6話 心の中のガラス玉
新歓が終わると間もなくGWに入り、あれよあれよという間に新入社員達は営業課から各担当部署へ散っていった。
融資課にもピカピカの新卒が配属され、蓬田の指示で越野が教育係に指名された。
「越野さんって、この支店何年いるんすか」
馴れ馴れしい新人にびびりって言葉を詰まらせる。
「ご、五年、かな……」
「てことは一般職っすか、男で珍しいっすね」
何気ない一言に胸が苦しくなる。
「俺、総合職採用なんすけど、やっぱ課長みたいになりたいっす。課長は今何年目なんすか」
「三年目、かな……」
「じゃ、そろそろじゃないっすか、転勤。俺、家族が行員なんてそういうの知ってんすけど、年度途中にも異動とかあるみたいっすから。あー、せっかく上司ガチャ成功したのにな」
話の流れを切るように社用車のエンジンをかける。
ハンドルがいつもより重く感じられた。
「すみません、遅れました」
息を切らして得意先の企業が入るビルの階段を登り、扉を開けると真っ先に頭を下げた。
しかし返事はなく、越野はそっと顔を上げた。
「あ、れ……」
「今昼休憩なんじゃないっすか」
オフィスを見渡すと、奥の方に事務の女性が1人2人いる程度だった。
「北南銀行さん?今社長ランチで出かけてるから、午後また来てもらえるかしら」
「……ははっ、そうですよね、わかりました……」
眉を歪めながらぎこちない愛想笑いをすると、越野は腰を低くしてオフィスを出て行った。
「……また午後行くんすか」
「当たり前だ、ここは大手の取引先だぞ」
「大手の取引先の昼休憩も把握してなかったんすか」
新人に指摘されて、越野は返す言葉もなく項垂れる。
深いため息を胸の中に押し込めて銀行へ帰ると、蓬田は嬉しそうに口角を上げた。
「こんな早く帰ってきたってことは、空振りだったか?」
越野は口先を曲げ、胸にしまっていたため息を解放した。
「そうっすよ、昼なの忘れてましたっ。午後また行ってきますっ」
やけになってかばんを机の下に頬り投げると、ふくれっ面で蓬田を見つめる。
しかし蓬田の顔は余裕のあるにやけ面を外さず、越野はますます自分の幼稚さに腹が立った。
*****
「お疲れ様っした。お先失礼します」
新人は定時になると足早に帰って行った。要領の悪い自分とは真逆だな、と越野は羨まし気に見つめる。
「あいつ、新人のくせに勉強して帰らねぇのかよ。時代かねぇ」
「……俺ん時は、サビ残して手製のマニュアル作ってましたよ。マニュアル持ち出し禁止だから……」
「そこがお前のいい所。なんでお前総合職で入らなかったんだよ」
「俺が仕事出来ないのなんてみたらわかるでしょ、多分あいつは俺より仕事出来ますよ」
新人の机の上を眺める。綺麗に整った机の上に、趣味の物がいくつか置いてある。まだ入って1か月ほどというのに度胸があるというか、なんというか。
「世渡りがうまいからって仕事ができるわけじゃねぇよ。俺はお前のそういう不器用だけど一生懸命ないところ、買ってるぜ」
「……不器用で一生懸命なだけじゃ出世なんてできないっすよ」
自分に自信がない。だからこそ、一般職を選んだ。
その肩書と給料に見合うだけの仕事が出来るとは思えなかった。
「出世なんてしなくてもいいんだよ。お前はお前で」
越野のくせ毛を抑えるように優しく頭を軽く叩くと、蓬田は欠伸をしながらキャビネットからファイルを取り出した。
「ったく最近の新人はなってねぇな!仕事できねぇくせに早く帰りやがるし鍵開けも業務外だとかぬかしやがる!」
次長が大声を上げて愚痴り始めると、営業課の方から「また始まった……」と小声でせせら笑う声が聞こえた。
「また次長書かれちゃうんじゃないの、あそこに」
あそこ、とは企業の陰口などが書かれている掲示板のことだ。主にパワハラ上司やセクハラ上司などの告発や愚痴が書かれている。越野は存在は知っているものの、書き込むほどの度胸はなく、見て見ぬふりをしていた。
「蓬田!お前んとこの新人もちゃんと教育しとけよ!お前、自分の評価上げるために甘やかしそうだからな。ちゃんとしろ」
突如矛先は蓬田に向くと、蓬田は誠実な表情をして「きちんと教育しておきます」と真面目に答えた。
*****
シャワーを浴び、ソファーに座りながらタオルで髪を拭く。片手にスマートフォンを持ち、SNSを周回すると、ふと、例の掲示板の話を思い出した。
越野も新人時代、次長にパワハラされ、苦しんだ思い出がある。これで次長が馬鹿にされていたら少し小気味いい。そんなよからぬことを考えて掲示板サイトを開く。
「お、あった。北南銀行……」
北南銀行のページを見つけ、タップする。するとそこにはありとあらゆる歪んだ意見が飛び交っていた。
南支店のお局様今日も機嫌悪かったんだけど
飯田支店、今日も支店長のパワハラ朝礼で始まりました。
鍵開けとか時間外なのになんで給料でねぇんだよ。ただでさえ給料低いのに
時間を見ると、就業中に投稿されているものもあった。嘘か誠かは測りかねるが、これが愛想笑いの裏側、という所だろう。
「……えっ……」
越野は手を震わせ、心臓を冷やす。
北中央支店の越野、まじ仕事できなくて最悪。
あいつ一般職でしょ?男で一般職なんて選んでる時点で
教育係ガチャ大外れ。まじ最悪。あー早く転勤してー
越野は思わず素早く画面をソファーに叩きつけ、胸を抑えた。
肌を伝え汗が、冷えていくのを感じた。




