12話 なんで浴衣なんか楽しみにしてんだよ
入口のシャッターを閉めると帰り支度を始める。
花火大会の日にわざわざ住宅ローンセンターに来る客がいるはずもなく、越野はただ、田舎には珍しい騒めきを聞きながら、人の流れを観察していた。
恐らく、蓬田はこうなることが予想出来ていたのだろう。だからあんな軽口を叩けたのだ。
「してやられたな……」
越野は深くため息を吐くと、電気を消した。
時刻は十三時を回っていた。家に帰ってシャワーを浴びてゆっくりしよう。
本来ならば、輝と昼食を食べ、少し遊んでから夜に花火大会へ向かう予定だったのに、と越野は蓬田を恨んだ。
アパートに着くと片手で鍵を探しながらスマートフォンを見る。輝からの連絡があったことが通知に表示されている。越野はそのメッセージを見る前に輝の連絡先を表示し、電話をかける。
「あ、もしもし輝?今仕事終わって家帰ってきたんだけどさ……」
そう言った所で、自分がこんな小さな低家賃アパートに住んでいることを隠していたことを思い出し、慌てる。
しかし輝はそんな越野の言葉を遮るように笑った。
「知ってる。今、鍵探してたでしょ」
輝の明るい声が二重に聞こえる。
振り返ると、そこには少し困り顔をして笑う輝の姿があった。
「輝、お前……」
「待ちきれなくてさ、来ちゃった。一留んちで飯食おうぜ」
そう言って買ってきた弁当屋の袋を見せる。
嬉しさと恥ずかしさで言葉に詰まり、ようやく見つけ出した鍵を落とす。慌ててしゃがむ越野より先に、輝は鍵を拾い、赤面する越野に手渡す。
「こないださ、犬の散歩中に見ちゃったんだよな、一留がここに入ってくの。お前、昔っから見栄っ張りだからさ、あんなすごいマンションに住んでるわけないって思ってたんだよな」
そう言って笑う輝を見ると、嘘をついた自分が馬鹿らしくなり、ドアを開けて中へ入れる。
「なんか、意外と物ないんだな」
「何が意外と、なんだよ」
「え、一留、音楽とか好きだし、なんかこう、おしゃれな感じにしてると思ってた」
「仕事が忙しくて部屋にこだわってる余裕ねぇんだよ」
「そっか、銀行員ってなんか忙しそうだもんな。お金の管理とか俺には無理だなー数学苦手だったし」
輝は勝手にベッドに腰掛けるとそのまま背を下した。
「おいっ勝手にベッドに寝てんじゃねぇ」
「これシングルじゃないよね?セミダブル?ダブル?」
「ダブル!」
「なんでダブルにしたのー?例の彼氏がくるから?」
「俺が大の字で寝てぇんだよ!」
ジャケットを廊下に放り投げると、冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぎ、テーブルへ運ぶ。
「俺シャワー浴びて着替えっからこれ飲んで待ってろ」
小さなテーブルの上にあるエアコンのリモコンを推すと、越野は拗ねた様子で部屋を出ていく。
「ねぇ、浴衣着るー?」
「何でおめーと花火大会行くのに浴衣なんか着なくちゃいけねんだよ」
「俺が見たいからー!」
越野は足を止め、輝に背を向けたままじんわり汗をかく。
「見たいなら持って来いよ!そしたら着てやる」
「持ってきた!」
即座に返ってきた返事に越野は頭を痛めると、「後でな!」とドアを閉めた。
「……いい年した男が二人で花火大会もねぇってのに、なんで浴衣なんか楽しみにしてんだよ……」
越野は服を脱ぐと、鏡に映った貧相にたるんだ自分の体に眉を歪め、力任せにシャツを洗濯機へ放り投げた。
シャワーを浴びながら、情けない体と向き合う。次第に曇っていく鏡の優しさに、越野はシャワーを浴びせ、無に帰した。
風呂から上がると、台所からなった電子レンジの音に、ひょっこり顔を出す。
「あ、ごめん。勝手に弁当あっためてた」
「声くらいかけるだろふつー」
「だって一留も食べるし、いいじゃん」
そう言って弁当を取り出すと、別の弁当を入れてまたあたためる。
相変わらず人の話を聞かない自由な男だ。まぁ、そんなところが好きなんだが、と思いかけて濡れた頭を振る。
「はは、うちの犬みてー」
「犬と一緒にすんな」
「どっちかっていうと一留は猫だよな、気まぐれだし、面倒くさいし」
「猫に失礼だろうが」
越野が舌打ちをすると、輝が近づいてきて越野の前髪をかき上げる。
「髪、乾かしてあげよっか」
「……余計なお世話だ」
「だって一留、不器用じゃん。今日くらい俺にスタイリングさせてよ」
「……ん」
短く返事をすると、洗面所のドアをぴしゃりと閉める。
そして再びドアを開けると、首にタオルを巻いた越野が出てきた。目線を逸らしながらドライヤーを無作法に差し出す。
「弁当食ったら、頼む」
「ははっ、わかった」
電子レンジが終わった音が鳴る。
二人でからあげ弁当を食べると、弁当の殻をテーブルに置いたまま、越野は輝に頭を預けた。




