は金貨六枚だな。前はもっと高かった魔石だ」
「じゃあ、お値打ち価格なんですね。これも足止めの影響だったりするんですか?」
思いがけず見慣れない魔石を見せてもらった私は、興味津々でおじさんに尋ねた。




