第3話 「白炎の鉾」と「白鳳」
厳島神社と時を同じくして…
岡山県、国宝にも指定されている吉備津神社の境内は、夏の終わりを告げる夜風に包まれていた。拝殿に吊るされた灯籠が淡く揺れ、虫の音がかすかに響く。
突如、神社全体に重苦しい気配が広がった。
「妙な気配だな。このきな臭い空気。いつもとは違う。面白い。」
剣崎真守は白衣の袖を正しながら、長く連なる回廊を大股で本殿に向かっていた。
35歳。若くして神職を継いだ彼は、吉備津神社の護りを一身に背負う存在。190㎝、100㎏を超えるその巨体は、彼の神器が彼しか扱えない理由でもあった。巨体に似つかわしくないその穏やかな眼差しの奥に鋭い光が宿る…そして、ニヤリと笑みがこぼれた。
刹那、境内を震わせるような低い唸り声が、闇の中から響いた。それは風でも獣でもない。もっと古く、禍々しいもの。
「真守ッ!」
駆け込んできたのは、鎖鎌を手にした猿江烈だった。額に汗を浮かべ、真剣な表情で続ける。
「社の奥から、ヤバい妖気が溢れてきやがる!まさか、封印が…。」
「封印?ほぅ。この妖気の大きさであれば、温羅しか思い当たらん…が。なぜ今、封印が。まあいい。ますます面白い。久々に手ごたえがありそうではないか。雑魚には飽き飽きしていたところだ。」
真守は静かに名を口にした。桃太郎伝説の「鬼神」。吉備津神社の地下深くに封じられていた存在。それが再び動き出したとしたら。
「烈。隼人と玲央は?」
「さっき連絡したから、追いかけてくるはず。しかし、結界張ってるはずだろ。どうなってんだよ。」
「落ち着け。今バタバタしても始まらん。結界の件は俺も疑問ではあるが、それは後回しだ。先祖が封印した妖。我らにできぬわけはない。」
真守は烈に言うと、社殿の奥へと歩みを進めた。その背に、仲間を、神社を、瀬戸内を守ろうとする決意が滲む。祭壇の奥から吹き荒れる妖気は、まるで嵐のようだった。
闇を裂いて現れたのは、温羅そのものではなく、その配下――「鬼の眷属」たち。社殿に真守が到着した時には、岩のような皮膚を持つ鬼兵たちが、十を超えてうごめいていた。赤い目をぎらつかせ、鋭い爪をきらめかせながら、神職の若者たちに迫る。
「ふっ、数が多いな。数をそろえないと勝てぬと踏んだか。だが、雑魚に用はない。」
「焼き尽くせ、神器、白焔。」
真守が低い声で呼ぶと、小さな炎が無数に表れ、厳島神社の綾と同様、炎が収束し鉾が姿を現した。鉾を構える剣崎真守。その隣で、烈が鎖鎌を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「ちょうどいい。腕慣らしだ!」
烈が地を蹴ると同時に、鎖鎌と対になっている分銅が火花を散らすように唸った。鎖でつながれた分銅を大きく回転させ、前方に放つとその直線状にいる鬼兵の体を貫いていった。
「たいしたことねぇなぁ。」
烈が、満足げに言い放つと、そこへ、鋭い矢が闇を裂いた。矢羽根に白い光を宿したその矢は、鬼兵の額を正確に貫く。
「油断は禁物よ、烈。」
弓を引き絞るのは、雉原玲央。冷静沈着な彼女の瞳が、次の獲物を捕らえる。神獣・白雉が背後に羽ばたき、その翼の羽が光となり、矢へと変化していく。
「おおっと、俺の出番を取るなよ。」
軽快な声とともに、影が横を駆け抜けた。犬飼 隼人。小太刀を二本、逆手に構え、鬼兵の懐に飛び込み刃を十字に閃かせる。
「吠えろ、清牙!」
彼の背後に現れた神獣・白犬が咆哮すると、隼人の双剣は蒼白い刃へと変わった。その斬撃が鬼兵を切り裂き、闇を払っていく。仲間3人の奮闘を見届け、真守は鉾を正眼に構えた。刃に宿る白炎が一気に燃え上がる。
「これが俺たちの戦いだ。行くぞ!来い、輝天。」
彼の叫びとともに、真守の神獣、白鳳が顕現し、真守の肩にとまった。
「キュウ。」
と鳴くと、鉾の炎がさらに強く燃え上がる。真守が鉾で円を描き、軽く押し出すと、その光は炎の螺旋となって押し寄せる鬼兵をまとめて焼き尽し、地響きと共に鬼兵の群れが次々と崩れ落ちた。烈が鎖鎌の鎖を腕に巻きつけながら、口笛を吹く。
「さすが真守。派手にやるじゃねえか。」
隼人が刀を振り払いながら笑う。
「いやぁ、その鉾を片手で扱うたぁ、やっぱその筋肉は伊達じゃねぇな。俺らにはできねぇ芸当だぜ。」
玲央は弓を下ろし、真守に向かって短く頷いた。
「でも、まだ本命は出てきてないわ。」
