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瀬戸内神戦譚 ー守護者歴代最弱ですが、八海神「要」として瀬戸内を守りますー  作者: 黒木のゆ
第4章 山口 壇之浦・赤間 「失われた神器」 編
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第38話 平家最後の将 「宗盛と知盛」

「剣は武器。再び、血を欲するのだ。そのとき、我らは起きる。」


 蒼玄斎の視線が鋭くなる。


「誰が抜いた?」


 怨将は笑った。


「人ではない。だが人を超えた意志だ。」


「『あの方』とおぬしら妖は呼んでいるらしいと聞く。どやつじゃ?何を企んでおる?瀬戸内は、我ら村上水軍が守る。いにしえには戻らぬのだ。」


 裂け目の奥が、一瞬だけ脈打つ。蒼綯が唸る。蒼玄斎は一歩前に出た。


「怨みで海を動かすでない。ここは、過去の戦場にあらず。今を生きる者の海なのじゃ。」


 怨将の構えが深くなる。


「ならば…。その力で、我らをもう一度敗北させてみよ。沈めてみせよ。眠らせてみせよ。あの方のことが知りたくば、我らが主に聞くが良い。」


 蒼玄斎の視線が鋭くなる。


「主、じゃと?」


 怨将は笑った。敗者の笑みではない。誇りを持って滅びた者の、静かな笑みだった。


「壇之浦で沈みし、我らが柱。最後まで海と共にあった者たち。名ぐらい聞いたことはあろう。」


 海底の裂け目が、ゆっくりと脈動し始める。鼓動のように。怨将の身体から、黒い光が漏れ出した。


「やめろ。」


 蒼玄斎が低く言う。


「それ以上は、ただの暴走だ。」


 怨将は首を振る。


「違う。これは、我ら主への畏敬の念。神器が抜かれたことにより封印が解かれた。我らを賭して、主がよみがえるのだ。」


 鎧が砕ける。形が崩れる。だが怨気は消えない。むしろ濃くなる。蒼綯が強く唸った。水流が荒れる。


「我が怨を鍵とし、我が魂を門とする。」


 両腕を広げる。


「お目覚めくだされ。」


 海が震えた。

 裂け目が、縦に割れる。まるで、海底に口が開いたかのように。

 深い闇が露出する。

 その中から、二つの影が浮上してくる。

 一つは、貴族の装束をまとった影。冠の形を残す輪郭。

 もう一つは、袴姿の武将の影。片腕に大きな碇鎖のような気配をまとっている。

 水が押し退けられる。圧が変わる。深海の重さが増す。

 二つの影と融合するように、怨将の身体は、黒い粒となって裂け目へ吸い込まれていく。

 最後に、蒼玄斎を見て言い放った。


「聞け。主の言葉を。」


 そして消えた。しばしの静寂の後、ゆっくりと、海中に声が響いた。

 低く、重く、時代を越えてくる声。


「……久しいな。何百年ぶりか。」

「源氏に敗れて以来、その後はどうなったのか。」


 蒼玄斎は刀に手を置いた。


「ぬしらは…名を名乗れ。」


 影が答える。


「我が名は平宗盛。」


 もう一つが続く。


「我は平知盛。」


 深海の水が、歴史の重さを帯びて揺れた。壇之浦の敗者。平家の中枢。

 二大怨霊が現代によみがえる。

 蒼綯が警戒態勢のまま主の周囲を巡る中、蒼玄斎は静かに言った。


「ほう。妖ながら、話が通ずるのか。我が名は村上蒼玄斎。村上水軍の末裔。壇之浦には加勢しておらぬがな。まずは、話を聞こう。だが、暴れるならただちに斬る。」


 知盛の影が、かすかに笑った。


「それでよい。武とは、そういうものだ。」


 水圧すら屈するような静寂が落ちる。蒼玄斎はただにらみを利かしながら仁王立ちしている。対して二つの影も、揺らがない。ひとつは重く、落ち着いた気配。もうひとつは鋭く、切れる気配。


