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瀬戸内神戦譚 ー守護者歴代最弱ですが、八海神「要」として瀬戸内を守りますー  作者: 黒木のゆ
第4章 山口 壇之浦・赤間 「失われた神器」 編
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第40話 八百年ぶりの停戦

 知盛の動きが止まると小さくつぶやいた。


「ほう。」


 九遠が刀を構え直す。今度は低い構え。影と重なる姿勢。


「一対一や思てたやろ?」


 口元に笑み。


「悪いなぁ。本領は後に置いとくもんやろ?だから取って置きってゆうねん。」


 かすみがシャンと鳴く。

 鈴のような音。周囲の水の流れが一瞬、遅れた。

 宗盛の術式が揺らぐ。


「そんな小さな狐に何ができる。」


 宗盛が言い放つが、お構いなしに九遠が踏み込んだ。

 今度は速い。

 影が一拍遅れて追随する。

 幽が同時に動いた。


「止められるものなら、止めてみーな。なぁ、幽。」


冥源流めいげんりゅう幽夜連斬ゆうやれんざん


 九遠が刀を横に薙ぎ払うと同時に、幽が9つある尾のうち一番短い尾を横に振った。

 刀と尾から発せられた斬撃が二重に走る。

 肉体を断つ鋼の軌跡と、魂そのものへ届く影の刃。

 知盛が初めて碇を大きく構え直した。

 海が震える。源と平。

 武と術そして生者と冥。

 現世と冥界、二つの位相が重なりながら一直線に走る。海面が割れ、空気が研ぎ澄まされる。

 その刹那、宗盛が両手を広げ、即座にパンッと手を打った。


「水よ、境を閉ざせ。」


 水が層となり回転し、防壁が作られる。巨大な円陣となって盾のように前方へ展開された。


「平流、海陣水鏡かいじんすいきょう


 水の円盾が、迫る一撃を受け止める。

 斬撃は止まったが、影の刃はそれをすり抜けた。

 霊を断つ斬撃は、物理的な障壁では止められない。

 その瞬間。

 知盛が前へ出た。碇を握り直す。鎖が鳴る。


「ならば――武で止める。」


 碇を横に構え、踏み込む。碇が円を描くと同時に、ぼうっと光を帯びた。

 キンッ

 乾いた音と同時に、影の黒い斬撃が空にはじかれ、関門大橋の支柱に衝突した。赤間の結界内で、関門大橋には大きなダメージはないが、橋が大きく揺れた。壇之浦の戦いを現代に残す銅像と同じ。過去の栄光を彷彿とする知盛の覇気。九遠の目が見開かれる。


「止めた?」


 知盛は止めると同時に、海の上に飛びあがると、碇を海面へ叩きつけた。次の瞬間。海が応えた。水面が巨大な円を描いて沈む。渦。否、戦場そのものを拘束する陣。


「平流奥義」


 低く告げる。


碇皇ていこう万船破海ばんせんはかい!」


 碇が振り上げられる。その背後に、巨大な幻影が重なる。無数の船影が今にも一段となって突撃しそうな、戦場の記憶そのものが武へ変わる。知盛は、力任せに巨大な碇を振り下ろした。海の質量が圧として落ちる。


