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瀬戸内神戦譚 ー守護者歴代最弱ですが、八海神「要」として瀬戸内を守りますー  作者: 黒木のゆ
第4章 山口 壇之浦・赤間 「失われた神器」 編
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第41話 八海神戦の兆し

 津波が引いたあと、赤間の海には重い静けさだけが残っていた。

 そして、まだ揺れている潮。

 西源寺九遠が、びしょ濡れの黒いスーツの上着を乱暴に絞った。


「いや、ほんま何してくれてんねん。びしょびしょやないか!」


 開口一番、それだった。

 蒼玄斎は眉一つ動かさない。

 九遠は続ける。


「もうちょいで決着やったやろ!八百年越しの因縁やぞ?一番ええとこで邪魔すんなや!俺の本気、そろそろ出そか言うときに。ふざけんな。」


 蒼玄斎が静かに返す。


「ここで決着がつく戦ではない。」

「いや何へ理屈こねてんねん!戦いは、決着つけてなんぼや。」


 九遠が指差す。


「平家やぞ!?目の前におったんやぞ!?」


 そのとき。

 宗盛の影が、大きく揺らいだ。周囲の海気が急激に冷える。宗盛の声が、わずかに震えていた。


「違う。我らは負けたのではない…。これからじゃ…。戦いはこれからじゃ。」


 視線は蒼玄斎ではない。海の向こう。見えない“何か”を見ている。

 知盛が目を細める。


「兄者?誰と話しておる?」


 宗盛は後退した。怨霊であるはずの姿が、明確に動揺している。


「あの方と剣が目覚めようとしている。我らでは、抗えぬ。」


 九遠が眉をひそめる。


「おい、何言うてんねん。」


 宗盛は聞いていない。


「兄者?どうした?何が起こっておる?」

「これは戦ではない。滅びの始まりだ。瀬戸内は、あの方によっていにしえに戻るのじゃ。源氏の末裔よ。我は、永遠に貴様らを恨み続ける。絶対に許さぬ。」


 その言葉を残し、宗盛の身体が霧散した。水へ溶けるように。

 赤間の海へ、完全に姿を消した。

 九遠がぽかんとする。


「逃げた?お前ら、幼帝の意図を理解したんちゃうんか?どないなっとんねん。」


 知盛が小さく息を吐いた。


「申し訳ない。兄上は、総大将であったが、昔から覚悟が決まらぬ弱さがあった。しかし、気になるのは最後の言葉。」


 蒼玄斎が言う。


「“あの方”とやらに利用されて、悪霊にならなければよいが。」


 九遠が振り向く。


「なっても、シバキ倒したらええんやろ?」


 知盛が静かに笑う。


「なかなかの自信だな。言っておくが、我も本気は出しておらぬぞ。」

「なんや?喧嘩売っとんのか?いつでも買うで。」

「ええぃ、やめいと言うておろうが。貴様ら、もう一撃食らいたいのか?あれは、本気の十分の一も出しておらぬ。このまま海の藻屑にしてやってもよいのだぞ?」

「やれるもんならやってみいな。もう一回ゆうたろか?俺を侮んなよ。」


 夕陽が壇ノ浦の向こうの海に沈みかける。長い影を落としていた義経と知盛の銅像を、知盛は見上げた。


「八百年か。この世もかなり変わったのであろうな。しかし、海は何も変わっておらぬ。鋼鉄の船が行き来すること、巨大な橋が架かっていることを除いてな。」


 しばらく黙り、そして蒼玄斎へ向いた。


「海が再び乱れるのか?」

「うむ。」


 蒼玄斎は頷いた。


「草薙剣が見つけられ、奪われたのは間違いなかろう。要の結界で抑え込めていたが、均衡が崩れ始めておる。」


 知盛の表情が静かになる。まるで、戦意が消えたかのようだった。


「ならば我らの役目は終わりだ。」


 九遠が腕を組む。


「終わり?」

「ああ。」


 知盛は言った。


「平家は、過去の影。これから戦うのは、お前たちだ。」

「終わりではない。草薙剣に関しては、お主らが最もよく知っておる。幼帝の意をくむのであれば、ともに戦ってはもらえぬか?お主は、兄と違って、純粋な武とまっすぐな思いが見える。」


 知盛は少し考え、天を仰いだ後、頷いた。


「確かに。だが、我は怨霊。信じても、兄者のように逃げるか、裏切るかもしれぬぞ。」

「おいおい、じいさん。妖を仲間に誘っとるんか。あかん、あかん。」

「西源寺よ。お前は、草薙剣のこと、何か知っておるのか?今は、あの方と言われておる者の正体、草薙剣によってなしえることを把握することが先じゃ。」

「逃げた奴を銅像にはせんってことやな。ただし、裏切った瞬間に、俺が斬り倒す。それが条件や。あと、面倒は爺さんがみろよ。俺は、平家とは仲良うはできへんからな。それこそ、義経に怒られてまうわ。」


 碇が静かに霧へ溶ける。それは、知盛の覚悟の現れであった。


「源の末裔まつえいよ。義経は、強かったぞ。」


 九遠が少しだけ笑う。


「知っとるわ。」


 知盛も微かに笑い、闇に溶けた。

 蒼玄斎が空を見上げる。夜が降り始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「間違いなく始まったの。」


 九遠が真顔になる。


「何がや。」


 蒼玄斎はゆっくり言った。


「八海神戦じゃ。」

「八つの要が守る結界。それらが同時に揺らいでおる。単独では守れぬ。かつてない事態じゃ。」


 一歩踏み出す。


「ゆえに。」


 振り返る。その目は、かつての村上水軍の棟梁と同じものだった。


「要会議を開く。」


 九遠の目が変わる。


「全員集合、ってことか。」

「そうじゃ。」


 蒼玄斎が言う。


「おそらく、他の要のところでも、異変が起こっておるに違いない。八海神、全てを集める。」


 遠くの海が、低く鳴った。

 戦の予兆のように。


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