第39話 再戦「源氏と平家」
「やっぱりや。」
低く吐き捨てる。
「平家の総大将と筆頭武将が、今更のこのこ地上に上がってきよったか。」
鎮魂刀《常夜》を構え直す。黒い刃が夕陽を反射する。
「赤間の海で、源の前に姿見せたんや。覚悟くらい、できとるやろな?」
知盛はいたって冷静だった。ただ、銅像の義経を一瞥し、小さく笑った。
「なるほど。時代が変わっても、構図は同じか。」
蒼玄斎が一歩前へ出る。
「待て、西源寺。」
だが青年は止まらない。
「待たへん。これな、理屈ちゃうねん。源と平の宿命や。こうならんように、俺がおんねん。」
潮風が強く吹いた。義経と知盛の銅像の影が、夕陽の中で重なった。八百年越しの因縁が、再び、刃を交えようとしていた。
赤間の海。夕陽に染まる水面の上で、二つの時代が向き合っていた。西源寺九遠は鎮魂刀《常夜》を構えたまま、一歩も引く気配はない。
その視線の先、
平宗盛。
平知盛。
歴史に沈んだはずの名が、いま確かに立っている。
九遠が低く言った。
「冗談きついで、じいさん。海底の裂け目見に行っただけやのに、平家の大将クラス連れて帰ってくるとか、笑えんなぁ。下で、決着しといてくれたらよかったんや。」
蒼玄斎は動じない。
「話をするためだ。斬るためではない。こやつらは、妖どもが言っている『あの方』について、何か知っておるはずじゃ。草薙剣もな。先ほど、海深くで話をした。奴らは帝の命に従って、今に至っておる。決して、源氏に復讐するために上がってきたのではない。」
九遠は即答した。
「俺は逆や。」
刀をわずかに引く。霊力が刃に集まり、空気が震える。
「ここは赤間や。安徳天皇が祀られとる場所やぞ。天皇を道連れにして壇之浦で沈んだもんが、好き勝手に上がってええ場所ちゃうねん。何を今更、帝に従うや。幼帝の無念がわからんのか。」
知盛が静かに口を開く。
「なるほど。源の者らしい言葉だ。」
九遠の眉が動く。
「源の何を知っとる。いっちょ前なことゆうなや。」
「血の匂いは変わらぬということだ。」
知盛の声は穏やかだった。
「義経も、同じ目をしていた。」
その名に、九遠の霊圧が跳ね上がる。
「軽々しくその名を呼ぶなや。」
宗盛が口を挟む。
「怒るな、若者。我らは、もはや敵ではない。」
九遠は笑った。乾いた笑いだった。
「ほな聞くけどな。壇之浦で、何人死んだ思う?」
沈黙。潮が揺れる。
「子供も、女も、兵も、全部や。」
「それ背負ってる場所で、“敵やない”は通らへん。」
知盛が目を伏せる。
「正しい。だから我らは沈んだのだ。誰も知らぬ幼帝の命を受けて。」
「だが今、海が歪んでいる。」
九遠は一歩踏み込む。
「その原因が、お前ら側やったら?」
常夜が唸る。
「ここで終わらせたるわ。」
空気が裂けた。――踏み込み。九遠の姿が消える。次の瞬間、知盛の背後。
横薙ぎの一閃。
「源流・迅閃!!」
霊光が弧を描く。だが。知盛は動かなかった。腕をわずかに上げる。立ち上がった海水が盾のように凝縮する。
斬撃が水壁に叩きつけられ、爆ぜた。九遠が距離を取る。
「防いだやと?いっちょ前やんけ。」
知盛が言う。
「我らは二度と負けぬ。」
宗盛が続ける。
「試してみよ。源の剣が、どこまで届くか。」
九遠の口元が歪む。
「望むところや。」
刀を逆手に構える。霊力が足元から広がり、地面に陣が走る。九遠の結界が反応する。赤間神宮の朱の社が微かに光を帯びた。