 ドンッ、バキバキバキ


 九遠の周りのコンクリートが圧で割れる。九遠は何とか歯を食いしばり、常夜で受けている。


「なかなかやんけっ!さすがに本気出さんとマズいか。よっしゃ、かすみ、行こか!!」


 黒狐が跳んだ。幽の身体が霧へと変わる。影が広がる。月明かりすら吸い込む冥の領域。


「シャン」


 と鳴き声が聞こえた。


「冥源流奥義、幽界冥黒ゆうかいめいこく


 広がった影が九遠を包む。九遠の周囲だけ、位相が半歩ずれる。落ちてくる碇の圧が“届かない”。

 正確には、攻撃が現世を通り抜け、半霊域へ滑る。衝撃が後方の海を爆発させる。巨大な水柱が吹き上がる。影が引き、九遠が再び姿を現すと、幽が肩へちょこんと座っている。

 知盛が、目を細めた。


「境界を渡ったか。」


 宗盛が静かに言う。


「冥界の守護獣か。なるほど。これは手ごわいな。」


 九遠は刀を構え直した。呼吸が整っている。先ほどより、深く。


「これで対等やと思てるやろ。おもろなってくるのは、これからやで。今更謝っても遅いなぁ。ほな、もういっちょ度肝ぬかさしたろか。」

「碇皇・万船破海!!」


 知盛の碇が再び振り上げられる。宗盛の水陣も展開し、海面がかつての戦場そのものへ変わったかのような乱戦模様。九遠も踏み込む。


「しょーもな。その技しか知らんのかいな。平家の大将もたいしたことないなぁ。」


 幽が影を引き延ばし、冥の気配が濃くなる。

 三者の霊圧が衝突し、赤間の海が悲鳴を上げた。

 波が逆巻く。潮が狂う。

 義経と知盛の銅像が大きく揺れ、地面に亀裂が走る。

 戦いは、止まらる気配すらない。

 その時だった。


「そこまでじゃ。」


 つぶやくような声。風に紛れるほど小さい。

 だが…

 三人は止まらない。

 知盛の碇が落ちる。

 宗盛の水刃が九遠に向けて収束する。

 九遠の刀が振り抜かれる。

 海が割れる寸前、蒼玄斎は目を閉じた。わずかに息を吐く。


「……若いのう。」


 次の瞬間。瞼が開く。

 海の色をした瞳。

 そして、腹の底から響く声が世界を震わせた。


「そこまでと言うておろうがっ!!」


 声と同時に赤間の沖合が隆起した。広範囲の海面が持ち上がる。

 いや。

 立ち上がった。

 巨大な影。

 長大な体躯が水中でうねる。蒼い鱗。海流を纏う巨躯。

 神獣、蒼綯そうたいが水中で鎌首をもたげた。

 知盛の目が見開かれる。


「海そのものか。」


 宗盛が息を呑む。


「なんじゃ、この威圧は!」


 蒼玄斎が蒼裁を抜き下段に構える。刃は静かに蒼く光っている。

 蒼綯が咆哮した。

 世界が揺れる。

 蒼玄斎が低く告げる。


「荒ぶる潮よ。戦を洗い流せ。」


 刀を水平に払う。


「神威」


 蒼綯が立ち上がった巨大な海の山中を旋回すると、海流が巨大な円を描く。


海神顕潮蒼天廻瀾かいしんけんちょうそうてんかいらん


 瞬間。巨大な海水の壁が立ち上がった。まるで、津波のように。

 壁。否。壁なんて薄いものではない。

 海そのものと言っても過言ではない。

 海が深海から切り取られて、空中に出てきたようだった。

 十メートルをゆうに超えるの水壁が三人へ覆いかぶさる。三人を飲み込んだ瞬間、すべての霊力が強制的に散らされた。

 知盛の碇が弾かれる。

 宗盛の術式が霧散する。

 九遠の斬撃が消える。

 幽が驚き、影へ逃げるように戻る。

 遠くで、水面の低下により、関門海峡を通る巨大なコンテナ船が大きく揺れた。


 ドォォーン。


 津波の轟音の後、しばらくの静寂。波だけが何事もなかったかのように揺れていた。蒼玄斎がゆっくり言う。


「ここは戦場ではない。弔いの海じゃ。」


 知盛は荒い息を吐きながら碇を下ろした。宗盛も術を解く。

 九遠は蒼玄斎をにらみながら刀を収めると、蒼綯が静かに元の小さな海蛇の姿に戻り、蒼玄斎の横でとぐろを巻いた。蒼玄斎が三人を見渡しながら、


「さて。」


 低く笑う。


「今度こそ、話をしようかの。」


 赤間の海に、八百年ぶりの“停戦”が訪れた。


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