その言葉と同時に、奥の闇がざわめいた。まるで、深淵そのものが目を覚ますかのように。
「ウォォォォォ!」
吉備津神社の森を揺るがす咆哮が、夜空を引き裂いた。月明かりを背に現れた巨影。全身が赤黒く鈍く光り、角を生やした異形、それが「温羅」であった。かつて桃太郎に討たれたはずの鬼が、長い年月を経て再び甦ったのか。その足元には、無数の眷属が群れ蠢いていた。影の獣、甲冑を着た亡者、翼を持つ鬼鳥夜の闇から湧き出るように現れ、社殿を取り囲む。
「神域を荒らすか。許せぬ。貴様ら、ここは一歩も通すわけにはいかん。」
真守は低く呟き、白焔を構える。その肩に、小さな白鳳が止まっていた。普段は掌に収まるほどの可愛らしい姿。しかし、戦の気配を察すると、真守の足元に舞い降り、翼を大きく広げた。
「おい、俺らは下がるぞ。あれをやる気だ。巻き添えくったら、俺らも丸焦げだぜ。」
輝天の動きから何かを察したのか、隼人がそういうと、3人ははるか後ろに飛びのいた。それを確認し、真守は叫ぶ。
「輝天、今夜も頼むぞ!」
瞬間、白鳳は甲高く鳴き、光の粉を散らす。その姿はたちまち巨大化し、境内を覆うほどの翼を広げた。白炎を纏った巨鳥が、夜空を紅蓮に照らす。
眷属たちが一斉に襲いかかってきたが、白鳳は咆哮し、炎の旋風を巻き起こして薙ぎ払う。しかし数は尽きない。焼かれ、砕けてもなお次から次へと湧き出してくる。
それを見ながら、温羅が笑った。
「ほう、小さき人間、まだその身で抗うか。よかろう、我が眷属の糧となれ。」
眷属たちが、一斉に襲い掛かってくるのをみて、真守は大地を踏み締め、鉾を握り直した。大きく一息吐くと、詠唱を始める。
「天火巡りて、万象を祓う
触るるもの、罪なきものなく
穢れを断ち、罪を焼き、すべてを無に帰せ
白き焔よ、天より堕ちて我が刃に宿れ」
重い言葉が、夜を震わせた。瞬間。胸の奥ではない。腕でもない。全身に伝わる輝天の鼓動。熱が刃へと流れ込み、魂が共鳴する。白い炎が血のように巡る。刃へ、骨へ、魂へ。すべてがひとつに結びつく。
瞬間、真守の足元から、円が広がった。白い炎の円環。赤くもない。青くもない。白は太陽と同じ温度であることを物語っていた。しかも、それはただの炎ではなく、結界。
「神威だと?」
温羅の声が、初めて揺れた。白炎が一気に広がり、境内を包み込むと、巨大な炎の輪が、世界を区切った。
内と外。
生と死。
人と妖。
すべてを分かつ。眷属たちが触れた瞬間、姿を消す。悲鳴すら上げる間もなく、灰さえも残らない、瞬時に蒸発するかのごとく消え去り、円環に触れるすべてが浄化される。
今まで、肩に乗る程度の大きさだった輝天が、両翼10mは超えるであろう巨大な白鳳となり、上空に飛び立った。
同時に、真守の薙刀が変化を始めた。刃が白炎に包まれ、軋むような音を立てながら伸び広がる。柄には鳳凰の羽紋が浮かび、刃は翼を模した形に変貌する。その輝きは、ただの武器ではなかった――神と人が交わる「神器」の覚醒。圧倒的な力に、周囲の空気すら重く揺らぐ。
温羅が牙を剥く。
「ほう、この世にも神威を使いこなす者がおるか。久しぶりに愉快なものが見られそうではないか。」
温羅は、どういうわけか引き続き余裕を見せているが、真守は一歩も引かない。炎に照らされた瞳は、迷いなく温羅を見据えていた。
「行くぞ、輝天!」
巨鳥の咆哮が響き、真守の鉾と呼応する。白炎が刃に収束し、翼の形をした光刃となった。
「白炎翔刃ッ!」
振り抜かれた刃が夜空を裂く。白炎の翼が飛翔するように奔り、眷属たちを次々と焼き払い、社殿の柱をも震わせた。その光は鳳凰そのもの。空を翔ける炎の神獣の如き一撃。
眷属は一掃された…だが。
炎の残光の中から、なお温羅の巨影が歩み出る。その赤黒い肌は焦げ、黒煙を上げていたが、瞳には愉悦の光が宿っていた。
「それほどの力を振るうとはな。良い、ますます気に入ったぞ。しかし、今宵はこの辺が潮時か。封印が完全に解けたその時は、その魂ごと貪ってやろうぞ。」
次の瞬間、温羅の身体は黒煙に包まれ、夜の闇に溶けるように姿を消した。
残されたのは、炎に包まれた結界の中、荒い息をつく真守と、彼を守るように舞う白鳳の姿。重く変化した薙刀を握りしめながら、真守は呟いた。
「あれが、温羅。想像以上だ。まだ、この程度では届かぬか。だが、次で終わりだ。」
夜空には輝天の羽音だけが残り、神域を守る静けさが戻りつつあった。




