第2話 想像を超えるもの
双眸が月光を反射して光り、海を割って姿を現す。海藻をまとってはいるが、巨躯は水の塊でできているようだ。巨大な手のようなものが大鳥居にかかり、木が悲鳴をあげるように軋む。月龍が綾の方を向いた。言葉はないが、何か訴えているようだ。ただ、綾には直接頭に響くように聞こえていた。
「月龍が言ってる。“これは封印の残滓”だって。」
綾の声が震える。
「残滓?どういうことだ?封印?いつもの雑魚じゃねえのか?」
「封印級か、面倒だな。用意だけしておくか。」
悠真が息を吐き、鵺を呼び出す。黒煙から現れた異形が咆哮し、周囲の空気を震わせる。
「何が来るかわからないけど、後退はせぬ。ここを越えられたら、神社だけじゃない。島そのものが危ない。」
静が鋭い目で言い切った。
「おう、上等だ!」
剛志が雷を帯びた金剛槌を振り上げる。大狼が並び、雷光をまとって吠える。海霧がうねり、波の上で巨大な海水が形を成し始めた。それは、海面から突き出した黒々とした巨躯、丸い頭、異様に光る双眸。ただの「水塊」のようでありながら、月光を吸い込み、確かに存在する巨妖。
「まさか、海坊主!」
綾が息を呑む。
「海坊主?昔から伝承されている、船を沈めるっていう?封印級ってこいつのこと?!」
美咲が後退りし、白鴉が戦闘態勢をとりつつ、上空を監視している。
「だが見る限り、伝承で語られているのとは少し違うようだが。とにかく、今はあいつを倒すしかなさそうだ。」
静が冷ややかに言う。巨妖がゆっくりと顔を上げた。それには表情はなく、ただ黒光する海水に月が映り込んでいた。だが、次の瞬間、
「ぐおおおおおおおおぉぉぉっ!」
轟く咆哮と共に、波が立ち上がった。大鳥居が水柱に呑まれ、ギギギとまた軋む音を立てる。
「くそっ、あんなのまともに食らったら神社ごと沈むぞ!」
剛志が槌を構え、前へ出る。
「待って、まだ早い!」
美咲が扇を振るい、舞わせる。火の帯が海面を走り、迫りくる津波を一瞬せき止めた。だが炎は圧倒的な海水ですぐに蒸気と共に消え、霧となった視界を覆う。
「私の力ではダメみたい!誰か!」
「悠真!」
綾が呼ぶ。
「分かってる!鵺!」
黒煙が舞い、鵺が翼を広げると、大きく羽ばたき霧を吹き飛ばす。
「今よ、剛志さん!」
「おうよ!」
槌を振り上げ、大狼と共に飛び込と、雷光が炸裂し、巨妖の腕、黒い水の塊を砕いた。
「効いてるぞ!」
剛志が吠えるが、すぐに表情が凍りつく。巨妖の砕けた腕は、すぐに水の渦となり再生し、より巨大な波と化して押し寄せたのだ。
「剛志、下がれ!」
静が両腕を広げ、白蛇を解き放つ。蛇が水面を走り、あたり一面が氷に閉ざされた。しかし巨妖は止まらない。双眸が綾たちを見下ろし、次の瞬間、両手を広げて海を引き裂いた。
「ぐっ、防げねぇ。これ以上は持たん!」
剛志が必死に槌を構えるが、腕が震えていた。
「綾、合図をくれ!」
綾は蒼月を掲げ、仲間を見渡した。美咲は白鴉と共に炎を灯し、静は白蛇と冷気をまとっている。悠真は札を構え、剛志は槌を振り上げる。五人の瞳が、一斉に輝いた。
「美咲は結界を。剛志さんと悠真さんは、雑魚を押しとどめて。静さんは、海坊主の動きを氷で封じて。月龍、行くわよ!」
綾の叫びと同時に、月龍の光が夜空を裂いた。仲間たちの力が重なり、海坊主の動きが一瞬止まった。だが、黒い渦はすぐに再生を始め、巨大な波が再び立ち上がろうとする。月龍の気配が背後に立ち昇り、蒼月が月光を呑み込む。潮騒が止まり、夜空にただ龍の咆哮だけが響く。
「月龍よ、我が刃に宿れ!」
綾の瞳が蒼く輝き、蒼月が白き光を放つ。彼女は波を蹴り、海坊主の頭上へと舞い上がった。その姿はまるで龍そのもの。
「厳月流奥義《蒼月閃》!!」
振り下ろされた一閃。神器蒼月から奔る白き光は巨大な牙のように鋭く、轟音と共に海を裂いた。蒼白の龍が顕現し、海坊主の巨体を噛み砕く。
「グォォォッ!!」
断末魔の咆哮を残し、黒き影は波と共に霧散していく。夜の海は何事もなかったように静寂を取り戻し、ただ月が白く浮かんでいた。綾は剣を支えながら膝をつき、今だ残る荒い息が死闘を物語っている。仲間たちは息を呑み、ただその背を見つめていた。
「やっぱり、お前が頼りだな。」
剛志が破顔し、笑う。
「ふふっ、さすがは月の巫女ね。厳島の血は伊達じゃない。」
美咲が微笑み、白鴉が尾を揺らしながら、上空を旋回している。だが悠真だけは札を握りしめ、表情を曇らせた。
「月龍によれば、これは“封印から漏れ出した残滓”。ということは、本体は、まだ眠っている…ということになる。」
「じゃあ、あの化け物以上のものが…。」
美咲が青ざめ、白鴉が肩に止まった。その瞬間、とてつもなく大きな気配が5人を襲った。
「まだ、何かいる?!」
皆の視線が、鳥居のはるか向こうに集まった。その時、海霧の向こうから声が響いた。
「ほう。月龍の光。ここまで使いこなしておるとは、やはり目覚めの兆しは、誤りではなかったか。」
霧の中に、2人の影が立っていた。
「残滓では倒しきれぬ…か。しかるべき時には期待しておるぞ。」
黒衣を纏い、顔は影に隠れている。
「御意。近いうちに仕留めて見せまする。」
不気味な笑みを浮かべたその者らは、気配ごと霧に溶け、潮騒が再び鳴り始めた。