「なぜ今、目覚めた?」


 蒼玄斎の問いに、宗盛が答える。


「目覚めたのではない。我らは封印されておったのだ。一度足りとて、復讐を忘れて眠ったことなどないわ。」

「封印じゃと?」

「皆が知らぬ真実。」


 知盛が続ける。


「剣だ。」


 蒼玄斎の目が細くなる。


「草薙剣か。」


 水がざわつく。宗盛が言う。


「三種の神器。本来は、天と地と神を繋ぐもの。その中でも、剣は戦の象徴。血と誓いと支配の象徴だ。」


 知盛が低く言う。


「幼き帝は、すべてを見通していらっしゃった。齢八つにして。平の敗北、そして源の支配がやってくると。帝が心を痛めていらしたのは敗北ではなかったのだ。滅びの後であったのだ。」


 蒼玄斎は黙って聞く。

 知盛が続ける。


「武士は、恨みを残す。戦で死ねば、魂は荒ぶる。ましてや一門が海に沈めば…」


 彼の声が低く落ちる。


「この国は、怨霊に満ちる。」


 静寂。宗盛が呟いた。


「帝は……すべてお分かりだった。」


 その声には、畏れが混じっていた。


「幼き御身でありながら。」


 知盛の瞳が遠くを見る。


「帝は言われた。『いくさを、終わらせたい』と。」


 海が、微かに震える。


「我らは反対した。源氏に世を治めさせるなど、あり得ぬ!…と。」


 宗盛が叫ぶ。


「帝を守るのが我らの役目。だが……帝は、守られる側ではなかった。」


 知盛が静かに継いだ。


「守る側であられた。」


 蒼玄斎の呼吸が一瞬止まる。


「草薙の剣、それは王の証であり、強さの象徴。しかしそれとと同時に、“調和を保つもの”。」

「帝は、その血筋から、魂すら縛る神威を持つ。」


 宗盛が目を閉じる。


「帝は命じられた。」


 声が震える。


「……我らを、海へ沈めよと。」


 蒼玄斎が息を呑む。


「自ら……?」


 知盛が頷く。


「そうだ。」

「平家が怨霊となり、この国を呪わぬよう。草薙剣を核として、魂を封じる結界を張ると。」


 宗盛の声が崩れる。


「我らは拒んだ……!幾度も、幾度もな……!」


 沈黙。やがて、彼は笑った。涙のように。


「だが帝は言われたのだ。――『これは敗北にあらず』――『未来へ渡すための眠りである』と。」


 知盛が膝を折る。


「だから我らは沈んだ。逃げでも絶望でもない。帝の勅旨として。」


 宗盛も膝をつく。


「……封印されると知りながら。」


 蒼玄斎はゆっくり言う。


「では、お主らの怒りは…」


 知盛が遮る。


「怒りではない。未練だ。」


 宗盛が低く笑う。


「そして……人の世が再び争いを始めれば。」


 二人の声が重なる。


「封印は揺らぐ。」


 知盛が蒼玄斎を見る。その目は、もはや怨霊ではなかった。


「だから問う。今の世は…帝の願った未来になっておるのか?」

「お主らが沈んだのち、約千年が過ぎた。帝の願った未来になっておるぞ、少し前まではな…。」

「少し前までとはどういうことか?」

「お主らの封印が解かれたのがその証。瀬戸内が再び遠きいにしえの状態に戻ろうとしておる。草薙剣を利用して、企んでおる妖がおる。」

「妖ごときでは、草薙剣は扱えぬ。あれは、神のみぞ扱える神器。」

「では、妖ではないと?もしくは、神に近い存在であると?」

「草薙剣は、本来、持つべき者が持たねばならぬ。帝の意思を継がねばならぬ。」

「だが事実、あれは“使われている”。お主ら妖が、あの方と呼ぶ者に。」

「我らは、妖ではない。封印が解かれ、草薙剣の力を受けて顕現しておるが、決して乱世に戻そうとは思うておらぬ。」


 蒼玄斎が問う。


「草薙剣を抜いたのはど奴じゃ?知っておろう?」


 沈黙。深海の圧が一段重くなる。

 宗盛が言う。


「名は言えぬ。」

「だが、」


 知盛が続ける。


「我らは“あれ”を見た。」

「海の底に立つ影。人でも妖でもない。どちらよりも古い。」


 蒼玄斎は動じない。


「海神か。」


 知盛が肯定するでもなく否定するでもなく、答える。


「本来、神は、祀られる。だがあれは、忘れられたものだ。人に。神に。海にすら。何を企んでおるのかはわからぬ。ただ、かつての妖が闊歩しておった瀬戸内に戻そうとしておるのは間違いない。」


