北、初めての依頼
「さあ、こっちのテーブルにどうぞ」
食事の時に通された席はやや奥側だった。この宿では宿泊客は奥側、それ以外の一般客が入り口側になっているらしい。
「食事はあっさり目の魚と野菜の物と肉中心ので二種類ありますがどうされますか?」
「私は魚で」
「あたしは肉でいいよ」
「僕は魚で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員さんがすぐ奥に引っ込む。この時間は客が一気に入ってくるから大変なんだよね。
「そういえばリュートはお肉にしなかったんだね」
「まあね。料理が美味しいって話だったから野菜も多いこっちにしたんだよ。肉料理はスパイスとか元の肉質が良かったらある程度の味になるからね」
「へ~、そっちを考えてたのかい。ま、あたしは食べるだけだし楽しみにしてるよ」
そうして運ばれてきた私とリュートの料理は、川魚の煮つけにサラダとパン。ジャネットさんが恐らくオーク肉のステーキにサラダだ。そして、スープが共通で付いている。
こっちも中身が分かれているようで、私たちのは野菜がジャネットさんのは肉が入っていた。サラダも私たちは野菜が数種類だけど、ジャネットさんのは葉野菜一種類だ。
「いただきま~す。う~、美味しい~。見た目通り本当に煮つけだね」
「そうだね。醤油が使われてるみたいだ。店でこうして出してるなら宿泊料も高くなるのが分かるよ。醤油が苦手な僕でも美味しく感じるよ」
リュートと話をしながら食べ進めていく。
「ジャネットさんはどうですか?」
「ん? ん~、普通だね。もちろん美味しいんだけど、似たようなメニューが続くならアルバの鳥の巣の方がいいかねぇ。なんせあっちはメニューが膨大だからね」
「確かにそこはそうですね」
アルバの鳥の巣は私が旅に出る頃になると、メインのメニューが九十近くまでなっていて、日替わりのため気に入ったメニューが再び食べられるのは三か月後だ。
もちろんその間も美味しい食事が食べられるので不満はないけど、確かにそれぐらいバラエティー富んだメニューかは気になるところだ。
「どうですかうちの食事は?」
「はい。美味しいです。お魚の煮つけも味が染みてて美味しいです」
「よかった~、そっちの人は?」
「まあ、食べなれたような味かな? メニューは多いのかい?」
「う~ん。大体、二週間で一巡って頻度ですね。普通の宿だと週替わりでもなく週に二度は同じ食事なので、珍しいんですよ」
「あ~、まあそうだよねぇ」
ジャネットさんの何とも言えない顔に? となりながらも店員さんは下がっていった。まあ、世界に宿広しといえども、あれだけたくさんのメニューが出る宿で生活していたらしょうがないよね。部屋に戻ると早速お風呂の用意だ。
「折角、二人で入れるんですから一緒に行きましょう!」
「まあ、宿の方もその方がありがたいだろうし、いいよ」
ジャネットさんと連れ立ってお風呂に向かう。ここのお風呂は二つあるどちらも二人用で、一回銅貨五枚で入れる。でも、なぜか延長料金設定があるんだよね。どうしてだろう?
