第4話 つかの間の青春
5人の若者が、坂道を登りきり白滝山の観音堂に出た。瀬戸内を渡る風が心地よくて、じんわり汗ばんだ体を冷ましてくれる。
ここは因島。巨大な橋が島々を渡り、しまなみ海道という高速道路が本州と四国をつないでいる。瀬戸内の中心に位置しており、海を読み、潮を操り、戦をも制した者たち、村上水軍が本拠地にしていた海路の要衝であった。潮の流れは複雑に絡み合い、一見穏やかな水面の下では、見えぬ力が絶えずぶつかり合っている。
先頭だった村上蓮は自転車を止め、横に並べて立てかけた。後ろからついてきた岩本陽太が、わざとらしく座り込む。
「やっと着いた~。もう無理。俺、次から下で待っとくわ。」
「待っとくって…、ここまで来て景色見ながらおやつ食うのがいいんだろ?」
小林海翔が笑って肩を叩く。観音堂の横にある古いベンチは、彼らの“いつもの場所”だった。部活が休みの日や、テストが終わったあとの気晴らし。5人で集まれば、自然とここに来る。
「ちゃんとお菓子持ってきたよっと!」
宮地芽衣がリュックからポテチを取り出すと、陽太が真っ先に手を伸ばした。
「やった!さすが芽衣。ご褒美タイム!」
「お前さ、さっきまで死にそうって言ってなかった?」
蓮がつっこむ横で、沢良木澪が呆れ顔で笑う。瀬戸内の海は夕暮れの光を浴び、島々の影が長く伸びていた。観光客なら写真を撮るところだが、彼らにとっては“いつもの景色”でしかない。けれど、ベンチに座ってぼんやり海を眺めていると、自然と会話が弾むのだった。
「なぁ、この辺って昔、海賊が暴れてたんやんな。」
陽太がポテチをかじりながら言った。
「暴れてた、って言い方すんなよ。海賊じゃねーし。村上水軍は誇りだぞ。」
蓮がやや真剣な声で返すと、海翔が茶化すように笑う。
「ほら出た。水軍の末裔自慢。」
「別に自慢してねぇよ。ただ、因島に住んでりゃ、誰だって少しは誇りに思うだろ。いや、むしろ思えよ!」
その言葉に、芽衣と澪は顔を見合わせて微笑んだ。蓮の中にある“誇り”の裏に、彼だけが背負うものがあることを、彼女たちは知らない。
「ねぇ、蓮ってさ、将来どうするの?」
ふいに澪が穏やかに問いかけた。蓮は手にした缶ジュースをくるりと回し、少し間を置く。
「どうだろな。まだ決めてない。」
「意外。なんでも突っ走ってくタイプかと思った。でも神社継ぐしかないじゃん。」
芽衣がからかうように言うと、蓮は曖昧に笑った。
(兄貴みたいには、なれねぇから。)
心の奥でつぶやいた声は、誰にも届かない。彼が今ここにいるのは、ただ「普通の高校生活」を送るため。本当は、刀と共に先祖より受け継いでいる“水龍の力”をまだ恐れているのだ。その沈黙を破ったのは、白滝山の観音堂に響いた風鈴の音だった。夕風に揺れた小さな音色に、みんなが視線を上げる。
「夏だなぁ。」
芽依がつぶやく。
古びたベンチに腰をかけ、5人はそれぞれのペースで夕暮れを楽しんでいた。
「ポテチもうないんか!?」
陽太が袋を覗き込んで大声を上げる。
「さっきからひたすら食べてるの、誰だと思ってんの。あなたでしょ!」
芽衣が呆れ顔でツッコむ。
「ちょ、俺だけ悪者みたいに言うなや!」
「事実でしょ。」
パシンッ、と軽快に陽太をはたく音。陽太は大げさに肩を落とす。陽太は完全にお調子者でボケ役。その相手を的確にさばく芽衣がツッコミ役。この2人のやりとりがあるだけで、場が自然と明るくなる。
「まぁまぁ、ケンカすんなって。ほら、次は俺が買ってきてやるから。」
海翔が仲裁するように笑った。がっしりした体格に明るい性格。面倒見のいい兄貴分として、5人をまとめる存在だ。
「ほんと、変わんないね。」
澪は小さく笑みを浮かべ、海の方へ目を向けていた。言葉数は少ないけれど、誰よりも周囲をよく見ている。
「お前は静かに笑ってるだけでズルいわ。」
陽太が澪に食ってかかる。
「あぁ、こんな俺を好きになってくれる子おらんかなぁ。俺だってモテたい!」
「いや、そのキャラでモテるわけないでしょ。」
芽衣の即答に、みんなが吹き出した。笑い声が響き、瀬戸内の風が頬を撫でる。蓮はその光景を眺めて、心の奥で少しだけ安心する。こんな日常が、ずっと続けばいい。
「なぁ、蓮。お前なんか悩んでね?」
ふと、海翔が覗き込んできた。
「ん?いや、別に。」
「だよな。お前って、なんだかんだで頼りになるからな!」
海翔は笑って肩を叩いた。蓮は視線をそらし、オレンジに染まる海を見つめる。
「なぁ、夏休み入ったら、海行こうぜ! 泳いで花火して、バーベキュー!」