「始まったか。」
蒼玄斎が小さく息を吐きながら言った。九遠が叫ぶ。
「源流・三途返刃!!」
踏み込むと同時に、ドンッと音がし、地面が砕ける。一気に三連撃。斬、突、返し斬り。知盛が初めて後退した。宗盛が両手を上げる。海面が持ち上がり、巨大な水刃が形成された。
「若い割には、大したものよのう。」
知盛の霊気が膨れ上がる。碇の気配が背後に顕現する。
「ならばこちらも、武で応じよう。」
夕陽が水平線で赤さを増す。八百年前と同じ構図。源と平。蒼玄斎は見守るしかなかった。
赤間の海は、朱と藍の境目に染まり、波の一つひとつが血の記憶を映すように揺れている。
西源寺九遠は低く息を吐いた。
刀を握る手が静かに沈む。
先に動いたのは、知盛だった。海面が盛り上がる。
その中から現れたのは巨大な碇。
知盛がそれを片手で掴む。
「これはな。」
静かな声。
「船を繋ぐためのものではない。」
一歩踏み込む。
「逃げぬ覚悟を示すものだ。」
知盛は力任せに振り下ろした。
ドォォォン!
九遠は義経の八艘飛びさながらに横へ跳んで紙一重でかわした。
直後、地面が粉砕された。砂煙が宙に舞う。
まさに、壇之浦の戦いを彷彿とさせる状況だった。
「っ!」
着地と同時に踏み込み返す。
「源流・裂空斬!」
鋭いかまいたちのような斬撃が飛ぶ。だが知盛は碇の鎖を回転させ、防いだ。
知盛の動きには無駄がない。
重い武器を扱っているとは思えぬ速度。さすがは達人と呼ばれただけはある。
純粋な武の極地。
「良い太刀筋だ。」
碇が突き出される。槍のような直線で九遠に向かう。
九遠は刀で受け流すが…重い。
腕が沈む。
「ぐっ!」
押し切られる寸前、後方へ飛び退く。
その瞬間。
海面がざわめいた。宗盛が静かに手を上げている。
「武だけでは、戦は終わらぬ。」
水が持ち上がる。巨大な水刃だった柱が宙で形を変え、無数のクナイのような刃となった。
「平流・千波刃。」
空間が埋まるほどの水の刃の一斉射出。
九遠は走りながら、斬る。弾く。
だがあまりに数が多い。
水刃が肩を掠め、血が散った。よけると同時に、知盛が踏み込こんで、碇が横薙ぎに迫った。
武と術の同時攻撃。
完全な連携に、九遠がつぶやいた。
「さすが、大将格やなぁ。」
息が荒くなる。武では拮抗できる。
しかし、2対1。
しかも、平家の大将の怨霊、九遠でさえも、押されざるを得なかった。
知盛の武、宗盛の術が戦場を支配している。
平家一門で最高と称された文武の将「知盛」と権謀術数にたけた「宗盛」。
「蒼玄斎のじいさん、なんで加勢せえへんの?どっちの味方なん?妖連れて帰ってくるし、なんか、厳格なあの要とはイメージちゃうなぁ。」
「源氏と平氏は、ぶつかる宿命。武でしか分かり合えぬこともある。しばし、見届けさせてもらう。」
知盛が言う。
「若者よ。一人で背負う戦いではない。悪いが、一旦ひれ伏してもらおう。」
碇が振り上がる。
止めの一撃。
その瞬間。
九遠が目を閉じた。小さく呟く。
「しゃあないなぁ。」
「おいで、幽。」
影が揺れる。足元から、黒い霧が滲み出た。境界の匂い。冷たい気配と共に、ゆらりと狐の影が現れる。
九尾。静かに寄り添う、九つの尾をもった、小さな黒狐。
神獣《冥弧、幽》が顕現した。
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