「ごゆっくり~」
お姉さんに案内されてお風呂に入る。中は洗い場が狭い代わりに、ゆったりとした浴槽がお迎えしてくれる。ジャネットさんぐらいの長身でも広々と浸かれる贅沢な作りだ。
「はぁ~、いいお湯ですねぇ~。ちょっとぬるいですけど」
食事時から提供されるお風呂は、先に入浴をする人もいるので今の時間はちょっと温度が低めだ。
「なら、上げりゃいいだろ? ちょっとぐらいなら大丈夫だって」
「そうですか~、ファイア~ぼ~る」
ひょいっと湯から出ると早速、温度を調節する。
「ん~、やっぱりこのぐらいの温度ですよねぇ~」
「ああ、あたしはもうちょっと高くてもいいけどね」
大体、四十二度ぐらいだろうか? ちょっと熱くて長くは浸かっていられないけど、元々長風呂でもない私にはこれぐらいがちょうどなのだ。とはいえ流石に二人浸かるとなるとちょっと手狭だ。
「アスカ、こっちに来なよ」
「は~い」
ジャネットさんに呼ばれて身体を寄せる。身体を向かい合わせにしてるとちょっと狭いので、私が前に来るように同じ方向を向けばゆったりと過ごせるのだ。
「なるほどねぇ~、こりゃ人気が出る訳だよ」
「広めのお風呂っていいですよね。足も延ばせますし」
「あ、うん。まあね」
二人でゆっくりお風呂を楽しむ。といっても追加料金を払うのはどうかと思うので時間内だ。
「ふ~、いい湯だったね」
「本当ですね。明日からも楽しめそうです!」
宿の料金にはちょっとびっくりしたけど、この宿なら町にいる間は泊まってもいいかな。部屋に戻ると、早速リュートにも感想を言う。
「お風呂良かったよ。湯船も広くて足も延ばせるし、リュートは一人だからもっと贅沢だね」
「そうなんだ。それじゃ、僕も入ってこようかな?」
「ちなみにあたしたちは右側だからね」
「そんなの聞いてません!」
突然大声を出して部屋を出て行くリュート。どうしたんだろう?
「どうしたんですかね。ひょっとして左側のお風呂見に行ってくれたのかなぁ」
作りは一緒って聞いたけど、実際は違うのかもしれない。そう思っているとジャネットさんから冷めた目で見られた。
「それはそれとして、明日は依頼を受けるだろ? 明後日からはどうするんだい?」
「まずは本屋さんか細工屋に行きます。この町周辺のものを確認したいですし、本屋に関しては大きい町じゃないと中々揃いませんからね」
アルバのおばあさんが経営していた店は、長年の経営で珍しい本もあったけど、そもそも本屋自体ない町もある。活版印刷のないこの世界では、本は手書きだ。銅貨・大銅貨と言わず、本は基本銀貨取引だ。数日分の食事代と本の価値が等価だというので中々買い手がつかない。その為、本自体が商人や貴族向けになり、専業で売っている店は少ない。
「本屋か。まあ、王都には及ばないだろうけど、ラスツィアは色々あると思うよ」
「ですよね~、楽しみです」
そんな話を続けているとリュートがお風呂から上がってきたので今日は休むことにした。明日は依頼を受ける日だし、早く寝なきゃね。
「アラシェル様、今日も一日無事に過ごせました。ありがとうございます」
「おふぁよぅ~」
「おはようアスカ。もうすぐ、出る時間だけど大丈夫?」
「ん~、だいじょうぶ。着替えるからちょっと待ってて~」
「わっ、もうちょっとだけ待って。僕、もうすぐ準備終わるから」
「なら、私も急ぐよ~」
「いいから、ちょっと待ってね!」
何だか慌ててリュートが用意をする。んん~、別に焦らなくても私はまだなのに……。
「いただきます」
一階に下りて朝食を取る。流石に朝食は選べなかった。でも、スープの中に入っている具は前日、売れ残ったメインの食材が多く入るということなので、人によっては連続、または昨日とは違う具が楽しめる。
「ん? 今日は肉が多いね」
「そうですね。昨日は美味しくいただいてくれる人のお陰で、魚がいっぱい出たんですよ。お客さんもオークステーキはどの町でも食べて来たって、残っちゃって」
