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瀬戸内神戦譚 ー守護者歴代最弱ですが、八海神「要」として瀬戸内を守りますー  作者: 黒木のゆ
第4章 山口 壇之浦・赤間 「失われた神器」 編
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第33話 小さな来訪者


 小さい水柱が立ち、船のすぐ横に…ひょっこりと異形が、顔を出した。


 人の顔。

 魚の体。

 長い髪が、水を滴らせて揺れている。


「……っ!」


 颯月が弓に手をかける。だが――異形は、攻撃してこなかった。

 代わりに。

 そのまま、船底に――頭から、叩きつけた。


 ゴンッ!!


「なっ――!?ちょっとまてまて。船底が割れたらどうするんだ!っていうか、こいつは何なんだ!!あやかし?昨日の続きか?」


 船がさらに大きく左右に揺れる。

 異形は、再び水面に顔を出し、必死な声で叫んだ。


「……き、きいて……!」

「……このうみ……いたい……!」


 義久が、息を呑む。


「しゃべった…。こいつは何なんだ?攻撃してこないぞ。というか、なんか助けを求めてるっていうか…。」


 蓮は、やや混乱しながらゆっくりと異形に近づいた。


「お前……名前は?」


 異形は、涙のような水滴を落としながら、震える声で答えた。


「名前ってなに?名前なんかない!そんなことより、海が痛いの!!」

「もしかして、アマビエか?あの疫病を退散させるっていう。なんかネットニュースとかで似たような絵を見たことあるぞ。なんでこんなところに急に。」


 蓮は、はっきりと言った。


「この海で、何か起きてるのか?海が痛いってなんだ?」


 船の横で揺れる水面に、アマビエはじっと浮かんだままだった。

 藻のような髪が、波に合わせて揺れている。

 蓮は、手すりに片手を置いたまま、静かに言った。


「まずは落ち着け。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず、まずこれを聞く。ぶつかる理由は何だ?言葉わかるか?」


 責める調子はない。アマビエは、一瞬だけ視線を逸らし、むっとした顔で言った。


「べ、別に……海が痛くて、逃げ回ってたらぶつかっただけだし。あんたに会いたかったわけじゃないし……。」

「……?」


 義久と颯月が、顔を見合わせる。アマビエは、ぷいっと顔を背けた。


「気づかせるには、それしかなかっただけ……。こっちの事情も分かってよね。」


 次の瞬間。水面が、ふわりと光った。淡い泡が弾け、アマビエの姿が、小さく、縮む。

 人の姿に近い、少女の輪郭。長い髪。

 魚の鱗を思わせる装飾。尾の名残が、スカートのように揺れている。


「っ?!」


 颯月が、思わず声を漏らした。


「ちいさ……。」

「ち、小さい言うなっ!!」


 アマビエ…いや、少女の姿になったそれは、顔を赤くして叫んだ。


「こっちの方が、話しやすいだけなんだから!」


 蓮も戸惑いながら、ただ『海が痛い』という言葉がやけに気になっていた。


「それで?」


 先を促す。アマビエは、少しだけ言い淀んでから、唇を噛んだ。


「この海、病気なんだよ。」


 その言葉で、空気が変わった。


「水が、重いの。流れが、ちゃんと流れなくなってる。」


 義久が、低く言う。


「淀みか。」


 アマビエは、こくりと頷く。


「そう。でも、ただの淀みじゃないの。」


 小さな手で、胸のあたりを押さえる。


「“流れが変えられた”感じ。」


 蓮の視線が、わずかに鋭くなり、義久、颯月の方を見る。3人は蒼玄斎の言っていたことを思い出した。


「誰に?」


 アマビエは、一瞬だけ黙った。

 そして、言葉を選ぶようにゆっくりと言う。


「“あの方”皆がそう呼んでる。」


 その呼び方が、妙に現実味を帯びていた。


「名前は、分からない。でも急に、変な水の動きが始まって、重くなった……底から。」


 瀬戸内の海が、きらりと光る。だがその奥に、ぼんやりと暗いものがある気がした。

 不安げな顔をしていたアマビエが、突然キッと目を吊り上げて蓮を見た。


「ねえ。」


 ツンとした表情のまま、蓮を見る。


「あんた、“通す側”なんでしょ?この辺の仲間の間じゃ、村上の血は有名って話だし。私は熊本の方なんだけど、このままこの重い海が広がったら困るのは、みんなでしょ?」


 蒼玄斎の言葉が、蓮の胸に蘇る。

 渡せ。

 蓮は、ゆっくりと頷いた。


「だから、会いに来たの。」


 急にもじもじしだした。


「忙しいやつだな。俺も瀬戸内を守るために、何が起こっているのか確かめに来たところだ。敵の妖と話をするのも変な気がするが、情報は多い方がいい。もっと詳しく聞かせてくれよ。」

「妖すべてが敵じゃない!」

「わかったから落ち着けよ。最近襲われてばっかだったから、一応…な。まぁ、お前なら、襲ってきてもいつでも勝てそうな気がするし。」

「ちょっと、どういう事よ?失礼しちゃう。」

「ごめんごめん。で、何が起こってるんだ?俺に何を期待してる?」


 アマビエは、その答えを聞いて少しだけ、頬を緩める。


「……べ、別に……期待してるわけじゃないけど……。」

「でも、」


 視線を逸らしながら、小さく言った。


「この海、まだ……助けられると思う。」


 船は、潮に揺られながら静かに漂っていた。しまなみ海道の橋影が、海面にゆっくりと歪む。アマビエは船縁に腰を下ろし、足先で水をぱちゃぱちゃと叩いている。


「あ、あくまで噂だからね。」


 前置きするように、わざとらしく言った。


「信じろとか、そういう話じゃないし。」


 蓮は、何も言わずに続きを待つ。義久と颯月も、自然と口を閉じた。アマビエは、一度だけ周囲の海を見回し――声を落とす。


「あたしらの間で、最近、変な話が回ってるの。」

「壇之浦のあたりでね“誰かが見つけた”って。」


 その言葉に、蓮の視線がわずかに鋭くなる。


「何を?」


 アマビエは、一瞬だけ言いよどみ、それから――ぽつりと告げた。


「……草薙剣。」


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