 蒼玄斎は短く言う。


「乱世に戻し、瀬戸内を妖の支配下に戻そうというのか?」


 宗盛が笑う。


「理解が早い。」


 知盛が続ける。


「我らの怨念も、利用しようとしておる。我らは、あの方には従わぬがな。我らの主は、帝のみ。我らは忠誠を誓った安徳様のご意志を継がねばならぬのだ。ただ、運命が反転する瞬間。今、再びそれが起ころうとしておるのは間違いない。」


 沈黙。蒼綯が低く鳴いた。蒼玄斎は言う。


「ならば止める。」


 知盛が問う。


「いかにして?相手は、草薙剣を手に入れ、強大な力を手にしておる。」


 蒼玄斎は答える。


「八海神、かなめがいる。八つの海を守る者たちじゃ。」


 宗盛が静かに言った。


「ならば急げ。剣が抜かれた以上、」


 知盛が締める。


「戦はもう、始まっている。」


 平宗盛たいらのむねもり平知盛たいらのとももり

 宗盛は公家の考えが強い。一方で、知盛は生粋の武将であった。考え方も正反対であり、知盛の方が帝への思いが強いように見える。怨霊でありながら、その姿には奇妙な静謐せいひつがあった。怒りでも狂気でもない――ただ、長い時を越えて残った「在り方」そのもの。

 知盛が言う。


「地上へ出るのか。」


 蒼玄斎は頷いた。


「話すべき相手がいる。源の流れを継ぐ者だ。」


 宗盛の姿がわずかに揺れる。


「源氏、か……、会いたくはないのう。」


 蒼玄斎は振り返らない。


「もう八百年じゃ。そろそろ、話くらいはできるじゃろう。」


 知盛が小さく笑う。


「生者は、そう簡単には割り切れぬぞ。」

「だから連れて行く。わしが共に行く。」


 蒼玄斎は言った。


「直接、話をした方が早い。」


 蒼綯が尾を振る。水流が上向きに整列する。海が道を作る。三つの影が、ゆっくりと浮上していく。深海の闇が薄れ、青が戻り、やがて光が差し込む。

 水面が近づくにつれ、遠くから鈍い響きが伝わってくる。

 潮の音。遠く、コンテナ船の汽笛がボーっと鳴った。

 人の気配。

 そして。水面を一気に破った。ざばり、と海が割れる。

 赤間の海。

 夕陽が水平線を染めている。蒼玄斎が、宗盛、知盛を従えて、海上へ立つ。蒼玄斎の背後、わずかに水が歪み、宗盛と知盛の霊体が半ば現世へ重なった。


 上ってきた場所には、宿命かのように、二つの銅像が立っていた。ちょうど、関門トンネルの上部、遠くに関門橋を行き来するトラックが見える場所。

 源義経と、平知盛。

 若き将が船縁へ跳び移る姿。それを迎え撃つ、碇を構えた武将。永遠に交わらぬ瞬間を刻んだ像。知盛がそれを見上げる。


「……面白いものだ。」

「敗者の姿も、こうして残るか。しかし、なぜわらわではないのじゃ?」


 宗盛が低く言う。


「歴史とは、勝者の書ではなかったのか。」


 知盛の問いに、蒼玄斎が答える。


「海は、両方覚えている。」


 そのとき。殺気。空気が鋭く収縮した。蒼玄斎の目が細まる。次の瞬間。黒い閃光が一直線に走った。


「どけぇッ!!」


 関西訛りの叫び。斬撃が水面を裂き、一直線に知盛へ向かう。轟音。霊体の肩口が弾け、海が爆ぜた。宗盛の影が揺らぐ。刀を振り抜いた青年が立っていた。


 西源寺。

 息を荒げ、鋭い目で二つの霊を睨みつけていた。


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