「そうなんですね! 確かにあのお魚は美味しかったです。お醤油使ってるんですよね?」
「そうよ。よく知ってるわね」
「前に住んでいた町でも食べてましたから!」
「この町でもまとまっては中々仕入れられないのよ。仕入れ担当の商人さんがすごいのね」
「う~ん、確かにやり手の商人さんでした」
「なら、今日も楽しみにしててね。あっ! と言わせて見せるわ」
そんな話をしながら食事を終えた私たちは宿を出て、依頼をこなすためにノースコアウルフの生息する町の北東にやって来た。
「ここが生息域の草原だね。主な生息地は草原の真ん中あたりにある湖の周辺だってさ」
「氷魔法が得意ってことでしたし、冬とかなら凍った湖にいるんでしょうか?」
「大きさも一メートル三十センチぐらいだって書いてあるし、そうみたいだね」
今なら地面も氷で滑らないって書いてあるし、夏場の今がチャンスだろう。私は早速探知魔法を使って魔物を探す。
「ん、アスカ、大雑把過ぎない? 僕のセンサーにも引っかかってるよ?」
「わざと。こうした方が相手が気づくかなって。こっちは討伐したいんだから呼び寄せてみようかなって」
「おや、まるで熟練の冒険者みたいだねぇ。試すのは良いけど、魔物が来たら方向だけは先に教えてくれよ」
「はい!」
三十メートル、六十メートル、百メートルとどんどん探知範囲を広げていく。ただ、円周上に広げていくと全方位から来る恐れがあるので、前方八十度ぐらいの範囲に限定している。
「あっ、反応ありました! でも……」
「でも?」
「ちょっと広げすぎちゃいましたかね。北と東に集団が二つあります」
「草原は東に延びてる。北に向かおう」
生息域が決まっている魔物はそこから出ることを嫌がる習性があるので、最悪草原から出られる北側で対応することになった。
「まずは北側の奴らを倒すよ。リュート、頼んだよ」
「僕ですか?」
「氷の魔法ってのが分からないからね。近づくにしろ、距離を取って戦うにしろ、あんたが最適だよ」
「分かりました」
隠れるところのない背の低い草原でリュートが一番手の位置だ。私がその後ろで、ジャネットさんは私のフォローが出来るように最後尾だ。
《ワウゥゥゥ》
ウルフたちがこちらへ突進してくる。東側の集団が来るのを待つかとも思ったけど、どうやら別の群れなのか我先にという感じだ。
《ガァァ》
咆哮と共に早速、氷魔法だ。
「リュート、まずはのみ込めるか確かめる!」
「了解」
第一陣をリュートの風魔法でそらし、第二陣が再び氷魔法を使ったのを確認して、私が魔法を放つ。
「フレイムブラスト!」
リュートの右後方からノースコアウルフに向かってやや広範囲に広がる単体魔法を放つ。そこへ氷魔法が次々に命中するものの、魔力でも範囲においても上位の私の魔法を崩すまでにはならない。
「所詮はウルフ種ってことだね。リュートと同程度の魔力みたいだよ」
「ですね」
それが分かったとたんにジャネットさんは私の右側から躍り出て、側面からノースコアウルフを狙う。
《ガウッ》
その動きに反応して相手も魔法を放つものの、ジャネットさんが投げたナイフがものともせず進み、一匹の眉間に突き刺さった。
「あれ、魔法無効化のナイフだ。初見じゃ分かんないよね」
「アスカ、こっちもお願い」
「了解! ストライクアロー」
三本の矢を空中に放ち、魔法を付与して一気に地上の獲物を狙う私の得意技だ。特に動きが早いウルフ種にも有効なので、前もってイメージしていたのだ。
トスッと三本のうち、一本が見事首に命中し、一匹を倒す。さらにウィンドカッターで一匹、不用意に近づいて来たもう一匹を弓で切り裂く。
「とどめ!」
私が切り裂いたウルフをリュートが突き倒す。
「これで六匹倒したね。残りは……」
「北から来たのはもういないみたいだけど、東のが来たみたいだね」
リュートの言葉に私が現状を報告する。北のとは別の群れなので、自分たちなら倒せるということなのだろうか? 心なしかやる気に満ち溢れている気がする。




