9話 引き出しに隠した本心
「……野、越野、おい、越野!」
「うわっ、な、何ですか課長」
「何ですかじゃねぇよ、窓口にお客様だ」
頭を掻きながら椅子を立つ。顔を窓口へ向けると、見慣れた顔に驚き、慌てて駆けていく。
「清瀬電機さん、どうされたんですか」
「他人行儀だな、昔よくうちに来てただろう。うちのせがれと遊びに」
清瀬電機は、街の小さな電気屋さんで、輝の実家だ。
越野は清瀬に椅子に座るように勧めると、自らも座り、相対する。
「いやー、息子から越野君が銀行に勤めてるっていうからさ」
「よ、よくわかりましたね、どこに勤めてるか……」
「そんなの、銀行員の越野君って近所の人に聞いたら一発よ」
軽快に笑う清瀬とは裏腹に、越野の首筋には脂汗が滴る。
「……輝、は、知ってるんですか、俺の職場」
「いや、銀行ってしか言ってなかったぞ。あいつこっちに越野君以外の友達いないだろ。その点俺は情報持ってるからなぁ」
良かった。そう、ほっとしたのも束の間、大きな笑い声に、待合席で長時間待つ人の視線が突き刺さる。
越野はその身を小さく屈めて、声を潜める。
「それで、今日は何の御用で」
「いやー、うちの事業を畳もうと思ってんだけど、うちここで融資受けてるからさ、ちょっと弁済のご相談をね……」
輝の実家と一体になっている店舗は、最近ずっとシャッターが閉まっており、看板は錆びれていた。もう随分と前からなので、もうすでに事業はやめていたのだと思っていた。
「今お調べいたします。因みに担当は……?」
「わかんねぇな。随分昔だからなぁ……」
越野はカウンターを立ち、自席のパソコンで調べる。すると、そこには見慣れた名前があった。
「あれ、課長……清瀬電機さんの担当だったんですか」
「清瀬電機……?どこだっけ」
蓬田は越野のパソコンを覗き込むと、首を傾げる。
「ああ、前任者から引き継いだけど、俺になってから特に大きな取引なかったから忘れてたわ」
忘れてたわ……?普通、自分の担当を忘れるものか……?
越野は蓬田を訝し気に見ると、蓬田はバツが悪いといった様子で住宅ローンのコーナーへ消えていった。
「申し訳ございません、担当者が今、席を外しておりまして……」
カウンターへ戻ると、そう下手な言い訳をつく。いや、本当に別の部署へ行ったのだから嘘ではないのだが。
「私でよろしければお話を伺いますが」
「あっ、いや、流石に越野君に借金の話をするわけにはいかねぇだろ。また来るな」
苦笑いをし、清瀬は店舗を出て行った。
一瞬追いかけようと足が動くが、足元の配線カバーに躓き、見失った。
空っぽになった蓬田の席をじっと見る。無駄のない整ったデスク周りにシンプルな文房具、本当に性格が出る、と自席と交互に見る。高校時代から使っている文房具に、実家で余ったブックエンド、おさがりのノートに千切れた消しゴム。初見の人が見たら、誰もが蓬田と共に仕事がしたいと思うだろう。
課長、何で担当なのに営業行かなかったんだろう
静かな不信感が、胸に影を落とした。
*****
「いーちるちゃん、今日飲みに行こうぜ」
人気のなくなった行内で、蓬田は越野の肩に顎を乗せる。聞きなれない下の名前呼びに寒気がする。
「何ですかその呼び方」
「呼んでただろ、例の元カレ」
「だから元カレじゃないっすってば」
「じゃなんなんだよ、あの時気まずい空気しやがって。俺、あのままお前にお持ち帰りされる予定だったんだけど」
「だからお持ち帰りしたじゃないですか」
「テイクアウトしただけじゃお持ち帰りっていわねーの、そのまますぐ食べてもらわなきゃ」
おじさん臭い絡み方に冷たい視線を向けると、蓬田は越野の後頭部を逆毛を立てるようにマッサージした。
「嫉妬したら悪いか」
まっすぐに落とされる言葉は、揺れている越野の心にまっすぐ刺さった。
あの蓬田が、自分なんかのために、嫉妬なんて言う効率の悪い感情を抱いている。
「なんだその乙女みたいな可愛い目して」
「……してないです」
「じゃ、さっさと片付けろよ、先に行っちまうぞ」
蓬田は手早くデスク周りを片付けると引き出しに鍵をかける。
その引き出しの中に、何を隠しているのだろうか。
越野は机を乱したまま慌てて引き出しに鍵をかけ、椅子を足で蹴とばすと、急いで蓬田の後を追った。




