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瀬戸内神戦譚 〜守護者歴代最弱ですが、瀬戸内を守ろうと思います〜  作者: 黒木のゆ
第2章 瀬戸内の守護者

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第6話 大妖との邂逅(かいこう) 1

 因島の港へ続く小道を、蓮は足早に歩いていた。

 家を出る時、父と母は眠っていた。兄がいない家の静けさが、胸に重くのしかかる。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。蒼玄斎だけが今宵の違和感に気づいていたが、あえて声はかけず、社の2階から、蓮が出ていくのを見送っていた。


 急がなければならない理由ははっきりしている。夕方からずっと、蓮の中にある刀の刃がざわめいているのだ。実際に体内に刀が存在しているわけではないが、神器といわれる連の心と共にある刀が、何かを察しているであろうとげとげしい気配で、気持ちが落ち着かなかった。


 顕現した時の刀の形状は、兄のそれとは少し違っている。兄の刀は、すらりと長尺で、いかにも海の力をたたえていそうな深い蒼色だった。一方、蓮の刀は刃幅が広く、色も水色に近い。《滄牙丸》。時折、兄の刀がうらやましく思えたのは、否定できない。自分は兄に劣っている…小さい頃から、兄の背中を追うように修行してきたが、いつからだったろうか、追いつけないと自覚してからは、刀を顕現させることもめっきり少なくなっていた。

 そんな時、まさか、兄がいなくなるなんて…。


「要を継ぐのはお前しかおらぬ。」


 突然に蒼玄斎に言われてからは、しばらくの間、覚悟を決めることも、反抗することも、前を向くこともできず引きこもっていた。しかし要としての役割を少しづつ果たしながら過ごしているうちに、父親の弦也が張った結界の中で、妖をいくばくか倒し、やがて自信がついてきたのか、


<こんなことになるのなら、もっと兄から学んでおけばよかった、共に修行を積んでおけばよかった…>


 と思い返すことも最近は少し減ってきていたのだった。

 しかし、今日は少し様子が違っている。海と血脈を繋ぐこの刀は異界の気配に反応して震えているのだ。蓮は眉をひそめながらつぶやいた。

「俺の中にある刀が、反応してるのか?今までは、こんなことなかったのに。」

 低く、押し殺した声が夜に溶ける。刃の震えは、海の方角へと足を向けるほどに強くなる。

 近づくほどに、ざわめきは濃く、深く、まるで潮流そのものが意志を持ったかのように、蓮の内側へと流れ込んでくる。


<来い>


 そんな声が、確かに聞こえた気がした。

 やがて辿り着いた港は、異様な静寂に包まれ、緩やかな潮風が吹き抜けていた。夏の風にしてはあまりに冷たく、ただの夜風ではない感じがする。肌を撫でるというより、まるで刃物のように鋭く、容赦なく体温を奪っていく。

 波止場の明かりが、不規則に揺れていた。風のせいではない。どこか、呼吸をしているかのように、ゆらり、ゆらりと不気味に揺らめく。耳を澄ましたが、何も聞こえない。普段ならあるはずの、漁具のぶつかり合う音。船体が波に揺れる、あの鈍いきしみ。夜回りの男たちの低い声。それらが、すべて消えていた。


「静かすぎる。いつもの妖じゃないのか?」


 蓮は、吐き出すように呟いた。だがその言葉の奥には、確かな確信があった。

 蓮はゆっくりと刀を呼び出した。


「来い、滄牙丸。」


 蓮の手から水のような透明な液体が湧き出ると、刀の形に変化し滄牙丸が姿を現した。刀の柄を握り構えるが、震えは収まらない。この震えは、蓮の緊張が故の震えか、滄牙丸の歓喜にも似たざわめきか。いずれにしても、いつもと違う状況であることを蓮はうすうす感じていた。刹那、吐き捨てるように言った。


「出てくるなら、さっさと出てこい。」


 声は、夜の海へと投げつけられる。


「お前らごときには負けない。いつも通り、あの世へ送ってやる。」


 それは挑発であり、同時に、自分自身を奮い立たせるための言葉でもあった。直後。海面が泡立った。

 ぶくり、と。

 ひとつ。

 次いで、いくつも。

 静まり返っていた水面に、不自然な波紋が広がる。その中心から、どろりとした“影”が浮かび上がった。それは、ゆっくりと形を成していく。濡れた皮膚。ぬらぬらと光を反射し、まるで腐りかけた魚のような臭気を漂わせる。裂けた口。そこから覗く、鋭く歪んだ牙。眼は、ない。あるいは、あってもそれは“視るためのもの”ではなかった。

 海鬼かいき。漁船を襲い、漁師を喰らうと長きにわたり語り継がれる、海の妖。

 それが、一体。いや、違う。影は次々と水面から這い上がり、気づけば、それは“群れ”となって波止場へと広がっていた。

 ざり、ざりと。

 濡れた足音が、ようやくこの世界に“音”を取り戻す。蓮は、わずかに口の端を歪めた。


「やっぱりな。胸のざわめきは、これか。数をそろえればいいってもんじゃないが、日頃じいちゃんにしごかれている腕を試すにはちょうどいいぜ。」


 そう静かに言い、真正面に刀を構えた。刃は、月光を受けて蒼白く輝いている。その光は、どこか異質だった。ただの鉄といった質感ではない。海と血を継ぐ者だけが振るう、“何か”。

 最初の一体が、地を蹴り、音もなく、だが確実に殺意だけを乗せて突進してきた。

 その瞬間、蓮もあわせるように地を蹴る。

 風を裂き、白刃が、上から斜め下に向けて弧を描く。鋭い斬撃が海鬼の肩を裂き、黒い霧と化して消えた。だが、すぐに次の一体が襲いかかる。蓮は刀を返し、今度は横薙ぎに払う。刃が妖の首を飛ばし、再び霧となった。


「はぁっ!」


 短く息を吐きながら、次々と斬り払う。港の石畳に、黒いもやが充満していく。しかし、終わりがない。倒しても倒しても、海面から新たな海鬼が這い出してくる。

 数が多すぎる…ほんの少し前に、余裕の表情を浮かべていた自分を恥じるのにそう時間はかからなかった。額に汗がにじみ、呼吸が荒くなる。足が重くなり、刀を振る腕が痺れはじめたのだった。


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