陽太が両手を広げてはしゃぐと、海翔が笑って肩を組んだ。
「いいな、それ。俺んちの船も出せるし。」
にぎやかな笑い声が広がる。その中で、蓮は静かに夕陽を見つめた。燃えるような赤。兄が最後に見せた光景を思い出しそうになって、慌てて視線を逸らした。
「照らすんじゃない。貫いて前に進むんだ。」
小さく呟いた言葉を、仲間たちは聞き取れなかった。今はただ普通の高校生として笑っていたい。仲間に笑顔を向けながらも、胸の奥にある影は消えなかった。
時は夏休み。
「あぁー、期末テストは散々やったけど、何とか乗り切れた。待ちに待った夏休みが…キターーー!!」
「あの点数で乗り切れたって言えるの?ある意味、陽太ってすごいよね。」
真っ青な空の下、海はきらきらと揺れていた。白い砂浜を駆け降りると、五人の笑い声が一斉に弾ける。
「冷たっ!でも気持ちいい!」
芽衣が足先を海に浸して声をあげる。
「お前ら、ためらうなよ!手本見せたるわ!」
そう言い残すと、陽太が勢いよく走り込み、派手に飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がり、芽依が、
「きゃっ!」
と顔を覆う。
「バカ!まだ服脱いでないでしょ!服濡れたら、帰るときどうするの!」
「水着で帰ったらええやん!やっぱ夏はこう、水着の女の子が歩いているのを眺めるのが夏の風物詩って…」
「陽太、さいって―。もう口きいてあげない。」
砂浜から見ていた海翔が笑い転げる。澪は小さく首を振りつつ、控えめに水に足を入れた。
「冷たい。でも、いい感じ。なんだか、海に触れるとホッとする気がする。」
その一言で場がまた和む。蓮も水際まで歩き、海を見渡した。潮風が頬を撫で、太陽が背を押す。
しばらくして、波打ち際では、蓮たち五人組はすでにびしょ濡れになっていた。
「おらぁっ!」
陽太が両手で大きく水をすくい、勢いよく海翔にぶちまける。
「ぐはっ!? 冷てぇ!」
水をまともにかぶった海翔が叫ぶ。だがすぐさま反撃に転じ、陽太を肩に抱え上げると、
「落ちろー!」
そのまま豪快に海へ放り投げた。
「ぎゃああああ!? 溺れるぅぅ!」
バシャーンと派手な水柱。浮かび上がった陽太は必死で犬かき。
「ほんとに子どもね。」
芽衣が呆れたように腕を組むが、口元は笑っている。
「芽衣も行く?」
にやりと笑った海翔が近づく。
「ちょっ、やめ…きゃあっ!?」
芽衣もまた肩に担がれ、そのまま海へ。しぶきの中から上がってきた彼女は全身ずぶ濡れ、髪を張りつけて怒りの形相。
「海翔、覚悟しなさい!!」
「待て待て。落ち着け、芽衣!」
水鉄砲のように両手で水を浴びせられ、海翔は情けない声を上げる。その様子を少し離れて見ていた蓮の横に、澪が静かに立った。淡い微笑みを浮かべている。
「にぎやか。」
「だな。」
蓮は笑うが、その声はどこか遠い。兄と最後に来た夏の記憶が、波のように押し寄せてくる。楽しそうなはずの光景に、影が重なった。
「蓮…。」
澪が小さく彼の名を呼ぶ。振り向いた瞳に、不思議な透明さがあった。まるで彼の心の奥を覗き込むように。
「大丈夫。今は、笑ってて。」
その一言に、蓮は息を呑んだ。次の瞬間、陽太の大声が飛んできた。
「蓮!サボってんじゃねぇ!お前も来い!」
「…ったく。」
は苦笑し、砂を蹴って海へ駆け出す。蓮が参戦した途端、陽太がにやりと笑った。
「待ってました!ターゲット、蓮!」
「は?おい、やめろ!」
しかしすでに遅く、陽太と海翔に両腕をつかまれ、
「3、2、1、ドーン!」
勢いよく放り投げられる。
「この野郎!」
頭から海へ突っ込み、しぶきを上げて浮かび上がると、今度は蓮が逆襲に回った。
「陽太!覚悟しろ!」
「ぎゃー!リーダー本気だ!」
蓮に捕まった陽太は、必死に芽衣へ助けを求める。
「めいー! 助けてくれー!」
「却下。」
冷たく切り捨てられ、海へ再び沈んでいった。その光景に澪の口元がふっと綻ぶ。潮風に紛れて、小さく笑った声が蓮の耳に届いた気がした。
太陽は真上、海面は光を弾き返してきらめいている。しかし、ふと蓮は視線を落とした。
波間に、黒い影が揺れた。魚ではない。海藻でもない。不自然に、濁ったもやのようなものが一瞬だけ現れ、すぐに消える。
「……っ!?」
胸がざわつく。兄を奪った“あの日”の気配に似ていた。
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